第一話 眠れる死体
どうもMake Only Innocent Fantasyの三条 海斗です。
長い間があいてしまいましたが、一話ようやく更新です!
次の話がどれだけで書き終わるのかわかりませんが、気長にお待ちください。
それでは、どうぞ!!
「た、大変です!!」
「あァ?」
町が寝静まった深夜。
もう誰も来ないだろうと考えていたレオンたちの元に、ひとりの男が駆けこんできた。
「あ、あの……!」
「一旦落ち着け。それで、何があったんだァ?」
「えっと……人が……死んでいるんです……!」
「あァ!? その場所に案内しろ!!」
「は、はい!!」
ただレオンは驚いて声を上げただけなのだが、男は怯えてしまっている。
それがレオンのせいなのか、死体を見たせいなのかはその男しかわからない。
レオンは、駐屯所にいる何人かの団員を連れて、男の案内に従った。
駐屯所から少し離れた民家。
そこに死体があると、男は言う。
「ったく、どうしてこんな時間に?」
「わかりません……。私も隣の家の人が駆け込んでこなければわかりませんでしたから」
「隣の家……?」
レオンは怪訝な顔を浮かべる。
人が死んでいる状況で、隣の家に尋ねたことに違和感を覚えたのだ。
(この男が、慌てふためいて駐屯所に駆け込むくらいなんだぞ……。そんな冷静に対処できんのかァ……?)
このアンディゴで、人死が珍しかったわけではない。
しかし、それはディゴールが領主だった時の話だ。
既に王政の指示のもと、この町はある程度の生活は維持されている。
「お前、いつからこの町に住んでんだァ?」
「生まれもここですよ」
(ってことは餓死ってわけじゃねえんだな……)
他殺。
その言葉がレオンの頭に浮かんだ。
男から話を一通り聞き終えたころ。
民家の前に、一人の女性が立っているのが見えた。
どうやら目的の場所についたようだ。
「お前が第一発見者かァ?」
「はい……」
「あんた、名前はァ?」
「ナミといいます。なくなっていたのは……マイという私の友人です」
ナミは落ち着いた様子で、レオンの問いに答える。
「死体はどこだァ?」
「中です」
「あんたたちは外で待ってろ。絶対に、中には入るんじゃねえぞ」
レオンは一人だけ団員を残すと、民家の中へ入っていった。
(……血の臭いだなァ。だが……なんだ、このにおい……)
レオンは血の臭いとは違う、独特のにおいを感じる。
だが、その正体を特定することはできなかった。
(まぁいい……。今は死体だァ)
玄関のすぐ奥、そこにもう一枚扉があり、どうやらそこに死体があるようだった。
その扉を開けると、臭いは強烈になる。
レオンが明かりをつけると、部屋全体がはっきりと照らされた。
「っ……! 確かに、これは冷静にならねえなァ……」
ベッドの上で、眠るように横たわる女性。
明りがなければ、気づかなかっただろう。
その女性……マイの胸に突き刺さった包丁。
それが死因だとはっきりとわかる。
「他殺……だなァ、確実に」
「だ、団長……」
「あァ?」
「他殺ってことは……」
「俺達で解決するしかねえ。もともといた自警団も解散しちまってんだ。それに、騎士団が来るまで時間もかかるしなァ」
「でも……!」
「やるしかねえんだよ。とりあえず、聞き込みにいって来い。この家に近づいたやつがいねえか、確認しろ」
「わかりました……!」
レオンを残し、ほかの団員は聞き込みへと向かう。
その間に、レオンは死体の状況を確認する。
(包丁は……かなり深々と刺さってんなァ。明らかに、抵抗したってわけじゃなさそうだァ。ってことは、眠っているところを……一刺しかァ)
もともと義賊として、人殺しをしていたレオンである。
人の死体を見ることが初めてではない。
(それにしても……眠ってるみてえだなァ)
顔は穏やかな表情をしており、包丁が刺されても目覚めなかったようだ。
(薬かァ……? だが、眠り草なんざ、この辺りじゃ手に入んねえしなァ。となると、やっぱり魔法関係で探るしかねえかァ)
レオンは死体から目を離し、辺りを見回す。
いたって普通の寝室である。
荒らされていたり、壊れていたりする様子は見られない。
窓へと向かうと、確かに窓は施錠されている。
ガラスが飛び散った様子もない。
(侵入経路は玄関かァ。逃走経路も同じだなァ)
そこでレオンはあることに気付く。
(玄関でも嗅いだにおいだ。どっかで嗅いだことのあるにおいだが……一体、なんだァ?)
そのにおいは、確かに嗅いだことのある物だ。
だが、そのにおいがなんであるか、レオンは思い出すことができない。
逆に言えば、それだけありふれたにおいだともいえる。
そんなにおいが、民家の中に充満していた。
* * * * * *
「で、だァ。詳しい話を聞かせてもらうぞ」
レオンは部屋を後にすると、外で待っていた二人に事情聴取を始める。
二人同時にというわけにもいかないため、初めにナミと名乗った女性を家の中へと入らせた。
「まず、だァ。お前とやつ……マイとはどんな関係なんだァ?」
「私とナミは幼馴染でした。互いに一人ということもあって、いつもご飯を一緒に食べていました。今日も、一緒にご飯を食べに来たんです」
「そこで、死体をみつけた……というわけかァ」
「はい……」
レオンのその言葉に、ナミは少しうつむく。
しかし、レオンに事情聴取をやめるつもりは毛頭なかった。
「それで、来た時に何か違和感はなかったのかァ? たとえば、鍵が閉まっていたとかよ」
「確かに鍵は閉まっていました。それでおかしいなと思って、隣の人を呼んだんです」
(駆け込んできた男か……)
「だが、鍵が閉まってたんじゃあ中には入れなかっただろう。どうやって鍵を開けたんだァ?」
「私が鍵開けの魔法を使いました」
「鍵開けの魔法だァ!?」
その言葉に、レオンは頭を抱える。
そんな魔法があれば、この世界において鍵など意味を為さない。
実際、その魔法で民家の鍵が開錠できることは実証されてしまっているのだから。
「そんで、中に入った後はどうしたんだァ?」
「中に入ると真っ暗で、最初は寝ているんじゃないかと思いました。玄関の灯りを付けると、食器が用意されてあって……」
そういうと、彼女は調理場の方を見る。
たしかに、その視線の先には二人分の食器が置かれていた。
「続きを頼む」
「はい……。それで、また不思議に思って。隣の人についてきてもらいながら、寝室のドアを開けたんです。そしたら……」
「死体があったというわけかァ。だが、遠目でよく気がついたなァ」
「ええ……。深々と胸に刺さった包丁が見えましたから……」
「そのあとはァ?」
「彼に自警団を読んできてもらうように頼んで、私は外で待っていました」
「そっからは俺たちが来たまんまかァ」
(なるほど。本当かどうかは知らねえが、筋は通ってるみたいだなァ)
「ところでお前……職業は?」
「道具屋で働いています。独り身なので……」
「道具屋店員かァ。わかった、また話を聞きに行くかもしれねえが、その時は素直に応じてくれ」
彼女は、「わかりました」と返事をすると、外へと出ていく。
その後すぐに、男が入ってきた。
「待たせたなァ」
「いえ……」
「ところでまだ名前を聞いてなかったなァ」
「ああ、すみません。私はアストンといいます」
「アストンかァ。それじゃあ、お前とマイ……死んでいた彼女とはどんな関係だったんだァ?」
「ナミさんとは、幼いことからご近所さんでして。ご両親が亡くなった後、困ったことがあれば家に来る……その程度の関係でした」
「ご近所付き合い程度かァ。そんじゃあ、あのナミっていうのも同じかァ?」
「ええ。あの二人はとても仲が良く……ディゴールの一件でご両親がいなくなってからも、二人で協力して生活していました」
「あァ? あの二人の両親はディゴールに殺されたってのかァ?」
「ええ……ディゴールがこの町に就任して……税金がきつくなったあたりに出稼ぎに行くようになったんです。その先で……」
その話を聞き、レオンはこぶしを握る。
殺し損ねた相手は、法律の名のもとに裁かれた。
だが、それはレオンが直接手を下したわけではない。
アストラルやレーヴァティン、それにセレナがディゴールを摘発した結果である。
その事実が、今頃になってレオンに突きつけられていた。
「あの野郎……!」
「怒るのも無理はないですよね。実際、あの時の街は最悪でした」
怒りをあらわにしたレオンに対して、アストンはそうつぶやく。
レオンの正体を知らないわけではない。
だからこそ、レオンはこの町で自警団をしていられるのだ。
「……それで、ナミが訪れたのはいつくらいだァ?」
怒りをこらえつつ、努めて冷静に、レオンはそう問いかけた。
「えっと……月が出始めたあたりですかね」
(ちょうど夕飯時か)
「それで、そのあとはどうしたんだァ?」
「ナミさんについていって、マイさんの家の扉を開けようとしました。そこで鍵がかかっていたので、扉をたたいて呼びかけました。しばらく返事もなく、ただ無音で……後ろからナミさんが「鍵開けの魔法を使いましょう」といってきたので、賛成しました。いつも夕食を一緒に食べているのを知っていたので、おかしいと、その時から思い始めて。明りをナミさんがつけて、調理場を確認した後、寝室の扉を開けていました。私は、玄関すぐの灯りのそばにいて、血相を変えたナミさんが出てきた部屋を見ると……」
「死体があったわけだァ」
「はい……。そのあとは、駐屯所まで一直線です」
「なるほど……。ところでお前、職業はなんだァ?」
「昔は旧自警団にいましたが……今は王政の元で働いています」
(確かに、”自警団”なら頼ってくるのは当然かァ)
レオンは、一通り事情聴取を終えると、アストンを家に帰した。
家の中には死体とレオンのみ。
無音の民家の中に、血の臭いと……何かのにおいだけが充満していた……。
* * * * * *
「聞き込み終わりやした」
「で、どうだったァ」
「怪しい人影が来たっていう感じはなさそうですぜ。マイっていう女は、普段家から出ないらしく、今日も姿を見なくても不思議に思わなかったそうで。また彼女の家に、住民はあまり近づかないらしいですぜ」
「あァ? どうしてだァ?」
「なんでも、ナミっていう女が全く逆で、マイに用事があってもナミを経由するっていうのが暗黙の了解になっていたようで」
(そんじゃあ、ナミがマイの家に近づく唯一の奴……ってことかァ)
「ご苦労だった。騎士団に使いは出したのかァ?」
「もうすでにやってありやすぜ」
「そんじゃあ、もう一人……使いを出してほしいやつがいる」
「だれですぜ?」
「魔法関連といったら、やつしかいねえだろ」
レオンはにやりと微笑んだ。
* * * * * *
(といっても、これ以上は何もできやしねえ……。くそっ、目星は突いてんだがァ)
レオンの勘は鋭い。
その勘が、犯人を示している。
レオンにとってこれ以上の確証はない。
だが、それを証明する証拠が何もないのだ。
勘だけで捕まえることができるのなら、法律など存在しない。
そのことがレオンの頭を抱えていた。
(少なくとも、謎は二つ。一つ目は”眠ったまま殺害する方法”、二つ目が”なぜ犯行に及んだかの動機”だァ。……魔法関連はあいつが来てからとして……)
レオンは駐屯所の扉を開ける。
まもなく夜が明けるところだ。
そんな時間帯だということもあり、駐屯所にいる夜勤以外の仲間は皆、眠りについていた。、
(……まずは音もたてずに近づく)
ゆっくりと、レオンは一人の仲間が寝ているベットに近づく。
(次に寝ていることを確認する)
レオンの目の前に横たわっている男は、静かな寝息を立てている。
どうやら、ぐっすり眠っているようだ。
(そしてナイフで……!)
レオンは拳を振り上げ、勢いよく下ろした。
「ん……? ……!?」
男は目を覚ますなり、レオンが自分に対して拳を振り上げていることに驚いた。
「ちょ……ちょっと!?」
「あァ? ……やっぱり目を覚ましやがったかァ」
「い、一体どうしたんです?」
男の問いに、レオンはいきさつを話す。
その話を聞いた男は、う~んとうなった。
「眠ったまま殺す方法……ですか」
「あァ。まるで刺されたことすら気づいていないみてえだったァ」
「ふむ……。一つの可能性として、痺れ草というのはどうでしょうか」
「痺れ草? なんだァ、その名前はァ」
「その毒草を食べるとしびれるから痺れ草。まぁありきたりな名前ですよね」
「で、その痺れ草がどうしたっていうんだァ?」
「ええ、この痺れ草。食べるとしびれてしまって全く動けなくなるんです。それこそ瞬きすらできないくらいに」
「あァ!? そんな草があんのかァ!?」
「この辺りに自生していますね。もっとも毒の周りが遅い上に、持続する時間はとても少なく、とても苦い味がするため、食べたらすぐに分かるそうですよ。」
「つまりその痺れ草っていうのを食べれば、動けなくするってことはできるんだなァ?」
「可能ですが、しびれている人を殺そうとしたことはありませんからね。確証はありませんよ」
「構わねえさァ。今は情報が一つでも欲しいんだからなァ」
男は、「それならよかったです」と一言いうと、再び眠りについた。
レオンは窓際の椅子に腰かける。
山の頭から出る太陽の光が、駐屯所の窓から入り込んでいた。
長い一日になる。
レオンは、どこかそんな気がしていた。
* * * * * *
昼。
レオンは仕事をほかの団員に任せると、今朝の男を連れて山の方へと向かった。
今朝聞いた、痺れ草を採りに行くためである。
さすがのレオンでも、見たことのない草を見分けるのは不可能である。
そのため、多少時間がかかっても、痺れ草を知っている人間を連れていく必要があった。
木々の隙間から差し込む光だけが、辺りを照らしている。
すこし暗い、山の中で二人の男は痺れ草を必死に探す。
太陽が頭上からすこし傾いたころ。
「あ、ありましたよ!」
「本当かァ!?」
レオンは急いでその男の元へと向かう。
男の手には、そこらに自生していそうな草があった。
「これが痺れ草っていうのかァ?」
「ええ。見たところ、ただの草でしょう?」
「あ、あァ……」
(本当にこんな草に、人をしびれさせる効果なんかあんのかァ?)
レオンがそう思うのも無理はない。
色は普通の緑色で、毒草という雰囲気を微塵も感じさせない。
「よくキノコは見分けがつかないというじゃないですか。それが草になったと考えてください」
そんなレオンの考えを見抜いたのか、男は笑顔で言う。
「まぁいい。これで痺れ草は手に入ったんだからなァ」
そうして立ち去ろうとした時だった。
(ん?)
レオンの鼻に、かすかなにおい。
それは、人の臭いだった。
「なァ。ここに人は良く来るのかァ?」
「全く来ませんよ。ただでさえこんな山ですからね。迷う人も多いみたいですし……地元の僕らでさえも、山草をとる以外では近づきませんよ」
「お前、ここから帰れるかァ?」
「もちろんですよ」
「地元の人間は、全員帰ることができんのかァ?」
「たぶん、みんな帰れるんじゃないんですかね。山草が自生している場所は、親から教えられるものですから」
「なるほど……」
レオンは、考える。
今回の被害者も容疑者も、すべて地元の人間である。
(痺れ草のことを知っていても不思議じゃねえってことか)
これが実際に使用されたか確認はできていないが、使用された可能性は高い。
(だが……犯人の特定には繋がんねえかァ)
殺害方法が判明することも大事だが、それを実行した人間がわからなければ、事件は解決しない。
レオンは、手に入れた痺れ草を駐屯所へと持ち帰る。
薄暗い山の中は、どこか不気味の悪い寒さがあった。
その帰り道。
レオンたちは、アンディゴの商店街を歩いていた。
「ここもだいぶ復興してきましたね」
「俺が来たときは、酷い有様だったからなァ。ま、にぎやかなのはいいことだァ」
「ですね」
ガヤガヤと人混みの中を歩いていく。
パンが焼けるにおい、果物を売る声、贈り物を渡す男。
同じ道だというのに、すこし場所を移すだけでも、かなり雰囲気が変わる。
そんな商店街は、街の住民からも好かれていた。
その中に、レオンは違うにおいを感じた。
「なんだァ? このにおい」
「におい……? ……ああ、香木ですね」
「香木?」
「こっちです」
男の誘導に従い、たどり着いた場所は道具屋だった。
「これですよ」
男が指さす先には、細かな細工が施された小さな器があった。
よくみると、その器の蓋は穴が開いており、そこから煙が出ていた。
「この中に香木という、燃やすといい匂いがする木が入っています。ものによっては、疲れを癒す効果もあるとか」
「そんなものがあんのかァ」
「まぁ、僕らには高くて買えませんけどね」
「香木……かァ」
レオンはこの匂いが引っかかっていた。
似たようなにおいを、どこかで嗅いだことがある。
その記憶は確かなものであるが、それがどこであったかをはっきりとは思い出せない。
「店員に聞くかァ」
一人、そうつぶやくと、レオンは店内に入っていく。
カランカランと鐘の鳴り、店内に響き渡った。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、元気な声で出てくる女性。
その人物は、レオンにとって知らない女性ではなかった。
「ナミかァ」
「自警団の……。こんなところに如何したんですか?」
「店の外の香木のことが聞きたくてなァ」
「あれがなにか?」
「あれはいつもやっているのか?」
「ええ。日替わりで木を替えてやっています」
「そうか、ただそれだけが聞きたかっただけだァ。邪魔したなァ」
レオンはそれだけ言うと、店から出る。
そのレオンの背中を、ナミはじっと見つめていた。
* * * * * *
既に日も落ち、街も静けさに包まれている。
レオンも、駐屯所のベットの中で横になっていた。
アンディゴは、ディゴールが領主だった頃の名残からなのか、日が落ちると誰も外を出歩かない。
それが自衛のためだったのか、はたまた節約のためなのか。
いまとなっては、その理由を明確に覚えている者は誰もいない。
そんな街の静寂は、突如として盛大に破られた。
「わああああああああああああああああああああああああああ!!」
響き渡る叫び声。
その声を聞いた途端、レオンは飛び起きた。
「何事だァ!?」
「もうすこしゆっくりあるいてくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 頭が揺れますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「……ああ……そうかァ……」
途端に疲れた顔になるレオン。
それだけですべてを悟ったらしい。
「つ、連れてきやしたぜ……」
息を切らしているレオンの部下。
そのわきには、懐かしの魔女が抱えられていた。
「……また、道に迷いかけたんだなァ?」
「えへへ……もうしわけないですぅ……」
はたから見たら、少女が誘拐されているように見える。
だが、その抱えられている魔女こそが、レオンが読んだ人物であった。
その魔女の名は……。
「まったく、自分勝手に歩いてんじゃねえぞ、アリシア」
「すみません……」
怒られて、すこししょぼんとする。
その恰好から、王国一の魔女だという風には見えない。
「それで、私に聞きたいことってなんですか?」
「実物を見せた方が早いなァ」
そういうと、レオンはアリシアをわきに抱える。
「あの……一体……」
「行くぞ、今は時間が惜しいんだァ」
「はい……」
アリシアをわきに抱えたまま、レオンは事件現場へと向かう。
そこには、部下が一人見張りとして立っていて、誰も立ち入れないようにしていた。
「お疲れ様です」
「すこし専門家に見てもらう。引き続き、見張りを頼む」
「わかりました」
見張りの部下はそう返事をすると、玄関から離れた。
「そんで、この鍵だァ」
「……普通の鍵穴ですぅ」
「この鍵穴、”鍵開けの魔法”使って開けたらしいんだがァ……」
「う~ん……」
アリシアは、鍵穴をまじまじと見つめる。
そして、小さく何かをつぶやいた。
すると、ガチャリと鍵がかかる音が聞こえた。
「確かに、単純な鍵みたいですぅ。鍵の魔法で開錠することはできますよ」
「あァ? 鍵の魔法?」
「ええ。鍵の魔法……よく鍵開けの魔法といわれている魔法ですぅ」
「その鍵の魔法は、施錠までできんのかァ?」
「ええ、鍵の魔法ですから」
「そんな魔法が誰でも使えるなら、この世の鍵はあってないようなものじゃねえかァ」
「誰でも……は使えませんよ。適性が必要ですぅ」
「適性?」
「魔法には5大属性というものがありまして、火・水・雷・土・木の5つですぅ。説明は省きますが、この属性が使えるか、属性ごとに得手不得手みたいなものがあるんですぅ」
「つまり、属性の適性がなければ魔法は使えねえと」
「極端な話を言えば、そうなりますぅ。基本的に人はこの属性をすべて保有していますので、使えないこともないのですが……理論を完ぺきに把握しておく必要がありますね」
嬉々として語るアリシアの学者魂に火をつける前に、レオンはアリシアを家の中へといれた。
「あ、香木の臭いですぅ」
「香木だと!?」
「研究室に置いてあるんですぅ」
(そうか、どこかで嗅いだことのあるにおいだと思ったが、香木の匂いかァ!)
「でも、なんだか不思議なにおいです。これは……?」
「アリシア、お前、匂いで何かわかんのかァ?」
「種類だけですけど。でも、この匂いは木を燃やした匂いじゃない気がしますぅ」
「木を燃やした匂いじゃない……」
(仮に、この匂いが香木の匂いなら、ナミの匂いが残っていただけの可能性もある。だが、アリシアは”香木の種類がわからない”と言ってるんのならァ……)
ぐるぐると、頭の中で考えが巡る。
痺れ草、眠り、香木。
そのすべてが、ある答えにたどり着こうとしている。
だが、そのすべてを実証したわけではない。
確証はない。
「仮に香木を燃やしたとして……人を眠らせることは可能なのかァ? それと、魔法で眠らせることはできるのかァ?」
「どちらもできますぅ。さきほどの鍵の魔法と属性は違うので、断言はできませんけど……」
「構わねえ。その場合、どっちが確実なんだァ?」
「……」
アリシアは目をつぶって、一呼吸する。
そして、静かに口を開いた。
「ある毒を持った植物を香木の代わりに燃やした時、眠りを促す作用が働いたという実例を聞いたことがありますぅ。それが本当だとするのなら、香木の方が確実ですぅ」
「そうかァ」
その言葉を聞き、レオンは目を閉じた。
そして、一言だけ。
「おかげで、犯人が分かったぜ」
* * * * * *
「なぜ私たちが呼ばれたんでしょうか」
アストンはおどおどした様子で、レオンに尋ねる。
だが、その問いにレオンは応えなかった。
「いい加減、何か話してください」
すこし起こった口調で、ナミも言う。
それでも、レオンは黙ったままだった。
「一体、どうしたっていうんだ?」
「わかりません。ですが、ここに呼ばれたということは、事件についてなんでしょう」
「まだマイの遺体は残っているのだろう? ……可哀想だな」
「そう……ですね」
アストンがうつむくと、ナミも同じような顔をする。
その様子を、レオンは横目に見ていた。
彼は無視していたわけではない。
ただ、結果を待っていた。
そして、待ちに待った結果は、レオンの予想通りのものだった。
「悪かったなァ」
「いえ、お力になれてよかったですぅ」
「それなら、最後まで付き合ってくれよ」
「はい!」
結果を持ってきたアリシアを、自分の横に立たせると、レオンはその口を開いた。
「今回集まってもらったのは他でもねえ。マイ殺人事件の全容を明らかにするためだァ」
「やはりね。しかし、私たちがなんだっていうの?」
「この事件の容疑者。それがお前たちだァ」
「容疑者だって!? 冗談じゃない、私が彼女になにかするっていうんですか!?」
「落ち着けよ。お前が犯人だといったわけじゃねえ」
「っ……」
レオンになだめられ、アストンは深呼吸をする。
事がことなだけに、事態になれていないようだ。
「今回、マイは自室のベットの上で眠るように死んでいたァ。その胸には深々と刺さった包丁。顔は痛みでゆがんでなく、眠ったまま死んだと考えるべきだァ。ここまで、二人とも異論はないなァ?」
二人は黙ってうなずく
それを確認すると、レオンは続きを話し始めた。
「この事件、最も不可解ななぞは”死ぬまでマイを起こさず、眠ったままの状態で殺す方法”だァ。これは魔法とそれ以外の考え方があったァ」
「魔法以外?」
ナミは怪訝な顔をする。
「ああ、香草って言ってなァ。燃やすと様々な作用を引き起こす草があるんだァ。この作用には、興奮作用、鎮静作用、そして催眠作用が代表的だ」
「催眠作用ぉ?」
アストンの素っ頓狂な声が響く。
「意のままに操れるってわけだァ。まぁ、麻薬の一種もふくまれてんだがなァ」
「それで、それがなんだというの?」
「わかってんだろ? 道具屋のあんたなら」
「……」
「今回の事件、この家に残った匂い。それは……痺れ草を燃やした匂いだったんだァ」
「痺れ草だと!?」
「地元は知っているという情報が手に入ってる。なんでも痛覚や筋肉が全く動かなくなる毒草らしいなァ」
「それなら、私も……ナミもマイも知っている。だが、痺れ草が使用されたという保証はない」
「いや、今回この痺れ草は使用されている。台所の食器類を見ると、すでに飯は終わった後だ。その料理を作る際、痺れ草を燃やしたんだろ」
「証拠も何もないじゃない。第一、痺れ草は食べられるほどの苦味じゃないのよ」
レオンの発言に、ナミは反論する。
「確かに、食べるんなら痺れ草は食えたもんじゃねえなァ」
「それなら」
「だが、今回は痺れ草は別の用途で使われたんだァ」
「別の用途……!? ちょっと待ってくれ、痺れ草は知っての通り毒草だ。別の用途に使えるとは思えない」
「だから、香草だよ」
レオンはニタリとした笑みを浮かべる。
そして、ポケットから痺れ草を取り出すと、それを火にくべた。
すると、あの日に嗅いだにおいが漂ってきた。
「本来の香草とはやり方が違えが、料理の匂いでこの草が燃えるこのにおいも隠れただろうぜ」
「その草を燃やして、マイを眠らせたというの?」
「ああ。実際、その効果があるのか確認してきた。効果は絶大だったそうだぜ」
「それは私が説明しますぅ」
レオンの横に立っていたアリシアが口を開く。
「痺れ草を香炉にくべて火をつけたところ、今のようなにおいが漂ってきました。この匂いには眠りを促す効果と、痺れ草がもつ毒の効果を兼ね備えていました」
「つまり、だァ。この煙を吸っていると、そのうち意識を失うだろう」
「なっ!? い、急いで消さないと……!」
アストンは、水桶の水を火にかけて消火する。
その様子を、レオンとアリシア、そしてナミはじっと見ていた。
「ど、どうしたんだ?」
「まぁ、普通の反応だよなァ……ナミ」
「……何が言いたいんですか?」
「道具屋で香木を持ち、この家の釜に痺れ草を入れることが可能で、あの日に料理を作る約束をしていたのはあんただァ。あんたが、マイを殺したんだろう」
「私が犯人だと?」
「ああァ。ちなみに、鍵の魔法で施錠もできるのも確認済みだァ。それに、今頃はお前の家やその周辺で、返り血の付いた服を探しているところだぜ」
「……」
「う、嘘……だろ……なぁ、ナミちゃん……」
じっと黙るナミ。
そのナミに対して、アストンは震える声で尋ねた。
だが、ナミはその重たい口を開かない。
ただ、何かの知らせを待っているかのように、ナミはまっすぐ玄関の扉を見ていた。
そして、その扉が開かれた第一声を聞いて、ナミの目から涙が零れ落ちた。
「み、見つけました!!」
* * * * * *
「結局、ナミさんがマイさんを殺した理由って何だったでしょうか……」
「さぁな、俺にもわからん。だが、殺すだけの理由があったんだろう。理由なき殺人は許されるべきじゃねえ。だが、理由ある殺人を自分自身が認めてしまうと、それはただの虐殺になっちまう。俺も人のことを言えた義理じゃねえが、あいつを捕まえることが、俺にできるあいつを救う方法だったんだろうぜ」
「……でも、捕まった時の涙を見ると……彼女は……」
「まっ、こっからは俺の仕事じゃねえ。裁判所の仕事だァ」
「そう……ですね」
「せっかくここまで来たんだァ。飯でもおごってやるぜ」
「……! それならありがたく厚意に甘えさせていただきますぅ!!」
自警団となったレオンが、捕まえた女性。
その女性がなぜ、どうして幼馴染を殺したのか。
その理由を知るのは、彼女のみである。
だが、レオンにとって理由などはどうでもいい。
この町の治安を守る。
それは義賊の時と違い、人を生かす守る仕事である。
それは決して簡単な仕事ではない。
しかし、レオンはそれを苦だとは思わないだろう。
なぜならば、それが金獅子の誇りを生かすために、レオンが選んだ道なのだから。




