第二十話 暴走
ホールでは、貴族達が見守る中でグリューネヴァルトの兄弟同士の戦いが行われていた。
メルセデス達女性陣の時と違い、今回はフェリックス側もしっかり反撃している。
ただし余裕なのか、それとも自身の力を見せ付ける為なのか、フェリックス一人に対しボリスとゴットフリートの二人が同時に挑む事が許されていた。
しかし二対一でも、メルセデスから受けたダメージが残っていても、フェリックスの優位が揺るがない。
華麗とも言える動きで攻撃を避け、翻弄するように戦っている。
吸血鬼の社会において力とは何よりも分かりやすく、そして強力なステータスだ。
生まれや地位の差が軽んじられているわけではない。だがそれ以上に吸血鬼社会においては強さこそが貴さなのだ。
シーカーも例外ではなく、Aランク以上にもなれば国から勲章を与えられて法服貴族を名乗る事を許される者もいる。
そういう意味では、この国は誰にでも等しく成り上がる機会が与えられていると言えた。
もっとも機会があるというだけで、決して簡単なわけではない。
何故なら吸血鬼の強さとは即ち、血の強さであるからだ。
強い親の血を継いだ子は強くなりやすく、逆に親が弱ければそれに比例して弱くなる。
血を重視する種族だからこそ、血による遺伝、才能の継承の度合いは人間とは比較にならない。
この素質は後天的に覆す事は決して不可能ではない……不可能ではないが、それでも容易い事ではなかった。
そして、だからこそフェリックスは同じ血を継ぐ兄弟達を危険視し、ここで優劣をハッキリさせる事で己の地位を固めようとしているのだ。
「ねえお姉ちゃん、どうなるのかな?」
「見ての通りだ。あの二人ではフェリックスに勝てん。勝負ありだな」
マルギットの問いにメルセデスは残酷とも言える答えを返す。
ボリスもゴットフリートも、結構頑張ってはいるがやはり実力の開きが大きすぎる。
英才教育を受けて育った者と、そうでない者の差は決して小さくない。
「でも、お姉様なら勝てたのではなくて?」
「……お前は、確かモニカだったか」
「覚えておられたのですね。光栄ですわ」
横から口を挟んで来たのは、メルセデスの腹違いの妹であるモニカ・グリューネヴァルトであった。
金髪縦ロールの、いかにもお嬢様といった格好の少女だ。
どうでもいいが、この家系はやけに金髪の比率が高い。
父であるベルンハルトの髪はメルセデスと同じ青なのに、父と同じ青い髪をしているのはメルセデス一人だけだ。
ならば他は全員母親側の血という事になるが……ベルンハルト卿はもしかして金髪フェチなのだろうか、と少しだけメルセデスは考えてしまった。
「前と口調が違くないか?」
「その節は失礼致しました。お姉様の偉大さを理解出来なかった私をお許しください」
メルセデスは兄達の戦いを見ながら、若干モニカの態度の変化に困惑していた。
以前会った時は殆ど話さなかったが、それでも口調は確かタメ口の上にこちらを見下すように見ていたはずだ。
それは別に不思議な事ではない。同じ側室の子であっても、母の格が違うのだ。
モニカは最初に出会った頃から身なりのいい恰好であったし、都では高額お菓子として販売されているチョコレートをマルギットに少しだけとはいえ与えるだけの余裕もあった。
恐らくモニカは父も母も格こそ違えど、同じ貴族だ。
そんな彼女から見ればメルセデスは市井の女の腹から生まれた格下のはずだ。尊大な態度で接する事に何ら不思議はない。
だというのに、再会した彼女はどういうわけかメルセデスを敬うような態度を取り、以前はあったはずの見下すような態度も消えている。一体彼女に何があったのだろう。
「あの時、私は魅せられたのです。お姉様の持つ力に。
何よりも、凛とした強者の風格に。ボリスやフェリックス兄様などよりも、貴女こそがグリューネヴァルトの名に相応しい」
「生憎と興味がない。そんな名は長男にくれてやるさ」
「でしょうね。だからこそ、勝てた戦いにわざと負けたのでしょう?」
メルセデスはモニカを見た。
態度の急変が少し不気味で、狙いが掴めない。
取り入るのが目的なのか、それとも何か別の狙いがあるのか。
どちらにせよ、油断だけはしない方がよさそうだ。
「何の事か分からんな。ところで、決着がついたようだぞ」
話を無理矢理打ち切って視線をホールへと戻す。
そこではボリスとゴットフリートが倒れており、傷一つないフェリックスが皆の喝采を浴びていた。
メルセデスもとりあえず周囲に合わせて拍手し、表面上だけ彼を認める素振りを見せる。
気になるのは、息子が折角勝利したというのに表情一つ変えず、祝福する気配もないベルンハルト卿だが……まあ、気難しい男なのだろう。そう考えてメルセデスは彼について考えるのを止めた。
「これにて、腕試しは終わりとなります。
皆様、勇敢なる我が兄弟達に惜しみなき拍手を!」
勝者であるフェリックスは貴族達の前で優雅に一礼をする。
その姿を見て人々は口々に『やはりフェリックス様こそ後継者だ』などと囃し立てており、腹の内を見せずにこの茶番に付き合っていた。
しかし、こんな勝敗の見え透いた茶番でも付き合わされる方が面白いわけがない。
最初から後継者になる気のなかったメルセデスや、諦めていたマルギットにとっては下らない催しが終わった程度の感覚だが、ボリスはそうではなかった。
彼が感じているのは、屈辱だ。
それはそうだ。踏み台として招待され、そのまま皆の前で引き立て役として使われた。
これで怒らぬ方がどうかしている。恨まない方が難しい。
だからこそ、彼の暴走は必然であった。
「ふざ、けるなよ……」
ボリスは懐に手を入れ、紫色に輝く石を取り出した。
そしてそれを、地面へと叩き付ける。
その奇行に周囲の貴族達やフェリックス、メルセデスすらもが、八つ当たりで何かを壊した、程度にしか認識しなかった。
「“解凍”!」
だが、ボリスの口から出た言葉にメルセデスが目を見開く。
解凍の宣言……それはダンジョンを解放する合図であった。
まさかボリスがダンジョンを攻略して、自分と同じように持ち歩いているのか、と考えるもすぐに自らの考えを否定する。
違う、ボリスにそんな実力はない。
しかし砕けた石の中から天井にも届く巨躯の魔物が現れた事で、メルセデスはその『まさか』を真剣に考えなければならなかった。
“解凍”の呪文で魔物を出す事はメルセデスにも出来る。
ダンジョンを“圧縮”する際に、鍵の持ち主は自分で選んだ物を圧縮の対象外とする事が出来た。
その逆で、“解凍”する時にも一部を選んで……場合によっては出したい物以外のダンジョンの全てを解凍の対象外とする事で選んだ魔物一体だけを解凍して呼び出すと言う芸当も不可能ではない。
(ツヴェルフ、あいつはダンジョンを持っているのか?)
『いいえ、マスター。あれはダンジョンの技術を流用して造られた使い捨てのアイテムです。
名を封石といい、マナを保存する魔石の逆で、物質を封じて持ち歩く事が出来ます』
(私はあんな物を見た事がないが)
『はい。あれはダンジョンのみで生産出来るアイテムです。無論マスターもあれを造る事が出来ます』
(つまりダンジョン攻略者しか造れないアイテムであると……?)
『はい。しかし状況から考えて、ボリス自身が攻略者である可能性は極めて低いと考えられます。
もしも彼自身がダンジョンを持っているならば、この場で大量の魔物を出すくらいはしたでしょう』
ツヴェルフと小声で会話し、ボリスが使ったあの石が攻略者由来の物である事をメルセデスは知った。
ただし、ボリス自身がダンジョンを攻略して造り出した可能性は極めて低いとツヴェルフは言う。
ならば考えられる可能性は多くない。
たまたま他の攻略者が市場に流した封石をボリスが掴んだか。
それとも、意図的に攻略者がボリスにあれを渡したか。
ホールは突然の魔物の出現に騒然となり、場を鎮圧する為に兵士達が魔物へと挑んでいた。
しかし魔物側もなかなかの強さであり、兵士達を軽く蹴散らしている。
実力もさることながら、その見た目も威圧的だ。
身長は3mを超え、全身は黒で統一されている。
二足歩行の人に近いシルエットの魔物であり、体毛はない。
理性を感じさせない目は真紅。鬼を思わせる強面に、口から見える鋭い牙。
頭部には角が生えており、背中には蝙蝠のような翼が付いている。
悪魔、と形容するのが最も相応しい姿だ。
『ベーゼデーモン。ダンジョンの最下層に配置される事が多い魔物です。
その戦闘力はアシュラオーガとも戦えるレベルです』
ツヴェルフの説明を受けながらメルセデスは、自身の母とマルギット、更にモニカをいつでも庇えるように気を払う。
貴族達は浮き足立っているが、流石に強さが名誉に直結する吸血鬼だ。混乱して出口に殺到するような愚行には誰一人として走っていない。
突然の魔物の出現にざわめきながらも、冷静さを残して状況の把握に努めている。
「ボリス、やめさせろ! ここを何処だと思っている!?」
「知った事かよ。もう俺達はグリューネヴァルトじゃなくなる。
無いも同然の手切れ金を渡されて放逐されるんだ……お前の望み通りにな。
だったらもう後の事なんか知るかよ。お前だけは道連れにしてやるぜ!」
メルセデスが状況の観察に務めている間にも、場は混沌と化していく。
フェリックスはやり方を間違えた。彼はボリスを追い詰めすぎたのだ。
彼の打った手は決して、この社会において珍しいものでもなければ外道と呼ぶようなものでもない。
己の地位を安定させる為に自己のアピールと、他の兄弟への力の誇示を同時に行う。それは何処の家でもある事だ。
むしろメルセデスが以前に評したように、暗殺などの手に出ないだけ彼は幾分かマシとすら言えるだろう。
だがそれで踏み台にされた側が納得するかはまた別問題。結論を言えば納得するはずがない。
ボリスの立場で見れば、都合のいい当て馬にされた挙句、この後に放逐される未来が見えているのだ。
そしてその原因が余裕の笑みで紳士面をしている。
気に入らないだろう、気に入るわけがない。
腹が立つのがごく自然の感情であるし、一矢くらいは報いたいと思って誰がそれを責められよう。
もっとも、普通ならばそこで終わりだ。
気に入らない、許せない、納得できない、一矢報いたい……いくらそう思おうと、現実にそれが出来るはずもなく、諦めるしかなくなる。
だがどういうわけかボリスの手の中にはその手段があり、そして後先を考えない程に追い詰められてしまったが故にそれを使ってしまった。
これは偶然と、そしてフェリックスの浅慮さが招いた有り得ざる出来事であった、
そしてフェリックスはこの状況を招いてしまった責任から、逃げる事は出来ない。
もしここで我先にと逃げ出してしまえば、この場は生き残れても今度の評価が地に落ちるのは明らかだ。何より敵前逃亡を父が許すはずがない。
故に彼は意を決して、暴れまわるベーゼデーモンへと挑みかかる。
その姿を、父であるはずのベルンハルトは冷ややかな金の瞳で静観していた。
メルセデス(しばらく観察するか)
ベルンハルト(しばらく静観するか)
血の強さに関しては、親が高個体値で赤い糸を持ってる方が子供が強くなるのと同じようなものです。




