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第二話 時を超えて

どうもMake Only Innocent Fantasyの三条海斗です。

だいぶ期間が開いてしまい、申し訳ありません!

第二話です!

それではどうぞ!!

魔法研究所。

そこに、稀代の天才・アリシアはいた。

「ふぅ……ひと段落ですぅ……」

ペンを置くと、アリシアは大きく伸びをする。

その様子を見ると、幼い少女が休憩をしようとしているようだ。

だが、アリシアの机にあるのは、幼い少女が到底書き起こせるものではない。

無論、大の大人でも書ききることのできないものだ。

高級魔法・基礎理論。

すでに失われてしまった魔法の、基本的な部分を共通化した文書。

アリシアはそれを記している。

あの日、魔剣騒乱と呼ばれたあの事件の時、アリシアは初めて高級魔法を使った。

それは、失われた魔法を確かに持った、魔剣から教わったものだ。

魔剣がアリシアに伝えた高級魔法は簡略されたものであったが、それでも理論を確実なものにするのには十分だった。

(ふぅ……レオンさんに呼び出されてから、あまり休みがありません……)

こうして、アリシアが研究所に泊まり込みになっているのも、先日、レオンがアリシアをアンディゴまで呼んだからだ。

捜査の協力ならば仕方がないと、アリシアの中では答えが出ている。

もちろん、捜査の協力事態にはアリシアは賛成であるし、事件の早期解決ができるのなら、そちらに尽力することもいとわない。

だが、そう思っていても、アリシア自身、休みが欲しいのは確かである。

「所長、お客様です」

「お客……様?」

キョトンとした顔を浮かべるアリシア。

その様子を見ても、研究員は何とも思わない。

「ええ、なんでも昔の知り合いとかで。どうしますか?」

「う~ん……ここにお願いしますぅ」

「わかりました、少々お待ちください」

研究員は頭を下げると、その客人を呼びに行った。

(一体、誰なんでしょう……)

アリシアに心当たりはない。

アストラルたちならば名乗ればいいし、研究関連でもそうと告げるはずだ。

しかし、客人は昔の知り合いとだけ名乗った。

ということは、そのどちらでもない。

他に心当たりがないか、いろいろと思い出しているとゆっくりと扉が開かれた。

見慣れた研究員の後ろに、たしかにその人物はいる。

そして、研究員は「こちらの方です」と一言だけそう告げた。

ぽかんとした顔を浮かべるアリシア。

少し間をおいて、「だ、誰ですか?」と素っ頓狂な声で尋ねた。


 * * * * * * 


時間はすこし遡る。

アリシアの研究上の前で立ち尽くす、一人の女性。

その女性の手には、なにやら小さく輝いているものがあった。

「ここが……あの人の弟子の……」

そうぽつりとこぼした彼女は、どこか覚悟を決めたように見える。

ただ、「よし」と小さくつぶやくと、研究所の扉に手をかけた。

研究所の中は、彼女の予想以上に質素だった。

豪華絢爛の装飾品があるわけでもなく、ただ最小限の様式だけを整えたみたいだ。

彼女はあたりを見回すと、一番近くにいた研究員に声をかけた。

「すみません、ここにアリシアさんがいると聞いてきたのですけど……」

「所長ですか?」

「はい、そうだと思います。いまからお会いできないでしょうか」

「失礼ですが、どちら様ですか?」

「昔の知り合いとお伝えください」

「はぁ、わかりました。少々、お待ちください」

そういうと、その研究員は奥の方へと姿を消す。

どうやら、アリシアに伝えに向かったらしい。

彼女は近くにあった椅子に座ると、研究員が戻ってくるのを待つ。

アリシアの研究所は、ただの研究所と比べて比較的小さい。

しかし、それは複数の研究をする研究所の場合だ。

魔法のみを研究するための施設にしては大きすぎる。

それだけアリシアが魔法学での影響力を持っている、ということを指し示していた。

「お待たせしました、こちらへどうぞ」

先ほどの研究員が、彼女に声をかける。

その研究員の後について、彼女は研究所の奥へと消えていった。


 * * * * * * 


「私は、ソフィア。貴方と同じように、ヒルデ様に魔法を指南してもらった者です」

「ヒル……デ……!?」

その名前を聞くなり、アリシアの声色が変わる。

忘れもしない、その名前。

その名前は、彼女にとって忘れられないものであり、同時に尊敬する人物の名前であった。

「お師匠様は今どこに!?」

「それが……」

ソフィアは目を伏せる。

それがいいことでないことくらい、アリシアには容易に分かった。

それでも、彼女は聞かずにはいられなかった。

「教えてください。それがどんなことでも、私はお師匠様のことが知りたいんですぅ」

力強く、それでいて確かな声。

その声に、ソフィアも覚悟を決めた様だった。

「亡くなりました。今から……三年ほど前に」

「……! ……その話、詳しくお願いしますぅ」

「わかりました。少し長くなりますが……」

アリシアは黙って頷く。

断る理由が、彼女には存在しなかった。

それを見たソフィアは、ゆっくりと話し始めた。


 * * * * * * 


今から三年前。

それは、アリシアが魔法基礎理論を確立したころだった。

ヒルデ……アリシアとソフィアの師に当たる人物は、旅をしていた。

もともと、魔法が使えるという時点で彼女は普通の一般人ではない。

少なくとも、ノワール帝国時代の血を受け継いでいる人物なのだ。

そう。その時点ではまだ、魔法は失われた技術だった。

その技術に、アリシアが心惹かれるのも当たり前である。

「さてと、次はどこに向かうかね」

木陰に腰を下ろし、休息をとっている彼女は、誰かを待っているようにも見える。

実際、彼女は弟子を待っていた。

その弟子は、ここから少し離れた町に、食料などの買い出しに行っている。

それが終わるまで、彼女はこの場所で待っていなければならない。

「まだ時間がかかりそうだなぁ……」

そう、つぶやいた時だった。

がさがさとあたりを囲む影。

気配も感じさせないその人影は、明らかにその道の者だろう。

しばらくして、彼女の弟子が戻ってきたときには彼女は死の寸前だった。

「ヒルデ様!?」

「ソ……ソフィアか……」

「ど、どうしてこのような……!」

「そんなことはどうだっていい……! これを……!!」

最後の力を振り絞っているのだろう。

彼女は、震える手でソフィアに銀色の指輪を渡した。

「これは……!」

「これを……アリシアに届けるんだ……!」

「あ、アリシア……?」

「いいかい、アリシアに絶対届けるんだ……! これは……彼女の力に……!」

指輪を渡した手から力が抜ける。

そのまま、彼女が動くことはなかった。

「ヒルデ様!!」

「……」

『いいかい、アリシアに絶対届けるんだ……! これは……彼女の力に……!』

それが彼女の最後の言葉だった。


 * * * * * * 


「その遺言に従って、私は貴方を探しました。ようやく見つけることができたのは、魔剣騒乱で戦った魔女の名前がアリシアだと知ったからなんです。かけにも近かったですが……」

「そう……だったんですか……。お師匠様は何者かに……」

「一体、だれに殺されたのか……見当もつきません。しかし、犯人を捜すよりも、この指輪を届けることが優先すべきだと思いました」

そういうと、彼女は鞄の中から銀色の指輪を取り出す。

「どうぞ。あなたに渡すべき指輪です」

「……確かに、受け取りました」

アリシアはその指輪を、大事そうに握りしめる。

ただの指輪。

しかし、アリシアにとっては唯一の形ある師のものだった。

「では、私はこれで」

「もう行かれるのですか?」

「ええ、しばらくはヴィオレにいるつもりです」

「そうですか……また気楽に来てくださいね」

「ええ。ヒルデ様のお話もしたいですから」

そういうと、彼女は研究所を後にした。

「ふぅ……」

ソフィアが立ち去った後、アリシアは小さく息をつく。

彼女の前では、気丈にふるまっていたが、実際は、ショックを抑えられないでいた。

まだ生きて、アリシアのことを見ている。

そんな期待が、アリシアの中にはあった。

しかし、それは幻想で、もうかなわないことだとそう告げられた。

「お師匠様……」

親指で指輪をなぞる。

わずかに、その指に違和感があった。

「……?」

よく見てみると、小さな文字が刻まれている。

「クロノス……エクスィレオスィ?」

書かれた文字を読んだ途端、指輪が光り輝く。

「……っ!」

その光は瞬く間にアリシアをつつみこんだ。

「ん……?」

光が消えてなくなると、アリシアは自分の目を疑った。

「ここは……どこですぅ?」

そこはアリシアがいた研究所ではなく、緑が生い茂る草原だった。

(さっきの文字は魔法で……時空移動をしたってことなんでしょうか……)

アリシアは冷静に、現状を分析する。

しかし、わかるのはそれだけで、ここがどこなのか、時間がいつなのか、それさえもわからない。

(時空移動ならば、時間の差異は出てきてしまうかもしれませんし、とにかく情報を集めないと……)

アリシアは立ち上がり、辺りを見回す。

しかし、緑が広がっているだけで、町らしきものは全く見えない。

(歩いていれば、どこかの街にたどり着くはずですぅ)

彼女は、よく言えば前向きな、悪く言えば何も考えずに歩き始める。

だが、彼女は筋金入りの方向音痴である。

「ここ……どこですか……」

こういう結果になるのは、見えていた事であった。


 * * * * * * 


「よ、ようやくですぅ……」

一回日が沈み、また日が昇って、ようやく町にたどり着いたころには、もう日が沈みかけていた。

へとへとになったアリシアは、とりあえず宿を探す。

まっすぐな道を歩き、どこか見覚えがある町だと気づく。

それを確かめようと、アリシアは宿屋の場所に向かった。

宿屋は、アリシアが知っている町と同じ場所にあった。

しかし、そこから見えるはずの建物が見えない。

この町は確かに、ヴィオレであるはずなのに。

その場所から、アリシアの研究所を見ることができなかった。


 * * * * * *


宿屋の二階にある部屋の窓から、外の景色を見る。

夜だということもあるのかもしれないが、アリシアの研究所の灯りも見えない。

まるで、そこに研究所が立っていないようだ。

「……まさか!!」

一つの仮説が彼女の頭に浮かぶ。

(時空転移で差が出る時間は、未来だけではなく……過去にも現れるのであれば……今の状況にも説明ができますぅ)

彼女が立てた仮説。

それはつまり……。

(私は……時間を逆行してきた……!?)

アリシアにとっても、初めての経験である。

彼女の知りえる魔法のどれにも、同じような魔法は存在しない。

そもそも、時空転移でさえも高級魔法の中でも失われた技術である。

知識としては知っているが、実際に起こりえるとは彼女自身、思いもしなかった。

(でも……師匠なら……)

そんな思いが、アリシアの中に渦巻く。

アリシアが基礎理論を確立する前に、魔法が使えたヒルデなら、失われた技術……完全なる高級魔法を習得しているのではなないか。

わずかな期待が膨らんでいく。

(正確な時間を知らないと……。今は一体……いつなんでしょうか……)

ふと、宿屋の一階にカレンダーがあったことを思い出す。

アリシアは急いで階段を駆け下りると、カレンダーの場所まで走る。

(さ、三年前……)

ソフィアに聞いた、ヒルデが殺害されるその年。

その時間、アリシアの研究所はまだ、建設すら開始されていない。

(つまり……場所がわかればお師匠様を救えるかもしれない……!)

アリシアは静かに決意する。

どこにいるのかさえもわからない、彼女の師を救うことを。


 * * * * * * 


翌日、彼女は町で情報を集めた。

幸い、ヒルデの身なりはアリシアが教えを請いていたときと変わっていないようで、「ああ、あの人ね」とすぐに話が通じた。

話によると、彼女は目的地を決めずに旅をしているようだ。

そのため、この町にいたことはわかったが、それから先、どこにいるのかは全くといっていいほどつかめなかった。

「はぁ……」

石段に座って、ため息をこぼすアリシア。

手掛かりは皆無である。

(せめて、亡くなった場所さえわかれば……)

そこで思い出す。

ソフィアの話を。

(お師匠様はどうして、この指輪を私に……?)

彼女の行動には理由があるはずだと、アリシアの直感が告げる。

(三年前……魔法基礎理論ができたころ……。そのことを知った? なら……)

アリシアが魔法基礎理論を発表した場所、そしてそれがすぐに伝わる場所。

指し示す場所は一つしかなかった。

「王都……!」

アリシアは、そのわずかな可能性にかけて馬車に乗る。

ヴィオレからアンディゴ、そして王都まではかなりの距離があるが、馬車ならばそれほど時間はかからない。

日が暮れるころには、王都についていた。

(ここから先……草原……)

王都からアンディゴに向かう方面は丘陵で、草原というには凸凹しすぎている。

逆に王都から王立学園に向かう道。

その方面は森があるが、森までは草原だ。

(お師匠様……!)

アリシアは、王立学園の方へと走る。

殺された正確な日付はわかっていない。

既に殺されている可能性もある。

しかし、彼女の中には『ヒルデはまだ生きている』という、確信があった。


 * * * * * * 


雑踏の中、学園の方へと走るアリシアを見る人影が一つ。

その人影は無言でアリシアをにらむと、人ごみの中へと姿を消す。

その時、その人影は何らかの魔法を使っていたが、それにアリシアが気づくことはなかった。

アリシアをにらむ人影。

その人影は、何をたくらんでいるのか。

それは、その人物にしか知りえない。


 * * * * * * 


途中、アンディゴ方面の分かれ道はあるが、王都から学園までの道は一本道である。

さすがの方向音痴のアリシアでさえ、迷う余地はなかった。

森の入り口。

そこに、彼女は懐かしい姿を見た。

「お……お師匠……お師匠様!!」

アリシアは、彼女の元へと走る。

彼女は、その声に気付いてアリシアを見た。

「アリシア!? なんでこんなところに!?」

「た、助けに来たんですぅ!!」

「助けに? それまた一体どうして……」

「この指輪で……!」

アリシアは、ソフィアに渡された指輪をヒルデに見せる。

「クロノスの指輪……! そうか、アリシア……未来からここに来たんだな?」

「はい!」

「そうか……大きくなったな」

ヒルデは、アリシアの頭をなでる。

まるで、娘をほめる母親のような手つきで。

「それが発動で来たってことは、高級魔法も使えるようになったのか?」

「理論はいまだに構築中ですぅ。でも、レーヴァテインさん……魔剣が教えてくれた高級魔法のおかげで進んでは来ていますぅ」

「魔剣か。そうか、未来で魔剣と関わりがあったのか」

「はい! 世界を救った英雄のつるぎですぅ!!」

その後も、ヒルデはアリシアの話をうれしいそうに聞いていた。

彼女が最後にアリシアを見たときは、まだアリシアは幼かった。

それが今では、魔法の権威とまで言われている彼女の姿を見て、うれしいのだろう。

自分が教えた弟子が、魔法を確かに、そして正しく使っているその姿を見ることができて。

「さて……アリシア。君はもう未来に帰った方がいい」

「でも……!」

「どんな理由であれ、過去は変えられない。私が何者かに殺されるという決定事項は、何が起きても変わることはないんだよ」

「私がここで襲撃者を撃退しても……ですか……?」

「ああ、未来は変わらない」

「それでも……!」

その時、がさがさと物音が響く。

ただでさえ静かな場所である。

その音は妙に大きく聞こえた。

「……!?」

「これが……アリシアの言っていた襲撃者か」

辺りを囲む人影。

皆、それぞれに武器を持っていた。

「魔法使いである私に……そんな近接武器で挑むなんてな。まっ、それでやられてしまっているのには変わらないのだろうけどさ」

「お師匠様!」

「見ておくといい、アリシア。本物の高級魔法っていうやつをな!」

そういうと、ヒルデは手を前にかざす。

「『永劫たる時を渡る聖者よ、汝の焔を今ここに示さん!』フレイム・セイント!!」

「ぐああああああああああああああああああああああ!!」

辺り一面に湧き上がる炎。

それは勢いよく襲撃者たちを襲った。

「ヴァン・サシャール!」

アリシアはその襲撃者の一人に、魔法を放つ。

その男は、燃えている服を脱ぎ捨てると、闇に消えていく。

一人、また一人と逃げていき、襲撃者はいなくなった。

「まっ、こんなところだろ」

「すごい……!」

「詠唱が必要な魔法は簡略化できる。その場合は、今みたいに声に出さなくてもいいんだけどな」

「魔法詠唱……それが、高級魔法の本来の姿……」

「アリシアならこれくらいわかっていたかもしれないけどな」

「でも、実際にこの目で見たのは初めてですぅ。ありがとう……ございますぅ」

「アリシア、会いに来てくれたこと、本当にうれしいよ」

「お師匠様……」

「私が教えられることってこれくらいしかなかったけどさ。……それでも、それを次につなげてくれたんだな」

「魔法には無限の可能性がある……そう、教えてもらいましたから」

「ありがとう、アリシア。これが……私が教えてあげられる最後の魔法だ」

「え……?」

「過去は確かに変えられない。だけど、今を生きてるアリシアが未来を変えることはできるはずだ。君の目の前にあるたくさんの未来は、君の手で変えることができる。だから、アリシア。君の未来に幸せがあることを。アヴニール・ボヌール(未来に幸せあれ)」

その呪文を唱えたとたん、アリシアの体が光り輝く。

「さあ、未来に帰る時間だよ」

「お師匠様!」

「その指輪、大切にしてくれ」

「はい! 大切にしますっ! あなたのことも、あなたに教えてもらったことも……全部っ!! だから……!!」

アリシアは叫ぶ。

腹の底から、力の限り。

「お世話に……なりましたっ! 生きて……また会いましょう!!」

「ああ、ありがとう……アリシア」

その言葉を聞き終えると、アリシアの体は光の粒となって空へと昇っていく。

その光は、未来に灯る希望の光のように、ヒルデには見えた。

光が消えるまで見届けると、ヒルデは覚悟を決める。

「さてと……そこにいるんだろう?」

物陰に、声を放つ。

それに返事をするかのように、がさがさと草木が揺れた。

「ほら……やっぱり隠れていた」

隠れていた人影は観念したように、その姿を見せる。

「それは……想像していなかったよ」

ヒルデが驚いた顔をする。

しかし、その人影は表情を変えなかった。

「まっ、ここで……っ!?」

ヒルデが魔法を放とうと、動こうとしたとき、ようやく彼女は気付く。

(う、動けない……!?)

人影は、動けない彼女にゆっくりと近づくと、隠し持っていたナイフをヒルデに突き立てた。

「ぐぅっ!!」

痛みで顔がゆがむヒルデ。

それでも、その人影は表情を一切変えなかった。

「ははっ……アリシア……生き……て……会うのは……無……理……」

そこで、ヒルデの意識は途切れた。

ヒルデの命が止まったことを確認すると、その人物は立ち去った。

返り血など、全く気にしていないかのように。


 * * * * * * 


「う……長……所長!」

「……!?」

研究員に肩をゆすられ、目を覚ますアリシア。

辺りを見回すと、見慣れた研究室だった。

「大丈夫ですか? ソフィアさんが帰られた後、様子を見に来たら床に倒れているんですから驚きましたよ」

「床に……?」

(そうか……時間逆行の魔法で……)

「でも、ソフィアさんって何者なんですか?」

「私の魔法の師匠であるヒルデっていう人のお弟子さんだそうですぅ」

「弟……いえ妹弟子っていうところですか」

「そうですぅ」

「不思議な人ですよね、門番が全く覚えていないって言ってましたけど……」

「どういうことですか?」

「いえ、ソフィアさんがお帰りになる際に、門を開けてもらう様に頼みに行ったんですけど……来客があったこと自体、覚えていないそうです」

「覚えていない……?」

その言葉に、アリシアは得体の知れない違和感を覚える。

当然、ヒルデの弟子であれば魔法を使える。

そんな当たり前のことは、彼女もわかっている。

しかし、彼女には”ソフィアが魔法を使う理由”が全くといっていいほどわからなかった。

「……王都に行きます」

いつもの気の抜けるような声ではなく、しっかりとした声。

その声に、近くにいた研究員も、彼女の覚悟がわかった。

「馬車を用意させます」

「お願いしますぅ」

しかし、すぐにいつもの声に戻り、その場にいた研究員は笑みを漏らした。


 * * * * * * 


王都につくなり、アリシアは騎士院へと向かった。

そこに、彼女はいる。

彼女ならば力になってくれるだろうという希望を胸に、夕暮れの王都をアリシアは走った。

幸い、アリシアの名前が有名だということもあり、騎士院にはすぐに入れた。

格式が整った、厳かな廊下を歩き、手続きを済ませる。

そのまま客室へと通され、アリシアは彼女を待った。

窓から見える王都の空は、すでに月が昇り始めている。

「すまない、待たせたな」

扉を開けて入ってくる、鎧姿の彼女。

魔剣騒乱を共に戦い抜いた、騎士・セレナの姿がそこにあった。

「セレナさん……!」

「ここを頼ってくれたのは正解だったな。調べがついたぞ」

「本当ですか!」

「ああ、確かに三年前……この王都周辺の草原で他殺体が発見されている。アリシアの話通り、若い女性だ。刺殺まで一緒だったよ」

「たぶん、その事件で会っていると思いますぅ」

「だが、証拠がなく、いまだ犯人の特定には至ってないのが現状だな。ところで、この話をどこで聞いたんだ?」

「ちょっと過去に……」

「それじゃあ、犯人を知っているのか?」

「実行犯には印をつけたのですが……首謀者はわかりません」

「なら、その実行犯を問い詰めるとしよう。アリシア、その実行犯を教えてくれ」

「ちょっと待ってください……」

アリシアは地図を取り出すと、そこに1つ石を置いた。

「ヴァン・サシャール!」

彼女が魔法を唱えると、石がかってに動き出し、ある一点を指し示した。

「ここに……実行犯がいますぅ」

「王都の……ここは酒場か?」

「この魔法は印をつけられたものが、今どこにいるのかを知るための魔法ですぅ。この石が再び動かない限り、実行犯はここにいますぅ」

「なるほど。ならば、ここからは私の仕事だな」

セレナはふっと笑みを浮かべる。

そこには頼りになる騎士の顔があった。


 * * * * * * 


「わかったぞ」

客室で待っていると、セレナが姿を現した。

どうやら大捕り物があったらしく、町の騒ぎはいまだにおさまっていない。

「この騒ぎはすぐにおさまる。まだ一人逃げているみたいだが……それでも実行犯は捕まえることができた」

「それで……」

「皆、『殺してはいない、魔法で追い返された』と言っていたぞ」

「ええ……その姿は見ていましたから……」

そう返事をすると、彼女は目を伏せる。

その眼に、ヒルデの姿が浮かんだのだろう。

セレナは話をつづけた。

「それで、どうして襲ったのかを問いただしたところ、彼らは多額の報奨金で依頼された傭兵のようだ」

「傭兵……!?」

「ああ、それだけ殺したかった……ということだろう。それだけ、恨みを買っていたみたいだ」

「でも……!」

アリシアはその眼に涙を浮かべながら訴える。

それ以上、言葉が出なくても、セレナにはアリシアが伝えようとしていることが分かった。

「落ち着け。アリシアの師だ、そんな人物でないことくらいわかっている。だが、人は自分勝手に物事を判断してしまう。それが、恨みに形を変えてしまった可能性はある」

「……」

「依頼主もわかっているが……大方、察しがついているのだろう?」

「……はい」

「その人物の元へ、案内してくれ。私たちの手で、この事件を終わらせよう」

「……はい!」

アリシアは力強く返事をする。

それは彼女の覚悟の表れであり、ヒルデに対する気持ちだった。


 * * * * * * 


その人物は、ヴィオレの宿にいた。

宿の二回から、アリシアの研究所をにらみつける。

その眼には、ただならぬ恨みがこもっていた。

その時、木製の階段を駆け上る音が、”彼女”の耳に届いた。

足音に混じって、カチャカチャという音もある。

その音は、彼女の部屋の前で止まった。

そして、二回……ノックがされた。

「……!」

彼女はゆっくりと息を整えて、扉を開けた。

「一体、どうしましたか?」

目の前に見えたのは、甲冑姿の女性騎士。

そして、その横に……アリシアの姿があった。


 * * * * * * 


「夜分遅くに失礼しますぅ……ソフィアさん」

「アリシアさん……? 一体、この大人数でどうしたんですか?」

「この指輪……覚えていますよね?」

「はい、昼に私が渡した指輪です」

「この指輪はお師匠様に託されたと」

「ええ、そのように記憶しています」

「本当に……そうだったんですか?」

「え?」

アリシアの問いに、ソフィアはキョトンとした顔を浮かべる。

貴方は何を言っているのですか?

そう言っている顔だった。

「襲撃者たちは、お師匠様の魔法で撃退されていました。ですが、お師匠様は殺されている。これはどういうことでしょうか」

「襲撃者たちが再び襲ってきたのでは?」

「その可能性はあり得ないな。彼らは手練れだ。実力の差くらい、すぐに分かっただろう」

ソフィアの質問にセレナが答える。

意外な返答者に、ソフィアは驚いたようだった。

「貴方が狙ったのは、襲撃者による殺害ではなく、襲撃者に対して高級魔法を使わせることだった……。違いますか?」

「高級魔法を使わせることに一体、何の意味が……」

「高級魔法の反動」

「……!」

「その顔を見ると、知っているみたいですね。高級魔法には、使用後に術者が動けなく反動が生じる場合がありますぅ。今はまだ解明途中ですが、それは魔力によって比例しますぅ。大きな魔力を使えば使うほど、反動は大きくなる。だからこそ、手練れた傭兵が必要だった」

「その言い方だと、私が殺したみたいじゃないですか」

「貴方が……殺したんですぅ。そして、私も殺そうとしたのではないですか?」

わずかに、ソフィアの顔がゆがむ。

図星を突かれた……というよりも、怒りをあらわにした顔だ。

「クロノスの指輪……この指輪を渡せば、私が過去に戻ると考えた……いや、私が過去に戻ることを知っていたあなたは、指輪を奪って殺すもしくはそのまま過去に閉じ込めておく計算だったのではないですか? しかし、私の正体を掴めなかったあなたは、三年かかってここまでたどり着いた。そして計画を再開させた。指輪の力を使ってこの時に戻ってきたら、その時は自分の手で殺す。だからこそ、私の研究所が見えるこの宿をとった……ちがいますか?」

「さっきからだまっていれば憶測ばかりで……!」

「いや、憶測だけではない。当時の傭兵たちがすべて吐いてくれたよ。依頼主がお前であることも、対象以外にも人がいた場合はそいつ殺せと追加で連絡があった……とな」

「……!」

「もう終わりなんです。あなたの計画も、この殺人も」

「あ……」

ソフィアはこぶしを力強く握る。

そして、穏やかとは程遠い形相でアリシアをにらんだ。

「アリシアァァァァァァァァァァ!!」

手元からナイフを取り出すと、それをアリシアに向かって突き出す。

アリシアは、ただまっすぐにそのナイフを見つめて、一言つぶやいた。

「クリミナル・ケージ」

「ぐぅっ!!」

「この魔法は、対象を拘束する中級魔法です。もう……私が解除しない限りあなたは動けない」

冷たく、言い放つ声。

それは、いままでのアリシアの声とは程遠い。

「貴方は王国の法律で裁かれ、私の師を……人を殺した罪を償ってもらいます」

「なんで……なんであなたがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

恨みがこもった声。

それは、人が発するとは思えないほど、邪悪な声だった。

「後はこちらで引き受ける。アリシア……申し訳ないが、王都までついてきてくれ」

「大丈夫ですぅ」

こうして、アリシアの師・ヒルデが殺害された事件は3年の時を経て、そのアリシア自身の手によって終わりを迎えた。

ただ、師が弟子に殺されるという真実を残して。


 * * * * * * 


「ここは……?」

「引受人不明の遺体が埋葬される墓地だ。幸い、名前だけはわかったからな」

セレナが案内したその墓石に刻まれた”ヒルデ”の文字。

「ここが、お前の師の墓になる」

「ここに……あったんですね」

アリシアは、その墓石の前に座る。

「ここに入るために特別な許可はいらない。来たいときに来てくれればいい」

「ありがとうございますぅ」

「それじゃあ私は尋問に戻る。……またいつでも頼ってくれ」

「その時はお願いしますぅ」

セレナは手を振りながら、墓地を後にした。

その墓地に、アリシアは一人だ。

「お師匠様、全部終わらせましたよ。事件を、すべて」

報告をするかのように、アリシアはつぶやく。

ゆっくりと一つずつ。

「私……決めたことがあるんですぅ。高級魔法の基礎理論を構築し終わったら……教師になろうと思ってますぅ」

アリシア自身、少し前から考えていたことだった。

それが、この事件を通してより強固な覚悟となった。

「貴方が魔法を教えてくれたように、私も魔法を教える立場になりたいんですぅ」

ずっと夢見ていた事。

その時、ヒルデの驚いた顔や笑った顔をアリシアは想像していた。

しかし、その人物はすでにこの世にいない。

「貴方が生きた時間が……私の一部になって、私は貴方が生きるはずだった時間を、貴方と同じように誰かを教えることで次につなげていきます」

しっかりとした声で、宣言する。

アリシアの決意と、覚悟を。

「だから、見守っていてください。また……必ずここに来ますから」

アリシアは、そういうと墓地を後にする。

それから日が開かないうちに、アリシアは高級魔法の基礎理論を構築させ、王立学園の教師となる。

教師という道を、アリシアは選んだ。

師の教えを、次につなげるために。

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