第3話 「多重奏バフを奏でましょう」
「それで、エヴァンチェスカさんは何のクエストを受けようと思ってたんだ?」
「エヴァで良いですよ、シドゥさん。私の名前長くて呼びづらいでしょうし」
幸せなことに再びパーティーを組めた俺は、ギルドにある『クエストボード』の前にて張り付けられている依頼書を眺めていた。
こうして並んでみると、俺とエヴァは他人から見たらかなり凸凹コンビに映っていることだろう。
俺はバッファーにしては珍しいくらい体格が良く、身長も185ある。
そもそも、フルジール人とは体格に恵まれやすい人種であり、俺みたいな後方支援がメインの役割であるフルジール人はあまりいない。
それに比べエヴァは小柄な体格をしており並んで立つと、俺の胸の位置に届くか否かくらいしかない。だが聞くに、彼女は俺と同い年の18歳だという。
「最近モンスターたちが凶暴化している様なので、モンスター討伐を受けようかと」
「ああ、そういえば近頃は討伐関連のクエストがよく出回ってるな。でも大丈夫なのか? 2人だけでモンスター討伐って……」
「ふふーん。そこはご心配なく。こう見えて私、結構強いので!」
腰に手を当て得意げに胸をそらすエヴァ。
まぁ確かに、初めは1人でクエストを受けようとしていたくらいだ。本当に腕には自信があるのだろう。俺のバフによる支援もあるし、よほど強力なモンスターが相手でなければ問題はないか。
「ならコイツなんてどうだ? 隣の村にある畑を荒らし回ってるゴブリンの討伐依頼。お互いの実力を知るに丁度いい相手だ」
「ですね、そうしましょう!」
エヴァが楽しそうに依頼書を受付へと持って行く後ろ姿を眺めながら、俺は思わず口元に笑みを浮かべていた。
本当にまたパーティーを組んで冒険者として生きていけるのだという実感が、ようやく湧いて来たのかも知れない。
依頼の受注をした受付嬢は不安そうに俺とエヴァを交互に見ると、了承の判子を依頼書に押した。
♢♦♢♦
ギルドのあった街を出てしばらくすると、前方に目的の村を発見した。
だが何か様子がおかしい。
「あっ、冒険者が来てくれたぞ!」
「おーい! た、助けてくれっ!!」
村では傷だらけの村人たちが慣れない武器を手にモンスターの群れと戦っていた。
その相手は討伐対象のゴブリン。
だがモンスターの気配はそれだけじゃない。明らかにゴブリンではない素早い影が、ビュンビュンと村中を駆け回っていた。
その影を見てエヴァは顔色を変える。
「あれはブラッディ・ウルフです! 本来なら山に住んでるはずのモンスターがどうして……」
「話は後だ。助けに行こう、エヴァ!」
「は、はいっ、シドゥさん!」
村へと駆けだしながら、俺は背負っていた自分の身の丈にも匹敵する長杖を前方にかざし軽く振った。
「【独奏強化】」
杖の先が蒼く光り、俺たちの走る速度が劇的に上がる。遠くにあった村がすでに目と鼻の先ほどの距離にまで縮まる。
ごく基本的な速度強化のバフだ。
「す、すごい……。バフ1つでこんなに早く」
俺と並走するエヴァは感嘆の声を漏らした。
あっという間に村にたどり着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、見るも無残な光景であった。棍棒を手にしたゴブリンが村人たちを襲い回り、逃げ出した村人は足の速いブラッディ・ウルフが猛烈な勢いで喰らい掛かる。
厄介な連携を披露している2種類のモンスターを相手に、村の人たちは阿鼻叫喚としていた。
「シドゥさん! 速度強化を解除して攻撃バフをお願いします!」
腰に携えた銀色の剣を引き抜いたエヴァが焦燥感をはらんだ声で叫ぶ。だがエヴァのその声は、ひとりの女性の叫び声に掻き消されることとなった。
「きゃあああっ!」
叫び声の主は家の外壁へとモンスターたちによって追い詰められ、逃げ場を失い身を挺してまだ小さな子供を抱きしめていた。その親子へと1匹のブラッディ・ウルフが牙を剥く。
「くっ――【二重奏強化】!」
杖を振った瞬間に翠色の光の粒子が俺を包む。速度強化を施した状態のまま親子とモンスターとの間に飛び込んだ。
ブラッディ・ウルフの凶牙が俺の腕に食らい付くが、そこから血が溢れることは無かった。当然だ、今の俺は速度の他に防御強化のバフもかけている。この程度の攻撃でダメージを喰らうほどやわでは無い。
俺の後ろからは呆然とした母親の声が聞こえてきた。
「た、助かったの……?」
「今はとにかく逃げろっ!」
「は、はいっ。ありがとうございます、冒険者さん!」
「お兄ちゃんありがとう!」
その場から親子が避難したのを確認した俺は、今もなおギリギリと腕に噛みつき鼻息を荒げているブラッディ・ウルフを睨み杖を振り上げた。
「邪魔だ! ――【三重奏強化】!」
「ギャウゥンッ!!」
赤い光の粒子を纏った俺が振るった杖はブラッディ・ウルフへと激突する。バキイッ! とモンスターの骨が砕ける音が響き前方へと大きく吹き飛んだ。
俺の最大級の攻撃バフを乗せた一撃だ、確認するまでもなくあのモンスターは即死しただろう。
続いて迫るゴブリンたちも、俺は長杖を巧みに振り回し次々と吹き飛ばしていく。
「シ、シドゥさん、貴方は一体何者ですかっ!?」
「ああコレ? バッファーって自分にも強化かけられるし、自分の身は自分で守れるように棒術をマスターしてあるんだ」
「そ、そっちじゃなくて! いえ、そっちも割と凄い事ですが!」
わたわたと焦っている様子のエヴァは、襲い掛かるゴブリンを目にも止まらぬ一閃で真っ二つに斬り裂いた。
言うだけの事はあり、その一連の動作は実に鮮やかで見事という他なかった。
だが当の本人は大量の汗を流しつつ、自分の両手を見つめながらブツブツと呟いていた。
気になりそっと耳を近づけてみる。
「わ、私にも速度強化のバフ以外に防御と攻撃のバフがかけられています……。同時に複数のバフをかけるなんて聞いた事も無い。シ、シドゥさん凄すぎます……。これはもう賢者レベル、むしろ神? そもそも――」
か、完全に自分の世界に入り込んでるな……。
「あ、あのー。エヴァ?」
「はうっ!? すす、すみません! あまりの衝撃に一瞬我を忘れていました!」
顔をほんのり赤くしたエヴァは流れるような動作で剣を振りゴブリンを両断、俺も蹴りでブラッディ・ウルフを壁に叩きつけると、後続で飛びかかってきたゴブリンの顔面を長杖のフルスイングでかち割った。
そのまま互いに背中を預け、武器を構え直す。
「やれそうか? この数」
「は、はいっ。シドゥさんのお役に立ってみせます!」
「ははっ、なら俺も頑張らないとなっ!」
久しぶりだ、こんなに伸び伸びと戦闘するのは。
以前はなんやかんや、バフの乗ったクラウディオたちがあっという間に片づけてしまう事がほとんどだったからな。
猛烈な勢いでモンスターの数を減らしていく俺とエヴァの2人を前に、ゴブリンやブラッディ・ウルフの群れは目に見えて戦意を失っている。
遠巻きに見ている村人は反対に、俺たちの戦いっぷりに徐々に熱を帯びていった。
「うおおぉぉっ!! がんばれ2人ともーっ!!」
「モンスターなんてやっつけてくれぇーっ!!」
命の危機などまるで感じさせないこの戦いの中で、俺とエヴァの顔には清々しい笑みが広がっていた。