第4話 「満天の星空の下で その①」
その日の夜、村はまさにお祭り騒ぎとなった。
村の広場に組み立てられたキャンプファイヤーの火は、陽気なこの村の周囲を明るく照らし、立ち上がる煙は頭上に広がる満天の星空へと消えていく。
そんな騒ぎの中心に俺とエヴァは居た。
用意された椅子に座り次々と感謝の言葉を言いに来る村人たちへの対応に、俺は戦闘の時以上に疲労感を覚える。
「いやぁ、兄ちゃんたちが来てくれて助かったよ! ゴブリンだけなら対処できたかもしれんが、ブラッディ・ウルフが出てきた時にゃ死を覚悟したね!」
「よく言うぜ! なーにが覚悟だ、小便漏らして逃げ回ってたじゃねえか!」
「うるせぇ!」
バンバンと俺の肩を叩く村の人に、俺は苦笑いをする。
対称的に村の人たちは楽しそうにはしゃいでいた。
そんな中、とある親子が俺たちの元へと近づいてきた。騒動の最中、俺がブラッディ・ウルフから守ったあの親子だ。
「あの、冒険者さん。今よろしいでしょうか? もう1度ちゃんとお礼を言いたくて」
「わざわざそんな。襲われている人が居たら助けるのは当然ですから」
俺の言葉に母親は、ほっとしたように安堵の表情を浮かべた。
すると、目元が母親そっくりな女の子が満面の笑みで俺とエヴァを見る。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも助けてくれてありがとう!」
ははっ、ありがとうか。
人に感謝される為に冒険者をしているわけでは無いが、人からの好意はやはり嬉しいものだ。
こうしてまたクエストを通じて困っている人の役に立てた、それが俺にはたまらなく嬉しい。
それも全部、エヴァが俺とパーティーを組んでくれたおかげだな。
「ふふっ、また何かあったらお姉ちゃんに言ってね? すぐ助けに来てあげるから」
「わぁ! お姉ちゃん大好き!」
ぎゅっと抱き付いてくる女の子を受け止めながら、見ていて安心するあの慈しみを含んだ笑みをエヴァは浮かべ、女の子の頭を撫でていた。
「じゃあ私はお姉ちゃんたちが結婚する時にお手伝いしてあげるねー!」
「ええっ!? い、いえ! わ、わた、わたわたわた――! 私には他に心に決めた人がいますので!」
顔を真っ赤にしトンデモない事を大声で言うエヴァ。
きょとんとしている女の子をよそに、エヴァは耳まで赤くすると渡されていたお酒をぐいっと一気に喉へと流し込んだ。
ついでに言っておくと、酒は17歳を超えた時点で飲んでも構わないとされている。
「ほら、冒険者さんたちの迷惑になっちゃうでしょ? もう行きましょう?」
「うんっ! お兄ちゃんお姉ちゃん、ばいばーい!」
ブンブンと大きく手を振り去っていく女の子へと、俺とエヴァは笑いながら手を振り返す。
ようやく村中からのお礼ラッシュから解放された俺たちは、キャンプファイヤーの明かりに照らされつつもお酒の入ったコップで小さく乾杯をした。
コンッと軽快かつ楽し気な音が俺たち2人の間で鳴る。
「ま、何はともあれパーティー初のクエスト達成、お疲れさま」
「はいっ、シドゥさんのおかげで! まさかこんなお祭り騒ぎになるなんて夢にも思っていなかったですけどね」
「ほんとにな、前のパーティーに居た頃にはこんな経験無かったよ」
「前の、パーティーですか……」
エヴァはお酒でほんのり赤くなった顔のまま、ぎゅっとコップを持つ手に力を込めた。
「あ、あの。以前のパーティーで何かあったのですか?」
「……ああ、エヴァには話しておくべきかもな――」
俺はクラウディオたちとの間に起きた出来事の全てをエヴァに話した。子供の頃の俺たちの関係、17歳に成長し冒険者として1年間共に戦ってきたこと。
そして最後に、仲間だと信じていた3人に『魔石』が引き金となりパーティーから追放されてしまったことを……。
「そんな、シドゥさんほどのバッファーを捨てるなんて……」
「でも、ギルドでバフが受けられる以上クラウディオの言い分も少しは分かるし」
「そんなの甘すぎですよ、シドゥさんっ!」
「うおっ!?」
き、急にエヴァが大声とジト目のセットで俺を見つめてきたぞ。
って、エヴァの奴目が座ってやがる……、顔も赤いし酒に酔ってんなこれは。
「良いですか? ギルドで受けられるバフの効果はせいぜいB級程度のものなんです! バフにランクがあるのはシドゥさんなら知っていますよねっ!?」
「お、おぉ。S級からE級まであるんだよな? ってか、逆にバッファーについて詳しいな、エヴァ」
「まぁ、私も受け売りの知識ですが……。いえ、それよりもです!」
酒のせいで熱を帯びていくエヴァに若干押される俺。
彼女が本気で怒っているのが伝わってくる。
「シドゥさんのバフはその中でも最高のS級に匹敵します! しかも複数のバフを同時にですよ!? どんなバッファーにも出来ない偉業ですよこれは! そのパーティーの人たちは分かっていないんです、バフによる恩恵は当たり前になると忘れられがちですからっ、ふん!」
腕を組みぷいっとそっぽを向くエヴァ。
自分の為にこんなに怒ってくれる彼女に俺はどこか嬉しくなりつつも、なだめるように出来るだけ優しい声で言う。
「ま、まぁまぁ。それでも昔は仲間だった奴らだから。あまり悪く言わないでやってよ。向こうにも何か考えがあっての事だろうし」
俺の言葉にエヴァはうつむく。
「……分かっています、シドゥさんは前のパーティーの人たちのことが好きだってことくらい。だって、過去を話してくれた時のシドゥさん、1年間その人たちと冒険していた時の思い出を語ってる顔、すごい楽しそうでしたもん……」
「あ、あはは……。そう見えたか、なんか恥ずかしいな」
「優しすぎますよ……。でも、私だって負けません! 私との冒険も楽しいと思ってもらえるよう、頑張りますからっ!」
互いに支え合い、相手のことを思いやる。
そんな仲間としてあるべき姿を、彼女となら築けるのかもしれない。
俺は満足げに微笑しながら、ジッとエヴァを見つめた。
「ど、どうしたんですか? そんなに見つめられるとそのぉ、照れてしまうのですが……」
「いや、やっぱり俺、冒険者続けられて良かったと思ってさ。エヴァからはもう、楽しい思い出をたくさん貰ってるよ。ありがとな」
「シドゥさん……、こちらこそ、私たちはもう仲間なんですから。私は絶対に、絶対にシドゥさんを見捨てたりしません!」
今なら分かる。彼女は心の底から言ってくれていて、信じるに値する人なのだと。
いかん、俺も酒が回りすぎたかな、このまま話してるとエヴァに惚れそうだ。彼女にはもう相手がいるのに……、でもその相手ってどんな人なんだろう? よし。
「んじゃ、仲間になったついでに聞いておこうかな! さっき言ってた心に決めた人って誰なんだ?」
「ふえっ!? そそ、それはですね……」
茶化す様にウインクをした俺に、エヴァは指をツンツンと突きながらうろたえる。
「心に決めたと言っても、今どこにいるのか知らないんです。それどころか名前すら……。分かっているのはフルジール人ってことだけで、えへへ」
「フルジール人?」
「ええ。子供の頃、モンスターに襲われていたところをその人に助けてもらったんです。私とそんなに歳も変わらない子だったのに、棒きれ1本で傷だらけになりながら立ち向かって」
ああ、エヴァは本当にその人のことが好きなんだろうな。
自分こそ、その人との思い出を話す時すごい幸せそうな顔をしているじゃないか。
「なら、エヴァがフルジール人に好意的なのもその人のおかげかな。俺も感謝しないと」
「ふふっ、彼に出会わなくたって、きっと私はシドゥさんとパーティーを組んでいましたよっ!」
惜しげもなく嬉しい言葉を言ってくれるエヴァに、俺の心は軽くなる。
それにしても良い夜だ、こんなに穏やかな気持ちになったのは何時ぶりだろうか。俺は頭に巻いていた羽飾り付きのターバンを外しながら微笑する。
男にしては長い栗色の髪を上げ、俺は額の汗を拭った。
「さすがに眠くなってきたな。エヴァ、今夜はもう寝ようか。村が用意してくれた宿もあるし……エヴァ?」
額の汗を拭いながら言った俺の言葉に、返事が返ってくることは無かった。
どうしたんだろうエヴァは。もう寝ちゃったのか?
チラリと視線を横に向けると、そこには口を手で覆い俺の顔を見るエヴァの姿があった。
いや、厳密に言えば、俺の額をだ。
「シ、シドゥさん。そ、そのおでこの傷はどこで?」
彼女の言葉で俺は、前髪に隠れるように額の端に刻まれている傷に触った。
「ああ、これ子供の時ついた傷なんだ。何でか全然癒えなくてさ、跡が残っちゃってるんだよなぁ」
「うそ……。そんな、こんな偶然…………。あ、あの! シドゥさんは――」
エヴァが何かを言いかけたその時、1人の男の怒声が村の広場中に響き渡った。
「おい、お前ら正気かよっ! そこに居んのフルジール人だろっ!」
男の怒声に俺はビクリと動きを止める。
額から冷や汗が流れ、呼吸が僅かに乱れていく。
「やめろ、命の恩人にそんなことを言うな!」
「うるせぇ! だいたい俺たちの村がモンスターに襲われたのだって、このフルジール人が災いを招いたからじゃねぇのか!? コイツさえいなけりゃ俺は、家を失うことも無かったんだ!」
「よせっ!」
村人からの制止の声も聴かず、男は俺のマフラーを掴みあげる。
慣れているハズだと思っていた。
だが、ここまで直接的に浴びせられる憎悪の言葉に、俺は口を開くことも出来ずただただ男の目を見る事しかできない。
視界が霞み、思わずまぶたを細めてしまう。
だがその態度が気にくわなかったのだろう。
男の顔は怒りによって更に歪み、拳を大きく振りかぶった。
「おい、何とか言ったらどうだよ木偶の坊がッ!」
「――やめてください!!」
殴られる直前、エヴァが今までにないくらい大きく叫んだ。
その声にピタリと男の拳が止まる。
「エ、エヴァ……」
ふるふると涙が零れるのを必死で抑えているエヴァは、つかつかと男の傍へと近寄っていく。
その勢いに、俺を掴みあげている男が僅かにたじろいだ。
「フルジール人かどうかなんて、関係ないじゃないですか……」
「なんだとっ!? 現にこの村はモンスターに襲われてボロボロだ! しかもコイツが来る直前にだぞ!?」
男は俺を突き飛ばし指をさす。
「このフルジール人さえこなけりゃ、俺たちは今も平和に暮らせていたんだ!」
「そんなのただの八つ当たりですよ! シドゥさんは皆さんの事を全力で守っていました!」
「黙れクソガキッ! フルジール人なんて全員死んだ方が良いんだよっ!」
「――っ! そうやって全ての責任をフルジール人に押し付けてきたから、貴方たちは!」
加熱を極める2人の言い争いの中、俺はエヴァの肩を掴んだ。
「よせエヴァ! 俺のことでエヴァが怒る必要なんかない!」
「必要ありますよ! だって私は、シドゥさんのことを――!」
涙をこぼし振り返ったエヴァは、ギュッと力強く俺に抱き付いた。
その小さな体は小刻みに震え、彼女が怒りと悲しみに打ちひしがれているのを肌で感じる。
「…………だってシドゥさんは、私がずっと探していた人なのかも知れないんですから」
俺の身体に顔を埋めるようにして呟いたエヴァの小さな声は、誰に聞こえることもなく夜の闇へと虚しく消えていった。