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鬼ごっこ  作者: まき
1/1

夢の中で

 こんな噂を聞いたことがあるだろうか。

 夢の中、夜の学校で、『鬼』に追いかけられる、という噂を。


***


「はぁっ、はぁっ、はぁっ......!」


 おいおい嘘だろ。こんなことありえるのか。

 なんで俺、鬼に追いかけられてんだ......!?


「あの噂、本当だったってこと......!?」


 最悪だ。本当に最悪だ。

 今のこの状況になったいきさつは、こうだ。

 夜、ベットの中に入って眠りにつくと、だんだん意識が沈み込んでいく感じがして、そしていきなり意識が引き上げられたような感じがした。

 不思議に思って目を開けると、そこは夜の学校だった。

 廊下のど真ん中に突っ立ってて、はじめはサッパリ状況がわからなかった。でも不思議とこれが夢だってことはわかってたんだ。だってこんなことありえないからな。で、訳が分からず周りを見渡していると、恐ろしい獣のような咆哮が聞こえてきたんだ! それからドデカい怪獣が歩いているような足音が後ろの方から聞こえてくると、俺の心は一つに決まった。

 「よし、とりあえず逃げよう」と。

 そこからかれこれもう5分以上はゆうに走っているとは思う。しかも怖いから一度も振り返っていない。

 なんでこうなってるのかは俺にもよくわからないんだけれども、やっぱりあの『噂』が関係しているんじゃないかと思う。

 それにしても、この夢(?)の中の夜の学校は見たことがないし、不気味だし、感覚はいつもの現実と同じようなものだし、何より後ろから迫ってくる足音が半端ないくらいに怖い。

 走る足はガクガク震えながらも己の役目をまだしっかり果たしてくれている。かなり走ってるけど、その調子で頼みますお願いします!

 月明かりが差し込む廊下に、自分の足音が軽く響く。鬼の足音も、重く響く。そして恐ろしいことに、足音が少しずつ近づいてきている気がする。

 捕まったらどうなるのかは考えないようにしよう。とりあえず今は走れ!


***


 角を一つ左に曲がる。もう一つ、右に曲がる。あーっ、どうなってんだこの学校! グネグネしすぎだろ! しかも教室をまだ一つも見ていない。


「ガアアアアァァァァッ!!」

「うわあああああぁぁぁ!」


 うわっ、今体中が震えたって! 体の芯に突き刺さるような咆哮だった! 心臓が口から出そう!

 あんなのに捕まったら絶対何かされる。夢の中だけどこんな現実感のある夢だから痛覚とかありそうで本当に怖い。痛そう。

 それにしてもさっきの鬼の咆哮を聞いた後から心臓が圧迫されてるような感じがする。精神的にも体力的にも、もうかなりキてるんだろうか。

 終わりそうもない廊下をグネグネグネグネと、月明かりだけで走っていると、気分も暗くなっていくものなんだろうな。


「っは、は......」


 ヤバいな、もう体力切れそう。もう1キロはゆうに超えて走っているような気がする。二キロも超えてるかもしれない。しかも全速力で。これが火事場の馬鹿力というやつか。

 足はクタクタで悲鳴を上げてるし、肺はもう無理だと軋んでいるし、汗で前髪はビチョビチョ、横の髪からはぽつぽつと汗が垂れて落ちる。心臓だけでなく、内臓という内臓が口から出ていきそうな気もする。

 でもやっぱり相手のズシンズシンと重く響く足音は全く速度を緩めることなく、俺のほうへドンドン迫ってくる。


 もうダメか。


 そんな諦めが一瞬俺の胸をよぎったその時、足が、もつれた。


「......っ!」


 おいおい嘘だろ。ここまで頑張ったのに、こんなので終わりかよ。待てよ、倒れんなよ俺の体。ちょっとくらい重力に抵抗しろよ。ああ、腕の力も抜けて手もつけそうにない。絶体絶命だ。


 ドン。


 あっけなく体は廊下に落ちて、痛みが全身を駆け巡る。やっぱり痛みあるじゃんか、コレ。

 全速力でかなり長い間走っていたのに、急に転んで止まってしまったからか、目の前がものすごくチカチカして、目のピントが合わない。ああダメだ、まともに考えることすらできやしない。

 こうしている間にも、足音がこっちに向かってきているのに、俺はボンヤリとして起き上がろうと手を出そうともしない。あーあ、もう無理だ。

 ズシン、ズシンという足音がほぼ耳元で、止まった。

 少しピントが合ってきた目は、自動的に上を向いて、そこにいる『鬼』をしっかりうつしてくれた。

 青色。深い、深い青の色をした、ゴツゴツしていそうな肌。手のひらから伸びる鋭く、長い爪と、足から伸びる、そこまで長くないけれど、しっかり先がとがっている爪。学校の廊下の天井につきそうかと思うくらいの高い身長に、獲物を狙う肉食獣のような目。開いている口から見える牙に、頭から伸びる2本のツノ。

 基本的には人間と同じような体の構造に見えるが、どこか、根本的な部分で人間とは違う気がした。

 そう、そこには『鬼』がいた。


 まって、ムリ。こんなのムリだわ。

 ――怖い。


「いや怖いって絶対つかまりたくないしやっぱり無理だそれにあきらめたら痛みが待ってるかもしれないと考えると」


 よし、逃げよう。もう絶対に諦めないわ。さっきまでの俺はどうにかしてた。怖いものは怖い。

 そう思うと同時に俺は瞬時に起き上がり、フラフラで疲労困憊の足を必死に動かして、スピードは前よりかなり落ちているが、走り出した。そして、すぐそこの角を曲がる。

 って......あれ?

 ......教室?

 月明りで淡く照らされる、教室のドアが目の前に見える。

 また聞こえてきた足音を聞くと、また怖くなって、俺は一も二もなくドアを開け、教室の中に飛び込んだ。

 なにも考えずに飛び込んだけど、カギが閉まってなくてよかった。あと、中に何かいたらどうしよう。

 ......よし、とりあえず辺りを見渡しても何もいないな。

 教室は、縦と横がピシッと綺麗に机と椅子が並んでいて、前の大きい黒板には何も書いていない。空っぽの棚や机の中、開きっぱなしの掃除用具箱が寂しく感じるな。

 というかそれよりも......鬼の足音が、近づいてきてる?これ教室に入ってくる可能性あるんじゃないか。

 どうしよう、カギを閉めようか? ......カギついてないじゃないか。

 もしこの教室に入ってきたら、逃げ場は......窓しかないじゃないか!

 窓から落ちたら絶対痛い。夢の中だけど骨とか折れそうな気もする。窓から見える光景はどう見ても二階か三階のものだし、この学校の外がどうなってるかもわからないし、この夢の影響がもしかしたら現実にまで及ぶかもしれない、と考えると、やっぱり窓はなしだな。

 教室から出ても鬼と絶対鉢合わせする。じゃあ隠れるしかない、か。

 そうなったら自然と目が行くのは......。


***


 ガタン。


 この教室のなかで隠れられる場所、といったらこのロッカー式の掃除用具箱しかなかった。中身は空っぽだったし。

 正直不安しかない。

 漫画やゲームとかそういう系で、大体こういう場所に隠れたキャラって、危ない目に合うんだよな。でもここしかなかった。無念。

 ......軽く考えてごまかしてるけど、正直、めちゃくちゃ心臓が爆発しそう。

 足は酷使しすぎたのと緊張、不安、恐怖がセットできてるから思いっきり震えている。音は鳴っていないのが救いか。

 走りすぎたからか息が荒い。こんなのじゃすぐにばれてしまう。頑張って抑えないと......っ!


 足音が止まった。

 恐らく、この教室の、ドアの前で。


 この教室は前の廊下側と後ろの廊下側、この二つの場所にスライド式のドアがついている。

 前か後か、どちらの場所に止まったかはまだわからないけど、おそらく距離的に、曲がり角から近かった後ろの方のドアから入ってくるだろう。

 そして、この掃除用具箱の位置は、窓側で、後ろの隅っこ。入ってからまっすぐに来られたら終わりの位置だ。

 ......もう、どうなるかはあの鬼次第だな。だけど、絶対最後まであきらめはしないからな。


 ドォン!


 ......いや、明らかにドアを開けるような音ではない音が聞こえたんだけれども。また心臓が震えた。どれだけ勢いよく開けたのか......。

 鬼が一歩一歩踏み出すたびに、地面が揺れている。足が震える。ゆっくりと吐き出した息が震える。

 鬼は少しの時間立ち止まっていて、辺りを見回しているような感じがする。

 ほぼ真っ暗な掃除用具箱の中で、俺は刑の執行を待つような、そんな感覚を味わっていた。

 また、鬼が歩き始めた。......この、掃除用具箱の方向に、足音が近づいてきている。


 終わりか?


 いや、まだいけるような気もする。

 とりあえずここであきらめたら、俺が全速力で走っていたあの時間はなんだったんだよ。しかも捕まったら何されるのかもわからない。

 あきらめたら終わりだ。とにかく、鬼がここを開けた瞬間に一瞬で走り出して......。

 できるのか?

 ......今ネガティブになるのはよそう。とにかく希望をもって、走り出そう。

 こうしている間にも鬼はどんどんこちらに近づいてきているようだ。


 ......バカだな、俺。こんな夢に、ここまで必死になって。

 でも、この夢には、そう思わせるだけのリアリティがある。

 そうだな、夢くらい、カッコつけてもいいんじゃないか。

 頑張ろう。諦めないように、前を向いて。


 息を吸って、吐き出す。


 鬼が、おそらく、この木の板をはさんで、自分の目と鼻の先にいる。


 震える足を叱咤して。バカみたいに目を見開いて。さあ行こうと少し前かがみになる。


 そこからギュッと握りしめた手に、何かの感触があった気がした。

 冷たい、金属のような感触が。

 薄暗い中でチラリとそれを確認すると、鉛筆くらいの太さの、針だった。

 ......深く考えてる時間はないか。もうなんでもいいからこれでチクッと鬼を刺してから逃げてやろう。何か鬼に対して有効なものかもしれないしな。


 一瞬空気が固まって。瞬間。


 バキィ!!


 木の板と蝶番が勢いよく離れて、前の黒板にまで吹っ飛んでいった。

 えげつないような音を出して壊れた掃除用具箱の扉を尻目に、俺は勢いよく飛び出した。


 手に持つ針を相手の足に少し突き刺していくのも忘れずに。


「え......?」


 飛び出して、突き刺してから必死に足を動かして教室から一歩二歩出たところで、後ろからなにか青色の光が出ていることに気が付いた。

 チラと振り返ってみると......え。

 鬼、光ってんじゃん。

 鬼、ちょっとずつ消えていってるじゃん。 

 鬼、青い粒子になって、俺が突き刺した針に吸い込まれていってるじゃん。

 え、急展開すぎない? 俺が限界まで走ったあの時間の意味は?

 とりあえず......近づいてみようか。


 針は、最初の銀色から、今では銀に青色が混じった色をしている。さらに青色の淡い光を出している。鬼を、吸い込んだのか。この針強っ。

 結果的にはこの針を刺して正解だったな。......俺の決意は無駄になったけどな。

 さっきまで心臓が暴れてたのに、この結果に心臓もあきれたのか、今は正常なリズムを刻んでいる。でも足はしんどい。

 さて。

 手に取ってみようか?

 いやいやいやなにかあったら怖い。でもあの針は俺の危機を救ってくれた恩人ならぬ恩針だ。あーっ、決まらないなぁ......。


 よし、決めた。

 俺はゆっくりと青く光る針へ近づき、手に取った。


 その瞬間。

 俺の中に何かが流れ込んできた。


「うええああぁぁ!?」


 え、気持ち悪い! というか。


「痛い痛い痛い痛いってぇっ!」


 痛みに耐えかねた俺の体はあっけなく床に倒れる。そして悶える。

 何かが体の中を暴れまわってる感覚。やっぱり持つべきじゃなかったのかも痛い痛い痛い。

 本当にキツイ。背中のほうが特にはちきれそうな感じだ! 痛い!

 全身に力が入って、足が勝手にバタバタ動いて、歯はギリギリと食いしばっていて、喉からは悲鳴を押し殺したような声が出ている。

 椅子が俺の足で蹴り飛ばされ、倒れる音がする。頭をどこかで打ち付けて、痛みがさらに増えた。

 激痛だ。


「ああああああああぁぁぁぁぁ!」


 もう声を押し殺していられない! 痛い!

 しかも全身になんか異物感がする! なに、なんか体の中に入れられた!?

 あああぁぁぁぁぁ!


 もう無理!


 俺は多分、人生で初めて、夢の中で意識を失った。

読んでくださってありがとうございました。

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