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『点』と『線』の交錯  作者: 和心
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1話-① 始まりのノート

県立平石北高校、その二年六組のHR教室内。

十八時を過ぎ、陽も傾いた放課後、一人を除いて誰も居なくなった教室内でシャーペンを走らせる無機質な音と、いかにも優柔不断であると主張するかのような中性的な声だけが響く。

「……こうで、いや、違う。そうじゃなくて……うぅん…?」

ノートに思いつくままに文を書いていく。そして、すぐにそれを横線、もしくは消しゴムで消して、そしてまた書き、と延々と繰り返しているのはこのクラスの男子生徒、白井 悠太である。

「そうじゃなくて……こうでもなくて……ああ……誰か相談できる人が居たら……」

シャーペンを放り、半ば自暴自棄のような形で机に突っ伏す。

相談できたら。

悠太は考える。しかし、これは相談するようなものじゃなくて、いや、相談出来るようなものじゃ無いのだ。と、一人頭の中で思考のサイクルを働かせる。

「ああもう…!」

顔をガバッと上げる。

その勢いで椅子の前脚が浮き、そのまま椅子が後ろに傾いた。

「え、あ、待っ…」

しまったと思うも、机を掴んで支えようとした手は虚空を掴み、そのまま重力に従って椅子ごと後ろに倒れ、けたたましい音が教室内に響いた。

「いった……」

静かな教室内に響くのは倒れた椅子の残響音と、勢いで蹴り上げた机が体勢を整える音。加えて机の上に置いてあったシャーペンが床に落ちる音。

そして後頭部の鈍痛に頭を押さえながら唸る悠太の声。

「……何やってんだろ」

悠太は椅子ごと倒れたまま仰向けで呟いた。

まさに本心からの言葉だった。ため息をつく。

「大きな音がしたと思ったら」

不意に教室の扉の方から声がしてその方を向く。

「深由美か…」

「私で悪かったわね」

教室に入ってきたクラスの女子生徒、"原田 深由美"は長髪を翻しつつ皮肉を言った。

彼女はそのままつかつかとこちらに歩いて来て、床に転がっていた悠太のシャーペンを拾って机に戻す。

「というか、何で深由美がこんな時間までいるんだ?」

「私は何で白井君が椅子ごと寝転んでるのか聞きたいんだけど」

「ワケを話すと長くなる…」

「なら遠慮しておくわ」

あっさりと深由美は言い切った。

こうしている分には品行方正、加えて学力も高くルックスも悪くない深由美は眼鏡美人と言った相貌でモテそうなものだが、しかし、一切モテないどころか男子からは避けられるまである彼女。問題は別にある。後に触れるだろう。

「私は日直でさっきまで仕事をして今戻ってきた所だったんだけど」

「そこで俺が寝っ転がっていたと」

「しかもブツブツ何か言いながらね」

そりゃあアブナイヒトだ。

悠太は肯定せざるをえなかった。

「それから見たところでは何かしてたようだけど」

「気にしないでくれ。関わるとロクな事にならない」

「それは私にってこと?それとも白井君にってこと?」

「どちらも否定出来ないのが辛い」

「さりげなく私を馬鹿にした事には目を瞑るわ」

それで、と気にしない様子で深由美は続ける。

「何で白井君は寝っ転がったままなの?」

「これには深い理由が……」

「思春期って難しいわね」

とか言いながらスカートをヒラヒラと手で揺らす深由美には絶対に悪意がある。

そう心の中で悪態をつきながら、

「それはない」

と弁明して起き上がる悠太だった。


「それで何をしていたの」

深由美は隣の席の椅子に腰掛け興味深そうに聞いてきた。何度目の質問だろう。どこまで興味を示すのだろう。

だんだんめんどくさくなってきたぞ。

いや、そう思うも面倒になってきたと、悠太は心の中で思いながら、

「思春期の自分語りって言ったら見逃してくれるか?」

と言った。

「それはどういう」

「うぐ…」

深由美のその返しに言葉が詰まる。

「思春期と言っても色々あるわ。色恋沙汰もそうだし、理想と現実との違いに悩む事もあるし」

「そんなところ…」

「そうね。男子と言ったら性の悩みだものね」

「誰もそんな事言ってませんが!?変なこと言わないでくれませんかね!?」

そう。深由美のモテない理由というのはまさにここにあると言っても過言ではないと悠太は自負する。深由美はプライバシーなんてものを考えず、加えて他人の不可侵領域を踏み躙る。男子=獣の認識宜しく、そういう事に無理やり繋げていこうとするのである。

「ったく…理想と現実のギャップなんだよーっておい待てやめろ。そのノートを俺に返せ」

スッと、どさくさ紛れで悠太の机からノートを勝手に持っていこうとする深由美の腕を悠太が掴む。

「白井君の理想をちょっと覗いてみたいだけよ」

離してくれるかしら、と深由美が抗議する。

「それを皆は嫌がるんだよ」

「少なくとも私は自分の不可侵領域に踏み込まれても何も思わないから、その時点で"皆"という仮定は否定されるわね」

「簡略化した表現だよ、察しろ」

「果たして論点はそこかしら」

「それは俺の台詞だ。それに論点も何も無い」

「しかも私の不可侵領域についてはノーコメントなの?」

「ノーコメントだ。興味無し」

「つれないわね」

ムスッとした様子で後ろを向いて立ち上がり、そのまま教室の扉前に立つ深由美。

「どうした?」

と悠太が疑問に思う。

「感想、ちゃんと伝えるわね」

そう言いつつ、ヒラヒラと左手に掴んだ悠太のノートをわざと見せながら、深由美は教室を出ていった。

「あ゛!!」

完全に気を取られていたと後悔するも時既に遅し。急いで廊下に出るも、深由美の姿はどこにも無かった。

「あいつ…というか、アレ見られたら俺、生きてられないんだけど…」

頭を抱えるも、取り返しのつかない事には変わり無かった。



翌日、登校してきたばかりの悠太のもとに深由美がやってきた。

「おはよう」

深由美はいつもと変わらない様子で声をかける。

「おはようじゃねぇよ…なんて事をしてくれる…」

恨みのこもった声で返す。

何せノートが気になり、昨晩はロクに寝られなかったのだ。

その様子を見て深由美は、

「どうやらお疲れのようだけど、大丈夫?」

と、あっけらかんと全く自分の所為だとは思っていない素振りで言った。

「誰の所為で…まあいい。早く俺のノートを返せ」

そうだったと、思い出した風の深由美は自分の鞄から悠太のノートを取り出す。

「これね」

「ったく、勝手に持ってくんじゃねぇよ…」

深由美から受け取ったノートを悠太はサッと鞄にしまう。

「それで、感想だけど」

「待って。やめてくださいお願いします」

深由美が続けようとするのを静止する悠太。なおも止まらず、深由美は続けた。

「ピアノなら私出来るわよ?」

「恥ずかしいから……って……へ?」

見当違いの言葉に思わず素っ頓狂な声が出る。

というのも悠太がノートに綴っていたのは、全く謳歌出来ていない青春のそのはけ口として考えた色恋物のポエムなのであって、そんなピアノなんて関係無いものだったからだった。

「その文章って歌詞でしょ?白井君、見かけの割に作曲なんてしたりするのね」

いまいち理解が追いつかない。

「何で音楽の話に…?」

「だって、そのノートって楽譜ノートでしょう?」

さっき鞄にしまったノートを取り出し、中を見る。

ああ本当だ。

何も考えずに引っ張り出してきた為に気付かなかった。まさか、使い古しの楽譜ノートだとは思いもしなかった。

悠太は一考する。

この間違いのそのまま肯定すれば、俺が作詞作曲をしている事になり、深由美とコンビを組む事ならざるをえない。

逆に否定すれば、あの詞はポエムであると認識されて痛い人を見る目で見られるに違いない。

考える必要も無いところで悩む悠太を見た深由美は、

「まさか、ポエムとかじゃないわよね?」

と訝しげな目で言った。

逃げ道が一つを除いて塞がれた瞬間だった。


「何でだろう…」

その日の放課後、悠太はまた独りの教室で頭を抱えていた。

あの深由美とコンビを組んで演奏だって?

冗談じゃない。

深由美はあれでいてかなりこだわりが強いのだ。面倒な事になりかねない。

「いっそこのノートを焼いてしまえば…」

元凶のノートをペラペラとめくりながら思う。このポエムを歌にされたりしたら…なんて悪夢が頭によぎる。

「何だろうな…俺はただ単に…」

ノートのポエムを書いたページ、その右上に小さく書いた『石見 小鈴』という名前。

俺はこの名前の主に恋をしている。

同じ中学でそこからの仲である事には違いないが、かと言って、現在同じクラスでありながらもそこまで深い関係では無い。それこそ、友達とも呼べないかもしれない。

単に彼女の内面に惚れたというだけであって、だから想いを打ち明ける事も出来ずにいる。

そしてこのよく分からない結末だ。

というか、このノートに目を通した以上、深由美がこの名前を見落とす訳が無い。つまり彼女は俺が何らかの感情を小鈴に持っている事は分かっている…そう見た方がいいだろう。

「猛烈に死にたい」

謎の言葉を発しながら頭を机に叩きつける。

すぐに額に鈍い痛みが走り、悲鳴をあげながら顔を上げる。

窓の方を見ると、もう陽は沈み、辺りが暗くなり始めていた。

ノートを鞄にしまい、ため息混じりに席を立つ。

もうなるようになってやるさ。そう悠太は覚悟を決めたのだった。

この辺りは昔書いてたものを引っ張ってきただけっていう。

とりあえずバンドとしての活動が開始するところまでが1話と考えています。


次回は4/19に投稿予定です。

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