第百二十九話 暗殺事件
ダンジョン攻略の疲労によりグッスリと眠っていたメルセデスは、外から聞こえる怒鳴り声によって覚醒させられた。
もう夜かと思って窓の外を見ればまだ外は明るく、日が沈んでいない。
一体どこの酔っ払いだ、こんな時間に騒いでいるのは。
そう思いつつまだ眠い目を擦る。
「あ、起きた? 外は何だか凄い事になってるわよ」
馬鹿にテントを燃やされてしまった為に昨日から同じ宿に泊まっているレスリーが窓の外を見ながら言う。
窓と言っても所詮はダンジョン攻略が終わるまでしか使わない簡易住居なので、木の板で塞いだだけの簡素なものだ。ガラスなんて贅沢なものは使っていない。
木の板をどける事で外を見る事が出来る。
メルセデスもレスリーと同じように窓に付いている木の板をどけて、外で騒いでいる人物を確認した。
余談だが、吸血鬼の宿にエルフェがいる事で他の宿泊客から奇異の視線を集めてしまっているが、誰も文句を言わないのは近くにベンケイとクロがいるからだろう。
「お前達が共謀してやった事じゃないだろうな!」
「ふざけるな! こっちも鳥公共に何人も殺られてるんだぞ!」
騒いでいたのはエルフェと吸血鬼の双方であった。
どうも、只事ならぬ事態らしい。
まだどちらも武器を抜いていないが、今にも殺し合いが始まりそうなほどに空気が張り詰めているのが遠くからでも分かる。
騒ぎの中には、護衛に囲まれたジークリンデの姿も見えた。
ダンジョンを誰が攻略したかの言い合い……にしては殺気立ちすぎている。
もしかして攻略者を探して殺しでも起こってしまったのだろうか。
実際そうなっても何もおかしくはない。
ダンジョンとは軍事力そのものだ。いくつダンジョンを保有しているかが、そのまま国の力に直結する。
それを得る為ならば……いや、最悪得られずとも相手に渡らない為ならば暗殺の一つや二つくらいするだけの価値がある。
適当に『こいつなんじゃないか』という奴を暗殺していき、それで運よく攻略者に当たれば少なくとも相手の国が急激に軍事力を増すという事態は避けられるのだ。
一体何が起こっているのか……。
事態を把握する為にメルセデスは視線を走らせ、こういう時に最も役立つ人物を発見した。
「ここで待っていろ。少し出かけて来る」
「あっ、ちょっと!?」
レスリーを置いて窓から飛び降り、騒動が起こっている場所から少し離れた場所へ向かう。
そこではハンナが忙しそうに部下に指示を出しており、メルセデスに気付くと手を止めた。
「ハンナ、いいか?」
「あ、メルちゃん。悪いけど今は忙し……いや、待って。
……やっぱメルちゃんも来て。多分メルちゃんにとっては他人事じゃないから」
ハンナはメルセデスの腕を掴み、それから一つの建物へと向かった。
入口には彼女の部下と思われる吸血鬼が待機しており、ハンナを見ると敬礼をする。
「誰も入れないで」
ハンナは簡潔にそれだけを命じ、建物の扉を閉めた。
それから奥に進むと、そこには吸血鬼と思われる遺体がいくつも並べられていた。
遺体の状態はどれも酷いもので、あちこちが切り刻まれ……まるで拷問でも受けたようだ。
「右から順にアッペル子爵、そのお子さん、バシュ男爵、フレーミヒ子爵、ガル伯爵令息が三人。
一晩で七人殺られた。いずれもダンジョン攻略に名乗りを上げてた貴族だよ」
「エルフェの仕業か?」
「いや……それがエルフェの方も同じように何人も殺られている。
しかも全部に目撃情報があってね……どうもフォーゲラの犯行みたいなんだよね」
フォーゲラと聞き、メルセデスはなるほど、と考えた。
確かにフォーゲラには動く理由がある。
何故ならこの地にあったあのダンジョンは元々フォーゲラの物だ。
ならば取り返そうと、攻略者を探しても不思議はない。
そんな事をすれば吸血鬼やエルフェとの敵対待ったなしだが、それよりもダンジョンがない状態の方が遥かに不味いと考えたのだろう。
少なくともフォーゲラには、これをやる理由がある。
「けど、妙なんだよね」
「妙?」
「うん、殺られたのはいずれも貴族。当然護衛だっていた。
なのに悉くその護衛に気付かれず……あるいは護衛を無力化して仕留めている。
間違いなく凄腕の暗殺者の仕業のはずなんだけど……」
「それだけの腕がありながら、不用意にも目撃されている」
「うん……発見される事なく対象を仕留める事が出来るほどの凄腕なのに、帰りだけ目撃されるなんておかしいじゃん。しかも目撃者の口封じも何もしていない。
これじゃまるで素人だよ」
技量とやっている事があまりにチグハグすぎる。
それがハンナの感じている違和感であった。
この暗殺者は護衛に発見される事なく侵入し、拷問までしてのけている。
それでいて事が終わるまで誰にも発見されていないという事は、誰にも気付かれずに侵入する隠密能力と、音を一切外に漏らさぬようにする能力……恐らくは風の魔法による音の遮断をやってのけるだけの技量がある事を意味している。
そこまで出来て、何故帰りだけ発見される? 何故口封じもしない?
これではまるで、わざと見付かっているようではないか。
だが、そうだとするとますます意味が分からなくなる。
わざと発見される事によるフォーゲラのメリットが全く見当たらないのだ。
「わざと目撃させた?」
「状況的にはそう考えるしかないけど……理由が全く分からない。
これじゃ無駄にフォーゲラに怒りを集めただけだよ」
この暗殺がフォーゲラの仕業ならば、目撃される事は何よりも嫌うはずだ。
ダンジョンのない状態でエルフェと吸血鬼の双方から睨まれるのは出来れば避けたいはずだし、目撃されていなければ吸血鬼とエルフェは互いを疑い合って、上手くいけばそのまま潰し合いだってするかもしれない。
そうしない理由は何だ。わざと見付かる事で一体どんなメリットがあるというのか。
ハンナにはそれが分からなかった。
「フォーゲラに化けた誰かの仕業という線は?」
「それはないよ。少なくとも暗殺者はフォーゲラで間違いない」
フォーゲラの仕業に見せたい誰かの変装、というのが現状では最も納得出来る説だ。
フォーゲラに敵意を集めて得をするのはフォーゲラ以外の種族である。
しかしそれは違うとハンナはハッキリ断言した。
「何故言い切れる?」
「実は殿下の所にも暗殺者が来たんだよ。こっちは何とか返り討ちにしたけどね。
……間違いなく賊はフォーゲラだった。私がこの目で確認してる」
「他の誰かに洗脳されている可能性は?」
「それは今、うちの部下が尋問して調べてる」
暗殺者が間違いなくフォーゲラである事は分かった。
だがそうだとしても、そのフォーゲラが自らの意志で動いているかどうかまでは分からない。
裏に誰かがいて、その誰かに操られている可能性もあり得るだろう。
ともかく、ハンナの部下が尋問しているらしいので、その結果を待つしかない。
「おい! 中に入るな! 入るなと……おわああ! こら、駄目だ! 駄目だって……この、犬!」
話が終わりかけた所で、外から声が聞こえた。
どうやら誰かが中に押し入ろうとしているようだ。
ハンナの部下が止めようとしているが、なかなか手こずっているらしい。
やがて招かれざる客はとうとうハンナの部下を蹴散らして、建物の中へ強引に突入してきた。
「ワォン!」
――クロだった。
首元や腰には止めようと必死にしがみついたハンナの部下がいるが、それを引き摺りながらクロはノシノシと入って来てしまう。
「あー……離していいよ。そのワンちゃんは味方だから」
ハンナに指示され、クロにしがみ付いていた男達が離れた。
するとクロは一度メルセデスを見てから出口まで歩き、そこで止まってまたメルセデスを見る。
どうやら付いてきて欲しいらしい。
レスリーの護衛としてベンケイと一緒に残したはずのクロが来たという事は、外で何かがあったという事だ。
メルセデスはハンナとアイコンタクトをし、すぐに外へ出て宿屋へ引き返した。
すぐ後にはハンナも続いている。
少し走って宿の前に戻ると、そこには人だかりが出来ていた。
エルフェ、吸血鬼問わず何故か倒れており、彼等の前でベンケイが仁王立ちしている。
「ベンケイ、これは何が起こっている?」
「この者達がレスリー殿に暗殺の疑いをかけ、連れ去ろうとしていたので阻みました」
「レスリーに?」
ベンケイから聞かされた内容にメルセデスは眉をひそめ、それから彼の後ろに隠れているレスリーを見た。
レスリーは助けを求めるようにメルセデスを見ている。
「何だ、吸血鬼のくせにお前もそいつを庇うつもりか!? なら腕ずくでも……」
メルセデスをレスリーの味方と判断したらしいエルフェが短刀を抜いて近付いて来たので、無言でその顔面に裏拳を叩き込んだ。
派手な音と共にエルフェが血潮を撒き散らしながら吹き飛び、近くの建物に衝突して地面に転がる。
顔は陥没しており、ビクビクと痙攣していて哀れなものだが、先に武器を抜く方が悪い。
とはいえ、これで『腕ずくでも』は無理と一目で他の者にも伝わっただろう。
周囲が沈黙したのを見計らい、メルセデスは先頭にいる別のエルフェに声をかけた。
「すまんが状況が分からん。説明を頼めるか?」
「あ、ああ……」
説明を求められたエルフェは冷や汗を流しながらも頷いた。
その顔は『分からないのに殴ったのかコイツ』みたいな表情をしているが、アレは武器を出した方に問題がある。
武器を出した時点でそれは相手に殺し合いを仕掛けたも同然だ。殴られても文句は言えない。
「昨日、吸血鬼とエルフェ双方が何者かに暗殺されたのは知っているな?」
「ああ。だがそれはフォーゲラの仕業だろう?」
「それなんだがな、殺されたうちの一人……グラシアンって奴はそこにいるレスリーと険悪な仲でな……昨日は決闘までして、脚を撃たれている」
グラシアンの死。それを聞かされ、レスリーは驚いたような声をあげた。
メルセデスも多少驚きはしたが、残念ながらどうでもいい相手としか認識していなかったので、表情には出さない。
「それも知っている。だが尋常な決闘で撃たれて文句を言うのはお門違いだ。
仮にその時の傷が原因で死んだのだとしても、それでレスリーが責められる謂れはない」
「そりゃそうだ。だが敗者に鞭を打ってわざわざ止めを刺しに行くのは別だろ?」
「レスリーがそれをやったと?」
「現場にこれが落ちていたんだ」
ただ前日に決闘をしていたからといって、それでレスリーを暗殺の犯人と見なすのは無理矢理すぎる。
しかしどうやら彼等の中ではレスリーを疑う根拠があるらしい。
その根拠として提示されたのは――テントと共に燃えたとばかり思っていた、レスリーが大事にしていた例の本であった。
5/10に「欠けた月のメルセデス」の第一巻が発売となります。
書店で見かけましたら是非、手に取ってみて下さい。




