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第一話 その月は欠けていた

 待宵月とは、翌日の満月を楽しみに待つ事からそう呼ばれていると、聞いた事がある。

 空に輝く月はとても美しくて、満月ならもっと美しいのだろうと思うと今夜が十四夜であった事が惜しまれてならない。

 深夜を過ぎた夜道は誰も通らず、時折過ぎていく車両は止まりもしない。

 きっと、私は酔っ払いか何かだと思われているのだろう。もしかしたら気付かれてすらいないのかもしれない。

 地面に散乱しているのは、家に帰ってから読むつもりであった新作の小説だ。

 売上はお世辞にもいいとは言えず、レビューでは主人公に何の目的もない退屈な物語と手厳しい事を書かれていた。

 しかし私は、この人気のない小説の人気のない主人公に感情移入をしていた。

 主人公に目的がないとは確かに的確な指摘で、物語としては欠陥もいい所だ。

 主人公が何をしたいのか分からないのでは、物語の方向性すら定まらない。

 しかし私は思うのだ。では、レビューで酷評した誰かは、何か目的があって生きているのだろうかと。

 今通り過ぎた車に乗っている誰かは、こうなりたい、ああしたい、という明確な人生目標があるのだろうか。

 遠くで電車が走る音が聞こえる……あの電車に乗っているだろう仕事帰りのサラリーマンは、サラリーマンになりたくてなったのだろうか。それが彼ないし彼女の目的なのだろうか。

 私はそうは思わない。少なくとも私は違う。

 ファンタジーで勇者ならば、魔王を倒して世界を救うという目的があるのだろう。

 ボクシング漫画ならば、世界王者になりたいという目的があるのだろう。

 だが実際に、この現実でそうしてハッキリと目的を掲げてそこに邁進して生きている人間がどれほどいるだろうか。

 『大きくなったら何になりたい』。

 幼い頃に一度は聞かれるだろう問い。それに幼い子供達は夢を持って答える。

 『野球選手になりたい』、『大統領になりたい』、『学者さんになりたい』、『アイドルになりたい』。

 現実の厳しさも、そこに至る苦悩も道のりも困難も、何も知らぬ幼い返答。だが夢に溢れた言葉。

 この時はきっと、誰もが目的のある主人公なのだろう。誰だって、自分の人生では主人公で、子供の頃は世界はキラキラと輝いている。

 だが大人になるにつれて挫折を知り、才能を知り、現実を知り、いつしか夢を忘れて生きる為に生きるようになる。

 ならばきっと、私達は誰もが目的のない物語の主人公なのだ。

 空に浮かぶあの月のように、決して満たされる事のない……目的という大事なものが欠け、永遠に欠けたままの月……それが私達なのではないだろうか。

 そして今、私というつまらない一つの物語が終わろうとしている。

 終わり方も別に劇的なものではない。子供を救って事故に遭ったとかならば少しは恰好がついたのだろうが……歩道橋の階段を登っている時に、急いで走っていた誰かにぶつかって落ちて、そして頭を打っただけだ。

 その誰かは逃げてしまい、もうどこにも見えない。

 地面を濡らす自分の血と、麻痺したように動かない手足。そして薄れていく意識。

 それらを感じながら、私は思った。


 ――ああ……つまらない、物語(じんせい)だったな……。


 そんな思考を最後に、私は最後まで待宵月を眺めながら瞼を下ろした。

 私の目が満月を見る事は、もう、ない。



 何時からだろう。自分ではない自分(だれか)の人生を認識していたのは。

 何時からだろう。この生が二度目である事に気付いたのは。

 少女の記憶の中にはある日気付いた時から、全く身に覚えのない誰かの人生が住み付いていた。

 名はメルセデス。家名はグリューネヴァルト。

 広大な土地を治める吸血鬼ベルンハルト卿の数多くいる側室のうちの一人の子として彼女は生を受けた。

 前世の記憶というものを認識したのは何時だったか……確か自我が芽生えた頃には既に共にあったような気がする。要するに割と最初からだ。

 しかしメルセデスにとってそれは前世というよりは、あくまで知らぬ誰かの知識という認識であった。

 どのような人物で、どのような趣味趣向の持ち主だったかは分かる。死因も知っている。

 だが、それはまるで他人事……会った事もない誰かの人生をダイジェストで見せられて、これがお前の前世だと言われてはいそうですか、と納得出来るはずもない。

 そして酷く……そう、そのダイジェストの物語は酷くつまらなかった。

 メルセデスにとってこの知識の元となった人物は『自分の前世』ではなく、『前世だったらしい誰か』でしかない。

 だがこの知識は彼女にとって有用か無用かで言えば、間違いなく有用であった。

 これがあったから、幼くして自我を確立出来た。大人顔負けの思考能力を有するにも至った。

 そして、自分の現状がいかに危ういものであるかを知る事も出来たのだ。


 屋敷……と呼ぶには少々小さい家の中を歩きながら彼女は考える。

 メルセデス・グリューネヴァルトは吸血鬼である。

 生まれてより今日(こんにち)まで、365日をざっと五回は繰り返した。要するに五歳児だ。

 吸血鬼といっても、彼女の知識にあるようなアンデッドではない。

 『この世界』では吸血鬼とは力が強く、魔法という特別な力を使いこなし、寿命が長く再生力に優れ、太陽が少し苦手というだけの生物だ。

 他の生物の血を飲むが、それも大量に必要というわけではない。

 血を飲むというとおぞましく聞こえるだろうが、血を吸う生き物がいないわけではない。

 言い方は悪いが、蚊のようなものだ。

 だから子も為せるし、聖水を浴びた所で別に皮膚が焼けたりしない。

 それと当たり前だが、蚊取り線香は効かない。

 これだけ聞くと、大当たりの人生だと思うだろう。確かに種族的には外れだなどと言えまい。

 容姿はどうだろう。

 壁にかかっている鏡を見て、彼女は己の姿を確認する。

 光の当たる角度によっては青にも銀にも見える髪は首の後ろで縛り、腰まで伸ばしている。

 今はまだ幼過ぎる顔立ちは秀麗と呼んで間違いはない。むしろ謙遜すれば嫌味になるくらいには整っている。

 やや勝気に吊り上がった眼は金。瞳孔は明るさやその時の気分によって、まるで猫のように変化するが、今は人間とそう変わらない。

 すっきりとした小鼻に、桜色の唇。白い肌。

 今世は容姿にも恵まれたようだ。少なくとも彼女自身がこれ以上の美貌を求めない程度には完成されている。

 自画自賛になるが、私は将来美人になるぞという確信を抱いている。

 身体能力も問題なし。むしろ吸血鬼だけあって人間とは比較にならない。

 ここまでならば文句など出るはずもない。自分は恵まれていると胸を張って言える。

 しかしメルセデスは己の生まれに危機感を抱いていた。いや、生まれ……というよりは環境、そして現状にだろうか。


 先も語ったように、この世界には吸血鬼がいる。わざわざこの世界、などという言い方をした事から分かるようにここは地球ではない。赤き大地、レッド・プラネットと呼ばれている。

 実にテンプレ的で何の捻りもなく、登場しては一秒で爆破されていく量産型やられメカの如き速度で増殖し続けるライトノベルでありがちな事ではあるが、異世界とやらに生まれ変わってしまったらしい。

 そして最初に語った通り、メルセデスは吸血鬼な父と母の間に生まれた側室の子である。

 それも母はどうやら、側室の中では大分地位が低いらしい。

 この屋敷を見れば一目瞭然……地方の貧乏貴族が暮らしているような、小さな屋敷しか母には与えられていない。

 家を与えている時点で十分ではないかと思われるかもしれないが、本邸に住む事すら許されていない時点でお察しである。

 しかも父は広大な土地を支配しており、金も建物も余っている。なのにこの仕打ちだ。

 強風が吹くたびに窓枠はカタカタいうし、床の一部は腐りかけているのか歩くとギシギシ音が鳴る。

 一日に一回はGと鼠の姿も見かける。これは酷い。

 ついでに言うとメルセデスは生まれてから五年間、何と父の顔を見た事がない。

 父が母に会いに来た姿も見た事がない。いくら長命の吸血鬼でも、いくら側室でも、仮にも妻を五年放置はちょっと有り得ない。

 これらの状況を見れば嫌でも察しがつく。母は父に疎まれている……いや、もしかしたら何とも思われていないのかもしれない。  

 メルセデスは考える。現状は、何とか生活出来ている。

 最低限の仕送りだけは受けているようで、たった一人の召使である老婆のお世話になりながら母と娘で細々と生きている。

 だがこれはいつまでも続くまい。母と自分がこうして生活出来ているのは、自分がかろうじて家名を継ぐ継承権を持っているからだ……もっとも、優先度など無いに等しい継承権だが。

 グリューネヴァルトの名は本妻の子が継ぐだろう。別にそれはいい、問題はその後だ。

 正式にグリューネヴァルトの跡継ぎが決まれば、自分を始めとする何人いるかも分からない側室の子は全員用無しだ。

 このぞんざいな扱いを見て、跡継ぎが決まった後も面倒を見てくれると思うのは楽観視が過ぎる。

 ……母共々捨てられる。そのくらいの事は予測しておいた方がいい。

 メルセデスは更に考える。

 その時が来たら、自分はどうすればいい?

 もしかしたら明日にでも訪れるかもしれない未来を、ただ手をこまねいて待つのか?

 否、それは有り得ない。来ると分かっている不吉を前に何故、何の用意もせずにいられよう。

 だが自分などに何が出来るというのか。

 自分には財もなければ名誉もない。有るのは吸血鬼としてのこの身体一つだけだ。


「おやお嬢様。今日もお出かけですか?」

「ああ、婆や。少し庭で遊んでくるよ。母様には言わなくてもいい」

「いってらっしゃいませ」


 廊下ですれ違った世話役の老婆に軽く挨拶をし、書斎の前を通り過ぎる。

 室内にあるのは所狭しと並べられた本棚と、小さな机と椅子が一つ。

 机の上には何度読んだかも分からない本が積み重なっており、中身は一字一句に至るまでメルセデスの頭の中に入っている。

 前世を認識し、現状を正しく理解したメルセデスはまず最初に本を読み耽った。

 いずれ来るだろう日に備え、たとえ今すぐに父から追い出されたとしても生きていけるように自分に出来る事を探した。自分と母と、老婆を生かす術と道を模索した。

 そして、どうやら幸運の女神というものは自分の味方らしいとメルセデスは感謝した。いや、あるいはそれは悪運の神なのかもしれない。

 ともかく、道はそこにあった。

 この世界には年齢も立場も問わずに誰でも就ける仕事がある。

 対価は己の命一つ。たった一枚のチップを払い、危険を購入してその日の食い扶持を稼ぐアウトロー。

 その仕事の名を探索者(シーカー)といい、世界に数多ある秘境やダンジョンを攻略する事で金銭を得る、世界で最も死亡率の高い仕事だ。

 五歳児のメルセデスが金を稼ぐ方法はそれしかない。

 しかし、いかに吸血鬼といえど生まれ持った力だけでその仕事に就けばたちまちのうちに死体となってしまうだろう。第一、シーカーの中には吸血鬼など普通にいるし、死んで帰って来なかった者もまた大勢いるのだ。

 だからメルセデスは考えた。単純明快にしてこれ以上なく幼稚な結論に辿り着くのに時間は要らなかった。

 ――強くなればいい。

 誰でも思い付く、余りにも簡単な答え。それが出来れば苦労はしないと言われても仕方がない。

 だが幼稚だろうが何だろうが自分にはこの身体しかない。ならばそれを使うしかないのだ。

 故に彼女はこうして、時間があれば外に出て己を鍛える事にしていた。


 外に出た際、空を照らす蒼い月が目に入る。

 この世界の月は蒼く、エデンとも呼ばれていた。何故蒼いのかは分からない。

 メルセデスは淡く輝く満月を見上げ、掴むように手を伸ばす。

 無論手が月に届くはずもない。

 だが彼女の視界の中で幼い掌は月を掴むように握られ、輝きを閉じ込めた。


 折角得たこの命、この人生。

 ただ腐って終わる気など毛頭ない。

 今は何も持たぬこの幼い掌。

 だが掴んでみせる。それが財なのか名誉なのかは自分でも分からぬが自分がこの世界に生まれた証を、この手にいつか。

 いつか終わる日に、生まれてよかったと声高らかに悔いなく言える何かを。

 もう、欠けた月のままでは終わらない。


「私は……悔いなく生き、そして笑って逝きたい」


 この二度目の生涯を全力で駆け抜ける。

 止まる事なく、疾走し続ける。

 そしていつか笑って死ぬ。それが少女の抱いた、二度目の生涯における目標であった。


「生きるぞ。この二度目の人生を全力で」


 誰も聞かぬ、月への誓い。

 それを聞いた満月が僅かに輝いた気がした。

満月(……この子、一人で何やってるんやろ? 厨二病かな?

まあええわ、とりあえず光っておこ)ピカ―


  炎

<(゜∀゜)/ 皆様お久しぶり……でもないですね。ファイヤーヘッドでございます。

しばらくのんびりしていましたが、ようやく新連載開始しました。

とりあえず、もう覚えている方はいないでしょうが以前チラっと話した吸血鬼転生でやっていこうと思います。

今回の主人公の目的は『我が生涯に一片の悔いなし!』と死ぬことです。

世界を救うだとか魔王を倒すだとか、そんな目的は持っていません。極論、世界がどうなろうが自分が満足して死ねればそれでいーやって感じなので最初は凄い淡泊で人間味もありません。

他人にも自分にも執着しない、ペラペラの人格です。

そんな主人公が少しずつ人らしく成長し、感情豊かになっていく感じの物語に……なればいいなあ。

こんな物語でよければ、また是非お付き合い下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 満月からの扱いが酷いw
[一言] お馴染み転生しているようなしてないような感じの主人公。此度はどんな育ち方をするか楽しみです
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