第1話 黒い影
どうも、Make Only Innocent Fantasyの三条海斗です。
ついに、この番外編も第四部です!
ラストまであと少し!
最後までお付き合いお願いします!
それではどうぞ!!
明け方。
山と山の合間から、太陽が顔出すその時間。
当然のことながら、辺りはまだ薄暗い。
そんな時間でも、大地をただ走り抜ける群れがあった。
それは、ただまっすぐに走り続ける。
最初は一匹から始まったのかもしれない。
それが次第に数を増していき、黒い塊のように見えるほどの群れになったのだろう。
それは、人から忌み嫌われているものたち。
それは、本能のままに生きる物たち。
それは、動物よりも気高く、力強く、生きようとする者たち。
魔より出で、無に帰る。
その群れがどこへ向かうのか、それは人が知るには、遠すぎるのかもしれない。
* * * * *
「なに? 魔物の群れが?」
騎士団棟に登庁するなり、セレナはそんな声を上げた。
それは、つい先ほど入った報告だった。
「はい。王都からかなり距離はありますが、東の村で魔物の群れが襲ってきたと」
「いくらなんでも、いきなりじゃないか? 魔剣騒乱の後から、そんな報告は受けてないのだが……」
「それが、急に現れたとのことで……。なんでも、魔物たちは東からまっすぐ向かってきたとか……」
「ふむ……。少し気になるな。その村まで案内してくれ」
「すぐに準備いたします」
彼女の部下は、急いで厩舎へと向かっていく。
その姿を見送ることもなく、セレナは自分の装備を取りに自室へと走った。
たまっていた書類を片付るつもりだったが、そんなことはもう、彼女の頭にはない。
セレナはただ、気になっていた。
魔剣騒乱の後、魔物の被害は激減していた。
それこそ、魔剣が復活する前よりも少なくなっているのだ。
セレナたちの任務も、一息つき始めていた、そんな時期に起きた今回の被害。
災害と呼ぶには、まだ小さな被害だが、もっと大きなことになる、セレナはそう考えていた。
* * * * *
馬を飛ばして半日。
その村の被害は、壊滅的だった。
家は残っているが、扉まで続く階段は無残にも踏み砕かれていて、すこし足を付けていたであろう家に至っては、すでにネズミよけの高さはなく、地面の上に建っている。
幸い、死傷者は少なく、家の倒壊に巻き込まれたものが大半だった。
「急いで被害状況の確認! 負傷者がいれば、一か所に集めて手当!! 迅速に行動しろ!!」
「了解!!」
セレナの指示に従い、部下たちが慣れた様子で被害状況を確認していく。
(それにしても……何か引っかかるな……)
セレナが感じた、わずかな違和感。
それが何なのかはわからなかったが、彼女が抱いた違和感は、どんどんと大きくなっていった。
「報告します。倒壊 6棟、半壊 3棟、一部破損 17棟……計26棟が被害にあいました」
「死傷者の数は43名。うち、軽傷 37名、重傷 3名、重体 2名、死亡 1名で、重体含む3名は、自宅の倒壊に巻き込まれたものとみられています。ほとんどの軽傷者も、衝撃で転んでけがをした……という方が大半でした」
「待て。魔物の攻撃による死者は確認されていないのか?」
「ええ……。魔物による被害は、家屋の倒壊が主ですね。畑が荒らされたと嘆いていた人もいましたが、特筆すべきことは……」
(どういうことだ……? この話を聞くと、ただ通っただけのように聞こえる。だが、魔物が何の目的もなく人里に現れるとは考えにくい……)
「……隊長? どうかなさましたか?」
「いや、なんでもない。被害状況から、復旧案を立ててくれ。私は魔物が通った方を見てくる」
「わかりました。魔物には気を付けてください」
「それは、そっちもだ。二回目の襲撃がないとも限らない。くれぐれも注意しろ」
「了解!」
部下が返事をしたのを聞くと、セレナは馬を駆り、魔物の足跡を追っていく。
無数の足跡は、一直線に村を通過し、そのまま草原へとつながっている。
セレナはその足跡を見落とさないように、走っていく。
しばらくすると、魔物の足跡は急に方向を変え、山の方へと伸びていった。
(たしか、この先は……)
魔物の足跡が続くその山は、滅多に人が近づかないことで知られている。
その山は落石が多く、それに当たって死亡してしまう事故が多く報告されているからだ。
(何故、そんな場所に……? 特に何があったという報告はないが……)
最近では、落石事故の報告はない。
それに、その山から遺跡が発掘されたという話も、魔物を引き付ける何かがあるという話も聞かない。
(あの村の被害はただの偶然か……それとも……。ここで考えていても、仕方がないか……)
そう考えたセレナは、被害があった村へと引き返す。
村からそう遠くない山に向かった魔物の大群。
そのことが、彼女の胸の中で、もやもやと残っていた。
* * * * *
翌朝、まだ日が昇り切っておらず、星々がかすかに見えているころ。
うごめく黒い集団があった。
それは、ただまっすぐに走り抜ける魔物の群れ。
砂ぼこりをあげ、大きな足音を立てながら、まっすぐと走る。
その眼は、ただまっすぐ、前を向いていた。
その群れがなぜ走るのか。
その群れがどこを目指しているのか。
それは、走っている魔物たちでさえも、知らないのかもしれない。
* * * * *
「なにっ!? まただと!!」
朝一番。
書類を片手に持ったセレナの大きな声が、執務室に響く。
「はい……。今度は、昨日の村から一番近い農村が……」
そう伝える部下の顔色は優れない。
一旦、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、セレナはいつもの調子で尋ねた。
「被害状況はわかっているのか?」
「全体は把握できていませんが、かなりの数の死傷者が……」
その報告を聞いた途端、セレナは椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。
その顔は、驚きというより、悔しさに満ちていた。
「しまった……! こうなることは、予測できたはずなのに……!! 急いで支度をしろ!!」
「了解!」
セレナは倒れた椅子を元に戻すと、急いで執務室を後にする。
昨日の魔物のことがあった直後だ。
同じことが起きた場合、近くの村が襲われる可能性が高いことは予測できた。
その可能性を考慮すべきだったのに、彼女は対策をしなかったことを悔やんだ。
しかも、そのせいで犠牲が出たとなれば、彼女にとっては許せないことだった。
しかし、それが予測できたとしても、一個小隊がどうにかできる規模でもないため、全般的に彼女が悪いというわけではない。
だが、それでも。
彼女は、守るべきものを守れなかった悔しさが、胸を締め付けていた。
* * * * *
「これは……予想していたよりもひどいな……」
ある程度、覚悟していた彼女でさえ、そうこぼしてしまうほどの惨状。
本来野菜があるべきところには、ところどころに緑が見えるが、無残にも踏み荒らされ、野菜の形もない。
家屋も、何棟かは倒壊しているだろう。
そして……くわや鎌についた血痕が、その持ち主がどうなったのかを語っていた。
「被害状況はどうなっている……!?」
「家屋の倒壊は5棟、軽傷 3名、重傷 6名、重体 14名、死亡……」
部下はそこで、息をのむ。
セレナはその顔色を見て、察した。
だが、死者の数を知っておくべきだと判断した。
「構わない、報告しろ」
「はい……。死亡……36名です」
「……っ!」
ぎゅっと、硬くこぶしを握る。
(私は……それだけの数の人を守れなかったのか……!)
悔しさが、こみあげてくる。
だが、そのまま立ち止まっているわけにはいかない。
彼女は、部下に向かって指示を出す。
「急いで、要救護者に対して治療を開始! その間に、魔物たちの情報を集めろ!!」
「了解!」
部下は返事をすると、持ってきた治療薬一式をもって分散する。
それを見届けると、セレナは馬にまたがり、魔物の足跡を追う。
しばらく馬を走らせると、昨日と同じように、魔物の足跡は方向を変えた。
それからまっすぐと、今度は洞窟へと伸びていった。
(またか……。だが、行動は昨日と同じなら……!)
セレナは急いで農村まで戻ると、拠点を設置した場所へと向かう。
「隊長! 一体、どこへ行っていたんです?」
「魔物の足跡を追っていた。それより、何かわかったか?」
「どうやら、被害にあった人たちは皆、農作業をしていたようです」
「農作業……? つまり、外に出ていた訳か」
「ええ。そこを、魔物の大群に……」
そう話す部下の顔色が、すこし悪くなる。
報告している最中に、その場面を想像してしまったのだろう。
実際、報告を聞いたセレナも容易にその場面を想像できた。
だが、これで農具に血がついていた理由も説明できる。
そして、誰もが寝静まっていたあの時間帯に、これだけの被害が出た理由も。
「また農村が狙われたら、この村以上の被害が出る可能性があるか……」
「対策は建てるべきでしょうが、目的がわからない以上、具体的な対策は立てづらいでしょうね……」
「だが、それでもやるしかないだろう。現状、情報を多く持っているのは私たちだ」
「そうですね……」
セレナとその部下は、荒れ果てた村を見る。
(もう二度と……こんな姿にさせる訳は行かない……!)
セレナは心の中で静かに、されど熱く決意する。
* * * * *
しばらくして、セレナは農村に設置した本部を訪ねた。
「それで対策案はどうなっている?」
セレナの問いに、部下が苦々しい顔で答える。
「いくつかまとめてみました。ですが……」
「どれも人員が足りない……か」
「はい、第07部隊の人員を総動員しても、必要人数を確保できません」
「どちらかというと、こちらの部隊は後方支援担当だからな。矢面に立って防衛するのは01や03の役目だろう」
「そちらの人員を、こちらに割いてもらうわけにはいきませんからね……」
「そうだな。いくら魔物の被害が少なくなったとはいえ、遠方にいる01や03にあまり手間をかけるわけにはいかないな」
「どこか、戦闘経験のある部隊があればいいのですが……。この際、騎士団からだけではなく、自警団からも人員を見繕うべきでしょうか」
「一体、どこに戦闘経験のある自警団がいる……と……」
「隊長?」
「いたな、一つ。かなり戦闘経験があり、融通が利く自警団が」
「えっ……!?」
「聞いてみないことには始まらないか。急いで準備しろ、アンディゴに行くぞ」
「アンディゴですか? ここからだと、半日かかると思いますが……」
「半日程度なら、問題はない。事態は一刻を争う」
「わかりました、何名かこの村に残します」
「いや、逆だ。アンディゴには、私と副長のみで行く。あとのものはこの村に残しておけ」
「ですが、それだと道中……」
「心配ない。ここからアンディゴまでは見晴らしのいい道が続く。途中、丘陵を通ることにはなるが、それ以外は敵に気付くだろう」
「……わかりました。すぐにじゅんびをします」
「ああ、急いでくれ」
副長と呼ばれた男は、いくつかほかの部下たちに指示をだすと、本部を後にする。
他の場所にいる部下たちに、どうすればいいのかを直接指示しているのだろう。
彼が戻ってkるうまで、少し時間がかかる。
そう考えたセレナは、本部の椅子に腰を下ろした。
そして、上を見上げると、ゆっくり目をつぶった。
(アストラル……君ならどうする? 君はどうしただろう?)
旅立った彼に、そう問いかける。
だが、答えは返ってこない。
彼女の瞼の裏に映るアストラルの姿は、旅立つ日に見送った背中だった。
彼女がアストラルの顔や声を忘れたわけではない。
思い出は、確かに彼女の中にある。
しかし、彼女が問いかける時。
その時のアストラルは、いつもあの日の背中だった。
大切な友を失い、支えとなっていた相棒もなくし、それでも前へ進もうとする背中。
彼女の瞼の裏に、アストラルのその背中が映るのは、それが彼女にとっての答えだからなのかもしれない。
「隊長、準備が整いました」
彼女の耳にはっきりと、その声。
その声を聞くと、彼女はゆっくりと目を開けて、深呼吸を一つした。
「……わかった、すぐに出るぞ」
そして、彼女は本部を後にする。
馬にまたがり、アンディゴへと向かう彼女の目は、まっすぐ前だけを見ていた。
* * * * *
既に日は沈み、辺りが闇に包まれている。
その中を、彼女たちは駆けていた。
草原を超え、丘陵を超え、アンディゴへとたどり着くために。
「隊長! さすがにこれ以上は危険です! 日が昇るのを待った方が……」
「駄目だ、陽が昇れば、魔物の大群が移動を始めてしまう可能性が高い! 」
「ですが! ここで我々が倒れてしまっては、それすらも防げないのですよ!!」
「わかっている! だが、立ち止まってはいられない……!!」
「気持ちはわかりますが……!」
部下が必死にセレナを止めようとしているが、彼女は聞く耳持たないといった様子だった。
アンディゴまではもう少し。
それが、彼女を焦らせているのかもしれない。
ここまで、馬を休ませる程度の休憩はとっているが、それでも半日走り続けているため、馬の負担は大きい。
「隊長!」
「もう少しなんだ……!」
焦るセレナ。
その姿はまるで、村を守る使命感に囚われているように見えた。
「ちょっとは部下の言うことも聞いた方がいいんじゃねえかァ?」
「その声は……!」
突如、聞こえてきた声。
馬の速さに追いつける人物など、彼女の知る中では一人しかいない。
そして、その人物こそ、彼女が会おうとしていた人物だった。
「レオン!!」
「久しぶりだなァ。まァ、走りながらっていうのもなんだァ。少し止まっちゃくれねえかァ?」
「ああ……すまない」
セレナはゆっくりと馬を止める。
レオンが灯りをつけると、彼女は馬から降り、レオンに向き合った。
「久しぶりだなァ」
「ああ、久しいな。だが、どうしてここにいるんだ?」
「アンディゴに向かって、馬を走らせてる奴らがいるっていう報告を受けて、様子を見に来たんだァ。そっちこそ、こんなとこで何やってんだァ?」
「私たちは、お前に会いに来たんだ」
「俺に?」
「ああ、力を貸してほしい」
「その様子じゃ、何かあったみてえだなァ。時間があるなら、詳しく話が聞きてえがァ……」
「構わない。ここから半日走ったところに、農村がある。今朝、そこが魔物の大群に襲われた」
「あァ!? 一体、どういうことだァ!?」
「詳しい理由はわかっていない。だが、昨日の朝も、同じように魔物の大群に村が襲われている。そこで、付近の村に警備を置くことにしたんだ。だが、付近の村すべてを警護するには人員が足りてないんだ」
「なるほどなァ、話が見えてきたぜ。つまり、警備の人員を貸してほしいってことだなァ?」
「そういうことだ。急な話になってすまないが……」
「構わねえが、全員を連れていくのは無理だぜ」
「それはわかっている。できる限りの人員で構わない」
「なら、大丈夫だァ。それで、俺たちはどこの村を警護すればいい」
「レオンたちには、ここと……ここの村を頼みたい」
「最優先の目標はァ?」
「人命の保護だ」
「了解だァ。それじゃあ、あっちで会おうぜ」
「ああ、わかった。引き受けてくれて、感謝する」
「まっ、あんときのよしみだからなァ。困った時はお互い様、ということだァ」
レオンはそういうと、手をひらひらと振って去っていた。
そして、レオンの姿が見えなくなると、先ほどまで黙っていた部下がゆっくりと、セレナに話しかけた。
「あの……彼は……?」
「ああ、彼はアンディゴの自警団の隊長をしているレオンだ。魔剣騒乱の時、一緒に旅をしてな。その時はまだ、”金獅子”という盗賊団の頭領だった」
「”金獅子”……金獅子って、アンディゴ領主暗殺未遂事件の”金獅子”ですか!?」
「そんな大層な名前がついていたのか……。ああ、それであってるよ」
「そんな人とお知り合いだったのですね」
「だが、レオンを救ったのは私じゃないんだ。一緒に旅をすることになったのも、私が誘ったわけじゃない」
「隊長じゃないとなると……魔剣の主の方が……?」
「ああ、そうだ」
セレナの声に、わずかな寂しさがこもる。
あの時を思い出しているのか、アストラルに会えていないことを考えているのか。
それは部下にはわからなかったが、わずかに感じた彼は、話を変えることにした。
「ともあれ、これで警備の人員は確保できましたね」
「ああ、今度こそ被害は出さない……!」
ぎゅっと、こぶしを強く握るセレナ。
その声には確かに、強い決意がこもっていた。




