第百二話 新たなダンジョン
マックス・ファイトの処遇は驚くほどの異例の速さで決定された。
まず最初に形だけの裁判を行うも、当然のように有罪判決となった。
これに関してはあの戦いを見ていた全員が目撃者であった為、どうにもならない。
王女の慈悲によって死罪までに七日間の猶予を与えられたのが唯一の救いか。
そのまま孤独な少年には一切の救いが与えられる事なく、七日後には人々の見ている前で斬首され、これで今回の事件は完全に解決となった。
いずれは、人々の記憶からもマックスという哀れな少年の存在は薄れて行く事だろう。
――と、いうのが表向きの話である。
結論から言えば斬首されたマックスは影武者だ。
勿論、国家反逆者であるマックスの影武者になりたいなどという酔狂な者は存在しないが、居ないならば作ってしまえばいい。
その無茶を通してしまえるのがダンジョンというものだ。
『国民が納得するだけの重い罪と裁きをマックスに与えつつ、ジークリンデも納得させて欲しい』というハンナからの無茶ぶりを受けたメルセデスは、すぐにベアトリクスの時と同じように複製を作る事を考えた。
この際、ただ処刑される為だけに生まれる複製に思考力など要らないと考えたメルセデスはツヴェルフに無茶振りをし、脳はオリジナルより小さくていいと要求した。
これはもしかしたら不可能かもしれないと思ったが、本来作るはずのパーツを意図的に作らなければいいだけの話なので融通が利いた。
ツヴェルフ曰く『こんな要求をした者は今までほとんど居なかった』らしい。そりゃそうだ。
しかしこれで、性能をわざと劣化させれば新種の魔物を意図的に作り出す事も可能と判明したわけだ。ポイントの節約にもなるので今後は性器を削ったオークとかを作ってもいいかもしれない。
……あ、それはもういるか。
そうして出来上がった意思を持たないマックス肉人形を身代わりとし、マックスを生き残らせる事に成功した。
ちなみにダンジョンの事はジークリンデに明かすわけにはいかないので、身代わりに関しては『瓜二つの山賊が運よく見付かったのでそいつを使った』と説明している。
生き残ったマックスはとりあえずメルセデスのダンジョン内に置き、最近出番のないベンケイとシュフに教育させる事にした。
とりあえず、バジルによって教え込まれただろう歪んだ思想を直してやればいつか外に出してやる事も出来るかもしれない。
「……と、いうわけで、これからはここで暮らしてもらう事になる」
メルセデスは自分の持つシュタルクダンジョン内に屋敷を新造し、そこにマックスとユリアを住まわせる事にした。
召使いとしてゴブリンを配置しているので、生活に苦労はしないだろう。
何故ユリアまでいるかというと、彼女の扱いにハンナが困っていたからだ。
処刑するほどの罪を犯したわけではなく、しかし放置するには危険すぎる。
しかも下手な拘束をしても脱出される恐れもあった。
加えて、能力だけはあるので一度逃げられてしまうと何を仕出かすか分からない。
なのでハンナはユリアの処遇に困っており、それを知ったメルセデスはユリアを引き取る事を提案した。
ダンジョン内に閉じ込めておけばメルセデスの同意なしには逃げられないので、まさにうってつけの隔離場所だ。
勿論メルセデスもただの善意でユリアを引き取ったわけではない。
頭の残念さはともかく、ユリアの体術や魔法には利用価値がある。
そう思ったからこそ、ユリアを引き取ったのだ。
とりあえずベンケイを教師にし、空っぽの頭を少しマシにしてやれば使えるだろう。
それとこれはどうでもいい事だが、ベアトリクスは以前まで彼女が主だったダンジョン……面倒なので帝国ダンジョンとでも呼んでおこうか。そちらに屋敷を作って押し込んでいる。
「お、お主、ダンジョンの継承者だったのか……」
マックスは、メルセデスがダンジョンを持っている事に驚きを露わにしていた。
しかし詳しい説明をしてやる義務はないので、彼の疑問には何も答えずスルーをした。
教えるにせよ、そうでないにせよ、まずは常識というものを学ばせてからだ。
「必要な物があったら、ベンケイを通して私に言え。
必ず用意するとは言えんが、多少の融通は効かせてやる」
それだけを言い、メルセデスはダンジョンの外へ出た。
これ以上自分が何かを言っても警戒させるだけだし、向こうにも落ち着く時間が必要だと思ったからだ。
終わってみれば何とも呆気なかったが、フェリックスの思わぬ出生が判明したり、ダンジョンが彼の手に渡ったりと、何だかんだでプラスになったと考えていいだろう。
◆
それから数か月の間、国は平和なものであった。
騒動らしい騒動もなく、メルセデスは実に落ち着いて学業に専念する事が出来た。
思えばこの国は火種だらけで、随分と回り道をしてしまったものだがようやく望んだ環境を得る事に成功したのだ。
学園内の派閥も、今やメルセデスには一切手出しせずに自分達だけで争ってくれてるので有難い。
……モニカが何か、メルセデス派なるものを作っているとハンナから聞いたりもしたが、それは聞かなかった事にした。
そんな平和なある日の事だ。
その日は、何故かいつもよりも若干教室が騒がしかった。
一部の生徒が落ち着かない様子で話しており、浮足立っているように見えた。
一体何事かと思ったが、その理由は教室に入って来たグスタフによって明かされる事となる。
「今日は授業前に話す事がある。
既に何人かは知っているかもしれんが、つい数日前に、我が国の近くに新たなダンジョンが出現した」
生徒達が騒いでいた原因は何と、新しいダンジョンが出現したというものであった。
恐らく有力な貴族の子供は親を通してその情報を聞いていたのだろう。
メルセデスはこれが初耳だが、まあ放っておいても知る事になる情報をあの父親がわざわざ教えに来るはずもない。
隣を見るとハンナは何の驚きも見せていないので、彼女は知っていたのだろう。
「しかし位置的にルミエールも近くにある上にどちらの国境にも接触していない。
その為、扱い的には何処の国のものでもない、完全にフリーのダンジョンだ」
グスタフの説明を聞きながらメルセデスは、ルミエールという名前を記憶から引っ張り出す。
確か授業で聞いた、最も近くにあるエルフェの国だ。
勿論近いと言っても距離はある。あくまでエルフェの国の中では一番近くにあるというだけだ。
今回現れたダンジョンは丁度、その国とオルクスの間に出て来てしまったらしい。
国境内に出れば、それはシュタルクダンジョンのようにその国のダンジョンとして扱われる。
しかし今回の場合は何処の国の所有にもならない。
どの国のファルシュが入ってもいいし、誰が攻略してもいい。いわば早い者勝ちというわけだ。
「そこで早速両国共同で付近に集落を作り、ダンジョンの攻略に乗り出す事となった。
シーカーギルド支部も近いうちに作られる予定だ」
それは大丈夫なのか、と思ったものの今の所吸血鬼とエルフェの仲はそこまで悪いわけではない。
シメーレなどは過去の戦争の経験から今でも吸血鬼を敵視している者が多く、実際に裏では戦争の準備を進めていると言われているがエルフェはそういう噂を聞かない。
つい最近、バジルという男が騒ぎをこちらで起こしたばかりだが、アレは一個人の暴走の可能性もあるので何とも言えないだろう。
少なくともエルフェ側はバジルに関しては何も知らないと答えている。
「そこでだ……ここからが本題だが、この学園からも何人か志願者を集めて遠征させる事が決定された」
グスタフのその言葉に教室が沸いた。
それは当然の事で、ダンジョンを攻略して莫大な財を手にする事はこの国の貴族に生まれたからには誰もが一度は夢見る事だ。
そして、この中の何人かはきっと親などから聞いて、その先の真実――即ち、真の意味で攻略すればダンジョンという力そのものを手に出来る事も知っているはずだ。
ダンジョンを手にする者は国を手にする。その好機が巡ってくるとなれば喜ばないはずがない。
勿論既に王女であるジークリンデがいるのでそのまま即位とはいかない上に、婚約者のフェリックスもいる。
しかし攻略者と継承者ならば攻略者が優先される可能性が高く、フェリックスを蹴落としてあのジークリンデ王女の夫になれるかもしれないのだ。
それ故に男共のやる気は満ち溢れていた。ダンジョンとメロンの両方を手に入れたいと願わぬ男がいるだろうか。否、いまい。
「しかし当たり前だが、エルフェ語を習得していない者は選考から外すものとする。
会話すら出来んのでは話にならんからな」
それを聞き、半分以上の男がこの世の終わりのような顔をして意気消沈した。
どうやら彼等はエルフェ語を習得していなかったようだ。
必修科目じゃなかったから仕方ない。
「全員に用紙を配っておく。希望者はこの用紙に希望する旨を書いて授業終了後に提出してくれ。
それでは、今日の授業を始めよう」
グスタフはそう言い、前の席から順に希望用紙を渡し始めた。
さて、どうしたものか。
メルセデス「やっと面倒な国内ゴタゴタから本命のダンジョン攻略に入れる予感!」ガタッ
ハンナ(メルちゃんが攻略しちゃうと、更に面倒な事になるんだけど……今は黙っておいてあげよう)




