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第9話 「洞窟を照らすモノ」

 目の前で問われる2つの分かれ道。

 聴力が強化された俺の耳には、右へと続く道からモンスターの唸り声と水気を含んだ這うような音が聞こえていた。


 「モンスターは右に潜んでるな……。それも1体じゃない、何体も蠢いてるぞ。どうする? メリィーサ博士」

 「モンスターは魔石に吸い寄せられる特性があるから、もしかしたらその先に魔石があるかも知れないわねぇ」

 「なら、行くしかないか。メリィーサ博士は俺たちの後ろに、エヴァは俺と前線を支えてくれ……、エヴァ?」


 エヴァからの返事がない。

 俺が振り返ると、口元に手を置き何やら深刻そうな顔で虚空を見つめるエヴァの姿があった。


 「どうかしたのか? エヴァ」

 「あっ。い、いえっ! すみません、少しボーッとしていました……」

 「大丈夫か本当に。なんならエヴァは後ろから援護する形でも」

 「だ、大丈夫です! 心配いりません!」


 両頬をパンッと叩き気合いを入れ直すエヴァ。


 見間違えだろうか。俺がエヴァに声をかける直前、彼女の瞳が何時もと違う色に変化していたように見えたが……。

 いいや、この洞窟は暗いしきっと俺の勘違いだろう。

 

 俺たち3人は音を立てないよう静かに右の道を進んでいく。

 歩を進めるごとに俺の耳には、より明確にモンスターたちの唸り声が聞こえてきていた。


 普通の唸り声じゃないな、これは……イビキか?


 しばらく進んだ先で、開けた空間へと躍り出た。さっきまでの細い道とはうって変わり、天井までかなりの高さがある半球状の空間がそこには広がっていた。


 一見がらんとしておりモンスターがいるように見えないが、俺の耳には嫌というほどモンスターの声が聞こえてきている。

 その声の主は全て、天井から聞こえていた。


 ブチャブチャと水気を含んだ音と、モンスターのイビキをかく声が俺の耳に伝わる。


 さすがに不快なので、俺は聴力強化のバフを切った。


 「暗くて姿は見えないが、天井にモンスターが貼りついてる。ただ、みんな眠っているみたいだ」


 静かに俺は言葉を発した。


 「い、今のうちに魔石を回収することはできないのでしょうか?」

 「それは難しいわねぇ~。魔石から溢れる魔力に釣られて集まっているとしたら、その魔石に異変が起きた時点でモンスターたちは目覚めちゃうでしょうからぁ」


 つまり、この正体不明なモンスターの群れとは否が応にも戦うことになるって訳か。

 なら、こちらから仕掛けた方が有利のはず。


 「エヴァ、メリィーサ博士。先手必勝だ、準備はいいか?」


 背中の長杖を取り出しながら問う。

 俺に習いエヴァが腰から剣を抜き、メリィーサ博士がコクリと頷いた。


 今回はメリィーサ博士の護衛クエスト、怪我を負わす訳にはいかない。

 なら、安全面に考慮したバフを活用する必要があるな。


 「いくぞ――【四重奏強化(カルテット・ブースト)】!」


 俺は杖を振り上げ、地面に杖の先端を叩きつけた。


 コォーーン……という透き通った甲高い音が鳴り響き、その音を聞いたモンスターたちが目覚め始める。


 ふと、天井の1部分が赤色に発光し、それに続きまた別の場所では黄色に発光した。

 まるで輝くステンドグラスのように、青や緑など色とりどりの光が天井を覆い尽くし、暗かったはずの洞窟内が煌煌と照らされ始める。


 「これは、ライトスライムの群れか!」


 色とりどりに体を発光させているスライムの群れが、ボダボダボダッと大地を揺らしながら落下してくる。

 その1体1体がかなり巨大であり、長身である俺すらゆうに超えていた。


 「以前にも戦ったことがある、見かけによらず手ごわいモンスターだ! メリィーサ博士は絶対に前に出ないでくれっ!」

 「わ、分かったわぁ!」


 いくら俺のバフがかけられているとはいえ、モンスターから攻撃を受けるというのは精神的にくるものだ。

 冒険者ならまだしも、研究者であるメリィーサ博士にはツライ経験となるだろう。


 今回はいつもの攻撃、防御、速度の他に治癒能力活性化のバフを使っている。

 安全面を考慮し、念には念を入れての四重奏(カルテット)だ。


 「ハアッ!!」


 エヴァが掛け声と共に、迫りくるライトスライムを両断する。

 瞬間、バァン! とライトスライムが爆散し周囲に発光するスライムの断片が飛び散った。


 まるで花火のように光りを発しながら、爆散し息絶えていく。

 ただでさえ明るいライトスライムだが、実はコイツらは死に際が1番強く輝くのだ。


 ちなみにライトスライムの素材は、世にも珍しい光る塗料として、換金すると良い小遣い稼ぎとなる。


 「そこだっ!」

 

 長杖を頭上で1度振り回し、その勢いのままライトスライムのでっぷりとした腹に叩きつける。

 

 切断できるエヴァの剣と違い、棒術の性質上どうしても衝撃を加えるという攻撃になってしまう為、俺が討伐するライトスライムは一際派手に爆散していた。


 バフの乗った俺とエヴァの怒涛の攻撃は、ライトスライムを片っ端から殲滅していきその度に洞窟中に爆散という名の花火が巻き起こる。


 赤や黄色などの花火が巻き起こるつど、後ろで隠れているメリィーサ博士が歓声を上げた。

 

 「きゃあ~! すごいわぁ2人とも! とっても綺麗でお姉ちゃん魅入っちゃう~!」


 緑のライトスライムの脳天へ長杖を振り下ろし、ブチャッと潰れ爆散するのを見届けながら俺は溜息を吐いた。


 「どうも緊張感ないんだよなぁ、あの博士……」


 メリィーサ博士の黄色い歓声の中、俺たちは次々とライトスライムを討伐していった。



 ♢♦♢♦


 

 「これが魔石ですか?」


 周囲に飛び散るライトスライムの残骸に照らされた洞窟の空間内の奥に、岩壁に紛れ透き通った蒼い石が埋め込まれていた。


 俺の拳サイズはあるな。

 街にある噴水の前でメリィーサ博士から見せて貰った魔石の欠片と比べると、その大きさの違いは一目瞭然だ。


 「小ぶりだけど、れっきとした魔石だわぁ。やっぱり、ここのダンジョンに眠っていたのねぇ~」

 

 この大きさで小ぶりなのか。

 ギルドに出回ってる魔石も多少差はあれど、ほとんどこのサイズだ。


 メリィーサはこれ以上に大きい魔石を見たことがあるようだし、デカい魔石は王宮が管理しているのかもしれないな。


 魔石を傷つけないよう、丁寧に発掘していくメリィーサ博士。

 対照的に、エヴァはきょろきょろと忙しなく周囲を見渡していた。


 「うぅ……。不良品が見当たらないです……」

 「あら? そんなにアクセサリーを作りたかったの? ならお姉ちゃんが今1つだけ持ってる魔石の欠片をあげるわぁ」

 「それは嬉しいですけど……、1つじゃシドゥさんとお揃いに出来ません……」


 ガックリと落ち込むエヴァの肩に手を置く。


 「まぁ、こればっかりは仕方ないさ。アクセサリーはまた別の機会があるよ、きっと」

 「うう~。シドゥさぁ~ん」


 涙目のエヴァを慰めていると、ガシャンガシャンと俺たちが来た通路から足音が聞こえて来た。

 

 ダンジョンに迷い込んだ冒険者か?


警戒し杖を構え真っ暗な通路を凝視していると、そこからはフラタイン博士を護衛しているはずの2人の騎士のうちの1人が飛び出してきた。


 呼吸を荒げ、倒れるように俺たちの足元に転がり込む。

 

 「どうしたんだっ!?」

 

 俺の言葉に騎士は苦悶の表情で叫んだ。


 「ば、化け物が洞窟にっ! フラタイン博士を捕らえてダンジョンの奥に行っちまった! た、頼む、力を貸してくれぇ!」


 懇願する騎士の声が洞窟内に響き渡った。



 ♢♦♢♦



 シドゥたちが騎士からの助けを受ける少し前、洞窟のダンジョンから離れた場所に広がる平原にてクラウディオ一行は居た。


 「もっと脇を締めろカティア。クラウディオは力を込め過ぎだ」


 深紅のターバンを巻いたフルジール人のリンドウは、目の前で自分の指示によって剣を素振りさせている2人の冒険者に言い放つ。


 「もぉ~! 何なのこのおじさん! 急にパーティーに入ってきたら威張り散らしてさぁ! クラウディオは何を考えてこの人加入させたわけぇ!?」

 「うるせぇ! 俺が聞きたいくらいだっつーの!!」


 汗をかきつつも素直に素振りの修行に耽るカティアとクラウディオ。


この2人は素振りをするよう指示された際、反発しリンドウに突っかかったがアッサリと返り討ちにされた為、従う他になかった。

 体力が少なくへたり込んでいるノエルへと、リンドウは鋭い視線を飛ばす。


 「ノエル、休憩している暇はないぞ。お前は魔法の完成形をしっかりとイメージしつつ、魔力を練り続けろ」

 「さ、殺人よ……。こんなのただの殺人事件だわ……」


 魔力枯渇でぷるぷると震えながら、ノエルがぐたっと肩を落とす。


 「まったく、このままでは何時まで経っても――ん?」


 呆れた様子で溜息を吐いたリンドウの元に、1羽の黒い鳥が飛んできた。リンドウが鳥に気付き腕を差し出すと、その黒い鳥は翼を羽ばたかせその腕に止まる。


 「フッ、よくやった」


 鳥の瞳を見つめ、リンドウは薄く笑みを見せる。

 

 「私は野暮用で少し出る。お前達は私が帰ってくるまで休むなよ」

 「は、はぁっ!? てめぇ、俺たちを殺す気かっ!?」

 「死ぬ気でやらなければ、お前達は強くなれないという事だ。こいつらの見張りは頼んだぞ、キュルル」


 リンドウの言葉に、腕に止まった精鍛な顔つきの鳥が鳴き声を上げる。


 「きゅる~っ」

 

 見た目とは裏腹に、どこか間抜けな鳴き声のキュルルにカティアは頬を紅くし「……思いのほか可愛いじゃん」と小さく呟く。


 リンドウの腕から離れたキュルルはバサバサと漆黒の翼を広げ、近くの岩場へと舞い降りた。


 「では、またな」

 「お、おいっ! マジでどこか行く気かよっ!?」


 クラウディオの言葉に耳を貸す気が無いのか、リンドウは振り返るそぶりも見せずその場からマフラーをはためかせ去っていく。


 「このっ……くそフルジール人がよぉッ!!」


 リンドウの去りゆく背中を睨みつけながら、クラウディオの虚しい叫び声がだだっ広い平原にこだました。



 そんなクラウディオなど露知らず、リンドウは平原を離れとある小高い崖から眼下を見下ろしていた。

 彼の視線は、騎士に案内されフラタイン博士がいる洞窟の入り口へと向かうシドゥたちの姿を捉えている。


 「見つけたぞ、同士よ」


 影のかかった瞳を僅かに細め、口角が上がった。


 直後、リンドウは崖を飛び降りる。

 その眼は今もなお、シドゥを射ぬくように見据えていた。

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