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第二話 下積み

 メルセデスに戦いの師はいない。

 母や婆やは吸血鬼ではあるが戦うような人ではないし、第一トレーニングは彼女達に隠れて近くの山で行っている。戦い方を教えて下さいなどと言えるはずがない。

 前世でも本気の戦いと呼べるものは何ら経験していないし、戦闘経験は皆無と言っていい。

 この世界で強くなると誓ったメルセデスにとってそれは、決して軽い問題ではなかった。

 ここは平和な地球の日本ではない。町などに出た事はまだないが、それでも本などから得た情報で、ここが殺し殺されるのが当たり前の世界である事くらいは察しがついている。

 力を求めているのに、その力の使い方を知らない。これは死活問題だ。

 だがメルセデスには不幸中の幸いにも、前世の知識があった。

 自分の中に眠る膨大な物語達……それらは所詮フィクションに過ぎない。人の妄想、想像から生まれた非現実のストーリーだ。

 だがそれを言うなら、この世界だって十分にフィクション染みている。

 だからメルセデスは、自分の知るフィクションの修行法の数々を試す事にした。

 自分でもおかしい事だとは分かっている。ハッキリ言って馬鹿げているし、自分でも馬鹿だと思う。

 現実と漫画を混同している頭の残念な奴と思われても否定は出来ないだろう。

 だが他に頼るものもない。

 そして、頼るものが馬鹿げているからといって停滞する気もない。

 歩み続ける……止まらない。そう決めたのだ。

 ならば馬鹿げていると結論を出すのは実際にやってからでいい。


 一年目。

 最初は重りを付けて身体を動かす事から始めた。

 毎日夜早く起床し、朝になるまで修練を重ねる。

 吸血鬼の主な活動時間帯は夜である。なので人間だった頃とは活動時間が逆だ。

 前世では大体朝の七時に起きて夜の十二時に寝ていたが、今は違う。

 夜の七時に起きて、昼の十二時に寝る。

 前世では昼の三時がおやつタイムだったが、吸血鬼となった今は深夜の三時がおやつタイムである。

 なのでメルセデスは真夜中にトレーニングをしているわけだ。傍から見ればちょっとしたホラーである。

 しかし慣れれば不思議と違和感は消えるものだ。

 いつしか夜に活動する事に疑問を感じなくなったメルセデスは石を手足に付け、慣れれば石を大きくし、それにも慣れれば岩を背負って山を走り続けた。

 洗練されていない素人体術でパンチやキックを繰り返し、毎日何百何千と繰り返した。

 木を蹴って、落ちる木の葉を相手にジャブを繰り出し、四方の木々から落ちる無数の木の葉が地面に落ちる前に全て叩き落すという修練を自身に課したりもした。

 腕立て伏せは千回を超えても苦にならなくなった辺りで逆立ちしながらの腕立てに変え、それでも苦にならなくなったので、片手で……やがては指一本での逆立ち指立てとなった。

 たまに無茶のせいで怪我をする事もあるが、流石は吸血鬼か。大体の傷は翌日になれば治っているので結構この身体は無理が効く。

 そうしてトレーニングに励みながら、家にいる時は本を読み漁り、自身の糧になるものを探した。

 言語、歴史、常識、社会、文化……そして魔法。

 屋敷にあった本はとにかく全て読み、己の知識へと変えた。子供の柔らかい脳と大人の理解力を併せ持つメルセデスにとって勉学は苦ではなかった。

 とにかく今は下積みの時期だ。下に積める物はどんな物であろうと積んでおけばいい。それが無駄なのかどうかなど、どうせ後にならなければ分からないのだ。

 積み木は土台が安定している程高く積める。ならば今は、その土台を作る時期だ。


「魔法は四つの基本属性と四つの派生属性から為る……魔法は誰にでも扱える力であるが、その能力は資質に左右される……」


 書斎で本を読みながら、メルセデスは本に書かれた事を一字一句とて逃さぬように記憶していく。

 この世界には魔法という実にファンタジーな力が実在しているらしい。

 少なくとも、この本が実はこの世界のライトノベル的娯楽だったとかでなければ実在しているはずだ。

 本によると魔法には四つの基本属性というものが存在しているらしい。

 その属性とは火、水、地、風。まあありきたりだ。

 更にそこから派生する属性というものがあり、それらは陽、氷、鉄、雷となる。

 火は高める事で陽光に。水は凍てつかせる事で氷に。地は強める事で鉄に。風は極める事で雷に。

 この八つの属性がこの世界の魔法の全てのようだ。闇とか無属性はないらしい。

 そして個人が習得出来る属性は必ず四つまで。これは凡才も天才も変わらない。

 吸血鬼も魔物も必ず第一属性と第二属性を持ち、そこから派生する属性と合わせて計四つ。これが生物の限界だと本には書かれている。


「魔法の才に開花するには、己の属性にあった場所で瞑想し、“気”を感じ取るのがよい。

自分の属性を測る方法は……ふん、『査定所に行き調べる事』ときたか。自力で探すのはほとんど勘になりそうだな」


 とりあえず、まずはいつもの山で瞑想でもしてみるか。メルセデスはそう考えた。

 あそこなら近くに泉があるし、当たり前だが大地もあるので水か地属性だったならば何かしら掴めるはずだ。

 風もそこらでいつも吹いているので、これも悪くない。

 火は……火はどこで瞑想すればいいのだろう? 焚火の近くで瞑想でもすればいいのだろうか?

 まあ、いい。とりあえずはやってみよう。やらなければ何も始まらないのだから。



 二年目。

 六歳となったメルセデスは毎日瞑想を続けているが、特に何かが目覚めるような感じはしない。

 相変わらず日々、自分でもちょっとどうよと思うトレーニングを自身に課し、己を鍛えている。

 そんなある日、メルセデスはトレーニング中に木の枝にひっかけた腕の傷が完治している事に気が付いた。


(……以前は、一日かかっていたはずの傷が)


 メルセデスが怪我をする割合は低くない。

 むしろ結構な頻度で怪我をし、そして吸血鬼の再生力で完治している。

 だがその完治までの速度が、明らかに以前よりも上がっていた。


(吸血鬼の再生力、か)


 メルセデスは思う。

 自分の知る記憶の中にも、吸血鬼を取り扱った物は数多くあった。

 そしてそういう物語の中には、心臓を刺されようが首を刎ねられようが、平然と復活する吸血鬼なんかも結構あちこちに存在していたのだ。

 吸血鬼と聞いてイメージするのは、やはりその不死身ぶりだ。

 しかし今の所メルセデスは不死身とは程遠く、試した事はないが首を刎ねればやはり自分は死ぬだろうという確信がある。

 というかこの世界ではシーカーになった吸血鬼が普通に死んでいたりするので、アンデッドとしての不死身ぶりはないと考えていい。

 だがここで、メルセデスは螺子の外れた思考へと飛躍する。


(再生を何度も続ければ、身体が怪我に慣れて再生速度が上がるのかもしれない)


 まさにアホの発想であった。

 要は彼女は、『そうだ、もっと怪我をしよう』と思ったのだ。

 普通ならばここで一度止まるものだが、彼女は止まらない。

 後悔は後ですればいい。今はただ進み続けるのみだ。

 そう結論を出し、その日からメルセデスは自傷するようになった。

 幸い、吸血鬼というのはどうも痛覚が鈍いらしく痛みはほとんどなかった。

 痛みというのは身体からの危険アラームだ。

 ならば再生出来る吸血鬼の身体が発するそのアラームが小さいのは、不思議な事ではなかった。



 三年目。

 この世界は案外アホに優しいらしい。

 メルセデスの思い付きにも等しい自傷は何を間違えたか実を結んでしまった。

 傷を付ければ付けるほど、治せば治すほどに身体が本当に耐性を得ていったのだ。

 同じ傷でも治る速度は徐々に上がり、ならばと深く傷を付ければ身体も負けじとそれを覚えて早く再生する。

 今では、大抵の傷が一秒もあれば完治してしまうくらいだ。

 一度やりすぎて骨まで達する傷を付けてしまったが、それも五秒くらいで完治した。ただし痛かったのでもうやりたくない。

 また一年続けた瞑想もどうやら無駄ではなかったようだ。

 メルセデスは瞑想を行うと、自らが暮らすこの星の力を感じ取れるようになった。

 自らの足元に息づく大地の息吹を肌で感じ取れる。

 どうやらメルセデスの属性は『地』であったようだ。物語などでは地味属性筆頭で、大体活躍しないイメージがある。

 さて、自分の属性が分かったならば次は魔法を覚えなければならない。

 しかし書斎にあった本で分かった事は、やはり地属性は不遇だという事だ。

 大地を隆起させる、石を飛ばす、地面を陥没させる……地属性魔法で出来るのは大体そんな所らしいが、どれも派手さに欠ける。

 本にも攻撃性能では他の属性に劣ると書かれていた。

 半面、岩で壁を創れば味方を守れるし相手の足場を崩せば隙を作れるのでサポートに適した属性であるという評価も得ている。

 書斎で本を読みながらメルセデスは考えた。

 何かないだろうか。大地の力を存分に活かした、有効な魔法が。

 例えば……そう、例えば重力はどうだ?

 これだって大地の……いや、星の力だ。

 むしろ何故、地属性に重力を操る魔法がないのかが疑問で仕方なかった。

 だが無いならば無いでいい。自分が創ればいいのだ。

 出来ないとは思わなかった。この世界にある魔法だって、最初は誰かが創ったもののはずだ。

 例えば本に載っているストーンエッジという魔法……これは岩を飛ばして相手を攻撃するものだが、この使い方や名前は最初からあったわけではあるまい。これを考えて広めた誰かがいたはずだ。

 ならば創ろう。創れるはずだ。

 メルセデスはそう考え、その日から重力を操作する魔法の修練を始めた。



 四年目。

 メルセデスの身体能力は驚くべき高みへと到達していた。

 拳の一打は大岩を粉微塵にし、走れば風の如き速さで木々の間を駆け抜ける。

 多少の傷ならば負傷と同時に再生し、跳躍すれば大木すらも軽々と超えた。

 だがそれ以上に彼女にとって収穫だったのは、とうとう重力の魔法を完成させた事だろう。

 どんな事でもやってみれば何とかなるものだ。

 毎日瞑想して星の力を感じながら、自らに重力が強くかかるのをイメージし続けた。

 すると最初は何も起きなかったが、三カ月目には少し重くなったような感覚を感じ、半年後には明確な重さを感じた。

 更にそれを続けると、一年経った頃には遂に術者である自分自身すら動けなくなるほどの重力場を生み出せるまでに至っていた。

 今の所はまだ、ごく狭い範囲を重くする程度の事しか出来ないが、これはこれで一つの完成した魔法としていいだろう。

 そして、そうであるならば名前の一つも付けてやりたい所だ。


「……よし、ドルック(圧力)と名付けようか」

 

 少しシンプルで安直過ぎる気がしないでもないが、最初の魔法だしこんなものでいいだろう。

 メルセデスはオリジナル魔法ドルックを習得した日から早速、自分自身にそれをかける修練を始めた。

 どこかの国民的主人公も重力修行で強くなったのだ。きっと効果があるはずだ。



 そして五年目……メルセデス・グリューネヴァルト十歳。

 この歳より、彼女の物語が幕を開ける事となる。

とりあえずまずは自己流で修行、これ基本。

誰からも教えを請えない状態なので、手探り状態です。

まあやらないよりはマシでしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 頑張る主人公はいいよねー 絶対ラスボスになる!
[一言] 現実のスポーツでも練習量と怪我や回復力の兼ね合いが一番面倒ですからね。即日治るのは鍛える上で最高の素質ですよね
[一言] 重りつけるよりも重力で全体的に負荷かけるほうが効率良さそうですしね
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