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第十六話 試練

 メルセデスの声に応じ、黒の扉が開かれた。

 中に広がっていたのは広い、広い――どこまでも広いだけの空間だ。

 一体何をどうやってダンジョンの中にこんな空間を形成しているのかは分からないが、メルセデスは動揺を表に出さないように努め、扉の中へと踏み込んだ。

 ベンケイとクロもその後に続き、荷物持ちのクライリアだけは扉の外に残す。

 すると扉はゆっくりと閉まっていき、メルセデス、ベンケイ、クロを閉じ込めた。

 これで試練を突破しない限り、生きては帰れないわけだ。


「真実に挑む者よ、よくぞ来た」


 空間の奥から声が響く。

 先程とは違う、低い男の声だ。

 どうやらこの声の主が試練というやつらしい。


「ここまで来た者に余計な言葉は最早不要……真実を求めるならば力を示すがよい」

「分かりやすいな。要は貴様を倒せばいいのか」

「その通りだ……ただし、出来るのなら」


 武器を構えるメルセデス達の前で声の主がその姿を現した。

 それは腕を組んだ顔のない人のような何かであった。

 ただし、そのサイズは全長にして20mは超えているだろう。どう見ても人ではない。

 背中には三対六枚の翼。左側は白く輝く天使の翼で、右側は暗く濁る悪魔の翼を生やしている。

 更にその背には輝く光輪を背負い、黒い炎が全身を渦巻いている。


(……何か、たかが一つのダンジョンの最下層でRPGのラスボスみたいなのが出て来た……)

「我は永久なる光、永劫なる闇……真実を求める者よ、汝に死の安らぎを与えよう」

(一つのダンジョンのボスに過ぎない奴が何か、世界の命運を賭けた戦いで戦うラスボスみたいな台詞を吐いている……)

「我が名はシュバルツ・ヒストリエ……抹消されし歴史。誰もが目を背け、若き日の苦痛と共に封印する負の記憶」

(いや、お前ただのダンジョンのボスだろ……)


 試練を見たメルセデスの感想は何というか、「あ、うん」という感じであった。

 いや、強い事は見て分かるのだ。倒すのはきっと困難だろう。

 しかし何というか、もっと他になかったのだろうか?

 この敵の姿は何だか、前世の若い頃を妙に燻って少し嫌だ。

 具体的には十四歳頃を思い出して嫌だ。


「だが人は過去からは逃れられぬ……どれだけ厳重に封じようと、犯した過去は変わらぬ。

消したくとも消えぬ過ち。忘れたくとも忘れられぬ罪……我は誰の心の中にも存在している。

だが我はその苦しみから解き放ってやろう……さあ、全てを忘れて眠るがよい!」


 シュバルツ・ヒストリエは腕組みを解き、両腕を広げた。

 来るか! そう判断し、メルセデス達は構える。

 それと同時にまず彼は、この試練の開始を告げる第一撃を放った。


「序章――鎮まらぬ腕(アルム・バンダージェ)


 ヒストリエが技名を宣言すると、彼の腕に拘束具のように巻き付いていた包帯が解ける。

 そこから放たれるのは黒い炎だ。

 全方位へと放たれた炎をメルセデスは軽々と避け、跳躍してヒストリエの前へと跳ぶ。

 そしてハルバードを一閃。重力を乗せた超重量の一撃がヒストリエへと襲い掛かるが、それをヒストリエは翼で防いだ。


「二章――存在しない闇の人格リュックザイテ・ゼルプスト


 ヒストリエから放たれた光を浴びた瞬間、メルセデスはまるで今の自分が自分ではないような錯覚に陥った。

 まるで自分の中にもう一人別の自分がいるような……いや、落ち着け。そんなものはいない。

 これはただの精神攻撃だ。惑わされるな。

 首を振って精神干渉を跳ね除けるも、その隙にヒストリエの拳がメルセデスを捕らえた。

 咄嗟にガードはしたが、派手に飛ばされて地面へと追突させられる。

 だがそれと入れ替わるように左右からベンケイとクロが飛びかかった。


「三章――哀れむ周囲の目(ミットライト・アオゲ)


 宣言と共に空間全域に目が出現した。

 それらはまるで哀れむように、あるいは蔑むようにメルセデス達を見ている。

 全方位から見張られている、というのは不利だ。動きが全て筒抜けになってしまう。

 死角が死角でなくなり、奇襲が奇襲として成立しない。

 クロとベンケイの攻撃も容易く見切られ、翼で弾かれてしまった。

 しかしそこに体勢を立て直したメルセデスが飛び込み、力任せにハルバードを振り下ろす。


「重力十倍!」


 振り下ろすのに合わせて重力魔法で重さを増加。

 渾身の一撃を以てヒストリエの翼を一つ切断した。

 ……通じる!

 手強い敵だが、決してこちらの攻撃が効かないわけではない。

 それを見てベンケイとクロも士気を上げ、メルセデスと連携して攻撃を行う。

 ベンケイは六本の武器を巧みに操ってヒストリエの体勢を崩す事に専念し、クロは飛び回って攪乱をする。

 更にそのクロを足場としてメルセデスが跳び、渾身の一撃を叩き込む。

 だがそれを厄介と思ったのだろう。ヒストリエは次なる攻撃へと移った。


「四章――孤独を気取った孤立(アインザームカイト)


 瞬間、メルセデスの周囲は暗闇で包まれた。

 ベンケイの姿も、クロの姿もどこにも見えない。

 不味い、孤立させられた……!

 まさかの事態に焦るメルセデスへと、黒い炎が襲い掛かった。


「ぐっ、あ!」


 全身を炎に焼かれながらも素早く再生し、地面に着地する。

 今の一撃でコートに火がついてしまったので素早く脱ぎ捨て、懐から魔石を取り出す。

 冷静になって見極めればいい。本当に孤立させられたわけではない……ただ仲間の姿が見えなくなっただけだ。

 そしてそれは、周囲の目が教えてくれる。

 ほら、今だってそうだ。いくつかの目が自分以外のどこかを見ている。

 つまり、そこにベンケイとクロがいる。

 メルセデスは炎の魔石を投げて派手に爆発させ、閃光で闇を一瞬だけ無理矢理晴らした。

 更に跳躍してからハルバードを振り回し、魔法で風の刃を放って周囲の目を次々と潰していく。

 薙ぐ、潰す。薙ぐ、潰す。

 刃閃が連続して煌めき、目が潰れると同時に闇が消えていった。


「ベンケイ、クロ、無事か!」

「はっ! 何とか!」

「ばう!」


 仲間の無事を確認し、メルセデスはそのまま風の刃をヒストリエへとぶつけた。

 よろめいた隙を見逃さずに重力魔法で飛び、今度はハルバードを直接叩き付ける。

 咄嗟にヒストリエも翼でガードするが、その翼ごと切断。

 ヒストリエの身体に傷を刻み込んだ。


「五章――激しい後悔ヘフティヒ・グリュック


 次の技はまたも炎だ。ヒストリエは顔から炎を放ち、メルセデス達へ攻撃を加えた。

 だがそれは先程までの黒い炎ではなく、吹き出すマグマの如き紅蓮の炎であった。

 止めどなく溢れる感情のように炎が空間を埋め尽くし、まるで過去を後悔して転げまわっているかのように炎が暴れまわる。

 メルセデスはこれに水と氷の魔石をありったけ投げつけて防御するが、防ぎ切れない。

 だがこれでいいのだ。彼女の狙いは防御などではないのだから。


「伏せろ!」


 メルセデスが指示すると同時にベンケイとクロは可能な限り距離を開けて伏せた。

 メルセデスも同じく距離を開けて魔石で風の防壁を展開。

 直後、高温の炎によって急激に気化した水が大爆発を起こし、ヒストリエ自身を襲った。

 いわゆる水蒸気爆発というやつだ。

 規模によっては山体崩壊すら引き起こすこの爆発は流石に効いたのだろう。

 ヒストリエは目に見えて弱り、翼もボロボロになっている。

 そこを逃さずにクロが走り、その上にメルセデスが乗る。

 ヒストリエも迎撃の炎を発するが、それをクロが機敏に避ける事でメルセデスは攻撃のみに集中する事が出来た。


「は!」


 ハルバード一閃。

 ヒストリエの脇腹を斬り付け、反撃を浴びるよりも速くクロが離脱する。

 入れ替わりで攻めるのはベンケイだ。

 彼はクロスボウを放って牽制しながら距離を詰め、複数の武器による同時攻撃でヒストリエの翼を抉った。


「畳み掛けるぞ!」


 メルセデスが指示を飛ばしてクロから跳躍。

 ハルバードを軽々と振るって斬撃の嵐をヒストリエへと浴びせた。

 ベンケイとクロもそれに同調して連続攻撃を加え、ヒストリエはそれを翼や腕で的確に防ぎ、反撃する。

 三対一でも尚互角。やはり試練と言うだけあって半端な強さではない。

 

「六章――過去は変わらないウンフェアエンダーリヒ・アインスト


 その宣言を受けた瞬間、メルセデスの身体が突如炎に包まれた。

 いや、メルセデスだけではない。

 ベンケイもクロも突然吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。

 二人と一匹はすぐに立ち上がるが、再びヒストリエが技名を宣言すると全く同じダメージを受けてしまう。


(これは……過去に受けたダメージの再現か!? 厄介な!)


 炎に身を焦がされながらメルセデスは強引に跳躍し、ヒストリエの顔をハルバードの鉤爪で引き裂いた。

 過去に受けたダメージをその場で再現されるのでは、回避も防御もない。発動前に潰す以外の手が見当たらない。

 だが技を止めさせようとする余りに焦り過ぎた。伸びてきた手がメルセデスを掴もうと迫る。

 これを避けようとするも間に合わない。胸倉を掴まれ、動きを封じられてしまった。

 そこにヒストリエは先程の顔からの炎を放とうとする。

 直撃すればいかにメルセデスといえど無事では済まない。


「ちい!」


 だが掴まれたのが服だけだったのは不幸中の幸いであった。

 メルセデスは自ら服を破り、強引に拘束から脱出して炎を回避した。

 無茶な避け方をしたせいで上半身が下着(アンダードレス)姿となってしまったが、気にしている余裕はないし、そんな事で一々羞恥を感じて「きゃー」とか言う程乙女チックでもない。

 髪留めも解け、少し髪が鬱陶しいがこちらも気にする余裕はないだろう。


「重力……五十倍!」


 魔力の出力を無理矢理に上げ、ヒストリエを地面に倒した。

 しかしこれが今のメルセデスの限界だ。完全に魔法だけで手一杯になってしまい、自分も動けない。

 だがメルセデスが動けずとも、動ける仲間がいる。

 ベンケイはクロスボウを上に向けて発射し、それは重力に引かれて急降下し、ヒストリエへと突き刺さる。

 それを見てからすぐに魔法を解除し、次の魔法へと切り替える。


「フェアザンメルン!」


 メルセデスのオリジナル土属性魔法第三弾は重力、というよりは引力だ。

 手を翳した方向に引力場を発生させて周囲の物を引きずり込む魔法であるが、威力は大してない。

 しかしこれでも少しくらいは敵の動きを阻害出来る。

 更にメルセデスは自らが飛び込み、引力に逆らわずに加速。勢いを付けた蹴りを力の限りめり込ませた。

 まだ終わらない。ヒストリエの巨体を掴み、重力の操作と合わせて持ち上げ、宙へ放り投げる。

 追って跳躍……そのまま追い抜かし、ハルバードを上段に構えて一気に振り下ろした。

 ヒストリエの顔が半分ほど裂け、轟音を立てて地面へと衝突する。


「終章――アインスト……」

「させるか!」


 何か最後の抵抗をしようとしていたが、それよりも速くメルセデスはハルバードをヒストリエの顔面へと突き刺した。

 これでもまだ貫通しないが、止めはこの後だ。

 メルセデスは素早くヒストリエから飛び降り、全魔力を両腕へと集約させて振り上げる。


(もってくれよ……私の身体)


 魔法というのは決してノーリスクで扱える物ではない。

 使う側にも相応の消耗が存在している。

 それはマナと呼ばれる特殊な力だと言うが、あまり使いすぎると枯渇して意識を失い、最悪の場合は死に至る。

 だがメルセデスはその危険を犯してでもこの場での勝利を掴む事を決めた。

 それくらいしなければ、今の自分にこいつを倒す事は出来ない。そう思ったのだ。


「重力百倍!」


 重力波を限界以上の出力で発射し、更にそれを一点集中。ハルバードへと集約させた。

 するとハルバードは罅割れ、自壊しながらもヒストリエへと突き刺さっていく。

 そして――貫通。

 ヒストリエの顔に穴を穿ち、役目を終えたかのように粉々に砕け散った。


「……見事、だ。汝等こそ、真実を得るに相応しい……」


 そしてヒストリエもまた、今の一撃で崩れ落ちた。

 メルセデス達への賞賛を口にし(口はないが……)、彼は光の粒子となって消えていった。

 それを見届けてからメルセデスは脱力し、倒れそうになる。

 だがその身体をベンケイが咄嗟に受け止めた。


「主、大丈夫ですか?」

「……ああ。だが流石に少し疲れた」


 これで試練は終わりだ。

 メルセデスはやり遂げた達成感を胸に、小さく笑った。

【今回の技の元ネタ解説】

・アルム・バンダージェ

ぐうっ……鎮まれ……鎮まれ、俺の腕よ……!


・リュックザイテ・ゼルプスト

お前等、すぐに俺から離れろ! 俺の《闇の人格》が目を覚ます前にな!(キリッ


・ミットライト・アオゲ

周囲の人「あの人、怪我もしてないのに腕に包帯巻いてるわwww」

周囲の人「闇のwww人格www」

周囲の人「プークスクス」


・アインザームカイト

ふっ、誰にも理解されないか……それでいい。俺に近付くと危険に巻き込んでしまうからな(キリッ

周囲の人「あいつと一緒にいるとこっちまで恥ずかしいから、あいつは遊びに誘わなくていいな」


・ヘフティヒ・グリュック

ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

俺は中学生の頃、何て恥ずかしい事を……!(ゴロゴロゴロ)


・ウンフェアエンダーリヒ・アインスト

なかったことにしたい! 具体的には中学生くらいの時の恥ずかしい俺をなかったことにしたい!

ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!(ゴロゴロゴロ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 界王拳みたいやなぁ…笑
[一言] 持ってくれよ私の体の後の重力百倍で悟空が頭の中で思い浮かぶんだ
[良い点] 勘違いモノのにほいが良い [気になる点] 途中から技名しか見えなくなる罠 [一言] マテ、なんで初のボス戦で全力で笑わせに来るんだwwww
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