第百一話 死人に口なし
マックス・ファイトを旗頭とした内乱は未然に防がれた。
終わってみれば今回の騒動は何も知らぬ子供が策士気取りの馬鹿に操られ、ほとんど何も出来ずに鎮圧されたというだけのものだったが、一歩間違えれば国が二つに割れていただろう。
捕えられたマックスに関しては即処刑しろという声が多かったが、まだ子供という事もあってジークリンデが反対し、今は牢獄に閉じ込められている。
可哀想だと言えば可哀想だが、ここは平和な現代ではない。
子供だろうが利用されていただけだろうが、情状酌量の余地があろうが心神喪失していようが、王家に弓引いた時点で死罪止む無し……そういう世界だ。
メルセデスは一応日本からの転生者ではあるが、その辺りの割り切りはもう済ませている。
だからマックスが処刑されようと、別にそれで心を動かす事はないだろう。
可哀そうだとは思うし同情もする。だがそれだけだ。
……ふと、思う。これがマックスでなくて見知った相手……例えば妹のマルギットだったとしたら、自分はどう思ったのだろう。
妹でもやはり、『可哀そうだな』だけで済ませたのだろうか。
どうにも最近、前世よりも人間味が増すどころか……逆に、益々心が冷えているような気がしてならない。
マックスの所持していたダンジョンは、過去の愚かな王の罪と共に出所が明らかになり、その継承権がフェリックス・グリューネヴァルトにある事も明らかにされた。
その後はトントン拍子に話が進み、あっという間にジークリンデとフェリックスは婚約者という関係になった。
ダンジョンを持つ者……しかも男で、能力も申し分なし。
フェリックスがジークリンデと婚姻を結ばされるのは至極当然の事と言えるだろう。
勿論本人には寝耳に水だろう。ジークリンデとフェリックスは互いにそれなりに好印象は抱いているだろうが、恋愛感情と呼べるものはない。
しかし、王族貴族の婚姻なんてものは、大半がそんなものだ。
本人達の感情より、互いの家の利が優先される。
そういう意味ではむしろ、この二人はかなり恵まれている方だ。少なくとも顔見知りであるし、互いに嫌い合ってもいないのだから。
ならば後は二人で仲を深め、互いを好きになればいい。
新たな王の候補(というかほぼ確定)の登場に国が沸く中、メルセデスは特別に許可を貰って城の地下へ赴いていた。
そこには今回の件でバジル側に加担していた貴族や商人が囚われており、事情聴取を受けている。
余談だがトライヌはいない。彼は一足早く真の王派から離脱しており、メルセデスを通して情報提供をした事で無罪放免となったのだ。
何ともまあ、世渡りの上手い男である。
「あ、メルちゃん。こっち」
牢に行くと、大勢の部下を押しのけてハンナが向かって来た。
身長のせいで大人の中に子供が遊びで紛れ込んでいるようにしか見えないが、彼女がここのトップだ。
ハンナはメルセデスを連れて奥の部屋に行く。
そこは簡素な部屋だったが、中央にテーブルが置かれ、その上にはバジル・サーモンの遺体が安置されていた。
「そいつの素性は分かったか?」
「んにゃ。分からない事だけが分かった……って感じかな」
メルセデスの問いにハンナは首を振る。
今回の件で一番謎だったのは、『結局バジル・サーモンは何処の誰で何をしたかったのか』だ。
それらを吐かせる前にメルセデスが殺してしまったので、彼の関する謎の多くが闇に葬られてしまった。
それでもハンナの情報網ならば死体からだろうと素性を割り出せると思っていたが、どうもそう簡単にはいかないらしい。
「見て」
ハンナはそう言い、バジルの髪を掴んで持ち上げた。
すると髪に隠れていた耳が露わになり、メルセデスも顔をしかめる。
……耳が、尖っていた。
それは吸血鬼にはない身体的特徴だ。
「エルフェか」
「うん。ただエルフェは世界で一番数の多い人種だから、どこのエルフェだとか、そういうのは全然分かんないの。
今のままじゃ彼一人の暴走なのか、それともエルフェ側の策謀だったのかも分からない」
「殺したのは不味かったか?」
「結果論だけど、生け捕りにして情報を吐かせるべきだったかもね。
でもまあ、生きて逃げられるよりはマシだし、あの場面じゃ私でも殺ってた」
メルセデスがバジルをあっさり仕留めたのは、死体からでも情報は引き出せると思っていたからだ。
しかしエルフェならば話は全く別のものとなる。
死体に口なし……あそこでの最善手はバジルを殺すのではなく、生け捕りにして後で拷問でも何でもして情報を搾り取る事だった。
とはいえ、やってしまったものは仕方ない。ハンナも言っているが、最悪なのはあの場でバジルに逃げられる事だった。
ベストではなかったがベターではあった。今はそれで納得するしかない。
「だが何故エルフェがこの国にちょっかいをかける? エルフェとは特に敵対していなかったはずだろう」
「まあ有力なのは侵略の準備かな。戦争っていうのは一応宣戦布告してから始まるものだけど、実際はそんな行儀のいいものじゃなくってね……裏ではスパイや工作員を紛れ込ませるなんて当たり前だし、事が起こった時の為に兵を相手の国に送り込んで時が来るまでは普通に暮らすように指示するとかも定番だね。うちもやってる事だよ」
言いながらハンナはバジルの頭をテーブルに戻し、部屋の外に出るように指で促す。
それと同時に部屋の隅に待機していたハンナの部下と思われる者達がワラワラとバジルの死体に集まり始めた。
その手には様々な器具が握られており、これからバジルの遺体がどうなるかは……まあ、知らなくていい事だろう。
一つ言えるのは、王家に歯向かった者には死後の尊厳すらないという事だ。
「憶測だけど、バジルの目的は多分、この国の権力の中枢に潜り込む事だったんだと思う。
ダンジョンを持つ人に信頼されている執事なら、そのまま重用されて相談役みたいな位置も狙えるだろうし。
クリストフさんが王様になれば、国王の片腕にだってなれたかもしれない。
だから彼は、当時ダンジョン攻略に最も近かったクリストフさんに近付いたんだと思う」
「しかし愚かな当時の王が、己の地位を脅かされる事を恐れてクリストフを暗殺してしまった……というわけか」
「うん。そういう意味では皮肉な話だけど、アウグスト様の駄目っぷりがこの国を守ったとも言えなくもないね」
物事というのは終わってみるまで、何が正解か分からないものだ。
ひたすら愚かなだけだったアウグストの行動がこうして国を守っていたとは、何とも複雑な気分にさせられる。
メルセデスは廊下を歩きながら、他に気になった事を聞いてみる事にした。
「マックス・ファイトはこの後どうなる?」
「死罪には殿下が猛反対してるけど、そのまま放置するわけにもいかないからねえ。
普通なら身分剥奪して追放とかもあるんだけど、ダンジョンの継承権持ちを放流するとか論外だし。
王族ですら王位継承者以外は子供作っちゃ駄目って言われてるくらいなのに、まして反逆者じゃね。
まあ……あんまり気分のいい話じゃないけど、良くて生涯幽閉かな……」
マックスの将来は、暗いものだ。
死ぬか、死んでいるに等しい生を送るかの二択しかない。
彼自身が何か悪かったわけではないのだ。
愚かな王に祖父を殺され、母も死に、たった一人で残された彼はバジルに縋るしかなかった。
ここでバジルの真意を見抜いて王家に尻尾を振れば道も違っただろうが、判断力も知識も与えられていない子供にそれを言うのは酷だ。
彼自身は、ただの真っ当な子供だった。
歪んだ教育のせいで思想や口調こそ傲慢だったが、それでも彼なりに民の事を心配していたし思いやっていた。
こんな運命に翻弄されていなければ、あるいはよき領主、よき貴族になれたのかもしれない。
なるほど、ジークリンデが猛反対するわけだ。
真相を知ってしまえば、マックス・ファイトは完全にただの被害者でしかない。
だが被害者だろうが何だろうが彼の血と、バジルの所業と、何より国民の意思が彼の平穏を許しはしないだろう。
「それよりも問題は、いつまでも反対を続けると殿下への心証が悪くなる事だよ」
「……幽閉で割り切れればむしろプラスなんだろうがな」
「うん」
ジークリンデは大勢の見ている前でメルセデスからマックスを守った。
これで彼女は皆から慈悲深い王女という印象を持たれただろう。
後はこのままマックスを生涯幽閉という形で済ませれば『己に歯向かった者の命を救うとは何と優しいのだ』と好印象を持たれる。
しかしそれを通り越して幽閉も駄目などと言い始めたら不味い。
慈悲深いを過ぎ去って、ただの甘い王女になってしまう。
「というわけでメルちゃん。悪いんだけど、何とかならないかな?」
そしてこの無茶ぶりである。
メルセデスは溜息を吐き、可愛らしくお願いをする叔母の頭を軽く叩いた。
獣人の国「あの国いつかぶっ潰すわ」
帝国「あの国裏から支配したろ!」
エルフェの国(?)「あの国にスパイ送り込んだろ!」
メルセデス「うちちょっと狙われすぎじゃないか?」




