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第十一話 兄弟達

 メルセデスの手元には現在、大量のチョコレートと缶詰がある。

 どちらもトライヌ商会から進呈されてきたものだ。

 これに関しては発案者に対する感謝の気持ちのようなもので、特に料金などは取られていないので実質無料で望んだ物を手に入れた事になる。

 どちらにせよ、これでダンジョン探索は格段にやりやすくなった。

 新たにクロをメンバーに加え、戦力も整ってきたのでそろそろ深い場所を目指してもいいだろう。

 とりあえずトライヌの護衛が辿り着けたという最下層を目指してみよう。勿論少しでも無理と思ったら即撤収だ。

 そう予定を立て、さあいざ出発……というところでメルセデスは家の前で見知らぬ男女と対面した。

 人数は四人。男が二人、女が二人だ。

 年齢は全員十代前半から十代後半といったところだろうか。一番目立つ長身の男はメルセデスが見上げるほど大きく、大学生くらいに見える。

 その次に大きい男は中学生くらい。女二人は両方とも十歳かそれ以前といったところだろう。

 もっとも、吸血鬼は見た目からは年齢が分かりにくいので実際に彼女彼等が何歳なのかは分からない。


「メルセデス・グリューネヴァルトだな」

「……お前達は?」

「お前と同じ境遇、と言えば分かるかな。俺達もグリューネヴァルトの一族だ」


 中学生くらいの男が自らの境遇を明かす。

 彼がこの四人の中でのリーダー格なのだろうか。

 真紅の短髪と獣のような鋭い眼光が特徴的だ。


「私と同じ側室の子か」

「そう。そしてお前の兄妹でもある」


 メルセデスはいつ本家から母共々捨てられてもおかしくない立場にいる。

 与えられた屋敷の粗末さなどから見るに、恐らく側室の中でも母の立場は相当に低いだろう。

 しかしだからといって他の側室が優遇されている……というわけでもなさそうだ。

 こうして同じ境遇の者をわざわざ集め、自分などに声をかけている時点で彼等の立場もまた危ういのだと自分で話しているに等しい。


「名乗ろう。俺はボリス・グリューネヴァルト。年齢は十四で、この中では一番年上だ」


 まず最初に名乗った彼はどうやら一番の年上らしい。

 確かに見た目的にも丁度その辺りだ。まだ不老期にさしかかっていないと見える。

 そして一番年上という事は、やはり彼がリーダー格と見てよさそうだ。

 続いて名乗ったのは一番目立っていた背の高い男だ。


「ゴットフリート・グリューネヴァルト……十三だ」


 こいつ少し育ちすぎじゃないか?

 メルセデスは口には出さなかったが、内心でそう突っ込みを入れていた。

 吸血鬼は確かに見た目では年齢が分かりにくいが、彼は逆の意味で分かりにくい。

 どう見ても十七か十八……いや、二十歳と言われても納得出来る面持ちだ。


「モニカ・グリューネヴァルト。年齢は九よ」


 この中ではやや身なりのいい少女は金髪の縦ロールがよく似合う。

 服装などから見て、彼女の母は側室の中では大分立場が上の方なのだろう。

 その証拠に、メルセデスを見る彼女の目には見下しの色が濃く表れていた。


「マルギット・グリューネヴァルト……九歳です」


 最後に名乗った少女は同じく金髪の愛らしい少女だ。

 おどおどとしており、あまり自信を感じさせない。

 どうも可哀想な事に、彼女の母もメルセデス同様にあまりいい立場ではないようだ。

 四人の名乗りを受け、メルセデスは仕方なく自分も名乗りを返す事にした。


「名乗る必要はなさそうだが、メルセデス・グリューネヴァルトだ。年齢は十。

それで、お前達は何の用でここまで来た?」


 まさか同じ境遇の者同士、仲良くしましょうというだけではないだろう。

 メルセデスはなるべく声に棘を含まないように努めながら、しかし一定の距離を感じさせる程度には冷たい声で聞いた。


「今から一か月後、グリューネヴァルト本邸で本妻の子であるフェリックス・グリューネヴァルトの十五回目の誕生祭が開かれる」

「そうか。だが私には関係のない事だ」

「いや、今まではそうだっただろうが、今回は関係があるのだ。

フェリックスは折角の誕生祭に他の兄弟が参加出来ないのは余りに不憫だなどと抜かしてな……そこで他の兄弟を呼び、折角なので互いの強さを比べ合う催しをしたいなどと言い始めた」

「なるほど、私達は引き立て役か」

「理解が早いな。そう、奴は俺達を公の場で叩きのめす事で自分こそがグリューネヴァルトの正式な後継者であると強く印象付ける気だ。同時に力の差を見せる事で俺達が今後、余計な夢を見ぬように釘を刺す意味もあるのだろう。

後継者は自分だ。お前達には万一も芽がない、とな。

……汚い奴だ。そうは思わないか?」


 どこにでもある御家騒動だ。後継者となれる者が複数いた場合、誰が後継者となるかで揉めるのは回避し難い流れである。

 このまま順当にいけば本妻の子であり長男であるフェリックスが後継者だ。

 しかしそれは絶対ではなく、もしかしたら他の側室の子がいらぬ野心を持つかもしれない。自分を蹴落とそうとするかもしれない。彼はきっとそう考えた。

 そういう時はどうするか。

 まず現当主が明確に誰を跡継ぎにするかを宣言する事。これが一番穏便に終わる。

 しかしフェリックスのこの行動からして当主はまだそれを明言していないようだ。

 次に他の後継者候補の死亡。そうなればフェリックスが後継者になる可能性がグンと上がる。

 しかしこの場合、むしろ死亡に気を付けなければならないのは第一候補であるフェリックスの方だ。

 そして、自らの優秀さを公の場で見せ付ける事で皆に認めさせて世論を味方にする事。同時に差を思い知らせて諦めさせる事。

 メルセデスはそこまで考え、思わず笑みを浮かべた。


(何だ……結構考えてるじゃないか、本妻の子も。

それに案外、真っすぐだな。極めてまっとうな手段で後継者の座を固めに来ている)


 ボリスはまるでフェリックスを悪者のように言っているが、それは違う。

 フェリックスは自分に出来る事の中から至ってまっとうな手段を選択して地盤固めをしているだけだ。

 むしろ暗殺だの悪評を蔓延させるだの、裏でリンチするだのといった手段を使わない分、彼の人柄の正直さが透けて見える。

 むしろ問題はボリス達の方だ。

 こいつ等は四人……メルセデスも入れれば五人も寄り集まって一体何をしたいのだろう?

 フェリックスを上手く引き摺り降ろしたとしても、後継者の座というパイは一枚しかないのに。

 そうなれば今度はあっという間に協力者が敵へと変わり、五人でパイの奪い合いが始まるのが目に見えている。

 まあ、いい。考えるのはとりあえず彼等の考えを聞いてからだ。もしかしたら何か考えがあるかもしれない。


「だがこれは俺達にとってもチャンスだ。奴を逆に公の場で倒せば俺が後継者になれるかもしれない」


 おい、今本音が出たぞ。

 メルセデスは相変わらず口にはしなかったが、内心でボリスに突っ込みを入れた。

 今この男、『俺が後継者』とハッキリ口にした。

 『俺達』ではなく『俺』と。

 どうやら彼は最初からパイを分ける気などないようだ。

 まあパイは一枚しかないのだから、ある意味では当然の判断である。


「だが奴は本邸で英才教育を受けて育ったエリートだ。

まともにやって勝てる相手じゃない」

「ならばどうする? まさか五人で倒すわけではあるまい。

向こうが五人同時に来いと言ったならともかく、普通に考えて一対一を五回繰り返す気だろう。

それに多勢に無勢で勝利しても私達への評価が変わるとは思えんがな」

「そんな事は分かっている。だがやりようはあるさ。

まずゴットフリートが先に挑み、奴を疲弊させる。この木偶の坊は体力だけはあるんだ。倒すのには苦労するだろうさ。

そして俺が奴に勝利する。お前達にはその際、やって欲しい事があるんだ」


 ボリスは説明しながらマルギットへと視線を向けた。

 すると幼い少女はおずおずと掌に乗せた物を見せる。

 ――吹き矢だ。とんでもなく古典的な手段を思い付いたものである。

 いや、子供の浅知恵ならばこんなものなのか?

 むしろ微笑ましさすら感じ、メルセデスは吹き出しそうになった。

 だが手段はともかく、それをこんな幼い少女に持たせるのはいただけない。


「……彼女がそれを使う際に隠す壁になれ、と?」

「本当に理解が早いな。勿論お前にも旨味はある。

俺が後継者となれば、今よりも生活を改善してやるぞ」


 メルセデスの中でボリスへの評価が決まった。

 ……小物だ。それも自ら手を汚す事すらしない小物の中の小物。

 とても領主の後を継げる器ではない。仮に全てが上手くいっても必ずどこかで失敗する……これはそういうタイプだ。

 彼を後継者にするくらいならば、まだこのまま見た事のないフェリックスとやらを後継者にした方がいいだろう。


「生憎だが間に合っている。お前達だけで好きにやってくれ」


 メルセデスは最早興味が尽きたとばかりにその場から離れようとした。

 だがそんな彼女の態度が気に食わなかったのか、ボリスはメルセデスの逃げ場を塞ぐように立ち塞がり、近くにあった巨木へと押し付ける。

 そしてメルセデスの顔の横に腕を突き出した。壁ドン……いや、木ドンだ。


「何故断ろうとするか分からんな。俺が後継者になればお前達を優遇してやると言っているんだぞ。

俺に従え。否とは言わせない」

「否」


 言った。あっさり言ってやった。

 こういう自分の言う事が全て通ると思っている王様野郎はメルセデスの好みからは遠く離れている。

 怒りを滲ませてボリスは脅すように木を殴る。

 すると巨木が揺れ、木に拳の跡が付いた。

 随分と弱弱しいパンチだが、まさかこれで脅しているつもりだろうか。


「……それが全力か?」

「は?」

「なっていないな。手本を見せてやる」


 メルセデスは顔色一つ変えずにボリスの胸倉を掴み、位置を逆転させた。

 そして拳を放ち、巨木へと叩き込む。

 すると巨木は根本からボッキリとへし折れ、轟音を響かせた。

 ボリスは力が抜けたように座り込み、他の兄弟も青褪めている。

 そして何故かモニカという縦ロールだけは顔を赤らめていた。

 ……それにしても冷静に考えると勿体無い事をしてしまった、とメルセデスは思う。何も折る必要はなかった。後で回収して薪や木材として活用しよう。

 まあ、それはそれとして、へたり込むボリスを見下ろしてメルセデスは幼子に言い聞かせるように言った。


「こうやるんだ」

「…………」


 呆然としているボリスに背を向け、もう用はないと歩く。

 メルセデスに気圧されたように他の兄弟が退き、代わりに今まで控えていたベンケイとクロが誇らしげに歩いた。

 無駄な時間を過ごした。そう思ったが、しかしメルセデスはこちらを怯えたように見る幼い少女と目が合った。


「来い」

「えっ?」


 このままここに放置してもロクでもない事に利用されるに決まっている。

 見た所気が弱そうだし、生まれにも恵まれず捨て駒としてボリスに目を付けられたのだろう。

 メルセデスは善人ではないが、これから不幸になると分かっている妹を捨て置くほどの外道でもない。

 有無を言わさずにマルギットを連れ出し、そして今度こそ立ち去って行った。

メルセデス「チョコに関しては一応、コンチングとテンパリングの概念だけは伝えた。

そしたら本当に完成度の高いチョコを作って送ってきた。商人の執念やばい」


主人公ではまともなチョコを作れそうになかったのでトライヌさんが頑張ってくれました。

主に人海戦術とトライ&エラーと吸血鬼のスタミナゴリ押しで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 漫画版から来ますたいいっすねぇ
[良い点] 木ドンは草
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