第百三十八話 総力戦
昨日「欠けた月のメルセデス」第三巻が発売されました。
もし本屋で見かけたら是非!
メルセデスの出した守護者三体が、ベルンハルトの守護者二体に襲い掛かった。
ウーア・ゲヴァルトと呼ばれていた龍の能力は未知数だが、それを言えば向こうもシュヴァルツ・ヒストリエの能力を知らない。
何より三対二で単純にこちらが有利だ。
パラディースは破壊された頭部を復元して引き続き煙の巨人を相手し、フェーニクスが大空へ羽ばたいて龍の相手をする。
シュヴァルツ・ヒストリエは後方で腕組みをしつつ、二体の援護射撃だ。
「ほう。ダンジョンを三つ入手していたか……!」
「そういう事だ。さて、どうする? まさか終わりじゃないだろ?」
「くくくっ……言いよるわ、小娘が」
メルセデスとベルンハルトが笑みを張り付けたまま武器を衝突させ、楽しそうに語らう。
分かっている。これで終わりではない事くらい。
何故ならまだ、魔物を吐き出していない。
守護者は確かにダンジョンマスターの切り札だが、逆に言えばまだ切り札しか切っていない。
ゲームにおいて切り札は形成を逆転させてしまうほど強力なものだが、だからといって切り札だけでゲームに勝てるわけではないのだ。
「出番だ、暴れてこい!」
「ゆけ、我が駒よ」
メルセデスとベルンハルトが同時に魔物を大量解放した。
メルセデスの側にはベンケイ、クロ、ピーコ、シュフのいつもの四体に加え、更にシュタルクダンジョン、帝国ダンジョン、グレンツェダンジョンの魔物が並ぶ。
ベルンハルトの背後にも多様な魔物が列を為し、激突の時を今か今かと待ち望んでいた。
そしてその総数は、三つのダンジョンを持っているメルセデスに決して劣っていない。
いや、それどころか数は若干向こうが上かもしれない。
余程、ダンジョンポイントを稼いで魔物を増産していたのだろう。
「よし、数は揃えているようだな。だが指揮官は用意しているか? 娘よ」
「指揮官……?」
「魔物は数だけ揃えて戦わせればよいというものではない。自在に操る優秀な指揮官が必要だ。普段ならばそれはダンジョンマスター自身が担うべきだが……そのマスターが満足に指揮出来ぬ時もあるだろう。少なくとも私は、お前と戦っている最中に余計な事に意識を割いて隙を見せるほど愚かではないぞ」
なるほど、と思った。
確かにベルンハルトがいかに優秀でも、メルセデスと戦っている最中に魔物の指揮まで出来ない。
むしろそんな真似をすれば、その隙を間違いなくメルセデスに突かれるだろう。
だからこそ、有事の際の代わりの指揮官が必要なのだとベルンハルトは語る。
「用意していないのか? 仕方のない奴だ……だが不出来な娘の面倒を見るのも父の役目よ。家庭教師を用意してやろう」
ベルンハルトはそう言い、新たに魔物を召喚した。
いや、魔物ではない。
呼び出されたそれは獅子の頭部を持ち、逞しい人の身体を備えている。
全身は黄金の鎧で包み、紅のマントをなびかせるその堂々たる姿は只者ではないと一目で理解させられた。
「それは?」
「紹介しよう。こいつは先代獣王オライオン。先の戦争で獣人を率い、我らと争った男よ。無論、本人ではなく複製だがな。そこそこ有能な男だったので、オリジナルを始末する前に増やしておいたのだ」
「先の戦争……ああ、グスタフ先生が活躍したという八十年前の」
メルセデスが生まれる前の話なので詳しくは知らないが、八十年前に吸血鬼は獣人と戦争になり、そして勝利している。
その際に活躍したのがメルセデスの担任教師でもあるグスタフであり、伯母であるハンナであり、そして父のベルンハルトだ。
ならばこのライオン男は前の戦争の敵の総大将というわけか、とメルセデスは納得した。
「私の持つダンジョンのうちの片方は元々はこの男の所有物でな。それだけに魔物の指揮もお手の物よ」
「ん? だとすると……獣人の国は今、ダンジョンが一つしかない……?」
「気付いたか。そうだ。新たに入手していなければ、という前提の話になるが……奴等も既に詰みかけている」
これは大きな情報だ。そしてここまでの前提が覆ってしまった。
メルセデスは今まで、獣人の国、エルフェの国がダンジョン二つ、鳥人がダンジョン一つと思っていた。
しかし実際はもう、獣人の国もダンジョンを一つ失った状態であった。
思っていた以上に、世界のバランスは崩壊している。
「魔物を指揮する事に長けた前の持ち主か……なるほど」
メルセデスは腕輪を突き出すようにし、獅子男を見る。
腕輪の中では、早く出せと喚いている声が聞こえた。
分かっている、今出してやる。
今までは裏切りの可能性を考慮して一度も使ってやらなかったが、いつまでも警戒して使わないのでは度量が知れるというもの。
これから世界を敵に回そうというのに、一国の女帝くらい使ってやれないのでは話にならないだろう。
「ならばこちらにも同じような奴がいる。もっともこっちはオリジナルだがな……出番だぞ、ベアトリクス!」
メルセデスの声と共に、花びらが舞い散った。
その中から踊るようにして飛び出したのはベルンハルトのかつての政敵でもあった女帝ベアトリクスだ。
これにはベルンハルトも驚いたように目を見開き、得心がいったかのように笑った。
「久しいな、ベルンハルト。何やら随分愉快な親子喧嘩をしているではないか」
「ああ、全く愉快だ。そちらは随分情けない事になっているな? 女狐」
「何、誰かに使われるというのも存外悪いものではない。それが世界の未来をも変え得る逸材ならば尚の事よ。それに貴様もすぐに同じ立場になる」
ベアトリクスは不敵に笑い、鉄扇を閉じた。
この鉄扇は以前まで使っていたダンジョンキーではなく、よく似たデザインの別の鉄扇だ。
ダンジョンをメルセデスに譲った今、ベアトリクスはダンジョンキーを使えない。
その為、どうしても以前に比べてしまえば戦力ダウンは避けられないが、それでも指揮官としての能力は健在だ。
「ベアトリクス、魔物の指揮を任せる。父の軍勢を何とか抑え込んでくれ」
「何だ? 抑え込むだけでよいのか?」
両者の率いる魔物の数は見た所、そこまで差はないが若干こちらが負けている。
ならば抑え込んでくれれば上出来と思ったのだが、どうやらベアトリクスは勝てる自信があるらしい。
「……やれるのか?」
「ベルンハルト自身が指揮するならばいざ知らず、知略を知らぬ獣が率いる軍など恐れるに値せん」
「大口に見合うだけの戦果を期待していいんだな?」
「折角の初舞台だ。完全な勝利をお前に捧げてやろうではないか」
ベアトリクスは自信を漲らせ、敵の軍勢を前に堂々と勝利を宣言した。
メルセデスに敗れ、配下になり……それでも尚、女帝の威容には聊かの衰えもない。
自分は必ず勝つという自負だけがあった。
「さあ行くぞ、者共! 我らが主を勝たせる為に!」
「ぐっ……と、とうとう……主の配下の中でのリーダーという座まで取られた……!」
「そんな事を気にしている場合ではないだろう……」
魔物達へ号令を出すベアトリクスに、最古参であるベンケイが悔しそうに拳を震わせ、シュフに呆れられていた。
ベンケイは今までずっと、メルセデス配下の中でリーダーのような立場にいたが、残念ながら指揮能力を備えていない。
なのでこういう集団戦では指揮能力に長けるベアトリクスに将の座を取られてしまうのは仕方のない事であった。
両軍が衝突し、周囲の雑魚を全て無視してメルセデスとベルンハルトが激突する。
槍とハルバードが死の間合いで縦横無尽に暴れ、二人の周囲に誰も近付けない刃の結界となって近付いただけの魔物を敵味方関係なく細切れにする。
守護者同士の戦いも苛烈を極めていた。
フェーニクスとシュヴァルツ・ヒストリエの火炎が周囲を焼き払い、龍の竜巻が森林を根元から引き千切って何もかもを蹂躙する。
だがパラディースが植物を支配し、新たに木々が生えて敵に襲い掛かる。
煙の巨人が生み出した黒い煙が空に上がって雷雲と化し、龍が雷を降らせた。
「うおおおおおお!!」
リーダーの座を取られてしまったベンケイが一騎当千の鬼と化して次々と魔物を屠り、クロが素早く戦場を駆けて敵の喉を噛み千切る。
シュフは敵の中でも一際強力な魔物……恐らくはベンケイやドミニオンといった扉の前を守る番人級と思われる敵と交戦し、ピーコはグレンツェダンジョンの飛行タイプの魔物を率いて大空を舞い、敵軍へ奇襲をかける。
二つの軍の激突の最中、ベアトリクスと先代獣王の視線が交差し、ベアトリクスは余裕の笑みを……先代獣王は憎悪の形相を浮かべた。
「出し惜しみは無しだ。お前達も行け!」
メルセデスはハルバードから更に魔物を召喚し、フレデリックから奪ったデーモンフォルストを解き放った。
デーモンフォルストは守護者には及ばないが、番人級よりは強いというかなり便利な魔物だ。
フレデリックも全く、いい魔物をプレゼントしてくれたものだ。
デーモンフォルストが緑の巨人と化し、守護者達の戦いをサポートするべく前進する。
その影からユリアが飛び出して先代獣王を暗殺するべく奇襲をかける……が、その刃はベルンハルト配下のフォーゲラ、隠密部隊長のハンゾウに阻まれていた。
以前片足を失ったはずだが、今はしっかり両足が揃っている。
治療したか、それとも前とは別個体か……どちらにせよ、強力な敵だ。
ユリアとハンゾウは高速で駆け、戦場を走る二つの黒い影となって何度も刃を交わした。
まるで雷鳴のような地響きを立てて数多の魔物同士が衝突し、守護者は自然現象すら操り、メルセデスとベルンハルトが互角の戦いを演じる。
それはもう、個人同士の戦いではなかった。
それはもう、戦争であった。
「もう手駒は出し切ったか!? それともまだ伏せているか!? どちらにせよ、このままでは消耗戦だ。なあ、娘よ!」
「ああ、そうだな! どれだけ札を切ろうと、最後に勝敗を分けるのは結局、ダンジョンマスター自身の実力だ!」
普通の軍なら、総大将が最強である必要はない。むしろ総大将自ら戦うのは悪手である。
だが全てのダンジョンを手に入れるならば話は別。
ダンジョンを手に入れる際の守護者との戦いは、マスター自らが行わなければならない。
マスター自身が強くなければいけない。
たとえ結果的に勝利しようと、ここで父に、娘に負けるようではとてもこの先の勝者になどなれやしない。
だからこその、正面対決!
総力を吐き出した末に最後に残ったのは、最初と変わらない父と娘の戦いだ。
互いの札は見せた。切り札も見せた。共に相手の実力をしっかりと確認した。
ならば後は……どちらが強いか、だ。
メルセデスが両手に魔力を集約させ、ベルンハルトもありったけの力を解放する。
ベルンハルトの槍に雷が降り注ぎ、風に乗って加速――一気に槍を振り上げた。
メルセデスも同時に風に乗って駆け出して跳躍――重力を乗せたハルバードを振り下ろす。
「重力百倍!」
――天を裂くような轟音が響き渡った。
近くの町の人々「」
ジークリンデ「」
ハンナ「」
フェリックス「」
同格の相手との本気の戦いはとても楽しい。
でも、周囲の迷惑も考えるべきだと思うんだ……。
【一部キャラの名前変更】
イラリオン→オライオン




