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第三話 見失ったもの

どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。

遅れてしまい申し訳ございません!

最近、ノベルゲームの製作もスタートしてしまい、結構バタバタしてます。

番外編はまだまだ続きますので、最後までよろしくお願いします。

それでは、どうぞ!

「隊長、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ様。あとは帰還するだけだな」

「ええ。ですが、よろしいのですか?」

「なにがだ?」

「せっかくここまで来たのでしたら……」

「いいんだ。あいつも、今は考える時間があるべきだからな」

セレナは空を見上げる。

正確は、ある方向だ。

その方角には、アストラルがいる学園がある。

その方角を見るセレナの目は、どこか寂しそうにも見えた。

魔剣騒乱以降、セレナはアストラルとあっていない。

あの事件はアストラルにとって、とてもつらいものだった。

親友の死……それも、自分の手で殺さなければならないという現実。

それだけではなく、旅を共にした相棒の消滅。

その二つの事実を知っているセレナだからこそ、なかなかアストラルに会いに行くという踏ん切りがつかなかった。

「さぁ、王都へ戻ろう。報告をしなければならないからな」

部下は何か言いたそうだったが、セレナの言葉に静かに返事をした。

(これでいい、今アストラルに会ったところで……私がかけられる言葉なんてないんだ)

セレナはゆっくりと王都へと戻った。


 * * * * * *


(ん……?)

報告が終わった後、セレナは墓地にアリシアの姿をみつけた。

どうやら、墓参りに来ているらしい。

(そういえば、高級魔法の基礎理論の発表は明日だったか)

セレナにはその会場の警備が言い渡されている。

騎士団が警備をすることはよくあることなのだが、今回はエリート部隊であるセレナの小隊にも警備の任務が言い渡されるほど厳重だ。

それだけ、アリシアの理論に価値がある……ということを示していた。

セレナは、彼女に声をかけようとしたがすぐにやめる。

声をかけてしまえば、師弟の時間を邪魔をしてしまう。

そう思ったからだ。

そのまま彼女は、自室へと向かう。

鎧を脱ぐと、ベッドに倒れこんだ。

彼女の任務自体は大したことはなかった。

ただの魔物討伐。

それも、魔剣の影響はなくなった魔物たちだ。

もともとの技術が高かったセレナにとって、難しい任務ではない。

しかし、あの事件の後から、彼女の頭にある考えがよぎっていた。

(このまま……騎士団にいていいのだろうか?)

そんな、漠然としたもやもやが、ずっと晴れない。

もしかすると、彼女がアストラルと別れた、あの分かれ道からずっと渦巻いているのかもしれない。

魔剣騒乱で仲間を失ったとき、彼女にはまだ任務の続きがあった、守るべきものがあった。

しかし、今は魔物を倒すだけの日々。

セレナ個人にとって、守るべき大切な人はいない。

アストラルも学園の中にいる今、彼女には明確な目的というものがなかった。

それなのに、ただ惰性に魔物を倒す日々に、自分自身を思い直しているのかもしれない。

そんな時、彼女の耳にノック音が届いた。

扉を開けると、そこには彼女の部下が立っていた。

「小隊長、騎士団長がお呼びです」

「騎士団長が?」

「ええ、至急団長室に来るようにとだけ。……一体、何の用事なのでしょうか」

「私にもわからないな。ただ、至急ということは良いことではなさそうだ」

彼女は鎧を着ると、団長室へと向かった。

その足取りはすこしだけ早かった。


 * * * * * * 


1つ、深呼吸をすると彼女は扉をノックした。

「入れ」

静かな、それでいて厳かな、声が響く。

ゆっくりと扉を開けると、騎士団長が執務をしていた。

「ノワール王国騎士団第07小隊隊長・セレナです」

「来たか。そこに座れ」

「失礼します」

セレナは向かい合うように置かれていた椅子に座る。

その椅子は二人掛けのようで、とても柔らかかった。

セレナが座ると、向かいに騎士団長が座る。

「任務終わりですまないな」

「いえ……そう困難な任務ではありませんでしたから……」

「なにか、不安な事でもあるのか?」

そう言われた瞬間、セレナの方がこわばる。

図星を突かれた、そんな様子だった。

「まぁいい、何かあったら誰かに……そうだな、アストラル君に頼ってみるといい」

「アストラルに……ですか?」

「あの騒乱で彼も成長した。まだ傷は癒えていないだろうが、もともと芯の強い子だ。きっと、答えを見つけてくれるだろう」

「……できることなら、私のことで負担はかけたくはないですが」

「時期を見計らえばよい。と、話がずれる前に話しておかなければな」

セレナの拳に力が入る。

よいことではないのは確実なのだ。

「明日の警備任務をもって、第07小隊は解散となる」

「なっ……!?」

「現在第07小隊に編成されている人員の今後については、確定次第通達する」

「解散というのは……!?」

「文字通り、解散だ。もともと、お前以外がいなくなった時点で決定していたことだ」

いなくなった……という言い方をしたのは、彼にとっての気づかいなのかもしれない。

確かに、しばらく第07小隊はセレナ一人だけだった。

魔剣騒乱終結後に編成された人員は、新人ばかりだ。

一時的なものという考えが、セレナの中になかったわけではない。

(彼らが慣れてきたこの時期に……いや、この時期だからか!)

「りょ……了解しました……!」

「明日の任務が最後になる。心して当たれ」

その言葉は、彼女の耳に届いていなかった。

気がつけば、彼女は自分の部屋にいた。

「……」

ぼうっと、ただ無言で天井を眺める。

(明日、なんと伝えればいいのだろうか)

彼女の頭の中に、自分の部下の顔が浮かぶ。

部下を持つということは、彼女にとって初めてだった。

後輩はいたが、もういない。

同期はまだいるが、他の部隊だ。

(私は……どうなるのだろうか)

不安が、彼女の心に渦巻く。

静かに目を閉じる。

瞼の奥に、あの後姿を見る。

(アストラル……)

そのまま彼女の意識は、深い眠りに沈んでいった。


 * * * * * *


「本日の警備は、王立図書館の警備だ。全部で四つある入り口のうち、私たちは正面玄関の警備を担当する。魔法が復活する歴史的瞬間を一目見ようとかなりの人数が来場すると考えられる。そのため、多少手間だが、一人ずつ荷物の確認を行うことにした。入場可能な入り口は正面玄関と、関係者入り口のみだ。ほかの入り口は施錠後、別の部隊が警備することになっている。危険物を持ち込むような奴がいれば、直ちに拘束しろ。警備については以上だ。何か質問はあるか?」

「会場内の警備はどうするのでしょうか」

「入り口担当以外の人員を当てる。この小隊以外にも会場内部に人員を割り当てる予定だ」

「危険物はどのレベルまで許容しますか」

「すべてだ。ナイフ、剣、弓、槍以外にも、包丁など人に危害を加えられる武器を持つ者は拘束しろ」

「例外はいますか」

「騎士以外はない。それが研究者であっても、武器を持ち込んだ場合は拘束する。ほかに質問はあるか?」

セレナが見渡すが、それ以上質問は出てこない。

「よし、各自心して警備に当たれ。最後に……」

そこでいったん区切り、深呼吸する。

警備をすることよりも、この事実を言うことの方が、彼女にとってはつらかった。

「本日をもって、この第07小隊は解散となる。最後の任務だ、失敗しないように!」

案の定、部下たちがざわつき始める。

人数は多くないのだが、それでもかなりの動揺が見て取れた。

「すまないが、決定事項なんだ」

申し訳なさそうに、セレナがつぶやく。

その様子を見て、部下たちはすべてを察した。

セレナが反論しなかった……というよりも反論できなかった。

そんな事実でさえも、部下たちに伝わった。

それほど、セレナの顔は申し訳なさそうに、つらそうな顔をしていた。

「第07小隊最後の任務が……こんな大仕事なら誇りですよ」

部下の一人がそう言った。

「確かに、そうだよな」

「なんだって、この日はこの瞬間しかないもんな」

次々と賛同する声が上がる。

やがてそれは一つの声となり、絶対に成功させるという、意思が形成されていった。

「やりましょう、小隊長! 最後の任務ですから」

「ああ……! 各自、持ち場に着け!!」

「了解!!」

こうして、王国史最大の歴史的瞬間……高級魔法の基礎理論発表会の警備が始まった。

彼女の、彼女たちの最後の任務が。


 * * * * * * 


一方で、怪しくうごめく集団がいた。

盗賊には全く見えない、綺麗な正装をした男たち。

その男たちは、王立図書館を目指していた。

その顔に、下卑た笑みはない。

はたから見れば、ただの研究者のようにも見える。

しかし、明らかにその男たちは人目を避けていた。

その証拠に、王立図書館に行くには遠回りになる裏道を、わざわざ何度の曲がって向かっている。

規則的な足音は、軍人のそれにも近い。

彼の目的を知るものなど、彼らしかいない。


 * * * * * * 


「これでひと段落か」

入場整理も、人の波が落ち着き始めている。

内部の警備は他の小隊もいることもあって、順調だ。

あとはアリシアの発表を待つのみであった。

「ん……?」

遠くから歩いてくる、正装をした数人の男たち。

彼らはまっすぐ王立図書館に近づいてくる。

その様子をセレナは不思議に思った。

(規則的すぎる……。まるで訓練でも受けてきたかのようだ……)

その男たちは、入場整理の列にバラバラに並んだ。

列の関係上、何人かは同じ列に並んでいるが、それでも会話は一つもない。

ただ無言で前を見ているだけだ。

(怪しすぎるな……)

セレナは入場整理を担当している部下の横に立ち、その男たちを待った。

しばらくして、その男たちの番が来た。

「すまないが、あなたたちはどこから来たんだ?」

「ルベルからだ」

「ルベル? そんな遠くから、ここまで来たのか?」

「魔法の復活だ。研究者として、見たいと思うのは普通だと思うが」

「一緒に来ていた男たちもか?」

「同じ研究所で働いている仲間だ」

「ほう……それにしては、身なりがきれいだな」

「失礼のないようにするのは、最低限の礼儀だと思うのだが」

「いや、それは当然のことだ」

そう答えた直後、部下の荷物検査が終わった。

「もういいか?」

「ああ、手間をとらせた」

男はまた無表情で、会場の中へと消えていく。

その後姿を、セレナはじっと見ていた。

「そんなに気になりますか?」

部下の一人が、彼女にそうたずねた。

「ああ、やはり綺麗すぎると思ってな」

「彼も言っていましたけど、身だしなみは最低限整えるものだと思いますけど……」

「私もそれについては同意見だ。だが、ルベルからここまで来て、あんなに身だしなみが整っているのか? 靴も新品同様だ」

「馬車にでも乗ってきたのではないですか?」

「ルベルから、ここまで馬車は出ていない。最低でも、ルベルからヴィオレ……それくらいまで歩かなくてはいけないんだ。それほど歩いていた者たちが、あんなにきれいな靴をしているのか?」

「そう言われると、確かに……。鞄の中には靴なんて入ってませんでしたし……」

「着替えたのなら、鞄の中に着替えが入っているはずだ。入っていたか?」

セレナの問いに、部下は必死に思いかえす。

「……! 入っていませんでした!!」

「やはりな。彼らを監視しろ!」

セレナは急いで指示を出す。

明確な証拠がない以上、彼らを拘束することはできない。

彼らが何らかの行動を起こす。

それしか、彼らを拘束する手立てはない。

彼らが黒であればの話だが。

セレナは急いで、会場の警備に当たる。

それも、アリシアが話す演説台の隣だ。

危険な場所ではあるが、この場所が最もアリシアに近い。

遠距離で攻撃されない限り、アリシアに傷を負わせるには近づかなければならない。

そのためには、セレナを倒す必要がある。

アリシアの警護を完ぺきなものにするためにも、セレナがここに立つのが生前だった。

最も、アリシアが遠距離攻撃でやられるとは、彼女自身全くと言っていいほど思っていなかったが。

会場のざわめきが大きくなっていく。

「大丈夫か?」

演説台の横で深呼吸を繰り返しているアリシアに声をかける。

「ひゃう!? あ、セレナさん……」

「驚かせてしまったな、すまない」

「いえ……。こちらこそ、気づかなくてすみません……」

「ようやく、この日が来たな」

「はい! 本当に、長かったですぅ」

アリシアの言葉にはきっと、研究の日々以外の時間も含まれているだろう。

「ああ、無事に成功させて来い。私たちが、責任をもって、お前を守ろう」

「お願いしますぅ! それでは、行ってきますぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

とことこと走りながら、演説台へと昇るアリシア。

その数歩後ろをセレナはついていった。

「皆さん、本日はお越しくださってありがとうございますぅ! ヴィオレ魔法研究所所長のアリシアですぅ!!」

いつにもまして大きな声で話すアリシア。

会場の構造が音を響かせるようになっているため、声を発するのに魔法は必要ない。

高級魔法の基礎理論の発表はつつがなく進行し、まもなく終わるというところまで来ていた。

「以上が、高級魔法基礎理論ですぅ。なにか、質問等はありますでしょうか」

その言葉をきっかけに、一斉に手が上がった。

全員が研究者なのだろうが、その勢いにアリシアはたじろいでいた。

「一人ずつ、お答えします。右端の人からお願いできますか」

セレナは、たじろいでいたアリシアに、助け船を出す。

ほっと息をついたアリシアは、セレナにジャスチャーで礼を言った。

(これなら、無事に終わりそうだ。あの男たち……やはり、気にし過ぎだったのか?)

研究者たちの質問に丁寧に答えるアリシア。

その質問も、終わりが近づいていた。

「それでは、次の方」

「高級魔法の基礎理論確立前に、アリシアさんが高級魔法を使ったことがあるというのは本当でしょうか」

「……!?」

その言葉に、セレナとアリシアが身構える。

その事実を知っているのは、魔剣騒乱時にあの場所にいた者だけだ。

「どうして、そのようなことを聞くのでしょうか」

「いえ、魔剣から教わった魔法を使ったのか、気になっただけですよ」

(……! あの男……!!)

不気味に笑う男。

それは、先ほどセレナが考えていた、正装の男だった。

「レーヴァテインさんから、高級魔法について教えをもらったことはありません。彼は、私自身が答えを出すことが一番だと思っていましたから」

「なら、あなたがいなくなれば高級魔法を教えられる人はいなくなるということですね」

「……! あの男をとらえろ!!」

「遅いですよ!」

男はこちらに向かって何かを投げた。

勢いよく飛んでくる何かを、アリシアは冷静に見ていた。

「フリーズド」

一言。

その一言で、飛んできた何かが床に落ちた。

飛んできたのは、小さなナイフだった。

(上着に隠していたのか……!)

セレナがアリシアの前に立ち、剣を構える。

ここに、彼女が得意とする槍を持ってくることができなかったためだ。

「貴方に私が殺せるのですか?」

静かな、それでいて怒りのこもった声。

アリシアが、ソフィアに対してはなったあの声に似ていた。

「さすがに、遠距離だけで殺せるとは思っていませんよ!」

その声をきっかけに、複数人の男たちが演説台へと勢いよく近づいてくる。

「アリシア!」

「はい!」

セレナとアリシアは背中合わせになり、男たちの相手をした。

「はあっ!!」

「があっ!」

元来、エリートであるセレナの剣術は、不慣れといっても普通の騎士よりも卓越している。

ごろつき程度の人間がかなう力量ではなかった。

「クリミナル・ケージ!」

「ぐぅっ……!」

アリシアも、拘束の魔法を放ち、男を拘束する。

「やつをとらえろ!」

「ここでつかまるわけにはいかないのでね」

不敵に笑うと、男は手元からナイフを取り出し、自分の横に振り下ろした。

すると、そこから空間が二つに分かれ、一つの穴ができた。

「時空魔法だと……!」

「それをなぜあなたが……!!」

「では、また会いましょう。アリシアさん」

男はその穴の中に入ると、姿を消した。

「くそっ! 逃げられた」

「時空魔法……高級魔法の中でも、最高難易度の魔法なんですけど……」

「それを簡単に……ということは、慣れているということか。やつの移動先はわかるか?」

「形跡を探るには時間がかかりますぅ。しかし、遠くにはいけていないはずですぅ」

「遠く? それはどれくらいだ?」

「ここからだと……最大でも学園までですぅ」

「学園だと?」

「時空魔法を使うには、なにか目印がいるんですぅ。たとえば、王都であれば王宮など、目に見える目印が」

「それがないと、自分がどこにいるのか、どこに行けばいいのかがわからなくなるということか?」

「はい。時空魔法を持続時間から、範囲は学園までの広さ。その間に目印になりそうなものは王宮、王立図書館、学園ぐらいでしょうか」

「王宮はあり得ない。あそこには、騎士団の総本山がある。ここもないだろう、今いる場所だからな。ということは……」

「王立学園ですぅ!」

「くそっ! 日没までもう時間がない!! アリシアは他の騎士警護で王宮に向かえ!!」

アリシアの返事を聞かずに、セレナは会場を後にする。

出口で、部下たちが驚いた顔をしていた。

「何があったのですか!?」

「アリシアが襲われた! 犯人がいまも逃げているんだ!!」

「ええっ!!」

「私は今からやつを追う! お前たちは、アリシアを警護して王宮で待機しろ!!」

「僕たちも行きますよ!!」

「日が沈めば、お前たちはこの小隊から解散になる! そうなれば、職務放棄をとられるかもしれないんだぞ!!」

セレナの言葉に、部下が少し息をのむ。

騎士にとって、職務を放棄するということはあってはならないことである。

それが他人によって認められた場合……それは、騎士をやめるという選択を強いられることに等しい。

「わかったな! これは小隊長としての最後の命令だ!!」

そう言い終わるとすぐに、セレナは走り出した。

部下たちの制止の声すら、彼女の耳には届いていない。

ただ、がむしゃらに、彼女は王立学園へと向かっていた。


 * * * * * *


「ん?」

自室で本を読んでいたアストラルの耳に、変な物音が聞こえた。

ガラスが砕けた音に近いような音。

その音を、アストラルは聞いたことがあった。

(時空魔法を使える人間が、アリシア以外に……?)

アストラルは読んでいた本を閉じると、窓の外を見た。

ただ、そこには森と中庭が広がっているだけで、何もおかしなところはなかった。

(気のせい……かな)

アストラルは、再び本を開くと続きを読み始めた。

あの音の正体がなんなのか、アストラルは気になっていた。


 * * * * * * 


「ついた……!」

王立学園。

まだしばらくはこないだろうと思っていた場所。

そこに彼女は立っていた。

(目印にするならこの正門だろう。だが、ここにいつまでもいるとは思えない。……学園の中か)

セレナは正門をくぐると、学園の中庭を目指した。

中庭は、学生たちが普通に談笑している程度で、おかしな様子はない。

(つまり、学生たちの目に入らない場所。絶対に立ち入らない場所……)

その恰好の場所を、彼女は知っている。

忘れもしない、あの場所を。

その場所に、彼女は急いで向かった。

「みつけたぞ……!」

「意外と早かったですね」

「アリシアの魔法にしろ、この場所にしろ……えらく魔剣に詳しいようだな」

「レーヴァテインとダーインスレイブ。この学園に封印されていた魔剣を解放するのが、ひそかな夢でしたからね」

「夢だと? あの魔剣がもたらした惨劇を知らないわけではないだろう!!」

「ええ、知っていますよ。ですが、些細な事。私には関係ありません」

「些細な……ことだと……!」

「魔剣に命を奪われようと、魔物に命を奪われようと、私の研究には関係ありません」

「人の命を価値を! お前が決められるのか!!」

「他者の命など、私には価値もありません」

「あの事件でどれほどの人が生きたいと願っていたか……! 守りたいと願っていたか! お前は知っているのか!!」

「研究をしていましたからね。その過程で、アリシアさんのことも知りましたが」

「アリシアを狙ったのはなぜだ!」

「高級魔法まで取られてしまえば、私の研究成果の価値がなくなってしまいますからね」

「そんな……そんな理由でお前は……!!」

「ええ、私の研究こそが至上です」

「……! お前を拘束する!!」

「貴方に……できますか?」

男は上着を脱ぐと、小さく何かをつぶやいた。

すると、男の体がみるみる大きくなり、やがてセレナの二倍ほどの大きさになった。

「私の研究は魔法による、肉体強化。高級魔法の基礎理論で唱えられる魔法ですが、それを発表されてしまっては、この私の研究が無駄になりますからね」

「くっ!」

「さあ、死になさい!」

男がこぶしを突き出すと、床に大きな穴が開いた。

(この攻撃……当たれば一撃だな……!)

セレナは、剣を構えながら距離をとる。

男は部屋の中にいられるほどの大きさだが、手を上には上げられないほどの大きさだ。

(やつの大きさならば……!!)

セレナは、男に向かって駆け出す。

「はあああああああああああ!!」

「馬鹿め!」

男が再びこぶしを突き出す。

それを軽くよけると、さらに懐に入り込む。

「なっ!?」

「動きが大きいな!」

セレナは剣を横一文字に振りぬく。

「ぐっ……!」

(致命傷には至らなかったか……!)

男の腹部には赤い鮮血が流れているが、深い傷にはなっていない。

(だが、あの男……。戦い慣れしていないが……何か隠している気がするな……)

剣を構えながら、様子をうかがう。

男は腹部に受けた傷を、手で抑えていた。

「痛むのか? お前がやろうとしていたのは、これと同じことだぞ」

「ふっ……ふはははははは!!」

セレナの言葉に、男は笑う。

「何がおかしい」

「私の魔法は肉体強化。つまり……」

男が手を放すと、そこにはもう傷はなかった。

「なっ……!?」

「肉体の治癒力も上がっているということ!!」

「並大抵の傷では、お前を倒せないということか……!」

「並大抵? 笑わせないでください、貴方では私を倒すことはできませんよ!!」

男は高らかに笑う。

それこそ、セレナが勝つことはできないと確信しているかのように。

(剣では、捨て身覚悟で切り捨てるしかないか……?)

セレナのほほに、汗が伝う。

男の攻撃の威力はすさまじい。

それでいて、並大抵の攻撃が効かないということなのだから、厄介である。

しかも、セレナはあまり得意ではない剣を使わなければならない。

この戦いは、明らかに男の方に分があった。

「来ないのなら、こちらから行かせてもらいますよ!!」

「っ!!」

男が足に力を入れて跳躍する。

ただ、それだけなのに凄まじい速さでセレナに接近した。

「遅いですよ!」

男はセレナに蹴りを叩き込む。

それを剣で受けたセレナの体は、軽々と壁に向かって飛んでいく。

「がはっ……!」

壁にぶつかり、地面に倒れたセレナ。

男の攻撃は止まらない。

「くっ……!」

セレナは急いで立ち上がると、壁伝いに走る。

「逃げてばかりで、私に勝てるのですか!!」

男は攻撃の手をやめず、壁に床に大きな穴を作っていく。

(逃げてばかりでは負けるのはこちらだ……!)

セレナは急制動をかけて一気に振り返ると、男に向かって剣を振り下ろす。

男の胸に大きな傷がついたが、その傷はセレナの目の前でゆっくりとふさがっていった。

「まだ駄目か……!!」

「甘いのですよ!」

セレナは横に飛び、地面を転がって男の攻撃をかわす。

休みなくここまで走ってきたセレナの体力はもう限界に近い。

さきほどから、呼吸が荒くなり始めていた。

「疲れが目に見えてきましたよ」

男はそれを嘲笑う。

自身の肉体強化の魔法によっぽどの自信があるようだ。

「それにしても……肉体強化か」

ぽつりとつぶやくと、セレナは笑みを浮かべる。

「とうとうおかしくなりましたか」

「いや、肉体強化の魔法”しか”作れなかったお前よりも、肉体強化の魔法”も”作れるアリシアの方が有能だと思っただけだ。それに……」

セレナは、まっすぐに男の目を見る。

「これからの平和な時代に、お前の魔法は必要ない」

「必要ない……?」

その言葉に、男は怒りをあらわにする。

それだけでなく、体全身がさらに大きくなり、力も増したように見える。

「この私の魔法が必要ないですと!? あなたはまだわかっていないようですね、この魔法を!!」

「わかっているさ。それは明らかな戦闘用。しかも魔法使いが、自身の防衛のために使う魔法だな?」

「それがわかっているのならば……」

「だから、必要ないんだ。これからの時代に、”戦うためだけの道具”は必要ない!」

「知ったような口を!!」

男はセレナに向かってこぶしを振り下ろす。

それをセレナは避けるが、飛散した破片がセレナを襲った。

「っ……!」

「貴方を楽に死なせるのは止めです。徹底的にいたぶってから殺してあげますよ……!」

「さて、お前にそれができるのか……!」

セレナはそういうが、実際は彼女の強がりだ。

既にセレナの体力は、戦闘ができるほど残ってはいない。

先ほどの攻撃も、動きが読めたから避けることができただけで、連続で攻撃された場合は、もう避けることは難しいだろう。

剣を杖の代わりにして立つ彼女の目は、まだ男を見据えている。

彼女はまだ、勝つことをあきらめていなかった。

「さあ……! 覚悟はいいですか!!」

男はセレナに向かって、ゆっくりと近づき、こぶしを構えた。

(万事、休す……か)

その時だった。

「セレナっ!!」

彼女の耳に届く、懐かしい声。

それは、すでに戦いの場から身を引いた、アストラルの声だった。

「これを!!」

アストラルは、セレナに槍を投げる。

それをセレナは受け取ると、目の前の男に向かって横一線に薙いだ。

「ぐっ……!」

「やはり……私にはこれがあっているな」

「武器が変わったところで!!」

「たかが武器が変わった、だけだと思うな!」

セレナは、矛先が上を向く攻めの型を取る。

それは、確実に相手を倒すための構えだった。

「これで……終わりだっ!」

「武器が変わった程度で粋がるなああああああああああああああああ!!」

男がこぶしをセレナに突き出す。

セレナはそれを最小限の動きで避けると、男に槍を突き出した。

「がぁ……ぅ……!」

飛ぶ鮮血。

男の胸には、セレナがつきだした槍が深々と刺さっていた。

「自分の魔法を過信しすぎたな」

「ぐぉおおおおおおおおおおお!!」

男が最後の雄たけびを上げる。

それをきっかけにして、男の体は小さくなっていった。

「っ……!」

「セレナっ!!」

ふらっと倒れかけたセレナをアストラルが抱える。

「大丈夫?」

「ああ、心配ない。すこし攻撃を受けすぎただけだ」

「ごめん、もう少し早く来れたら……」

「君が来てくれたからこそ、勝てたんだ。もう少し遅かったら、は考えたくないな」

アストラルと話すセレナの声は、先ほどとは全く違う、穏やかな声だった。

「……彼は……」

「死んではいないだろう。魔法で治癒力が強化されていたからな」

「よかった……」

「ところで、これはどうしたんだ?」

「ああ、その槍は……。いや、一旦外に出よう」

「……?」

キョトンとするセレナに、アストラルは少しだけ微笑んだ。


 * * * * * *


「小隊長! ご無事で!!」

「なっ!? お前たち!!」

学園内の立ち入り禁止。

その入り口で、セレナの部下たちが彼女を待っていた。

「彼らがセレナの槍を僕に渡してきたんだ。この学園にいるセレナを探して渡してほしいって」

「それで……」

「我々は許可がなければ学園に入れませんから。その許可に時間がかかってしまいまして……」

「いや、武器を持ってきてくれたのは助かったよ」

「最後にお役に立てて、光栄です」

部下は嬉しそうに笑う。

その後、立ち入り禁止区域の男を連行すると、そそくさと帰ってしまった。

「君も王都に帰るの?」

「ああ、やつの引き渡しをしなければならないからな」

「そっか……」

アストラルは少し寂しそうな顔をする。

「アストラル、少し相談なんだが……」

「ん、なに?」

「私は騎士でいいのだろうか。仲間を死なせ、今も戦ってばかりいる。こんな私が……」

「……セレナはどうして騎士になったの?」

セレナの言葉を遮るように、アストラルは彼女に問いかける。

「セレナが騎士になった理由は?」

「それは……守りたかったからだ。この手で、大切な人を」

「今は守りたいものはないの?」

「今……?」

「セレナが今、騎士でいていいのかわからなくなっているのは、その”明確な守りたいもの”がわからなくなってきているからじゃないのかな。戦って奪うことしか、見えなくなってしまってるんだと思う」

「見えなく……」

「今日のことだって、確かに戦ったかもしれないけど、なにかを守るために戦ったんじゃないの? 君がここに来た理由は、行動した理由は、戦うことが目的なんじゃなくて、守ることだったからだと思うんだ」

「……! 守るために……」

「レーヴァテインは僕を守ってくれてた。君も僕を守ってくれてた。いまやっていることは、同じことだと思う。もしかすると、戦うことが嫌になっているのかもしれないね」

「そう……かもしれないな。私自身、あの事件から漠然とした何かをみつけられずにいた。そうか、漠然とした何かを見出そうとして、漠然な何かに隠れてしまっている大切なものを見失ってしまっていたのか」

セレナの顔にだんだんと生気が宿る。

その様子を見て、アストラルは微笑む。

「ありがとう、アストラル。おかげで、見出せそうだ」

「礼を言うのは僕の方だ。……会えてうれしかったよ」

「私もだ。……また会おう」

「うん、またね。僕はここにいるから」

アストラルと別れると、セレナは王都への道を歩き始める。

既に日は沈んでいた。


 * * * * * * 


(ようやく、引き渡しが完了か)

王都に戻ってきて、男の引き渡しが終わったころには、もう町は眠りについていた。

重い体に鞭打って、セレナは自室へと歩いていく。

その時、誰かが自室の前に立っているのをみつけた。

その人物はセレナの姿を見ると、とことこという音を立てながら近づいてきた。

「セレナさんっ!!」

「アリシア、無事だったか」

「はい! そちらは大丈夫でしたか?」

「ああ、男は拘束した。もう、大丈夫だ」

「はぅ……よかったですぅ……」

「もしかして待っていてくれたのか?」

「はい! そろそろ戻るころだろうと思って」

「そうか、ならば待たせてしまったな」

「いえいえ、こちらがかってに待っていただけですから」

アリシアは初めてであったころと変わらない仕草をする。

それが、セレナにとっては懐かしかった。

「それで……セレナさんに伝えておこうと思いまして」

「ほう?」

「明日の発表で、私は王立学園に勤務することを発表しますぅ」

「学園に?」

「ええ、師匠の教えを次の世代に伝えようと思って」

「そうか。教師の道を選んだんだな」

「はい! この話をするのは師匠以外では、初めてですよ」

「それは光栄だな。明日の発表、見に行くことはできないが、頑張るんだぞ」

「はい!」

元気よく返事をすると、アリシアは王立図書館に宿の用意がしてあるといって、その場を去った。

明日からは別の部隊になる。

彼女の中にあるわずかな不安は、アリシアと共に去っていった。

自室に入り、鎧を脱ぐとセレナはそのまま眠りについた。


 * * * * * * 


「これが災害救援部隊・通称07小隊だ」

騎士団長の発表に、セレナたちの開いた口がふさがらない。

それもそのはず、エリート部隊であった第07小隊は解散となったが、新たに新設された部隊にそのまま全員が配属されたからである。

しかも、通称は前の部隊と変わらず、実際解散したかどうかも怪しい。

「今までは魔物の討伐や犯罪人の確保が主だった任務だったが、今回の部隊では魔剣騒乱や天災などで被害を受けた村や町の支援に当たる部隊だ。慣れないうちは大変だろうが、頑張ってくれ。以上だ」

それだけ言うと、騎士団長は去っていく。

(しょ、書類の関係だけで解散になったというわけは……ないだろうな……たぶん、きっと)

否定できるほどの確信がセレナの中になかったこともまた事実である。

「……まぁ、なんだ。これから新しい部隊となって新たな任務に就く。災害支援だ、人助けが主になる部隊だ。誇りを持てる仕事をするぞ」

「「了解!!」」

部下たちの返事が一斉に重なる。

こうして、セレナたちは新たな部隊として、動き始めた。

彼女もまた、騎士として新たな道を歩き始める。

なにかを守るための部隊。

大切な人を守りたい騎士。

セレナたちがこれから、どんな任務をしていくのか。

彼女が選んだ騎士という道が、どんなものであるか。

それはまた、別の物語。

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