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第5話 「満天の星空の下で その②」

 小さな焚き火の揺らめく炎に照らされ、クラウディオは目を覚ました。視界に広がる満天の星空から、自身が仰向けに寝ていることを彼は悟る。


 「痛ッ! くそっ、何で俺がこんな目に……。あ? 傷が手当されてる?」


 カティアかノエルが治療してくれたのか、クラウディオの頭に一瞬その考えが浮かんだが、それはすぐに否定される事となった。


 夜の岩陰から出てきた1人の男によって。

 深紅のターバンを頭に巻き、クセのついた濃紺の長髪に2メートルはあろう屈強な体躯。年齢はクラウディオたちより一回りは違うだろう。


 その背中には、両手で振り回すのも至難の業と思われる2振りの剣が納められていた。


 「目が覚めたか。関心しないな、新米冒険者がブラッディ・ウルフを討伐しようなどと」

 「はぁ? 俺が新米冒険者だと!? ――ぐぅっ、腹の傷が痛てぇ……!」

 「そう興奮するな、お前のその傷は他の2人に比べて特に酷い」

 「あっ、そうだ! カティアとノエルは!?」


 クラウディオの言葉に、男はクイッと顎だけ動かしクラウディオの後ろを示す。そこには今なお眠っている、カティアとノエルの姿があった。

 2人ともクラウディオ同様に適切な傷の処置が行われており、すぅすぅと小さな寝息を立てている。


 「……はぁ、良かった」

 「念のため後で治癒魔法の使える人間に傷を見てもらう事だ。生憎、私はそういった類の魔法には縁が無くてな」


 クラウディオは目の前に立つ男へ警戒心を強めた瞳で睨む。

 巨体の男は、クラウディオが幼い頃から嫌という程見てきた、特徴的な紋様が刺繍されたマフラーを身に着けていたからだ。


 「助けてくれたことには礼を言うが、アンタってフルジール人だろ?」

 「ふっ、この歳ともなるとお前のような眼差しで見られるのも慣れたものだが、どうも訳ありのように感じるな。知り合いにフルジール人でもいるのか?」

 「……うるせぇ」


 ばつが悪そうにクラウディオは視線を焚き火の方へと向ける。

 ブラッディ・ウルフなんて小物に大敗をきっした自分と、よりにもよってフルジール人に助けれたという事実が、クラウディオのこれまで積み上げてきたプライドに亀裂を走らせる。


 その様子を眺めていたフルジール人の男は、切りそろえられた顎鬚を指で触れながら口を開いた。


 「まぁ、これに懲りたら次からは身の丈にあったクエストを選ぶことだ。君たちの実力ならばゴブリンあたりが妥当だろう」

 「チッ! 身の丈にあっただと!? ふざけるなっ、本当ならあんな雑魚共に負けるハズがないんだよっ! ギルドの高難易度クエストすら達成したことがあるんだぞ!?」


 「まったく、君はよく吠えるな。だが、実際に君たちの実力はブラッディ・ウルフの足元にも及んでいなかったようだが?」

 「俺が弱いって言いたいのか!? いや、そんなハズはねぇ! あのギルドのマスターに嵌められたんだよ! 金払ったのにバフをかけねぇからっ!」


 ヒートアップしていくクラウディオとは対照的に、男は淡々と事実だけを述べていく。


 「いや、君には間違いなくバフがかけられていた。B級相当の攻撃上昇バフがな」

 「はぁ? B級? なんだよそれ」

 「……呆れたな。バッファーについて何の知識もないのか?」


 男の哀れな物でも見つめるかのような視線に、クラウディオは嫌でも自分が切り捨てたシドゥの顔を思い浮かべる。


 「バフにはあらゆる種類が存在するが、それと同時にSからEまでのランク分けがされている。ランクが1つ違うだけで、その効果は天と地ほどの差が生まれるのだが……。例えば君がギルドから受けた攻撃上昇バフ、あれは平均的なB級バフと考えて構わないだろう」

 「ラ、ランク分け? そんな、シドゥはそんなの一言も……」


 クラウディオの言葉にピクリと男のまぶたが動く。


 「そのシドゥ君とやらが、君たちのパーティーのバッファーか? 姿が見当たらないが」

 「……アイツはもういない。それよりもあの野郎、何でそんな大事なことを言わなかったんだ!」

 

 怒りをあらわにするクラウディオの態度に、男は溜息を吐いた。


 「やれやれ。その様子を察するに、シドゥ君は随分と苦労していたようだな」

 「あ? なにが言いたいんだよ」

 「君が、シドゥ君の話を聞こうとしなかっただけでは無いのか?」

 「――ッ!」


 核心をついてくる男の言葉に、クラウディオは言葉を詰まらせた。

 

 クラウディオは17歳の時にカティアとノエル、そしてシドゥを連れて冒険者となった。他の誰ともパーティーを組んだ経験の無い彼にとってバッファーとはシドゥが基準であり、バフによる恩恵はシドゥの繰り出す複数のS級バフがあたり前だったのだ。


 魔石によるバフを受ける際も、クラウディオ一行は1種類しか受けられないことに憤慨しひと悶着起こしている。

 それほどまでに、辺境の村から出てきたクラウディオは狭い世界で生きてきた。


 複数のS級バフが当然であると信じ込んでいた以上、彼がバフに対する知識を得ようとするはずも無く、バッファーについて説明しようとしたシドゥの言葉に耳を傾けることもしなかった。


 これまでの常識が音を立てて瓦解していく。


 「じ、じゃあ何か? お、俺が今まで一線級の冒険者として活躍できたのは、全部シドゥのおかげだって言うのか……?」

 「そうなるな。君たちの戦い方を見ていたが、典型的なバフ頼みの力任せな戦い方だった。剣の振り方も甘ければ、魔力の練り方もまるで駄目。それでも戦えていたというのだから、そのバッファーはよほど優秀な人物なのだろう」


 クックックッと男は肩で小さく笑う。

 

 「あ、ありえねぇ……。そんなはずは……」

 「君の為にもはっきりと言ってあげよう。君たちの実力は駆け出し冒険者と遜色ないレベルだ。歪なプライドが形成されている分、むしろ厄介かもな」

 「――ぐっ!」

 

 男の暗く沈んだ闇を思わせる瞳に凝視され、クラウディオのプライドは完全に砕け散り、無意識的に目の前の男に掴みかかる。


 謎のフルジール人の男の言葉全てがシドゥに言われているように感じ、脳にチラつく幼馴染の幻影を振り払うかの如くクラウディオは叫ぶ。


 「くそっ! 何なんだよ、フルジール人てのは何でこうっ、俺の苛立つことばかりっ! いつもいつも! なぁ、シドゥ!」

 「……不要と切り捨てた仲間に対し怒りをぶつけるか。シドゥ君の感じていた痛みが少しは分かったのではないか?」


 自分の襟を掴んでいるクラウディオの手首へと、フルジール人の男の手が添えられる。

 危機を察知しクラウディオが手を引っ込めるよりも早く、男が手首を握りしめギシッと骨の軋む音が鳴り、その瞬間クラウディオが膝から崩れ落ちた。


 「あぐうぅぅうっ! てめぇ! は、離せッ!」


 脂汗を掻きながら、男の尋常ではない力に手首を必死に引き剥がそうと悶える。その顔は痛みによってみるみる赤くなっていく。


 それとは対照的に、手首を握り続ける男は相変わらず涼しい表情のまま、足元で苦しむクラウディオを見つめていた。


 「離すのは構わんが、1つ私の頼みを聞いてくれないか? 少年」

 「なん、っだっつーんだよッ! 早く、ぐぅぅぅっ、言えよっ!!」


 クラウディオの言葉に、フルジール人の男の口はしが愉快そうに僅かに吊り上がった。


 「私を君たちのパーティーに入れてみるつもりはないか? もちろん、クエストの報酬は3人で山分けにして構わない」

 「はあっ!? こ、これがパーティーの参加を頼むッ、態度かよっ!?」

 「答えは2つに1つ。――さぁ、どうする」


 ギシギシとクラウディオの手首は悲鳴を上げ始める。


 シドゥや村に居た頃の記憶が走馬灯の如く駆け巡ったクラウディオは、ヤケクソに怒鳴り声を上げる。


 「分かった! 分かったから離せっ!!」

 「ふっ、上出来だ」


 パッと、あっけなく男が手を離すと勢いよくクラウディオは尻もちをついた。情けなく目元に涙を浮かべながらも、一流の冒険者を気取っていた頃の気概は残っているのか男をキッと睨む。


 「誇れ、少年。君は今、確かに正しい選択をしたのだ」

 「ハァ、ハァ……。て、てめぇ、何者だ……?」


 クラウディオの言葉に男は焚き火の明かりから顔を背けると、皮肉を含んだ笑みで視線を逸らした。その深紅のターバンには、青紫色の小さな花飾りが付けられていた。


 「旅人であり、故郷を持たぬフルジール人は何者でも無い。……だがあえて名乗るのであれば、私のことはリンドウと呼んでもらおうか」


 

 ――その日同じ夜空の下で、シドゥとクラウディオの運命が動き始めた。

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