第十話 第二の仲間
タイトルを変更しました。
メルセデス達の前に剣を手にした骸骨が現れた。
以前メルセデスが武器を強奪したのと同じ、ゲリッペ・フェッターだ。
しかしそれが立ち塞がると同時にベンケイが剛剣一発で真っ二つにしてしまい、戦闘にすらならなかった。
ベンケイが強いのか、それとも魔物が弱いのか……どちらにせよ、ベンケイは浅い階層であれば十分に役に立つ事が分かった。
魔物が登場すると同時にベンケイに切り捨てられるのは既にこれで五度目。現在メルセデスは戦闘すらせずに順調にダンジョンを進んでいた。
ゲリッペ・フェッターが落とした剣を回収し、それから盾を見る。
「おいベンケイ。どうせならお前も一つくらい盾を持っておけ。
折角腕が六本もあるのに全部剣装備とか、勿体無いぞ。もっと違う武器を装備して色々やれるようにしておけ」
「む……なるほど」
ベンケイは腕が六本もあり、かなり戦闘では有利だ。
だというのに、全部剣を持っていては無駄にも程がある。
もっと槍とか盾とか弓とかを持って、戦術に幅を持たせるべきだろうとメルセデスは考えた。
ベンケイも特に剣に拘りはないのか、持っていた剣を一つ捨てて盾と代える。
彼が捨てた剣はゲリッペ・フェッターの剣よりも質がいいので、メルセデスは今まで使っていたゲリッペ・フェッターの剣からベンケイの剣に装備変更。ゲリッペ・フェッターの剣はもう売っていいだろう。
強力な武器が手に入れば前の武器は売る。これもまたファンタジーの基本だ。
その後も二人は特に苦戦する事なく、軽々と十階層までを走破。出て来る魔物はほとんどベンケイの相手にならずに散り、一発を耐えてもメルセデスの追撃であっさりと倒れていった。
そして十一階層。ここでようやくもう一つの目的である灰色のゼリーと遭遇した。
見た目は確かに灰色のゼリーを人の形にしたような奇妙なものだ。胸の中には球体があり、嫌でも目に付く。
「プルプル、僕悪いゼリーだよ」
「なら遠慮はいらんな」
登場早々メルセデスの刃がゼリーを切断した。
すぐにゼリーは再生しようとしていたが、球体を斬ってやると呆気なく動かなくなってしまった。
「何故そのコアが弱点だと分かったし……」
「まあ、この手の魔物のお決まりだしな。それとゼリーが喋るな」
こんなに分かりやすく弱点を晒しておいて何故も何もない。
メルセデスは動かなくなったゼリーを適当に持参した袋へと詰めていく。
意外と手触りはよく、ベタつかない。
それにしてもこの依頼を出したのは確かスイーツ店だったが、まさか食べるのだろうか?
「さて、これで依頼は達成だが……折角だ。このまま十二階層まで行くぞ」
「シュヴァルツ・ヴォルファングを捕獲するのですな」
「ああ。それで今日は撤退する」
十階層を超えると流石に魔物の強さも一段階上がり、ベンケイの初撃に耐える者もちらほら現れ始めた。
とはいえ、まだ苦戦するレベルではない。ベンケイだけでも余裕で勝てるだろう。
ほぼ苦労なく十二階層まで到達し、目的の狼を探す。
少し徘徊すると、狼男と遭遇したが残念ながら少し違う。
「ヴァラヴォルフ・ロート……炎の如き獰猛さと、火炎を吐き出す力を持つ狼男です。
手強いのでお気をつけを」
「炎か。丁度いい、私が使えない力だ。
こいつも捕まえておこう」
目の前で猛る狼男は身長190cmといったところか。
文字通り大人と子供の差だが、今更メルセデスが怯む事はない。
余裕の表情で指の関節を鳴らし、一歩踏み出す。
だがそれと同時に何かがダンジョンの奥から突撃してくる気配を感じ、メルセデスとベンケイは咄嗟に回避した。
反応出来なかったヴァラヴォルフ・ロートだけが何かの突撃を受け、血飛沫をあげて上半身が消える。
二人が後ろを振り返れば、そこにいたのは狼男の上半身を食い千切った黒い巨大狼の姿だ。
「こいつか?」
「はい、間違いございません」
ベンケイの返事を聞き、メルセデスは笑みを浮かべる。
目的の方からやって来てくれるとは探す手間が省けていい。
ヴァラヴォルフ・ロートは少し残念だったが、その分はこいつに補って貰うとしよう。
「グルル……」
巨大狼は牙を剥いて唸り、メルセデスを睨む。
そこに一歩メルセデスが近付けば、黒い疾風となってメルセデスへと跳びかかった。
これに対しメルセデスが手を出せば跳躍してメルセデスを飛び越し、それと同時にメルセデスの肩に衝撃が走る。
服が僅かに裂かれ、肩を露出しながらもメルセデスは顔色を変えなかった。
「……速いな」
僅かに裂けた皮膚を即座に再生し、狼へと向き直る。
ベンケイが前に踏み出そうとするが、それは手で制した。
これから上下関係を躾けなければならないのに、自分以外に倒して貰っては狼だってこちらを認めないだろう。
再び踏み出したメルセデスへと黒狼が躍りかかり、再び皮膚を削られる。
再生して振り向くが、黒い疾風は止まらずにメルセデスを四方八方から刻んだ。
「…………」
腕、肩、脇腹、足と立て続けに爪で裂かれながらメルセデスは苦悶の声一つ漏らさない。
感情というものを排除したような冷たい瞳で黒狼の動きを追い続けながら、急所への攻撃だけを的確に防ぎ続ける。
傷は無いに等しい。攻撃を受けると同時に再生しているし、それに徐々に攻撃そのものを受ける回数が減っているからだ。
最初は甘んじて受けていた攻撃もいつの間にか防げるようになり、ほとんど直撃させていない。
そんな攻防が一分も続いただろうか。やがてメルセデスは目を細め、十四回目となる黒狼の襲撃を前に呟いた。
「――よし、もう慣れた」
防御を捨てて身体を僅かに動かし、黒狼の牙を避ける。
胸の前スレスレへと誘い込み、そのまま無防備な鼻を軽く撫でてやった。
黒狼はまさかの出来事に驚いて動きを止めるが、メルセデスはあえて追撃をかけない。
マズルコントロール……犬の鼻を掴む事で自分が相手よりも上であり、守れる力の持ち主である事を教える行為だ。
母犬が子供に対してやる行為でもあり、上手く行えば犬の躾に大変有効である。
しかしマズルコントロールは無理にやると恐怖心を強く与えてしまう。
犬を躾けたいが為にアルファロールやマズルコントロールを強要し、結果飼い犬に嫌われてしまう飼い主の話など珍しくもない。
無理に行えばそれは恐怖となり、恐怖は威嚇や噛み付きといった攻撃行為へと発展する。
無論、恐怖で上下関係を叩き込んで服従させる躾もあるが……メルセデスはそれを選ばなかった。
理想は上下関係と力関係を教えつつ、恐怖はさせない事。それが躾の基本だ。
だからまずは触れる事から慣れさせ、それから少しずつ触る事への抵抗を薄れさせるのが効果的である。
その後何度か同じ事を繰り返すと、やがて黒狼は力の差を理解したのか大人しくなった。
同時に、メルセデスに害意がない事も悟り敵意が消える。
そんな黒狼の事をメルセデスは満足気に撫でてやった。
「よし、地上に戻るぞ。こいつをしっかり躾けてやらなければな」
こうして無事に黒狼を大人しくさせたメルセデスは、そのまま黒狼を連れ帰ったのだった。
◆
黒狼を連れ帰ったメルセデスは、まず黒狼に自分を信じさせることから始めた。
上下関係を教えれば次は信頼関係を結ぶ。躾の基本だ。
また、いつまでも名無しは呼びにくいのでクロと名付けておいた。
最初はシュバルツもいいかと思ったのだが、種族名がシュヴァルツ・ヴォルファングなのにシュバルツと名付けるのはホモ・サピエンスをほもと名付けるに等しい行為だと考えて思い直したのだ。
何だかメガトンコインを持っている事を忘れて橋から落下しそうな名前である。
なのでメルセデスは特に捻る事もなくクロと名付けておいた。
シュバルツもクロも意味は同じだ。一気に響きが可愛くなった気がしないでもないが、ボールペンですらクーゲルシュライバーとかいう決戦兵器みたいな名前になる国の言語と比べてはいけない。
余談だが、ベンケイやクロは案外普通に母や婆やに受け入れられてしまった。
怯えさせないように自室に待機させていたのだが、母は何を思ったのか晩飯時にベンケイとクロを連れて来るように言い、普通に食事を振る舞ってしまったのである。
流石はメルセデスの母か。度胸が普通ではない。
トライヌ商会は早速チョコレートと缶詰の販売を開始し、大々的に宣伝をしているようだ。
チョコレートは非常食としてより、単純にその甘さから人気が出て飛ぶように売れているという。
缶詰は好調ではあるがチョコレートに比べると地味な売れ行きだ。
しかし、腐らず長期持ち歩ける食料として注目を集め、少しずつ売れ行きが伸びているのでこれからだろう。
これならばメルセデスの手元に転がり込む金は相当なものとなるはずだ。
上手くいけば、今暮らしている場所よりもずっと豪華な屋敷を買うのもいい。
いっそ母と婆やはこの都市から逃がし、別の都市で新しい人生をスタートするようサポートするのも手か。
父には会った事もないが、どうせロクな男ではあるまい。
そんな男の為に人生を台無しにされるのはあまりに不憫というもの。
幸い母はまだ見た目は若く美しい。今からでも再スタートする事は不可能ではないだろう。
母と婆やをこの都市から逃がす事が出来たならば、まずは最初の目標……即ち、底辺からの脱出を達成した事にもなる。
そうなればメルセデスも、次の目標に向けて歩き出す事が出来るだろう。
腐ったままでは終わらぬと決めた。歩き続けると決めた。
後悔しない生き方をし、最後に笑って死んでみせると決意した。
だが具体的にどうしたいのかを決めているわけではなく、辿り着く場所さえも見えていない。
漠然と、ただ生きた証を残したいと思っている。だがその方法も、行く末も考えていない。今はまず、この生活から脱する事だけを考えていて、それだけで手一杯だったからだ。
『何処か』へ行きたいと思う。だがそれが何処なのかを自分でも分かっていないのだ。
いや、そもそもそんな場所があるかどうかすら分からない。もしかしたら無いのかもしれない。
それでも止まりたくはなかった。
道の先が暗闇だろうと、それでも立ち止まって後悔して死ぬのは嫌だった。
――満月を見る事なく、つまらない生涯を終えた。
メルセデスは思う。強く思う。
私は前世とは違う、違う存在だ。記憶を引き継いだだけの他人だ。
そう強く思いたいからこそ、前世と同じ道だけは選ばない。
同じ死に方だけはしたくない。同じ後悔を抱きたくない。
だから歩くのだ……前世とは違う、自分だけの道を探して。それがどこにあるかも分からなくても。
(母さんと婆やをこの生活から脱出させたら、次は目標探しだな。
私が生きる理由……歩むべき道……ようやく、それを探す事が出来る)
全力で走り抜けると言っても、道が分からなければ走れない。
だからまずはそれを探そう。自分が走り、そしてゴールを切った時に笑えるだろう道を。
だが物事とはなかなか上手く運ばないものだ。
決意を新たにしたその次の日……同じ境遇の兄弟達が接触してくるなど、そんな間の悪い事が起きるとはメルセデスも考えていなかった。
Q、どうやってベンケイとクロを連れてダンジョンと街を移動してるの?
1、まずベンケイを持ち上げます。
2、重力遮断魔法をかけて投げます。
3、メルセデスはクロに乗ります。
4、クロがジャンプしてベンケイに乗ります
5、シュール




