第8話 「決意、そして想い」
「その2人は何者だ? メリィーサ博士」
若干曲がった腰の後ろで手を組みながら、フラタイン博士はしわがれた声を紡ぐ。
その眼は明らかに俺を見つめていた。
「うふふっ。私の事を護衛してくれる冒険者さんですよ~、フラタイン博士」
「フンッ、騎士を自由に扱える立場である癖に、相変わらず何を考えているのか分からない小娘よ……」
鼻で笑うフラタイン博士は、俺のマフラーを見て眉間に皺を寄せる。
俺がフルジール人である事に気が付いたようだ。
「そこのフルジール人、せめてその一抹の価値しかない命を賭して彼女を守ることだ。貴様らの薄汚れた歴史に、魔石調査に関わる栄誉が加えられるのだからな」
「むっ」
……嫌味なじいさんだ。
村の男のように暴力的な手段に出てこない分まだマシだが、フラタイン博士から毛嫌いされているのは火を見るより明らかだろう。
俺の隣りに立っているエヴァが不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「私のことならご心配なく~。むしろフラタイン博士をお願いするわぁ、そこの騎士さんたち」
メリィーサ博士の言葉に、護衛の騎士2人がビシリと姿勢を正す。
「ワシを年寄り扱いするなと何度も言っているハズだが?」
「でも実際おじいちゃん何だから、無理したら駄目ですよ~」
「魔石研究だけの小娘が……。今はお主の方が成果を上げているかもしれんが、すぐにワシの研究が世界をひっくり返すだろうよ」
「その前に、洞窟調査で驚いてひっくり返らないでくださいね~」
あぁ……、そんな挑発するようなこと言ったら、このプライドの高そうなじいさんのことだ。
怒り狂いそうなものだが……。
「フンッ、お主との言い合いはもう飽きたわ。相手になんぞしておれん。お前ら、さっさと行くぞ」
あれ? 意外と冷静だな。
フラタイン博士の言葉から察するに、この2人は顔を突き合わせる度に今回のような会話をしているのかもしれない。
俺は去りゆくフラタイン博士の後ろ姿を見つめながら、ひっそりと拳を握った。
……このままで良いのだろうか。
エヴァは村で、フルジール人を罵倒する男に立ち向かい俺を庇ってくれた。
今までは、何を言われても我慢すべきだと考えて生きてきた。
言い争いをし不和を呼ぶくらいなら、俺1人が悲しみを抱え込めばいい。
そう思っていたんだ。
だが、クラウディオに追放され村でエヴァに庇われたその時から、少しづつ俺の中でフルジール人に対する考えが変化しつつあるのを感じていた。
――俺は、俺だ。
エヴァと初めてギルドで出会った時の言葉を胸に刻み、俺は最大限の勇気を振り絞った。
「あのっ!」
俺の声にフラタイン博士がゆっくりと振り返る。
そのモノクルの奥に見える灰色の瞳を真っすぐに見つめ、俺は遂に切っても切れぬ因縁へと立ち向かうことを決意した。
「もしメリィーサ博士を最後まで守り通せたらその時は、俺のことを認めてください。フルジール人としてではなく、1人の冒険者として」
「シドゥさん……」
俺の胸の内にずっと閉じ込められてきた儚い望み。
それが長い年月と様々な出来事をきっかけに、言葉として俺の口から飛び出した。
「……フンッ、できる物ならな」
予想外の反論だったのか、1度大きく目を丸くしたフラタイン博士は、すぐさま何時もの調子に戻ると騎士を連れその場から去っていた。
その姿が見えなくなった途端、俺は一気に脱力し長い溜息をつく。
「はぁ~~。き、緊張したぁ……」
「ふふっ、でもさっきのシドゥさん、すっごいカッコよかったですよ!」
まるで自分のことのように嬉しそうなエヴァが、満面の笑みを俺に向けてくれる。
――ああ、この笑顔が見られたんだ。
俺のやったことは間違いじゃない。何でか理由は分からないが、胸を張ってそう思える。
「俺が勇気を出せたのはエヴァのおかげさ。ありがとう、本当に」
「ええっ!? わ、わたしのおかげですか? よく分かりませんが、シドゥさんのお役に立てたのなら……」
ほんのりと頬を紅くし噛みしめるように笑うエヴァ。
「メリィーサも感動したぁ! フラタイン博士のあの驚いた顔見たかしらぁ? あんな表情したの久々だわ、気分爽快ね~」
こっちはこっちで、ウキウキとした笑みを浮かべていた。
超大物であるフラタイン博士に対して、あそこまで啖呵を切ったんだ。
気合い入れないとな。
「よし、俺たちも行こうか!」
♦♢♦♢
魔石の反応が見られたという洞窟は、街を出て半日ほど歩いた先に存在していた。
ポッカリと開いた入り口は形容しがたい不気味さを漂わせており、中は肌寒い岩肌に囲まれている。
そんなダンジョンに足を踏み入れた俺たち3人は現在、魔石を求めて歩み続けていた。
「でも、なんで魔石の登場でバッファーは立場を奪われちゃったんですか?」
入念に魔石が存在していないか調べながら、エヴァは疑問を口にする。
「ああ。それはバフっていう魔法の仕組みに問題があるんだよ」
「仕組みの問題ですか?」
俺は1度うなずいてから、改めて魔石とバッファーの因果関係を説明した。
「バフをかける魔法は、1回唱えたらそこで終わりって訳にはいかないんだ。パーティー全体にかけたバフの効果を維持する為に、微量の魔力を消費し続ける必要があるんだよ」
「そ、そうだったんですか!?」
やけに驚いた声を上げるエヴァ。
その反応に違和感を覚えつつも、俺は話しを続ける。
「うん、それも戦闘しながら状況に合わせてバフの切り替えをするとなると、大抵の人はすぐに魔力切れを起こす。そうじゃなくても、バフの使用回数が重なっていくごとに魔力を失ってB級からC級へ、といった具合にランクが落ちてバフの質が低下していくしな」
これがバッファーの弱点なのだ。
保有する魔力が多くなければ、そもそもバッファーとして活動するのは厳しい。
さらに言えば、バフを維持する為には集中を絶やす訳にいかないので、性質上魔導士以上の後方での支援となり、戦闘に直接参加するのが難しくなる。
俺の解説に、メリィーサが補足を加えてくれる。
「人間と違って、魔石は内部にある核から無尽蔵に魔力を生み出しているのよ~。そのおかげで魔石を使ってバフをかければ、丸3日は質の変わらないバフの効果が続くってわけなの」
「メリィーサ博士の言う通り、そこがバッファーと魔石の最大の違い。普通のバッファーは1回唱えたバフを、長くても20分くらいしか維持できないからな。仕事柄長丁場になりやすい冒険者だと、魔力を回復させるのに休息が必要なバッファーはお荷物になりやすいんだ」
俺とメリィーサ博士の説明に、ウンウンと頷きながらエヴァが口を開く。
「なるほど……。その話を聞くとたとえ1種類しか効果が無いとしても、バッファーより魔石を優先する冒険者は少なくなさそうですね……」
「ああ、悲しいことにな」
エヴァへとちょっとしたお勉強会を開きつつも、俺たちの前に2つの分かれ道が現れた。
「あれ? でも、それなら何でシドゥさんは――」
「待った、何か聞こえる」
何か疑問に思う事があったのだろう、エヴァが言葉を発しようとしたが俺はそれを手で制止した。
分かれ道のどちらからかは判別できないが、モンスターの鳴き声らしき唸りがうっすらと聞こえてくる。
「【独奏強化】」
俺は小さく呟くと、人差し指で軽く耳を触った。触れた瞬間、光の粒子がキラリと一瞬輝いた。
感覚強化のバフだ。
聴覚を強化しモンスターの声がどちらの道から聞こえてきているのかを確かめる。
そんな俺の後ろで、エヴァが1人小さく言葉をこぼす。
「…………なんでシドゥさんは、魔力が減っていないんですか……?」
――エヴァのその声は、わずかに震えていた。