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第7話 「稀代の天才、メリィーサ博士」

 メリィーサの依頼書に書かれていた集合場所は、この街の中央に鎮座する巨大な噴水の前であった。多くの街の人間や冒険者の憩いの場となっているこの噴水の回りには、今日も変わらず定番の待ち合わせ場所として賑わっている。


 「でも、メリィーサさんってどういう方なのでしょうか? シドゥさん見た事あります?」

 「いいや、王都には1回も行ったこと無いからなぁ。有名な魔導博士メリィーサって言っても、田舎から出てきた俺にはまったく縁のない人だし」


 こう人が集まった場で、どうやってメリィーサを見つけ出せば良いんだ。

 せめて自分の格好の特徴くらい書いといて欲しい。


 「あっ、あそこに人だかりができてますよ、シドゥさん!」

 「ホントだ。大道芸人でもいるのかな?」


 噴水の近くに、たくさんの街の子供たちがワイワイと歓声を上げている集まりがあった。そしてその子供たちによる羨望の眼差しを一身に浴びる、1人の女性。


 ツヤのある茶髪を2本のおさげにして右目に泣きぼくろの付いたその女性は、クルクルと踊っては羽織っている丈の長い白衣の袖から花束や絵柄の付いたカードなどを取り出していた。


 「はぁい! どうだ~!」

 「お姉ちゃんすごーい! もっともっとー!」


 へぇ、見事なものだ。

 朗らかな笑みを浮かべながら、その女性は次々と手品を子供たちに披露して見せている。


 ポンポンと際限なく花を取り出しては足元に置いているため、彼女の回りにはちょっとした花畑が出来上がっていた。


 「これはどうだ~!」

 「すごいすごーい!!」

 「まだまだいくよ~!」

 「おぉー!」

 「もうメリィーサじゃお花が出てくるのを止められませ~ん!」

 「お、おぉ~……」


 うず高く積まれていく花束の山に、子供たちが引いてしまっている。


 ってかちょっと待て、今あの女の人メリィーサって言わなかったか!?

 自分が取り出した花束に埋もれ、もはや姿が見えない女性へと俺たちは近づいていく。


 「み、みんな~。お姉ちゃんを引っ張り出してくれないかしらぁ?」


 山盛りの花束からは、女性の腕だけがニョッキリと飛び出しておりフリフリとその手を振って助けを求めていた。

 回りの子供たちは、今なお袖から花を溢れさせ続けているその腕を不気味がり近づこうとしない。


 「……ハァ、仕方ない」


 俺も本音を言うとこの腕は掴みたくないが、このままだと本当に死んでしまいそうだ。


 子供たちの間を縫うように近づくと、俺はその腕をガッシリと掴み思い切り引っ張り上げた。

 想像していた以上に体重の軽かった彼女は、バサァと花の山から勢いよく飛び出して来てそのまま俺の胸板へとおでこをぶつける。


 「あらあら、随分と大きい子供ね~。お姉ちゃん助かっちゃったわぁ」

 

 ぶつけたおでこをサスサスと自分で撫でながら、目の前の女性は笑う。

 その腕から滝のように溢れていた花々は、ようやく袖から出てくる気配を止めていた。


 「貴方が王都から来た魔導博士のメリィーサさん?」

 「あら、私のこと知ってるの? お姉ちゃんも有名になったものねぇ」

 「ああいや、俺たちはギルドで貴方の依頼を見て来た冒険者なんですけど……」


 その言葉に小首を傾げたメリィーサは、思い出したのかポンッと1度手を叩く。


 「わぁ、本当に来てくれたの!? ギルドに依頼するのは初めてだったけど、あのやり方で合っていたのね~」


 いや、モニカはきっぱりギルド公認じゃ無いって言ってたけどな……。


 ソワソワとしながら、エヴァが俺の隣りで口を開く。


 「あ、あの。メリィーサさん、魔石発掘ツアーに書かれてた不良品のことなんですけど……。アクセサリーに加工できるって本当ですか?」

 「うふふっ。もっちろんよ! 自己紹介も兼ねて少しおしゃべりしましょうか? お姉ちゃん、王都の人以外とのおしゃべりは久しぶりだから、楽しみだわ~」


 即席の手品披露が終了し解散していく子供たちに手を振りながら、メリィーサは噴水の回りに設置されているベンチへと座り込んだ。


 「改めて、私の名前はメリィーサ。王宮から派遣されてきた魔導博士なの~」


 そう語る彼女の腕には、この国の王宮を象徴する獅子が描かれた腕章が付けられていた。

 あの腕章は王宮に関わる重要人物しか着けてはいけないとされている、一種の証のようなモノだ。


 「俺の名前はシドゥ。こっちが仲間のエヴァンチェスカです」

 「ふふっ。敬語なんて、そんなに固くならなくても良いわぁ。私のことは気軽にお姉ちゃんって呼んで?」

 「……じゃあ、取り敢えずメリィーサ博士で」

 

 それにしてもこの人、本当にあの有名な魔導博士なのだろうか。

 

 メリィーサ博士と言えば、発掘された魔石を解析、人為的に利用できるレベルにまで押し上げた魔石研究の立役者。

 魔石が世に台頭してきたここ最近では、どこの街を歩いていても1度はその名を耳にするくらいの天才的人物だ。


 だが……。


 「うふふ~。なんだか緊張しちゃうわぁ」


 目の前でぽわぽわと頭の上に花を咲かせていそうなこの女性が、そんな大偉業を起こした人物にはとても見えない。


 ――いや、見かけだけで判断するのは良くないことだ。

 それはモニカさんのおかげで嫌というほど学んだばかりじゃないか、シドゥ!


 「それで、これから向かうダンジョンはどこにあるんだ? メリィーサ博士」

 「この街を出て東に行ったところにある洞窟よ~。反対の西方にある洞窟にも魔石の反応が見られるんだけど、そっちはフラタイン博士が担当することになってるの」


 フラタイン博士!

 これまた大物な魔導博士の名前が飛び出してきたものだ。


 フラタイン博士は齢70を超える老人だが、その卓越した錬金術の腕前を見込まれ王宮に誘致された研究者だ。

 誘致された以降、王宮で魔石の軍事転用を研究しているらしい。


 「ダンジョンで魔石を拾ったとしても、ちゃんと精製しないと魔石に秘められた魔法の力は使えないの。この精製方法は最重要機密だからお姉ちゃんも口封じされちゃってるんだけど~、簡単に説明するとね、この精製に耐えられないくらい強度の低い魔石を不良品って呼んでるの~」


 そう言うと、メリィーサ博士は白衣のポケットから小さな赤く光る石を取り出した。

 それを手のひらの上に乗せると、俺たちにこっそりと見せる。


 「これが不良品の魔石よ~。とっても小っちゃくて可愛いでしょう?」

 「綺麗、ですね……」


 魅入ったようにエヴァが言葉をこぼす。


 「本物の魔石はもっと大きいの。不良品は云わば魔石の欠片。これ単体では魔法の力もろくに宿ってないただの石ころなのよぉ」

 「でも、欠片と言っても魔石は魔石だよな? それをアクセサリーに加工するってのは……」


 俺の疑問の声を聞いた瞬間、シッとメリィーサが指を口に添え静かにするようジェスチャーしてきた。


 「もちろん本当は禁止されてるわぁ。でも不良品を集めたところで、結果的に王宮で処分されるだけなの。そんなの魔石の欠片ちゃん達が可哀想でしょう~?」

 「は、はいっ。そんなの可哀想ですよ!」


 メリィーサの言葉にエヴァがコクコクと同意する。


 「うふふっ、お姉ちゃん本当はドキドキしっぱなしだったわ~。ギルドの貼り紙が怖い人に見つけられてたら、お姉ちゃん今頃牢屋の中ね~」

 「怖い人、ですか?」

 「ええ。たとえばフラタイン博士とか~……」


 メリィーサが口元に手を置き「うーん」と名前を上げた瞬間、彼女の背後からしわがれた声が飛んできた。


 「ワシがどうかしたのかね? メリィーサ博士」

 「あ、あらあらぁ! フラタイン博士、いらっしゃってたんですね~!」


 あせあせと振り返ったメリィーサの先には、2人の騎士を背後に引き連れた白衣を着る老人が立っていた。その腕にはメリィーサと同じく、王宮の腕章が付けられている。


 大きい鷲鼻が特徴的なその老人ことフラタイン博士は、左側にかけたモノクルの奥に凄む灰色の瞳で俺たちを覗き込んでいた。

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