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第十三話 同じ魔物

 メルセデスは最下層を目指すという予定を掲げていたが、それを変更して今回は浅い階層を中心に攻める事とした。

 その理由は言わずもがな、マルギットというお荷物を抱えてしまったからだ。

 浅い階層の弱い魔物程度ならばメルセデスとベンケイ、クロで前後を固めれば守り切れるが、クロ並みの速度で動き回る敵が現れた場合に守れるとは言い切れない。

 なので今回は余裕で対処出来る階層だけを回り、魔物の絵を描かせる事に専念しようと考えたのだ。


「敵は全て私が片付ける。クロはマルギットを乗せて護衛、ベンケイは後ろを警戒してくれ」

「承知」

「ワォン」


 前をメルセデスが、後ろをベンケイが固めてマルギットはクロの上に乗せる。

 これでとりあえず、弱い魔物がマルギットを害する事はもう出来ないだろう。

 マルギットには羊皮紙とペンを渡しており、魔物が現れたらその姿を描くように指示してある。

 しばらく一階を彷徨い、そしてまず現れたのは巨大モグラだ。これはメルセデスが一番最初に戦った魔物でもある。


「前と同じ場所で出て来るんだな」


 メルセデスは軽く跳躍してモグラの首筋に蹴りを叩き込み、首の骨をへし折って絶命させた。

 その光景にマルギットはしばし呆然としていたが、やがて思い出したようにモグラの姿を記録していく。

 それを待つ間、メルセデスは腕を組んでモグラの死体を観察していた。

 偶然といえばそれまでだし、この大きさが巨大モグラの平均なのかもしれない。

 だが気になるのは左目の傷だ。これは確か以前倒した奴にも同じ傷があったと記憶している。

 この種族は元々、こういう傷の付いた姿なのだろうか。


「……ベンケイ。魔物はもしかして、無限に沸くのか?」


 メルセデスには一つの疑問があった。

 それは、こんなにも魔物が日常的に狩られているのに、魔物を狩る仕事の需要が失われていない事だ。

 シーカーは害獣である魔物を狩る。生活の為に、羊皮紙の材料にする為に、毛皮にする為に、骨を加工する為に、肉を食べる為に……狩って、狩って、狩り続けている。

 ……絶滅するだろう、普通。

 地球の歴史でも、乱獲が原因で絶滅してしまった生物は呆れるほどに多い。

 だというのに、こんなにも狩り続けて何故生活のバランスが崩れない。生態系が崩壊しない。

 魔物を狩るという仕事は何も近年発足したわけではない。ずっと以前から……それこそ数百年も昔から存在していた仕事だ。

 ならば絶滅する。どう考えてもいくつかの種は確実に滅ぶ。

 地球では目先の事しか考えない馬鹿な密猟者が密猟するだけで数を激減させ、人が保護しなくてはならなくなった生物も多いのだ。

 ましてや魔物を狩る事が公然と許され、金まで貰えるこの世界。魔物が滅びない方がおかしい。

 フィールドマップを歩いていれば無限にモンスターが湧いてくるRPGではないのだ。少し考えれば誰でもおかしいと気付ける。


「恐らく、その通りです。魔物は無限に沸きます」

「繁殖力が強い……というわけではなさそうだな。前に死んだ個体と全く同じ傷を持った奴がいるなど不自然極まる。こいつは前に私が倒したモグラと偶然似ているというだけのモグラじゃない。……“全く同じ奴”だ」

「恐らくそれは正しいかと。俺は最下層にある扉の守護を任されておりました。

誰に任されたわけではなく、ただ漠然とそれが俺に命じられた使命なのだと気付いた時から理解していたのです。

そして俺は何度か扉が開くのを見ました。開いた扉の向こうからは、様々な魔物が現れてはダンジョン中に散っていきました。

あれは恐らく倒されるたびに“補充”されていたのでしょう」

「扉の向こうはどうなっていた?」

「扉の向こうは細い通路になっており、その先に更に別の扉がありました。その先は私も知りませぬ」


 ベンケイの言葉を纏め、メルセデスは考える。

 やはり魔物は繁殖などのまっとうな方法で誕生しているわけではない。

 そして前と同じ個体が、まるで複製されたように誕生している。

 ベンケイの守っていた扉とは恐らく、その秘密へと繋がる門だ。

 ただし門は二重構造であり、門番であるベンケイにも中の様子は分からない。

 また、そこから生まれる魔物達にも生まれた時の記憶はないのだろう。でなければベンケイもその先がどうなっているかを知っているはずだからだ。


「そうか。ところでベンケイ、私は扉を守っていたお前を連れ出してしまったわけだが、そうなると今、扉の前には別のお前がいるのか?」

「はい。恐らくは貴女に出会う前の俺がいる事でしょう」

「そして十二階層には私と出会う前のクロ……いや、名前のないシュヴァルツ・ヴォルファングがいるわけだ」

「はい。いると思われます」


 ここまで話し、メルセデスは頭が痛くなってきた。

 ダンジョンとは一体何なのだ?

 あまりにもその存在そのものが異質すぎる。

 突然現れ、魔物を生産し続け、定期的に狩らなければまるで自分を忘れるなとばかりに魔物を外へと出す。

 それとも、この世界ではこれは普通なのか? 誰もおかしいとは思わないのか?

 異質なのはダンジョンではなく、その存在を疑問視する自分の方なのか?


「お姉ちゃん、描けたよ……?」

「ん。どれ、見せてみろ」


 とりあえず現状では推測の材料が足りていない。

 今ダンジョンの正体をあれこれ考えても、その不気味さをますます知るだけで答えには近付けない。

 なのでメルセデスは思考を打ち切り、マルギットの描いた絵へと意識を向けた。


「やはり上手いな。一瞬写真かと思った」

「しゃしん?」

「よく出来てるって事だ」


 マルギットを褒めるように頭をわしゃわしゃと撫でてやるが、よく考えてみればメルセデスとマルギットの年齢は一しか違わない。

 つい自分よりもずっと小さな子を相手にしている気になってしまうが、マルギットも割と嬉しそうなのでまあいいだろう。


「よし、次だ」



 その後もメルセデスは様々な魔物を倒して回り、マルギットに絵を描かせた。

 何度も潜っていると、どの階層でどの魔物が出て来るかも大体分かってくる。

 やがて一行は十一階層まで降りた。

 ここが、メルセデスの考える余裕で潜れるラインだ。そしてこの先はマルギットの命の危険がつきまとう。

 つまり、ここの魔物を全て記録したら今日は撤収である。


「プルプル、僕悪いゼリーだよ」 

「ああ、こんなのもいたな。ところで一つ聞くが、お前は以前も私と会ったか?」

「プルプル、初対面だよ」

「そうか、ありがとう」


 メルセデスは質問だけ済まし、コアを抉り取って握り潰した。

 なるほど、同じ個体ではあるが記憶はなし……と。

 どうやら完全に同じ個体が蘇っているわけではなく、コピーに近いらしい。


「あの、ええと、お姉ちゃん」

「ん? ……ああ、そうか。うっかりしていた。これじゃ死体が残らないな」


 メルセデスはいつも通りに魔物を瞬殺してしまったが、それが間違いであった事を悟った。

 コアはもう握りつぶしてしまい、死体はただのドロドロした液体となって地面に落ちている。


「仕方ない。こいつは記憶だけで描いてくれ。

どうせゼリーの中にコアが入っているだけの魔物だ」

「うん」


 その後、一行は予定通りに撤収した。マルギットがいる状態でリスクのある冒険はしない。

 上に戻ってからマルギットの描いたイラストにメルセデスが説明書きを加え、ベンケイから補足などを受けつつ図鑑としての形を完成させる。

 それからメルセデスはそれを早速、シーカーギルドへと売りに行った。


「この魔物の情報を記した紙を売りたい。貴方ならいくら値を付ける?」

「へえ、どれどれ……うん、ふむふむ……中々面白いわ、これ。絵が付いててどんな魔物なのか一目で分かる。

あのシュタルクダンジョンは魔物の平均戦闘力が高い高難度ダンジョンだからね。これは需要あるわよ。特に下層の魔物の情報は有り難いわ」

「高難度?」


 魔物の情報が描かれた紙を見て嬉しそうに言う受付であったが、彼の言葉はメルセデスにとって軽い驚きであった。

 メルセデス自身の認識として、シュタルクダンジョンは初心者向けの弱いダンジョンという考えがあった。

 別に誰かがそう言ったわけではないのだが、街の近くにあり、更にFランクでも潜る事が許されていたので自然とそう考えていたのだ。

 しかしふと、掲示板を見てみると少し前までFランクの依頼だったはずのダンジョン内の泉調査の依頼がどういうわけかCランクの依頼となっていた。


「……なあ、私の時と依頼の難易度が違くないか?」

「ああ、あれね。その節は御免なさいね。

出現したばかりのダンジョンで調査も進んでなかったから、上が難易度を見誤っていたのよ。

あれから色々と情報が出揃って、想像以上に危険なダンジョンだって判明してね。

挙句先日はBランクのチームが複数全滅する事態にまで陥って……それで、急遽難易度の見直しが図られたってわけ」

「……」

「でも本当に悪いとは思うんだけど、後から依頼の難易度が変わったからっていって、もう支払った依頼の報酬が後から上がったり下がったりはしないのよ。

だって、今回とは逆に依頼の難易度が後から下がったから払った依頼料を返せとか言われても困るでしょう? 一応最初の契約書にもそう書いてあるし。

貴女には損をさせちゃった形になるけど、その分シーカーランクの更新にちょっとオマケして、今度貴女をCランクにまで一気に昇格させる事が決まったわ」


 受付の言葉を聞き流しつつ、メルセデスはベンケイとクロを見た。

 あれ? もしかしてこいつら、強い?

 今までメルセデスの中でベンケイとクロはあくまで『弱いダンジョンの中では強い部類』の魔物であった。

 だが実際は『普通に強い魔物』であった事が判明してしまった。


「あ、そうそう。この魔物の情報だけどね、全部合わせて225万エルカで買い取らせて貰うわ」


 支払われた額の予想以上の値段に、メルセデスはこれが冗談の類ではなく、本当にあのダンジョンは強いダンジョンだったのだ、と今更ながらに理解した。

シュタルクダンジョン「いつから――最初の街の近くにあるダンジョンが弱いと錯覚していた?」

尚、実は街から2キロの地点にプラクティスダンジョンという本当に弱いダンジョンがある模様。


ちなみにお金は1エルカ=1円くらいのつもりで書いています。

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― 新着の感想 ―
何度か読み返して気付いたのですが、ベンケイの一人称が俺だったのに1ヵ所だけ私になっている部分がありますよ。 →「扉の向こうは細い通路になっており、その先に更に別の扉がありました。その先は私も知りませ…
[気になる点] マルギット+メルセデス(上) クロ ベンケイ(下) でまたダンジョンまで高速移動したのかな……?笑
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