第四話 懐かしき場所
どうも、Make Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
遅れてしまい、申し訳ありません。
番外編はまだまだ続きますので、最後までお付き合いお願いします。
それでは、どうぞ!
「荷物は……これで全部かな」
もともと部屋に備え付けられていた家具以外がなくなった部屋。
卒業の時にはこうなるんだけど、まだ僕は卒業していない。
それでも、なぜ部屋を片付けているのかというと、この部屋の主がいなくなったからだ。
……この部屋は僕の部屋じゃない。
僕の親友の……カインの部屋だった。
1つずつ、荷物を片付けていくと、カインが本当に死んでしまったのだと、自分の中で区切りをつけることができた。
その荷物をもって、僕は部屋を後にする。
もう二度と……この部屋の扉を開けることはないだろう。
それだけが……ただ、悲しかった。
扉が閉まる音が、妙に重々しく、ゆっくりと聞こえた。
* * * * * *
「本当に一人で大丈夫かい?」
カインの荷物をもって、校門まで行くと、すでに保健室の先生が待っていた。
「ええ、王都に行くだけですから」
「……こんな役目を、君に押し付けてすまないと思ってる」
「いえ、これは僕が選んだことです。カインの最後は……誰よりもこの僕が知っています」
あの日のことは忘れない、忘れたことがない。
あの日、この手で親友の命を奪ったこと。
あの日、目の前で相棒の命が散ったこと。
あの日のことは、この目に、この手に、この胸に、焼き付いている。
「彼の荷物、よろしく頼んだよ」
「はい、それじゃあ行ってきます」
先生が校門を開くと、目の前には延々と続く森がある。
この道は始まりの道で、そして終わりの道だった。
僕は、深呼吸をすると、一歩踏み出した。
足取りは決して軽くない。
僕の腰には、相棒はいない。
ただ、首にかかっているペンダントだけが、僕の装備だ。
魔物に襲われたら、ひとたまりもないだろう。
だけど、その可能性は低い。
魔剣騒乱……あの事件の後、凶暴化していた魔物は沈静化し、以前のような被害は少なくなりつつある。
王都周辺には、もう魔物は寄り付かない。
当たり前だ。
王城では、たくさんの魔物が死んだ。
魔物だけじゃない。
たくさんの人が死んだ。
徹底的に掃除した王城から、そんな血の臭いはしないだろうけど、魔物はそういった気配を感じ取るらしい。
そんなに時間はかからずに、魔物は王都周辺からいなくなった。
こうして、森の中を歩いていると、セレナと歩いたことを思い出す。
懐かしい、久しぶりの草原だった。
その道を、今は一人であるいている。
ただ、一人で。
* * * * * *
王都につくと、町は以前のような活気に包まれていた。
あの事件の面影は、一切ない。
それがどこかうれしいような気もするし、寂しいような気もする。
どちらかといえば、後者の気持ちの方が強い。
500年前……レーヴァテインがシュバルツという人間として生きていたころの記憶と同じように、魔剣騒乱も人々の記憶から消えていくんだろう。
ただ、その事実が僕の心の奥底で、ずきずきとその存在を主張し続ける。
この町の人からすれば、魔剣に操れていたカインは魔剣騒乱の首謀者だという認識だ。
実際は、カインは操られていて、最後の最後でダーインスレイブに反撃した。
その反撃こそが、ダーインスレイブを倒すきっかけになったのにもかかわらず、だ。
カイン……僕は、君の命を奪って、本当によかったのかな。
カインの最後の言葉が、今でも聞こえてくる。
やっぱり、一人で来るんじゃなかったかな……。
あの時、僕の隣にはセレナがいてくれた。
僕のことを支えてくれていた。
でも、今は一人だ。
みんな、それぞれ自分の道を歩き始めている。
僕だけが立ち止まっているわけにはいかないんだ。
一人で、そう決意すると、僕はカインの家へと向かった。
懐かしい道を歩いて、通い慣れたその家にたどり着くのには時間はかからなかった。
木でできた扉をノックする。
少しの静寂の後、キィッと蝶番が甲高い音を立てて、扉が開いた。
「どちら……さ……」
僕の顔を見るなり、カインの母親……カーラさんは言葉を失う。
目の前に、自分の息子の敵がいるんだ。
当たり前だと思う。
「アストラル君……」
「お久しぶりです。学園から、カインの荷物を持ってきました」
努めて平静に、声を出したつもりだ。
……できていただろうか。
「あの子の……。わざわざありがとうね」
「いえ……。僕がするのは当然というか……」
「……あがっていって」
「え……?」
その言葉は、予想していなかった。
てっきり僕は、『さっさと帰ってくれ』と言われるものだと思っていた。
それを言われて当然のことをした。
だからこそ、その言葉にすぐに返事できなかった。
「う……あ、はい」
頑張って返事をすると、カインの家へと入る。
懐かしいその家は、僕の記憶と全く変わっていない。
学園に向かうときに見た、あの景色のままだ。
「変わってなくて驚いたでしょう。あの子が帰ってきたときに、家の雰囲気が変わっていると驚くと思って、そのままにしてあったの」
「……すみません……」
「聞かせてほしいの、あの子の……最後を」
「でも、それは……!」
「貴方にとっても、私にとっても、つらいことなのでしょう。わかっているつもりよ。だからこそ、教えてほしいの」
「……!」
ぎゅっとこぶしを握り締める。
この手には、まだ……カインの貫いた時の感触が残っている。
柔らかいものを貫いていく中で、ときどき伝わる硬い感触。
あの感触は、忘れたくても忘れることができない。
忘れてしまえば、僕がカインの命を奪った……殺したという事実を自分が否定してしまいそうで。
「お願い、アストラル君」
力強い、言葉だった。
「最初は……カインが図書室に入ってきたのが始まりでした」
僕は、ゆっくりと話し出す。
僕とカインが……どのように魔剣に出会い、どのようにその命を散らしていったかを。
「最後にカインは、魔剣の呪縛を解いて、短い時間だけダーインスレイブの自由を奪った。その時、カインは言ったんです、『俺が動きを止めている間に、とどめを刺してくれ』って。最初は拒否した、けれど、カインの頼みを……!これ以上、人殺しを望んでいないカインに人殺しをさせたくはなかったから……! 僕は……!!」
「最後に、あの子はなんて言ったの? カインは最後に、なんて?」
「僕に……魔剣でカインの体を貫いている僕に……『ありがとう』って……! 『俺を殺してくれたのが、お前でよかったよ』って……そう……言いました」
あの日のことを思い出し、涙があふれ出てくる。
自分の……僕の力不足のせいで、カインを、レーヴァテインを失った、あの日のことを。
「そう……。あの子は、最後にそう……言ったのね」
カーラさんは、少し寂しそうに、目を伏せる。
今……僕は、何が言えるのだろうか。
カインを殺したことについての謝罪なのか。
それとも、カインと共に過ごした時間のお礼なのか。
間違っても、慰めの言葉を言うことはできない。
それこそ、カインの死を僕自身が軽んじてしまうことになる。
それだけは……絶対に、したくない。
軽んじていい死なんて、どこにも存在しない。
カインも、セレナの同僚も、この事件で亡くなった人も……レーヴァテインも。
死にゆくべきではなかった人たちだ。
この中には、僕のせいで命を失った人も、僕が命を奪った人もいる。
助けられなかった人がいる、助けられた人もいる。
それでも、その助けられなかった人の命は、戻ってこない。
その事実は、この手が覚えている。
この手が、奪った命だから。
「アストラル君、すこし……一緒に来てくれない?」
「え? ……ええ、いいですよ」
「ちょっと待っててね」
そういうと、カーラさんは自室へと向かう。
一人残された僕は、支度が終わるまで待つことになった。
(懐かしいな。確か、カインとここで遊んだこともあったっけ)
思い出される、懐かしい記憶。
それは、数えきれないほどの思い出。
あの時の僕は、カインの命を奪うことになるとは想像もしていなかったし、大人になっても、カインとこうしてくのだろうと思っていた。
誰も、こんな未来になるとは思ってもいなかったはずだ。
「お待たせ」
カーラさんは、上着を羽織ってきていた。
「ちょっと寄り道をしていくけど……」
「大丈夫です」
「そう」
家を出ると、真っ先に大通りの方へと向かった。
先ほどと同じように、通りは人があふれている。
その中を一列に並ぶようにして、歩いていく。
その人ごみの中で、カーラさんの背中を見失わないように、ついていくと、とある露店の前で立ち止まった。
「花を……?」
「そう、花を買いにね」
カーラさんは花を一束買うと、それをもって、王宮の方へと向かう。
さすがに、ここまでくれば大体の予想がつく。
その予想は、当たった。
王宮の横には、墓地がある。
そこは誰でも入れるようになっていて、その中の一角は身元不明や引受人不明の遺体が埋葬されている。
実家が別の場所にある人は例外だけど、王都に家がある人が亡くなると基本的には、ここに埋葬されることになっている。
カーラさんは、その中の一つの場所に立ち止まり、花を置いた。
「ここは、私の家のお墓でね。私の父も母もここに埋まってるの」
「そうなんですか……」
「ここに、カインの名前が彫ってあるの。カインの骨は埋まっていないのに……」
「っ……」
カインの遺体は、この世にはない。
それは、火葬をしたからではなく、魔剣と共に消滅したからだ。
ダーインスレイブを消滅させるには、カインとレーヴァテインが共に消滅する必要があった。
カインの体は、文字通り、塵一つさえ、残ってはいない。
そこにカインの骨はないのに、カインの名前は既に刻まれている。
その事実が、この胸に深く突き刺さってくる。
カーラさんは、その墓の前に花を供える。
「カインは……最後に笑ってた……?」
何度目かの質問。
その声は、どこか涙交じりに聞こえた。
「僕が最後に見たカインの顔は……穏やかな顔をしていました」
僕が最後に見た、”生きている時のカイン”の顔。
”カインの体を使ったダーインスレイブ”の顔ではなく、カインの顔。
あの声は……きっと、そういう穏やかな顔をしていたと思う。
本当は、よく見えていなかった。
だけど、なぜか確信できる。
カインは、穏やかな顔をしていたと。
「そう、ありがとう。アストラル君」
「いえ……」
「ここまで来たら、お母さんのところに顔を出したら?」
「でも……」
「私は大丈夫。カインの荷物も持ってきてくれたし、マーサさんは一人で暮らしているんだから、顔くらい見せてあげなさい」
「そう……ですね。わかりました」
「そうと決まれば、善は急げよ」
「わかりました。それじゃあ、先に失礼します」
「ええ。元気でね」
「はい」
そう返事をすると、僕は墓を後にする。
僕が出口を曲がってすぐに聞こえてきた嗚咽は、きっとカーラさんのものだろう。
僕が来てからずっと、こらえていたのかもしれない。
あふれ出る感情を、自分で律しながら、僕の話を聞いた。
その中で、僕に怒りや憎悪を覚えていたかもしれないのに。
カーラさんは、最後まで笑顔だった。
あふれ出た涙を拭くと、僕は自分の家へと向かう。
懐かしい、わが家へと。
* * * * * *
扉の前に立ち止まって、息を大きく吸い込む。
正直、卒業前にここに来るとは思っていなかった。
卒業までは帰らない。
そう決めていたのに。
魔剣騒乱の時でさえ、ここには戻らなかった。
決して、親が嫌いということはない。
必ず卒業して、文官になってから戻るというのが、僕なりの決意で、目標で、誓約だった。
卒業を間近に控えた僕が、この家に帰ることは、その誓約を破ることになる。
しかし、それでも。
今日、ここに帰らなければならないような気がした。
カーラさんに言われたからではなく、どこか直感めいたものが、そう言っている。
小さく息を吐くと、僕は扉を叩いた。
自分の家の扉をノックするのって、なんだか変な感じだなぁ……。
そう思っていると、ゆっくりと扉がひらいた。
「……アストラル……?」
「そう。ただいま、母さん」
キョトンとした顔を浮かべる母親。
当たり前だ。
何分、連絡もせず、いきなり帰ってきたのだから。
「一体どうしたの?」
「カインの荷物を届けに来たから、寄ったんだ。その……いろいろ話したいこともあったから」
「ふ~ん……。まぁいいわ、中に入りなさい」
懐かしい我が家の中に入ると、これまた懐かしい匂いがした。
父さんが研究していた鉱石に混じった土の匂い。
薪が燃えるにおい。
そして……木でできた家具の匂い。
すべてが懐かしく、あの時のままだった。
「座りなさい」
背後から聞こえる声。
その声に、一瞬、背筋がぞくっとした。
振り向くのが怖い。
身体は石になったように固まり、動いてはくれない。
何とか足を動かしてみるが、木偶人形のような歩き方になってしまう。
かなり時間をかけて、椅子に座ると、目の前の気配がひしひしと伝わってくる。
恐怖。
その一言で、全てが言い表せられる。
「それで、”どうして一度も返ってこなかった”のかしら?」
「えっと……。文官になって卒業して来ようと決めてて……」
「文官? 貴方、いまどういう状況か知ってる?」
「えっと魔剣騒乱の復興の真っ最中です……」
「それで、文官志望が人は国王から何をもらったって?」
「王国栄誉賞です……」
「それで、その賞状はどこに?」
「学園です……」
「私には?」
「見せてないです……」
一つ一つの質問は、普通なんだけど、その言葉の節々に怒気を感じる。
その後も、質疑応答……尋問が続いた。
「それで、何か言うことは?」
「すみませんでした!!」
「よろしい。本当に……心配ばかりさせて……」
「ごめん。でも、ありがとう」
僕は、首にかかっていたペンダントを見せる。
「このペンダントが僕を守っていてくれた。このペンダントだけじゃなくて、レーヴァテインやセレナ、いろんな人に守ってもらってきた。それでも、このペンダントは僕のお守りだった」
「父さんがもらったペンダントね……」
「うん、知ってる。マルスって人が、ジェイド石を加工してペンダントにしてくれたんでしょ」
「知ってるの?」
「あったんだ。深い霧が立ち込めていた村で」
「そう……」
「父さんは?」
「帰ってきていないわ。私もどこにいるのかもわからないわ」
「そう……なんだ。マルスさんのこと、伝えたかったんだけど……」
「聞かせて。あなたの旅の話を」
「うん、わかった」
そこから僕はゆっくりと話し出す。
カインと二人で立ち入り禁止区域に入り、魔剣に出会ったことを。
セレナと出会ったことを。
最初に訪れた村で、呪術魔物と戦ったことを。
王都に向かっている途中で、アリシアと出会ったこと。
アンディゴで、レオンとあったこと。
僕の旅の経験をすべて、ひとつずつ話す。
僕の旅には、楽しい思い出もあった。
だけど、悲しい思い出も、辛い思い出もある。
ナターシャさんの命を奪ったこと。
フレデリックさんを助けられたこと。
カインをこの手で貫いたこと。
そのつらい思い出も、ひとつ残らず話す。
話し終わるころには、胸のもやもやがすこし消えたような気がした。
「それで、カイン君を……」
「……正直、今でもほかに手段があったんじゃないかって思ってるんだ」
「それは、カイン君を殺す以外に、っていうこと? それとも、レーヴァテインを失わずに魔剣を封印すること?」
「どっちも。いつだって、どんなときだって、ほかに選択肢はあったかもしれない。だけど、その選択肢を、僕はみつけることができなかった」
「選んだ選択に後悔してるの?」
「後悔は……どうだろう。していないと言えば嘘になるけど、でも、この選択を選んだのは、僕だ。後悔はしていないよ」
「なら、いいんじゃない。生きていく中で、数多くの選択肢から何かを選ばなければいけない。だけど、自分が選んだ選択肢以外は見ることができない。その、全く分からない選択を選べばよかったというんじゃなくて、選んだ選択肢を信じて突き進んだ方がいいわ」
「……!」
やっぱり、母は強い。
「ねえ、僕もひとつ聞いていい?」
「なに?」
「父さんがいなくなったとき、母さんはどう思ったの?」
「そうね……。あの日、すこし遠くに行くって言った、あの人の背中を見たとき、『もう帰ってこないのかもしれない』って思ったわ」
「止めなかったの?」
「ええ。あの人は研究が好きだったし、生きがいだった。それだけに傾倒してるんじゃなくて、ちゃんと周りを見ていた。それに、自分の意思をしっかりと持っていた。そんな人を、私が止められるわけがない。そう思ったら、声も出なくなって。ただ黙って見送っていたわ」
父さんは、僕とほぼ同じ時期に、家からいなくなった。
級に一人になった母さんは、一体、どう感じただろうか。
寂しかったかもしれない。
つらかったかもしれない。
それでも、そんな様子を見せないのは、母さんの強さだと思う。
「……今頃、父さんはどこにいるんだろう……」
「さあね。どこか旅をして、いろんな景色を見て、研究してるんじゃないかしら」
「旅……か」
ふと、みんなでした旅を思い出す。
あの時の僕は、カインを救うことで精一杯だった。
ちゃんと、周りの景色を見ることができていただろうか。
レーヴァテインに、セレナに、助けてもらっていた。
僕は、みんなのことを助けることができていただろうか。
1つずつ、あの旅を思い出す。
その度に、カインを助けることに精一杯で、何もできていなかったのではないかと考えてしまう。
僕は、周りの景色を見ることができていなかった。
セレナの質問に、偉そうに堪えていても、自分自身の答えをまだ見つけ出せていない。
(そうか、そういうことだったんだ……)
カインの荷物をもって、ここに来た理由。
カーラさんの言葉に従って、ここに来た理由。
カインの遺品だからってこともある。
母さんに会えていなかったということもある。
だけど、それだけじゃない。
ここに来ること、それが”自分自身の答えを探す”っていう”答え”をみつけるためだったんだ。
あの日のことを思い出すのも、あの旅を思い出すのも。
自分自身の選択が正しかったか、だけじゃなくて。
”自分自身の確固たる答え”を見つけ出したかったからなんだ。
「……なにか、覚悟が決まったような顔をしているわよ」
「え……?」
母さんに言われて、少しどきっとする。
「全く……。わかるわよ、考えていることくらい」
「そ、そう?」
「それで、どうするの? きっと、その道は楽じゃないわよ」
やっぱり……わかってるんだ。
僕が出した……一つの答え。
その答えを、母さんはわかっている。
「楽じゃないことは、わかってる。それでも……僕は彼らの死を、この手で奪った命を、無駄にはしたくない。だからこそ……!」
「そう……。やっぱり、親子ね」
「母さん……」
「いいわ。卒業までに荷物を送ってちょうだい。さすがに取りに行くのは大変だから」
「……わかった」
僕がそう答えた後、母さんは静かに笑った。
* * * * * *
既に日が落ちてしまったため、今日は自分の部屋で寝ることになった。
自分の部屋に入るのは学園に行く最後の夜以来で、4年ぶりくらいになる。
懐かしいベッドにほこりが積もっていることもなく、母さんが定期的に掃除をしてくれていたのだろう。
久しぶりに食べた手料理は、懐かしい味がした。
(それにしても……父さんはどうしていなくなったんだろう……)
時期を考えると、マルスさんが呪術を発動したタイミングとほぼ一致する。
そのことが外に広まったとは思えない。
あの村は、深い霧に包まれ、逃げることさえできない状況だった。
ジェイド石……は関係があるだろうか。
僕のペンダントに、強力な守護魔法を埋め込んだくらいだ。
何か身の危険が及ぶかもしれないと考えていたかもしれない。
(でも……)
いくら考えても、それが決定的な理由だと思えるものが、何一つとしてなかった。
(だめだ、わからないや)
実際の理由は本人に聞くしかないだろう。
いつか帰ってくる。
そんな漠然とした答えに、なぜか確信があった。
必ず会える、必ず帰ってくる。
そう思っているからこそ、母さんもここで父さんの帰りを待っているのかもしれない。
実際に聞いたわけじゃないから、あっているかどうかはわからない。
だけど、母さんがそう思っているのなら、僕もそう思おう。
ゆっくりと目を閉じる。
さきほどまでいなかった睡魔が、突如として現れ、僕を眠りの淵へと連れて行った。
* * * * * *
(ここは……!)
あの日と同じ景色。
あの日と同じ感覚。
レーヴァテインがいなくなってから、来ることもなかった。
ここは、僕の中。
僕がレーヴァテインと直接話すことができた世界。
ここにきても、レーヴァテインはいないはずなのに。
自分自身の力で、ここに来たこともないのに。
(それなのに……どうして僕はここにいる?)
『知ったことか』
聞こえてくる、あの声。
冷酷で、冷静で、優しさを隠した声。
何度も聞いた声。
もう二度と聞くことができないと思っていた声。
(レーヴァテイン……!)
『お前は相変わらずのようだな』
目の前に現れる黒衣の男。
その姿も、あの日と同じだった。
(どうして君が……!)
『これは夢だ。ありえないことが起きても不思議ではないだろう?』
(もう二度と会えないかと思ってた。話したいことだってたくさん……!)
『知っている。だが……お前はもう、自分の道を決めたのだろう?』
(……うん。僕は、この世界を見てみたい。カインが守った、レーヴァテインが救った、この世界を)
『世界……か。それがお前の選んだ道か』
(この世界には、命がいっぱいあふれてる。僕は命を救うことができたかもしれないけど、命も奪った。奪った命を無駄にしないためにも、僕は”自分の答え”を探し出す必要があるんだ)
『そうか。……少し心配していたが、もう大丈夫そうだな』
(レー……ヴァティン……?)
『今度こそ、お別れだ。もう二度と、会うこともないだろう』
(そんな……!)
『アストラル、お前が決めた道だ。お前ひとりの道なのだ。もう、俺やセレナが守ってはくれない。自分の力で歩いていかなければならない。厳しい道だ。それでも、お前は歩きつづけろ。きっと、その道の先に、求めた答えがあるはずだ』
(レーヴァティン……!)
『この力が……お前の助けになればいい』
そういうと、レーヴァティンは僕のペンダントに、魔力を注入する。
『お前の旅が成功することを祈っているぞ』
(待って! 僕は君に何もしてあげられなかった! 最後に何かお礼をさせてよ!!)
『魔剣の呪縛を終わらせた、それでもう十分だ』
(レーヴァティン……!!)
『さらばだ、アストラル』
「レーヴァティン!!」
伸ばした手はむなしく、空をつかむ。
たとえこれが僕の夢で、実際に会えていないのかもしれない。
でも、君に会えてよかった。
僕は、君に何もしてあげられなかった。
だけど、レーヴァティンは僕に十分すぎるほど、力を貸してくれた。
ありがとう、レーヴァティン。
ありがとう、僕の相棒。
* * * * * *
「もう行くのね」
「学園に戻らないと」
「そう……」
母さんは少し悲しい顔をする。
「大丈夫、必ず帰ってくるから」
「……わかったわ」
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
母さんは僕が大通りを抜け、その背中が消えるまで見送っていた。
きっと、父さんの時も同じだったんだろう。
親不孝者かもしれない。
それでも、僕は決めたんだ。
自分自身の答えを見つけると。
歩いて、学園までの帰路につく。
あの時、一人であるいた道を、また一人で歩いている。
だけど、あの時とは違う。
終わりのために歩いているんじゃない。
次への始まりのために歩いているんだ。
僕は、まだ生きている。
生きているからこそ、まだ次がある。
立ち止まってなんていられない。
自分自身の答えはまだ、みつけられていないのだから。
と粋がって帰ってきて時。
学園内でさまよっている、あの姿をみつけた。
だけど、そんなわけがない。
目をこすり、見間違い出ないことを確かめる。
……確かにそこにいる。
その人物は、僕の姿をみつけるなり、トタトタと駆け寄ってきた。
「あ、アストラルさ~~~~~~ん!!」
「アリシア!? な、なんでこんなところに!?」
「実は……」
アリシアはすこし息を整えると、すこし高いテンションで言った。
「実は、今日からここの教師として赴任することになったんですぅ!!」
「……はぁ!?」
アリシアが、教師!?
「疑ってますね……。これが証拠ですぅ!!」
アリシアは一枚の紙を出すと、俺に突きつけてきた。
その紙を見てみると、確かにこの学園の教師として配属されている。
「ほ、本当だ……」
「本当なんですぅ」
えっへんとでも言いそうな風に胸を張るアリシア。
やっぱり、同い年には見えない……。
「そうか、アリシアが教師か……」
「はい。魔法を次の世代に伝えようと思いまして」
「立派だと思うよ」
「ありがとうございますぅ。……っとそうだ」
アリシアは鞄の中から、一枚の手紙を出してきた。
「アストラルさん宛てに、手紙を預かってきました」
「僕に?」
アリシアから手紙を受け取ると、たしかに宛名は僕になっていた。
一体だれから……。
差出人を見てみると、そこにはきれいな字でセレナと書かれていた。
「セレナから!?」
「はい! ちゃんと渡しましたよ~!!」
「ああ、うん。ちゃんともらった」
なぜか、そう答えておかないといけないような気がした。
それにしても、セレナからの手紙か……。
「その手紙を読む前に、私を学園長室まで案内してください……」
「わ、わかったよ……」
アリシアの方向音痴に、懐かしい思いを感じながら、彼女を学園長室まで案内した。
案内が終わると、僕は寮の自室に戻り、手紙を開く。
『アストラルへ。
先日あったばかりだが、こうして手紙を書いているのは不思議な気分だが、報告はしておこうと思ってな。
結論から言うと、私は今も騎士を続けているよ。
大切なものを、君が思い出させてくれたからな。
本当に感謝している。
そして、もともと私が所属していた第07小隊は解散になった。
魔剣騒乱の時にはすでに決まっていたらしい。
これはしょうがない。
今は、魔剣騒乱の時に被害を受けた村や、災害が発生した村の復興支援の部隊にいる。
戦うことはなくなったが、私にとってはやりがいのある仕事だ。
全力で職務は全うするつもりだ。
こう長々と書くのにも慣れていないからな、ここで失礼するよ。
また、何かあったら手紙で連絡する。
セレナ』
セレナらしいと言えば、セレナらしい手紙だった。
手紙を横に置き、机から便箋を取り出す。
そこに手紙を書いていくと、封をして宛名を書く。
差出人のところにしっかりと送信先がかかれていたのは、もしかしたら、返信を期待していたからなのかなと思ってしまう。
彼女の性格からして、しっかりと書いておこうと思っただけかもしれないけど。
手紙をもって寮のロビーへ向かう。
ロビーには、小さな郵便箱がある。
そこに、手紙を入れる。
手紙……か。
こうして文通をしようなんて、思ったこともない。
だけど、離れていても、こうして連絡を取り合えるのはいいと思う。
僕らは、離れた場所にいる。
だけど、僕らは同じ世界の、同じ空の下にいる。
会えないことはない。
自分で決めた道が、自分で選んだ道が交わった場所で、会うことができる
そのためには、僕自身が歩き続けなければいけない。
みんなは少し先に、自分の道を歩いている。
僕も自分の道を歩いていこう。
自分自身が決めた、この道を。
改めまして、Make Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
一応、ダーインスレイブとの決着から最終章までの3年間、4人が何をしていたのか、という番外編はこれで終わりです。
4人がそれぞれ選んだ道は、別々な道ですが、自分で選んだ道です。
どうですか?
自分の道を選び、進むことができていますか?
進路とは、大切なものです。
しっかりと考え、自分で選び、歩き続けてください。
次からの番外編は、本当に番外編です。
この間に、ノベルゲームのシナリオ書き終えなければならないので、更新はさらに遅れますが、楽しみにしていてください。
では、この辺で。
Make Only Innocent Fantasyでした!