第百三話 グレンツェ
広大な草原の中に、不自然に草が刈り取られている区画があった。
広さは正方形換算で大体500m×500mといったところか。
まるで頭頂部だけがハゲた中年男性の頭の様に草が刈り取られてしまったその場所は柵に囲まれ、あちこちに急ごしらえ感溢れる石造の建物が並んでいた。
ブロック状に固めた石を積み重ねる事で出来る建物は比較的造りが簡単な上に頑丈で、日の光も通さない。
ブロックはセメントと、現場近くで採取した砂を混ぜ合わせて型に流し込み、数日干して完成する。
そのブロックを積み上げる事で吸血鬼達は即席の住居を急ピッチで作り上げていた。
その反対側には見慣れないテントが並び、耳の長い色白の人々が行き交っていた。
彼等は、この世界で最も繁栄していると言われる存在……エルフェだ。
服装はややゆったりしたものを好むようで、全体的にヒラヒラとしたものが多い。
彼等が使っているテントは移動式の住居であり、完成済みの骨組みをその場で組み立てて、上から羊(型の魔物)の毛で作ったフェルトを被せる事で完成する。
大規模な移動に用いるものは車輪も付いており、未だモタモタと家を建てている吸血鬼と比べて手際がいい。
ここは、現場の者達からは『グレンツェ』と呼ばれている。
新発見されたダンジョンに付けられた仮名である『グレンツェダンジョン』から取ったものらしい。
ちなみにこの名前はあくまで吸血鬼側が呼んでいるだけで、エルフェはエルフェで別の呼び方をしているようだ。
その名前の由来からも分かるかもしれないが、ここは新しく出現したダンジョンの近くに作られた集落である。
オルクスとエルフェの国の境に出て来てしまったこのダンジョンを攻略すべく吸血鬼とエルフェはここに集落を作り、西と東とでエリアを分けて準備を進めていた。
この二種族は別に仲が悪いわけではないが、特別に仲がいいわけではない。
なので住み分けは大事だ。これを怠ると余計な混乱を起こしてしまう。
そのグレンツェにメルセデスは、エーデルロート学園からの特別参加枠としてやって来ていた。
彼女の他には数人の学生が来ているが、いずれも学園内では名の知れている生徒ばかりだ。
意外だったのはメルセデスの妹であるモニカやマルギットまでいた事か。
ジークリンデとフェリックスはまだ来ていない。今ここにいるのはいわば、先遣隊だ。
まだ集落が完全に出来上がってもいない状態で王女とその婚約者が来るはずもなく、もっと落ち着いてから護衛と共に来る手はずになっている。
国にとって大事なのは、いつジークリンデとフェリックスをダンジョン攻略に向かわせるかだ。
言うまでもなく、この二人のどちらかがダンジョンを手にするのが最も望ましいし混乱も起きない。
しかしダンジョン攻略には危険がつきまとうもので、情報が不十分なうちから王族を向かわせるのは、いくら腕利きの護衛がいたとしてもリスキーすぎる。
未知のダンジョンは恐ろしいものだ。過去に何人もダンジョンの危険さを誤って飲み込まれてしまっている。
王族にダンジョンを攻略してもらいたい。しかし危険に晒したくもない。
だからまず、国は先遣隊を先に向かわせてダンジョンの情報を集める事にしたのだ。
全部で何階層なのか。どんな魔物が出るのか。
それらの情報をしっかりと集め、それから選りすぐりの精鋭達を護衛につけたジークリンデが最深部へ向かう。
しかしモタモタすれば、エルフェ側に攻略されてしまうという最悪の展開も有り得る。
故に今回の攻略は時間との勝負だ。
王族のクリアが最も望ましいが、それだけに拘りはしない。
エルフェに持っていかれるくらいならば、まだそこらの吸血鬼がクリアしてくれた方がいい。
◆
「つまり情報収集兼、エルフェを牽制する為の捨て石だな」
「歯に衣着せずに言うとそうだね」
集落に建てられた居住施設の一室で、メルセデスとハンナはテーブルを挟んで軽い会議を行っていた。
今回、二人共表向きは学生という扱いで来ているがメルセデスは隙あらばダンジョンを攻略してしまう気満々であり、ハンナもまた本当の役割は王女の警護だ。
吸血鬼がエルフェに攻略されたくないのと同様、エルフェだって吸血鬼には攻略して欲しくない。
だから既に水面下での戦いは始まっていた。
有力な戦力の引き抜き、恐喝、裏工作、賄賂、買収、etc……エルフェも吸血鬼も、互いの陣営に対して既にこれを実行に移しており、両方とも気付かぬ振りをして表向きは友好的に振舞っていた。国なんてどこもこんなものである。
「でもメルちゃんにとっては攻略のチャンスが舞い込んで来たわけだから、好都合でしょ?」
「まあな。で、お前はそれを知っていて、あえて私を泳がせると」
「今回の最悪のケースはエルフェにダンジョンを取られちゃう事だからね。それならまだ、メルちゃんがクリアしてくれた方が安心出来るんだよ」
ハンナにとっての最良のパターンはジークリンデかフェリックスがダンジョンを攻略してくれる事である。
しかしハンナは、それは難しいと考えていた。
たとえ護衛を十分に揃えても、あの二人が生きて帰れる保証はない。
全く嫌なジレンマだと思う。王族にクリアして欲しいが、その為には王族を危険に晒さねばならないのだ。
何より問題なのは、ハンナ自身はジークリンデのダンジョン攻略に参加出来ない事か。
「一番いいのは殿下にクリアしてもらう事なんだけど……多分、私を含めてダンジョン走破済みの精鋭が一人でも混ざってたら、ダンジョンの入手は出来ない……そうでしょ?」
「…………」
ハンナは以前に何度か、己の信頼する部下と共にダンジョンの最下層まで辿り着いている。
だが何度やってもハンナの前には金の扉しか現れなかった。
その中にダンジョン所有者の証となる何かがあるかと思って散々調査もしたが、手掛かりの一つもなく……故にハンナはこう考えたのだ。
“恐らく自分は、攻略の権利がないのだ”と。
その問いにメルセデスは無言で返す。この情報はタダではやれない、という事だ。
ハンナもこれは予想していたようで、胸ポケットからバッジを出してメルセデスの前に置いた。
「今度開かれる王都地下オークションの招待券。一部の特権階級だけが参加出来る場所で、ここでしか出ない非合法な物も色々と出品されるらしいよ」
「暗黙の了解というやつか」
「まあね。何でもかんでも取り締まってちゃ逆に秩序が崩壊するし、裏社会の住民にも居場所を与えておかないと表に出てきちゃうからさ。
まあ殿下はまだその辺、割り切れなさそうだから存在を知らないけど」
ハンナはどちらかといえば良識人寄りだが、しかし決して善人というだけではない。
裏社会に生きているだけあって、そういった割り切りも出来るし汚い手段に手を染める事もある。
今回だってそうだ。メルセデスから情報を買うために裏世界の存在を暴露し、更にその招待券まで与えてしまった。
もっとも、メルセデスならば住み分けをしっかりした上で利だけを拾って来るだろうというある種の歪な信頼があるからこその選択だ。
メルセデスは少し考え、やがてそのバッジを受け取った。
「ハンナの懸念は正しい。ダンジョン最深部では安全に手に入る栄光か、危険を冒して挑む試練かの選択を迫られ、ここで安全を取った者は二度と試練に挑めない上に記憶も消去される。
そしてそれは、どのダンジョンでも同じだ。全てのダンジョンで試練に挑む資格を失ってしまう。
ハンナの挑んだダンジョンが既に誰かの手によって攻略済みだったという可能性もなくはないが……」
「それはないよ。だって私が最深部まで入ったダンジョンって、クリストフさんが攻略したダンジョンだもん」
またそこに繋がるのか。
そう思いながら、メルセデスはハンナの話の続きを待った。
「正確に言うと、二つあるんだけどね。私が最奥まで入ったダンジョンって。
私、一度ダンジョンの奥まで入って金の扉から財宝持ち帰ったんだよね。
そのダンジョンは何故か消えちゃったんだけど、後日新しくダンジョンが出て来て、それを走破したの。
でもそこには前と同じく金の扉しかなくてね……なーんか、おかしいなって思ってたんだよね」
どうやらハンナは以前に既にダンジョンの最下層まで潜っていたらしい。
流石に大したものだ、と思いながらメルセデスは問いを投げる。
「そこの財宝は?」
「取ってないよ。またダンジョンが消えても困るし。だから扉を放置してそのまま帰ったの」
なるほど、とメルセデスは思う。
一度目は引き返す事すら認められない強制二択を強いられるが、二度目にはもうその選択を選ぶ権利そのものがないので引き返せるわけか。
メルセデスはそう思いながら更に問いを重ねる。
「クリストフが攻略した時は、任務で別の国に潜伏していたんじゃないのか?」
「そうだよ。私はダンジョンを入手出来なかったから、情報だけを国に提供して、それから任務に就いたの。
その間に、私の残した情報を手がかりにクリストフさんが攻略したってわけ。
私が以前に持ち帰った財宝からいくつか、武器も持って行ったらしいよ」
なるほど、とメルセデスは納得した。
考えてみれば、いくら実力があっても簡単に暗殺されるような男が初見でダンジョンをクリア出来るわけがない。
誰か前任者がいて、十分にダンジョンの調査をしていて、その情報を元にクリアしたと考える方が自然だ。
つまりは、その前任者がハンナだったわけだ。
しかしこう考えると流れがなかなか酷い。まず最初にハンナが走破するも攻略ならず、情報と財宝だけを持ち帰ってから任務で別の国へ向かう。
言ってしまえば攻略本と攻略用の武器だけを残して退場したわけだ。
その後ハンナの残した攻略本と武器を使ってクリストフが攻略……するも、ハンナの副官がこれを暗殺してしまった。
今にして思えば副官がクリストフを暗殺した背景には『それ隊長の手柄だろボケェ!』という怒りもあったのかもしれない。
最終的にはそんな哀れなクリストフの孫であるマックス捕縛に貢献した事でハンナの発言力と影響力は強まったわけだ。
意図してやった事ではないだろうが、結果だけ見てみればハンナが一人勝ちするマッチポンプであった。
「ともかく……そっか、やっぱ私が攻略メンバーに入っちゃうと攻略不可能になるのかあ……。
となると、あの時連れて行った子達も全員駄目って事だよね……。
あれ? これ、うちから腕利きの子、誰も出せないじゃん。詰んでるじゃん、これ」
ハンナはそう言って、両手で顔を覆った。
※ちょっと矛盾があったので一部修正しました。
【クリストフさんが攻略するまでの流れ】
ハンナ「最下層まで来たけどもう無理! 金の扉選んで撤退します!」
・ハンナ、ダンジョン最下層までのマップと金の扉で得た財宝や武具を持って脱出。
試練に関する記憶を失い、最初から金の扉しかなかったという記憶を植え付けられる。
この時連れて行った腕利きの部下全員も巻き添えで攻略不可能確定組に入る。
ダンジョンも消える。
ハンナ「前来た時は何故か金の扉しかなかったけど、どこかに攻略の手口があるはず! 再挑戦するよ!」
・もう攻略不可能な事に気付かず別のダンジョンに再挑戦。これがクリストフの攻略したダンジョン。
勿論金の扉しか見付けられず、また消えても困るので何もせず撤退。
その後ハンナは任務で別の国へ。
クリストフ「ハンナさんが攻略本残してくれた上に、強い武器と防具も使える最強モード! これで勝つる!」
・クリストフ、ハンナが残した情報と武器を使い見事クリア。
アウグスト「やっべ、あいつダンジョン入手してんじゃん。わしの権力脅かされそうだからあいつ消しとこ」
ニクラス「隊長いないんで俺が指揮官です。命令通りクリストフを殺しました」
・クリストフ死亡
↓
真の王派発生へ。
それはそうとして、ハンナの会話パートでの出演率が最近高い気がしてきました。
何だかんだで大体の事件には一枚噛んでるので、とにかく出ずっぱりです。
何でこの合法ロリおばさん、主人公の相棒みたいな立ち位置になってるんだろう。




