第1話 「バッファーは追放され『ぼっち』という名のデバフを受ける」
「シドゥ。お前もう要らねーわ、今までお疲れ」
「…………え?」
高難易度のクエストを達成し祝いの席となるはずだったギルドの酒場で、俺が所属している冒険者パーティーのリーダーであるクラウディオから唐突に告げられた悪夢のような言葉。
頭の処理が追いつかず固まってしまう。
かろうじて「……なぜ?」という言葉だけが独り言のように俺の口からぽつりと零れた。
「お前も本当は分かってんだろ? バッファーなんてもう必要ないわけ」
「――っ!」
ああ――。
薄々だが感じてはいた。
バッファーとは自分や仲間を強化する魔法をかける後方支援職だ。
効果量に個人差はあるものの、命を失う危険性が常に付きまとう冒険者たちにとって、バッファーとは必要不可欠な人材だった。
そう、『だった』なのだ。
ある日、ギルドが始めた冒険者支援システムによってその常識は一変した。
何と、ギルドにてお金を支払えば誰でもバフが受けられるようになってしまったのだ。それを可能としたのが、近年になってダンジョンで発掘されるようになった『魔石』に原因があるのだが……。
「つまり、クエストの報酬をパーティーメンバーで分けなきゃいけない以上、出来るだけメンバーは減らしたい、だろ? ギルドでバフを受けた方が結果として安上がりなんだわ」
「だ、だが俺たちはここまで一緒に戦ってきた仲間じゃないか!」
「ははっ、仲間だと思ってたのはお前だけだよ、自分の立場考えたことある?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるクラウディオに続き、話を後ろで聞いていた剣士のカティアと魔導士のノエルがくすくすと笑う。
俺たち4人はかつて、とある辺境の村に暮らす幼馴染同士だった。
と言っても、仲良しだったわけでは無い。
俺は故郷が無いとされ当てのない旅を続ける『フルジール人』の1人だった。
飾りの付いた白いターバンを頭に巻き、フルジール人に伝わる紋様を編み込んだ長いマフラーとマントを羽織るのが特徴の人種だ。
だがフルジール人にはこんな言い伝えがある。
『フルジール人が訪れた村や街には災厄が降りかかる』と。
こんなバカげた言い伝えのせいで、フルジール人は今もなお人種差別に苦しめられている。
例にもれず、俺も幼少期は村でクラウディオによく虐められていた。
両親は既に他界しており、ましてや嫌われ者のフルジール人を庇う人間なんていないから、虐める標的として俺は格好の的だったのだ。
それでも俺はめげずに修行を続けていた。人の暖かみに飢えていた俺にとって、最も仲間に貢献できるバッファーは憧れの存在だったからだ。
その想いは17歳に成長した時になっても変わらず、冒険者となったクラウディオたちからパーティーに誘われた時は涙が出るほど嬉しかった。
かつて自分を虐めていた相手であろうと、共に苦難を乗り越え、時には笑い支え合った。
俺はクラウディオたちの役に立とうと全力を尽くし、彼らもまた俺を仲間として認めてくれていると信じていた。
それなのに――。
「お前が俺のご機嫌伺って必死になってんの見るのは楽しかったぜシドゥ。だいたいフルジール人のくせに調子乗りすぎだろお前」
「あははっ、まさか本気で私たちがアンタを仲間だと認めてたと思ってんの?」
クラウディオの言葉にカティアが心底あざ笑うかの如く目を細め俺を見下す。
彼等の言葉の一つ一つが重りとなって俺にのしかかる。
フルジール人はどこまで言っても、所詮は嫌われ者のフルジール人。
いつかはこんな日が来るのではないかと、俺は心のどこかで分かっていたのだろう。
だからこそ俺は、怒りに声を荒げることも無ければ、悲しみに涙を流すこともしなかった。
だって、それでも俺はクラウディオたちと共に冒険者として生活してきた毎日が夢のように楽しく、感謝していたのだから。
「……分かったよ、俺はこのパーティーを抜ける。今までありがとう、みんな」
「はははっ、聞き分けが良いとこがお前の唯一の取り柄だぜ」
「アンタの顔を見なくて済むのがホントに嬉しいわ。ね、ノエル」
「ええ。もう会うことも無いだろうけど、せいぜい頑張りなさい。まぁ、フルジール人のバッファーなんて誰も必要としないでしょうけどね」
必要とされない。
仲間に貢献することを第一に考えてきた俺にとって、これ以上ないくらい残酷な言葉だ。
「あぁシドゥ。最後に1発殴らせてくれ、ガキの頃思い出したら拳がうずいてきちまってよ」
「…………」
ポキポキと拳を鳴らすクラウディオ。
彼に惚れているカティアとノエルはそれを止めようとはしない。
瞬間、俺の右頬に鋭いクラウディオの拳が叩きこまれた。
ギルドの床に豪快な音を立てながら吹き飛ばされた俺は、ボーッと天井を眺める。
「おいおい、ケンカか?」
「殴られてる奴の格好、ありゃフルジール人じゃねぇか。どうせアイツが悪いんだろ」
ギルドにいる誰1人心配をしてくれるそぶりを見せない。
子供の頃より遙かに痛いクラウディオの拳は、俺を暗い現実に引き戻すには十分すぎる程で。
――ジンジンと腫れる右頬からは、不快な血の味がした。