第百三十一話 道具に徹する者達
「襲撃犯の隠れ家というからには、近くの洞窟やボロ家のようなものを想像していたのだが……随分、変わった隠れ家だな?」
吸血鬼とエルフェの貴族を襲撃して殺害した賊の隠れ家が判明してより半日。
メルセデスとレスリー、それからベンケイとクロはハンナに案内され、集落から大分離れた位置にある林の前に到着していた。
ハンナが捕らえた賊の証言によると、ここが彼らの隠れ家らしいが、一般に想像されるような隠れ家とはだいぶかけ離れている。
勝手な想像と言われればそれまでなのだが、メルセデスの中では賊というのはもっとターゲットの近くの、洞窟だとかに住み着くようなイメージがあったのだ。
しかしこの林は集落からかなりの距離があり、しかも林というのがよく分からない。
オマケにどういうわけか、ここに生えている木はまるで南国の――この世界の南国がどうなっているのかはメルセデスは知らないので、記憶にある地球の南国、という意味だが――植物のように葉が大きく広がっていて、それが重なっている様はまるで緑色の屋根のようだ。
「持ち込んだ苗木を土属性の魔法で急成長させて作ったんだろうね。下からは葉っぱが邪魔で見えないけど、葉っぱの上に簡素な小屋を作ってるはずだよ」
「……葉の上に?」
「うん。この植物は『ユーカ』っていってね、葉っぱが凄く頑丈だから上に乗って暮らす事だって出来るんだよ」
「何故わざわざそんな場所に」
「そりゃあ、飛べるからね」
今更な話だが、フォーゲラは空を飛べる。
したがって、その機動力は吸血鬼やエルフェの比ではなく、徒歩ならば時間がかかる距離も短時間で行き来可能で、わざわざ見付かりやすい地面に拠点を構える必要もない。
この林の上に隠れ家を作ってしまえば、下からは葉っぱが邪魔で見えないし、木の上から見る者などそうそういない。
大抵はただの林と思って素通りしてしまうだろう。
空という広大なフィールドを自在に行き来出来るフォーゲラにとって、わざわざその有利を捨てて地面に降りる理由などないのだ。
その事を察し、メルセデスはなるほど、と頷いた。
確かに言われてみればそうだ。鳥だって外敵から逃れるために木や屋根に巣を作る。地べたに巣を作ったりはしない。
「ところで、襲撃犯が結局何をしたかったのかは聞き出せたのか?」
「それなんだけどね、メルちゃん、襲撃犯のリーダー格だけは生捕りにして欲しいんだよね」
今回の襲撃犯は実力とは裏腹に、やっている事はまるで素人だ。
あちこちで目撃されているし、貴族を殺した事で無駄に吸血鬼とエルフェの双方から怒りを買ってしまっている。
これでは宣戦布告を行ったようなものだ。
フォーゲラのダンジョンを取り戻したいのは分からないではないが、やり方というものがあるだろう。
こんな事をしては最悪、ダンジョン抜きで吸血鬼、エルフェと戦争する事になってしまう。
この襲撃によるフォーゲラの利がまるでないのだ。
だからこそ、メルセデスとハンナは疑問に感じていた。
彼らは、そんな事も分からない間抜けなのか、と。
そして現在、襲撃犯容疑がかけられて絶賛渦中の人物であるはずのレスリーは、吸血鬼二人の話についていけずに、地面に木の枝で落書きをしていた。
「尋問して分かったのは、彼らは自我を捨ててるっていう事。今回の襲撃に関して、実行犯である彼らは何の思惑も持ってないの。ただ上からの命令を忠実に実行しただけ……捕らえたフォーゲラは言ってたよ、『自分はただの道具だ』って」
「なるほど、よく訓練されている」
道具は自ら考えない。考えるのは使い手の役割だ。
投げられたナイフが『こいつに刺さりたくない』と考えて勝手に引き返したら、それはただの欠陥品だ。
手にした箸が『俺、納豆に触りたくない』と使われることを拒否したら、一体誰がそんなものを使いたがる。
道具は考えない。ただ使われるだけだ。
彼らも、そうなのだろう。厳しい訓練で自らを完全に道具とし、どんな命令にも疑問を抱かず遂行する。
だから彼らは『何故』を考えない。
仮に主から『俺の息子を殺せ』と言われれば、それを『何故』と問う事なく実行するだろう。
「彼らは本当に何も知らないの。上からの命令をリーダーが受け取って、そのリーダーから彼らに指示が下される。だから相手に対して何の恨みもないし、自分が殺す相手を何故殺さなければならないのかも知らない。実行した後に何が起こるかも考えてない。命令を実行する事で、それが主の利になるか害になるかすら考えてない」
「……確かに、それは道具だな。理想的ですらある」
自分で一切考えず、ただ忠実に命令に従う。それは隠密の一つの到達点なのかもしれない。
実際メルセデスも、ユリアにそう在る事を求めたのだから他人事ではない。
余計な事を考えるな、ただ実行しろ。
メルセデスがユリアに求めた事の、その延長線上に今回の襲撃犯がいる。
「理想的、か……ふふっ」
「……何だ?」
「いや、きっとベルンハルトも同じ事を言うんだろうなって思ってさ」
「…………」
メルセデスは露骨に嫌そうな顔をした。
いくら何でも、あの父と同じにされるのは心外である。
「グスタフも同じ事を前に言ってたよ、道具は考えないってさ。
それって、どうなのかな。私は正しいってあんまり思えないんだよね」
ハンナは寂しそうに言い、メルセデスはあえて何も答えない。
こればかりは、個人の考えだ。きっと正解などないのだろう。
例えば自動運転を実装した車が走っていたとして、その前に子供が五人飛び出してきたとしよう。
ブレーキは間に合わない。右の対向車線には別の車が走っていて、そちらに避ければ大惨事。左に避ければ子供は回避出来るが、柵を突き破って川に転落してしまう。
だが、そちらに避ければ死ぬのは運転手一人で済む。
こういう時、自動運転はどういう判断を下すべきなのか。
運転手を守るために、自ら『避けない』という判断をして子供五人を殺すのか。その場合罪は運転手と車のどちらにあるのか。
子供五人の為に運転手を川に落とすのか。だがいざとなれば搭乗者を殺そうとする車など一体誰が乗りたがるというのか。
正解はメルセデスには分からない。
「そんな事を話す為にここまで来たわけじゃないだろう。今は目の前の事に集中すべきだ」
「ん、そうだね」
どちらが正しいのかの答えは出ない。
だが少なくとも、その議論自体がこの場ですべきものでない事は確かだ。
メルセデスはハルバードを肩に担ぎ、ハンナも懐から短刀を出した。
レスリーも話が終わったと見て銃を担ぎ、いざという時にすぐ庇えるように彼女の右にベンケイが陣取る。
「私達が近付いた事は向こうも既に気付いている。どう攻めるべきだと思う?」
ハンナの言葉にレスリーは「そうなの!?」と驚いているが、メルセデスにとっては織り込み済みの事でしかない。
あれだけ見晴らしのいい場所に拠点を構えているのだから、誰かが近付いて来たら気付くに決まっている。
「そうだな……」
恐らくあの林には侵入者撃退用の罠くらいは仕掛けてあるだろう。
そうなるとあの林に近づく事自体が不利だ。
だがそれならば、まずは拠点から潰してしまえばいい。
メルセデスは指先を林に向けると、ノータイムで重力魔法を発動――林ごと押し潰した。
「これでいいんじゃないか?」
「うわあ、相変わらず容赦ない……」
まるで見えない天井に潰されるかのようにひしゃげていく林を見て、ハンナは乾いた笑みを浮かべた。
しかし効率的な一手ではある。
初手範囲攻撃で拠点ごと潰してしまえば、相手の用意していた罠は無力化できるし、動きを封じたのでそのまま捕らえる事も出来る。逃走の防止にもなるだろう。
特に飛べる相手に対して、この重力魔法は呆れるほどに有効だ。
しかし相手も、貴族の護衛をすり抜けて対象のみを仕留めるほどの凄腕だ。
何人かはメルセデスの魔法が発動する前に林から逃れていたらしく、こちらに向かって真っすぐに飛んできた。
「討ち漏らしたか」
「なら、私の出番だね。メルちゃんはそのまま魔法を維持してて」
飛んでくるフォーゲラは五人。それを前にハンナは余裕を崩さず、メルセデスに魔法を維持する事を求めた。
一体何をする気なのかと思ったが、ここはハンナのお手並み拝見といこうか、とメルセデスは考える。
思えばハンナが戦う場面を、見た覚えがほとんどない。
精々、授業の時に組んだ時くらいだが、あの時はハンナも猫を被っていたので本気には程遠かっただろう。
フォーゲラが変わった形状の短刀……日本の忍者が使う苦無のような物を投げるが、その全てがメルセデス達に届く前に停止した。
ハンナが魔法で出した水の球に飲み込まれたのだ。
「返すよ」
ハンナがそう言い、指先を向ける。
すると苦無が水の球から発射され、避け損ねた三人のフォーゲラ達の足や翼に突き刺さった。
しかし向こうも訓練されたプロだ。この程度の痛みでは怯みもしない。
傷を気にせず、次の攻撃へ移ろうとしたが……ここで、自らに刺さった苦無と、水の球が繋がっている事に彼等は気が付いた。
まるで水が紐のようになり、水の球と苦無を繋げているのだ。
そしてハンナは両手に魔力を集めると、バチバチとスパークが迸った。
――雷属性。風属性からの派生属性魔法だ。
手に纏った電撃をそのまま水球へと注ぎ込めば、水の紐を伝ってフォーゲラ達へと通電した。
「ぎっ……!」
悲鳴にもなっていない短い声をあげ、フォーゲラ達は地面へ落下した。
残るは二人。
今の光景を見て警戒したのだろう。二人はこちらにすぐに飛ばず、様子を窺っている。
迂闊に飛び込んでも水球に邪魔をされるだろうし、遠距離攻撃も跳ね返される。
水と電気……シンプルながら強力な組み合わせだ。
メルセデスも、ハンナの戦いを観察しながら素直に大したものだと考えていた。
特に雷属性魔法の使い方は参考になる。
メルセデスも風属性の魔法を使えるが、その派生魔法である雷属性は未だ習得していない。
「あっ」
驚いたようにレスリーが声をあげた。
残る二人のフォーゲラのうち、一人が何と背を向けて逃走を図ったのだ。
もう片方はやられる事を承知の上としか思えない特攻をかけ、メルセデス達に急接近する。
だがそんな無謀な突撃など脅威にはならない。
前に飛び出したクロが風の如き速度でフォーゲラの片翼を噛み千切り、続いてベンケイが残る翼を剣で切り落とし、フォーゲラの頭を掴んで地面に叩きつけた。
「ベンケイ、レスリー、撃て!」
「御意!」
「えっ……ちょ、そんな、いきなり……」
逃げるフォーゲラを、すぐ撃ち落とすようにメルセデスが指示を出した。
メルセデス自身は現在、重力魔法で拠点ごと他のフォーゲラを拘束中で攻撃に移行する事が出来ない。
ベンケイは素早く矢を放つ……が、流石に距離が空きすぎた。矢は軽々と回避され、続けてレスリーが銃を連射するも、こちらはモタモタしていたせいで更に距離が空いてしまっている。
それでも命中したらしく、逃走中のフォーゲラの片足が千切れ飛んだ……が、落とすには至らない。
「えっ……何、その銃? この距離で届くの? というか今連続で撃ってなかった?」
レスリーの持つ銃の異常な性能にハンナが驚くが、説明は後だ。
レスリーは続けて引き金を引く……が、何も出ない。
「……あ、ごめん。弾切れ」
「…………」
あと一歩だったのだが、残念ながらここで弾切れだ。
本来ならば弾には余裕があったはずなのだが、グラシアンの馬鹿のせいでレスリーの銃はあらかじめ込めておいた分の弾丸しか残っていない。
それを今、使い切ってしまったのだ。
本当に、死んでからもレスリーの足を引っ張り続ける男である。
~TRPGあるある~
GM「敵の拠点用意したよ! 罠も沢山配置したよ! 楽しんでね!」
プレイヤー1「じゃあ、遠くから火を放とうか」
プレイヤー2「魔法で崩落させるのはどう?」
プレイヤー3「毒ガス流し込もうぜ」
プレイヤー4「補給を断って兵糧攻めはどうよ」
GM「あの……拠点に入らない方向で相談するのやめて……」
盗賊の拠点には大体入ってもらえない。よくある事である。




