第十八話 嬉しくない招待状
タイトルを回収してしまったという感想がチラホラありましたが、メルセデスはダンジョンのうちの一つをクリアしただけです。
全てのダンジョンを手に入れて初めて制覇です。全然タイトルを回収していませんのでご安心を。
それと旧タイトルが予想外に好評だったので、次の更新時に戻します。
欠けた月のメルセデス~吸血鬼の貴族に転生したけど、捨てられそうなのでダンジョンを制覇します~
で最終決定にしようかなと思います。
ダンジョンを攻略した事でメルセデスの装備は一新した。
新しい装備を買ったわけではなく、ダンジョンの宝物庫に強力な装備が転がっていたので、ボロボロにされた服の代わりにそれを使う事にしたのだ。
その服は今までの探索者向きの恰好から一転し、普段着としても使える貴族然としたデザインのものであった。
白いシャツの上から赤のウェストコート。
ズボンは灰色で、脛から足先までを黒いブーツが覆っている。
上着として黒いチェスターコートを羽織り、首元にはアスコットタイを着けてクラシックな雰囲気を出している。
メルセデスはどちらかというとデザインよりも実用性重視だが、だからといって別にお洒落に興味がないわけではない。
あくまで実用と見栄えの二択を選ぶならば実用を選択するだけだ。
しかし余裕があれば、見栄えにだって少しくらい意識を割く。
生活の土台を固め、財も手にした。ならば少しくらいは洒落た格好をしてもいいだろうと考えるくらいの遊び心はメルセデスにもあった。
その結果がこの洒落た格好である。
だが勿論、見栄えだけではない。単純にこの服の防御性能が高いのも着用している理由だ。
着心地はよく、それでいて防刃、防弾、耐熱性能に優れ、衝撃にもある程度の耐性を持つ。
更に破れにくく、サイズは着用者に応じて変わるのでいつまでも着ていられる。
防具としての性能は前の服とは天地の差だ。
ツヴェルフ曰く、神々のテクノロジーの産物らしい。
ダンジョンキーはアクセサリーとしてブローチに加工。花形のブローチの中央に宝石を嵌め込んで固定し、更にブローチは鎖でベルトと繋いで窃盗防止をした。
無論ひけらかすような真似はせず、その状態で普段はポケットに入れている。
更に宝物庫を調べた結果、そこにあった魔石にメルセデスは注目した。
一見するとただの魔石であったが、既存の魔石との違いは使い捨てではなく効果が永続する事だ。
魔石そのものは別に珍しくも何ともない。店にいけば安価で入手出来るし、製造方法こそ不明だがダンジョンなどで落とす魔物もいる。とても貴重な品とは呼べない。
しかしその大半は使い捨てか、そうでないにしても効果が長続きする程度の性能である。
込めた魔法の効果が永続する魔石など、それこそ過去にダンジョンを制覇した者が持ち帰った僅かな量しかなく、しかもそうしたものは大抵攻略した本人が独占しているので市場にはほとんど出回らない。
仮に市場に出ても、その貴重さから値段は跳ね上がり一部の貴族くらいしか手が届かないだろう。
そしてメルセデスもそれは同じだ。市場に流すような真似はしない。
彼女は永続魔石に重力魔法を込め、それを腕輪として常日頃から持ち歩く事にした。
そうする事で常に自らに負荷をかけ、身体を鍛える事が出来るのだ。
そんなメルセデスだが、彼女は現在マルギットの家を訪れていた。理由は勿論、読み書きを教える為である。
マルギットの住む家は、メルセデスの家よりも更に貧相でとても貴族とは思えない。
歩く度に床はギシギシ言うし、壁を見ればアシダカ軍曹が元気に走り回ってゴキブリを駆除している。
そしてマルギットの母は病弱で、ベッドの上からほとんど動けないという状態であった。
「マルギットから聞いてるわ。貴女がメルセデスちゃんね?
この前は娘がお世話になったと聞いてるわ。今後もマルギットと仲良くしてあげてね」
意外にもマルギットの母はメルセデスに対し、警戒を見せなかった。
いや、よく考えれば意外ではないのかもしれない。
メルセデスは中身はどうあれ十歳の童女であり、見ただけでは友達が遊びに来たくらいにしか思わないだろう。
割と呑気な人だな、と思いつつもメルセデスは特に余計な事は言わずに軽い挨拶を済ませ、早速マルギットの勉強にとりかかった。
字を教える、というのは意外と難しい。
メルセデスにとっては自分が覚える事より他者に教える方が遥かに困難だ。
分かりやすく説明をし、分かりやすく教える……言葉にすればそれだけだが、メルセデスにとってそれは今から未知の言語を自らが習得するよりも遥かに困難な事だった。
メルセデスの前世は、人に物を教える能力というものが著しく欠落していた。
自分が習得する時は自分なりに効率のいい方法を模索してそれを実行し、後は継続すればいい。
しかし他者にそれをやらせると、途端にやる気を失ってしまい継続してくれないという事が前世でも往々にしてあったのだ。
出来ないならば理解出来る。だがやらないのは理解し難い。
やらないだけなのに、それを出来ないと言うのは更に理解出来ない。
効率のいい方法がそれだからやれと言った。継続するのが最も力となるから続けろと言った。
別に難しい事を求めたわけではない。当たり前の、自分が普段から実践している事を求めただけ。
なのに皆が言う。あの人は厳しすぎる、他人の心が分かっていない、と。
何故やらない、お前達は出来ないのではなくやらないだけなのだ。言い訳をするな。そう何度も説いた。
すると益々人は離れ、いつしか、そんな連中は要らぬと自ら進んで孤独となった。
そして気付けば、周りには誰もいなくなっていた。
それがメルセデスの前世だ。
(……落ち着け。所詮前世は前世、私は私……何度も自分に言い聞かせただろう。アレは私ではない別人だと。
私はメルセデス・グリューネヴァルトだ。■■■■ではない……)
大丈夫だ、前世はどうしようもない失敗をして勝手に孤独になったが、自分は違う。
失敗した理由も分かっている。努力を継続させる方法を間違えたのだ。
目的の為に日々精進する事はメルセデスにとって苦痛ではない。自分が目的に向かっている事を実感出来るのはむしろ爽快だ。
だが他人はそうではない。努力というものが長続きしない者の方が多いという事を前世の記憶で知った。
何故、自分の力になるはずの勉学よりも目の前の刹那的な娯楽に身を任せる? 分からない。
何故、時間という限られた物を自身の研鑽や将来の為ではなく、何の意味もない遊戯に費やす? 分からない。
遊ぶなと言っているわけではないのだ。心のゆとりを生む為にも、適度な娯楽は必要だろうとメルセデスも認めているし、それはストレスの軽減にも繋がる。
だがそれだけを行って時間を浪費するのは何なのだ。
分からない……分からない、が……とにかく、そういう心理の働きがあるという事実だけは理解した。
自身が前に進む為に必要な歩みを何故嫌がるのかは相変わらず理解出来ないし、どう考えてもその方が効率がよくて自分の為にもなるだろうと思っているのだが……ともかく、まず事実は事実として受け入れる。
他人は努力するという行為を嫌う。継続が難しいのだと。
(適度に褒め、適度に叱り、そして成功には褒美をやる……。
まずはやる気を伸ばす所から始める……よし、大丈夫だ。いける)
メルセデスはテーブルの上に教材を広げる。
まずはそう難しい物ではなく、少し学べば分かる程度の簡単なものを持ってきた。
歩みは遅くてもいい。とにかく、止まらずに寄り道せずに目的地に進めばいつかは必ず辿り着けるのだ。
無理をさせない事。それが一番大事であるとメルセデスは考えた。
「さて、始める前にまず、どの辺りまで文字を覚えた?」
「ええと……何とか、この段までは書けるようになったよ」
マルギットの返事にメルセデスは表情には出さないものの、感嘆を覚えた。
どうやら彼女はちゃんと自主学習をしていたらしい。
この世界の言語は極めて日本語に近く、それで例えるならば彼女の文字の習得度は、『た』の行までを全て覚えた、といったところだろうか。
これは案外早く進みそうだ、と思ったメルセデスだがここで早速自分の方が間違えている事に気が付いた。
(いかんな……いきなり次に行かせるのではなく、まずは褒めて褒美を渡さなければ)
鞭と飴という言葉がある。
人がやる気を持続するには鞭だけではなく飴も与えなければならない。
生憎と飴は持っていないのでチョコレートになってしまうが、今持っているお菓子はこれくらいだ。
「かなり進んでいるな。よくやった。
文字を一つ覚えるたびに一切れ渡すつもりだったが……オマケだ、三枚やろう」
チョコレートは現在、金持ちの間で大人気の食べ物だ。
その値段は人気のせいで上がり続け、今や一枚二万エルカを超えている。
そんな大枚をはたいてまでチョコレートを買っている金持ち達からすれば、このご褒美は高価すぎるだろう。
しかしメルセデス本人にしてみれば百円の板チョコ板以下の物を渡しているという感覚でしかない。
しかしこのご褒美にマルギットのやる気は跳ね上がり、結果として勉強はスムーズに進んだ。
マルギットの勉強を終えてメルセデスが帰ると、家の前には見慣れない紋章を付けた馬車が停まっていた。
その馬車の行く手を塞ぐようにベンケイとクロが立ちふさがっており、身なりのいい男が何やら必死に説得していた。
周囲には何人か倒れており、争った跡が見える。
一体何があったのやら……。
とりあえず話を聞いてみるかと、メルセデスはベンケイ達の前へと向かった。
「ベンケイ、これは何事だ?」
「はっ。この者達が屋敷の中に通せと突然訪問し、更に威圧的な態度を取っていたので敵と判断して潰しました」
「詳しく頼む」
ベンケイの語る事の顛末は以下の通りだ。
メルセデスの留守中に突然この馬車が屋敷の前に来訪し、メルセデスとその母に用があるので通せと一方的に要求してきた。
勿論何の理由で来たか分からないのに通すわけがない。
なので理由を告げろと当たり前の事を聞いたのだが、お付きの兵士が無礼だぞと叫びながら剣を抜いたので敵と判断して交戦。
両手両足をへし折り、剣と鎧も破壊して戦闘不能にしてから主の帰りを待った……という事らしい。
「お、お待ちください、メルセデス様! 我々は敵ではありません!
我々はグリューネヴァルト家からの使者でございます! 此度は招待状を渡したく参上致しました」
「グリューネヴァルト……? ああ、本妻の子の誕生会とやらか」
「し、知っておられたのですか」
「まあ、色々あってな」
なるほど、どうやら有難い事に誕生会とやらに自分も誘ってもらえるらしい。
連絡が遅れたのは、それだけ軽視されているという事だろう。どうせならそのまま放置してくれればよかったのに。
招待状に軽く目を通し、大体ボリスから聞いた内容と一致する事を確認した。
日程は今から五日後だ。
本音を言えば断ってやりたいが、まあ招待とは名ばかりの強制だろう。
自分だけならば無理を通してサボタージュしてもよかったのだが、これで母が悪く見られるのは本意ではない。
「分かった。必ず行くと伝えてくれ」
「は、はい。有難うございます」
「それと、これは誕生会とは全く関係のない事だが……最初に剣を抜いた馬鹿は誰だ?」
メルセデスの目が冷たくなり、指の関節が音を鳴らした。
吸血鬼の持つ、危険を嗅ぎ分ける嗅覚……第六感とで言うべき物が全力で男に危険を訴えた。
空気は重く、近くにいた鳥が一斉に羽ばたいて逃げる。
恐ろしい……男は素直にそう思った。
この幼さで、この側室の子は既に強者の空気を纏っている。
「お、お待ちください。その者も悪気があってやった事ではない故……どうかお許しを」
「……二度とそいつをここに近づけるな」
「は、はい!」
問いながらも、既にメルセデスの目は倒れている兵士のうちの一人に集中していた。
答えていないはずなのに、誰が最初に剣を抜いたかを見抜いているのだ。
問いを発した時、他の者よりも僅かに強く反応した兵士。そいつが事を荒立てた馬鹿者であると悟っている。
そして口にこそ出さないが、この話を違えれば命の保証はない……そう目が語っていた。
◆
「お前達の怪我は、坂道で転んだ事にでもしておけ」
本邸へと戻る帰り道。
揺れる馬車の中で、男は兵士達にそう命じた。
グリューネヴァルトからの招待状を運んできたこの男は、ベルンハルト卿に仕える執事である。
彼は今回の側室の子達を招いてのパーティー……の名を借りた茶番をあまり快くは思っていなかった。
本妻の子として英才教育を受けてきたフェリックス・グリューネヴァルトと放置されていた側室の子達……これで戦っても、フェリックスが勝つに決まっている。
要するに側室の子達は単なる踏み台として招待されたのだ。
だからフェリックスが勝利するのは分かり切った既定路線。そう思っていた。
「し、しかし!」
「いいから言う通りにしろ。これ以上事を荒立てるな。
下手にあの方の不興を買えば、今度こそお前達は殺されるぞ」
執事は思う。
もしかしたら、まさかの事態が起こるかもしれないと。
フェリックスは踏み台を呼んだつもりで、とんでもない怪物を招いてしまったのかもしれない。
メルセデスに仕えていたあの二体の魔物はどちらも普通ではない。兵士十人がかりでも勝てないだろう。
そしてオーガ種は自らに勝利した相手にしか仕えない。ならばメルセデスの実力はあのオーガと同等か、それ以上という事になる。
だが何よりも執事を恐怖させたのはメルセデスの目であった。
冷たい目であった。まるで生き物ではなく物を見るような、自分と家族以外の誰も信じていない目だった。
……父であるベルンハルト卿と同じ目であった。
メルセデス(……褒めるってどうやるんだっけか)
~以下、メルセデスの妄想~
メルセデス「『マルギット』! しっかりと書けただろーな!」
マルギット「ふおっ!? うおっ!!? うおっ!」
メルセデス「良ぉお~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし立派に書けたぞマルギット!」
マルギット「おおあっ」
メルセデス「3枚か!? 甘いの3枚欲しいのか! 3枚……イヤしんぼめ!!」
マルギット「うおっ! うおっ!」
~妄想終わり~
メルセデス(……ないな)