第百三十六話 父と娘の戯れ
二人の持つ武器が衝突し、火花を散らす。
メルセデスの持つハルバードはダンジョンのマスターキー……ツヴェルフ曰く、決して壊れない金属だ。
それと正面からぶつかって罅の一つも入らないベルンハルトの槍もまた、疑いの余地なくマスターキーなのだろう。
メルセデスは力任せにハルバードを薙ぎ、槍を弾いた。
力比べならば重力で常に鍛え続けているメルセデスに分がある。
そのまま腕を戻す勢いで内側に薙ぎ払うが、ベルンハルトは半歩下がるだけで回避し、素早く突きへ移行する。
これをメルセデスは頬ギリギリで避け、首と肩の間に柄を挟むようにして動きを止めた。
そしてベルンハルトの腹に蹴りを放つ。これで上手く吹き飛ばせれば槍を奪う事が出来るだろう。
だがベルンハルトは蹴りを片手で防ぎ、槍を高々と持ち上げた。
釣られるようにメルセデスも浮き上がり、仕方なく槍を放して空中で回転……遠心力を乗せてハルバードを振り下ろす。
重い一撃。床が砕け、屋敷全体が揺れる。
だがベルンハルトは既にその場におらず、少し離れた位置で余裕の笑みを浮かべていた。
その余裕を崩すべく、たった今砕いた床の瓦礫を魔法で浮かせて射出する。
だが瓦礫はベルンハルトに届かず静止し、それどころか岩の刃となってメルセデスに反逆した。
土属性魔法で逆利用したのだろう。
飛んでくる岩の刃を全て叩き落し、ベルンハルトとの距離を詰める。
ベルンハルトも同じく接近し、二人の武器が高速で何度も激突した。
一秒間に何度も金属音が鳴り響き、攻撃の余波で床に残痕が刻まれる。
単純なパワーやスピードといった身体能力ならばメルセデスが有利だが、それでも攻めきれない。
ベルンハルトにはメルセデスの短い戦歴では持ちえない経験と高い技術がある。
何度目かの衝突の後に一度距離を空け、次はどう攻めるかをメルセデスは考える。
「小手調べとしてはまずまず、といったところか。こんなものではないだろう? メルセデスよ」
「そちらこそ。この程度ならば私も苦労せずに済むのだがな」
今の攻防はほんの腕試しのようなものだ。
この程度の攻撃にすら対応出来ないならば、利用価値などない。
ダンジョンだけ奪って、それで終わりだ。
とりあえず、互いに最低限のレベルには達しているという分かり切った事実を改めて確認したに過ぎない。
「近接戦は悪くない。では魔法はどうかな」
ベルンハルトが言うと同時に、メルセデスの立っている床が盛り上がった。
素早く退避した直後に鉄の槍が生え、更に壁や床から次々と槍が生えてメルセデスを襲う。
かつて国王の取り巻きを相手に一時的に共闘した時にも見せた鉄属性魔法だ。
メルセデスが避ける先を予測していたように槍が生え、避けた先にまた別の槍が生えて休む間もない攻撃に晒される。
槍の長さも自在のようで、壁から離れていればいいという問題でもない。
どこにもいても射程圏内。気を抜けば次の瞬間串刺しにされているだろう。
ならば、と高く跳んで天井を蹴る事でベルンハルトへ接近……しようとするが、それも阻まれる。
天井からも槍が生えてメルセデスを迎撃し、咄嗟に身を捩って回避した事で体勢を崩したメルセデスが落下する。
落ちるその先も待ってましたと槍が待ち構えているが、槍の一つ……その先端に爪先を合わせる事で、メルセデスは何と槍の先に乗ってしまった。
これでもメルセデスが現在着ている服はシュタルクダンジョンを手に入れた時に宝物庫から手に入れた特別製だ。
対刃、対熱、対衝撃に優れており、下手な鎧よりも頑丈に出来ている。
高速で突き出された刃ならば貫かれる恐れもあるが、ただ刃の上に乗るだけならば問題はない。
「さあどうする? 逃げ場はないぞ」
ベルンハルトが楽しそうに、そして期待するように言う。
まさかこの程度で詰んだりはしないだろう? という娘への問いかけだ。
それに対しメルセデスも笑みを崩さないまま答えた。
「冗談だろう。逃げ場がないのはそちらの方だ」
屋内という限定された空間ではベルンハルトの魔法は脅威だ。逃げ場がない。
だがそれはメルセデスも同じ事。
こんな狭い空間ならば、どこに逃げても魔法の攻撃圏内となる。
「重力三十倍!」
屋敷全体に重力魔法をかけ、逃げ場なしの空間攻撃を行った。
自分まで巻き込んでしまうので多少出力は下げているが、普段から重力に慣らしているメルセデスと違って、いきなり重さが増す事に慣れていないベルンハルトならば三十倍でも十分効果的だろう。
あちこちから生えていた槍が次々とへし折れ、ベルンハルトが頭を垂れるように姿勢を低くする。
そこにメルセデスが悠々と近付いた。
だが刃を振り下ろす事はせず、ベルンハルトをじっと見下ろしている。
「……どうした? チャンスだぞ。まさか父の命を奪う事を今更躊躇しているわけではあるまい」
「……」
メルセデスはベルンハルトの首を狙ってハルバードを薙いだ。
それと同時にメルセデスは確かに聞いた。ベルンハルトの心臓の鼓動を。
本能が危険を察知し、すぐに攻撃を中断して一気に後ろに下がり、目の前をベルンハルトの槍先が掠めた。
額から血が溢れ、床に赤い斑点が描かれる。
予想通りではあったが、やはりこの程度で終わるほど簡単ではないらしい。
メルセデスは額を指で拭う。
すると、指が通った後は既に傷跡すらなく完治していた。
「血操術か」
「そうだ」
メルセデスの問いに、ベルンハルトが答えた。
吸血鬼は血の流れこそが力を生み出す。そして普段よりも血の巡りを強く、速くする事で爆発的な身体能力を得る事が出来る。それが血操術だ。
メルセデスにとっては本邸に来る以前から続けていた重力トレーニングで知らないうちに自力で身に付けていたものであり、普段から無意識で使い続けている……呼吸にも等しい基礎技能に過ぎない。
普段から使っているという点ではベルンハルトも同じだろうが、今、それを意図的に強くしたのだろう。
普段から使えるという事はつまり、その程度の負担でしかない。ならばそこから更に負担を増す事で身体能力の底上げをするのは、決して不可能ではないのだ。
ベルンハルトの姿が消え、メルセデスはすぐにハルバードを右に向けて突き出す。
かろうじて反応が間に合った絶好のカウンター……だが、ベルンハルトは笑みを浮かべたままハルバードを紙一重で避け、メルセデスの首に槍の先を突き付けていた。
「いい反応だ」
そのまま躊躇なく突きだされた槍を、首の肉を僅かに抉られながらも回避。
顔色一つ変えずに再生しながらすぐに次の攻撃へ移るが、ハルバードが力づくで弾かれてしまった。
父が血操術で強化をした今、優位だったはずの身体能力が完全に逆転してしまっている。
ベルンハルトの蹴りがメルセデスの腹に突き刺さり、小柄な身体が屋敷内の調度品や椅子を巻き込みながら吹き飛んで壁にめり込んだ。
それでも表情を変えずにすぐに立ち上がろうとしたメルセデスだったが、高速で接近してきたベルンハルトが彼女の手首を槍で貫いた。
「……っ!」
「素晴らしい身体能力、そして再生力だ。よく鍛えられている。これならば今まで誰が相手でも得意分野で負ける事はなかっただろう。その自慢の能力で上を往かれた気分はどうだ?」
ベルンハルトが愉快そうに言う。
彼はこれで勝利したなどとは考えていない。何せまだお互い、全ての手札を晒していないのだから。
しかしこれで、一つの答えが見られると確信していた。
吸血鬼は崖っぷちに追い詰められた時にこそ、本性が出る。
どれほど普段は余裕ぶって大物であるかのような顔をしていても、余裕がなくなれば脆い素顔を露呈して泣き喚く。いくら善人ぶっていてもいざとなれば他人を見捨てて自分だけが助かろうとする。逆に普段は頼りない奴がいざという時には覚悟を決めたり、他人を助ける為に命を張る事もある。
そうした素顔をベルンハルトはこれまで、何度も見てきた。
そして今、鉄仮面の奥に隠れていた娘の本性が出る。
「……悪くない気分だ」
――メルセデスは笑っていた。
余裕の笑みとは違う。まるでこの苦戦を楽しむように、歪んだ素顔を曝け出していた。
追いつめられているこの現状を、越えるべき壁が高いという現実を、面白いと感じて笑っているのだ。
自らの安全が脅かされている崖っぷちで享楽を得るなど普通ではない。
だがメルセデスとはそういう存在なのだろう。
手こずらなければ達成感を得られない。
苦しくなければ満足感を手に出来ない。痛くなければ実感が湧かない。
逆境においてこそ満たされる、壊れた魂。
そんな娘の素顔を前に、ベルンハルトもまた笑みを深くした。
「ああ、そうとも! 悪くないな、メルセデス!」
メルセデスの心臓が鼓動を速めた。
血が今までよりも速く全身を駆け巡り、体温が上昇していく。
普段から無意識で使っている血操術……それを今、意図的に速めた。
槍に貫かれたまま手を強引に動かし、皮膚と筋肉がブチブチと音を立てて裂け、強引に脱出する。
そのまま痛みを意に介さず再生しつつ、ベルンハルトの腹を蹴り飛ばした。
ベルンハルトは壁に叩き付けられながらも、愉快そうに顔を歪める。
「まだだ! そうだろう? まだ楽しめるな、娘よ!」
「無論だとも! 父よ!」
二人の武器が中央で衝突し、同時に姿を消した。
武器が激突する金属音だけが屋敷内で鳴り響き、壁や床、天井に傷跡が刻まれていく。
戦いの巻き添えになったのだろうテーブルが両断され、シャンデリアが砕ける。
壺が割れ、絵画が裂け……そして、壁に大穴が空いたほんの一秒後には激突の音が屋敷から遠ざかっていた。
直線状にあった木々が次々と切断され、戦場を外へ移した親子が互いの手応えを確認するように再び武器をぶつけ合った。
すぐに次の攻撃へと入ろうとしたベルンハルトの槍が重力で重くなり、その隙にメルセデスの渾身の蹴りが顔面にめり込んだ。
ベルンハルトが木々をへし折りながら吹き飛び、それよりも速く接近したメルセデスがハルバードを振り下ろす。
だが槍で防がれ、衝撃で飛ばされながらもベルンハルトは無数の槍を生み出して射出した。
その悉くを叩き落すメルセデスだが、直後に悪寒を感じてその場から飛び退く。
すると一瞬前までメルセデスがいた場所を、地面から生えた天を貫くほど巨大な槍が貫いた。
だが一瞬もあれば今のメルセデスはベルンハルトに刃を余裕で届かせる事が出来る。
既にベルンハルトの目の前まで切り込んでいたメルセデスがハルバードを振り上げ、同時にベルンハルトが槍を振り下ろす。
肉が裂ける音が響き、血飛沫と共に二本の腕が宙を舞った。
互いに左腕を奪われたが、戦意は衰えていない。
痛みはある。再生力が高い故に痛覚の鈍い吸血鬼でも、流石に腕一本は激痛を感じる。
しかし二人は汗を滲ませながらも、まるで怯む様子を見せない。
一度距離を取って、落下してきた自らの腕を掴んで切断面に押し付ける。
いかにメルセデスでも、腕一本を繋げるのはそう簡単な事ではない……というより、そもそも切断までされたのは初めてな気がする。
だが血操術でブーストしている影響か、それとも今は気分が高揚しているからなのか……理由は分からないが、自分でも驚くほど早く腕が繋がった。
ベルンハルトもどうやら既に腕を繋げたようで、二人はすぐに戦闘を再開する。
もう何度目か分からない武器の衝突に空気が揺れ、周囲にいた野生動物が我先にとその場から逃げ出していく。
父と娘の戯れはまだ始まったばかり。ここからが本番だと、二人の黄金の眼が静かに語っていた。




