06
「えっと、コレがどういうことか説明してほしいんだけど。」
身体を捻って水平に伸ばした腕で弧を描き自分の背後全体を指す理由は、何故か先程まで後ろに居た生徒たちの仮想アバターが一人として見当たらないことによる。
「それはですね…」
少女は少し口籠った後、躊躇いながらも恐らくは断片だけである理由を述べた。
何かの機密事項があるのやもしれん。
「えっとですね…私も詳しくは教えられてないのですが、今この一帯のアバターは強制ログアウトさせられているみたいなんです。」
「なっ…」
息が止まりそうになる。
危うく腰を抜かすところだった。
何故なら俺がここに倒れているユニコーンに襲われる前に強制ログアウトが行われていたならば、俺はこんな羽目に合わずに済んだハズだったのだ。
だが、やらなかったのではなくできなかったというのが最もだろうと判断して少女に続きを促す。
「あなたが襲われる前にログアウトさせてあげられなかったのは偶然でもなんでもないの。でもそれに関しては私も教えられてなくて…。
今までも何人か同じ目に遭ってるのですが、襲われたその後に強制ログアウトが行われるといったものがほとんどなんです。」
なるほど。
1人がまず犠牲になることでそれをシステムがエラーとして感知することによって初めて強制ログアウトが行われる。
またはこの現実的仮想空間は国際経済に関してかなり大きな役割を担っているという理由から、いきなり不特定多数の人間を落とす(ログアウトさせる)ことはできないというものか。
その他エトセトラ。
いずれにしろ俺自身はもうログアウトは出来ないのだから知ったところで何が変わるわけではない。
だから気にしても仕方ないというのもあってそれ以上踏み込まないようにする。
「それに関してはもういいや。それで、そういえばさっき我々って言ってたけど、仲間がいるのか?」
「はい、その通りです。今から皆と合流するのですが来てもらえるでしょうか?」
不安げに潤んだ少女の瞳に推されてかいつの間にか首肯したそのあとに、両手を肩の位置に上げて軽く開きながら応対する。やれやれと。
「どうせ拒否権はないんでしょ。」
「ハイ。すいません。」
謝る少女がニッコリと微笑む。
本当にやれやれだ。
「じゃあ、ワープポイントまで行きましょう。あなたも本当にログアウト出来ないか確認したいでしょ?」
正直試してみたくないといえば嘘になるが、あれだけ少女が出来ないと言っていたのに今更とも思う。
けれどどうせ行くのであれば試す価値はある。
「あ、ああ。そうだな。どうせ何も出来ないだろうけど。」
「ふふっ。でもよかったです。」
「えっ、何が…」
こんな状況のどこがいいのかと少女の神経をやや疑うが、続く言葉をどうも否定できない自分がいた。
「そう言いながらあまり残念そうな顔をしてませんから。さっきの世界が終わったような絶望に満たされた顔よりはずっといいです。」
そこはずっとカッコいいですとか、好きですとか言ってほしかったぜとロリコン魂が沸き上がるような思考を過るが、自重して飲み下す。いや、実際ロリコンかどうかはさておき。
てか俺はそんな顔をしていたのか。と思ったが口にはださず、代わりにこう答える。
「ああ。そうだな。なんっていうかこういう非日常も受け入れてしまえば悪くはないかな。」
と。
一瞬少女は目を丸くしたが、すぐにそれは微笑みに変わる。
「よっぽどのゲーマーさんなんですね。」
「え、よく分かったな。」
「はい。実はお恥ずかしながら私もかなりやりこんでましたから。」
「別に恥ずかしくはないさ。ちなみにそれは二十年前の話?」
「その時からですけど、今もですよ。」
「ふぇ?」
よほど間抜けな顔になっていたのだろうか。
彼女はお腹を抑えて俺の背中をバシバシと叩きながらゲラゲラ笑い始めた。
「きゃははは。もう!あんまり笑わせないでくださいよぉ。」
強く背中を叩かれてむせる。
ツボに入ってしまったのか未だに笑いをこらえられずに無理矢理手を口にあて、クックと笑いながら続ける。
「この世界からもゲームの世界に直接接続できるんですよ。」
「なっ、…」
俺にとってその情報は衝撃的事実だった。
何故ならこの世界とゲームの世界は確実に切り離されているハズ。
同じ仮想世界であっても構造の成り立ちが全く異なるので、2つをリンクさせることは不可能だとなんかの雑誌に書いてあったし、知識として知っている。
だが、可能なのか?
こうしてユニコーンのようなモンスターがこの世界に入ってくることも、こちらから向こうに入ることさえも。
俺の思考をトレースした彼女がボソボソと呟いた。
「まだ試験段階なんですけど、モンスターがこちらに入ってくるのならばこちらから出向いて対策をとることもできるハズだと。」
「それで造っちまったのか。新しい概念を。」
少女は僅かに首を縦に傾けてから続けた。
「初めは本当にダメ元でした。ですが、モンスターの出現時に現れる謎のワープホールを解析した結果、こちらからも同じようにそれを利用して他人のゲームアカウントからログインすることに成功したんです。残念ながらそのワープホール出元を逆探知することはできませんでしたが。」
少女は本当に悔しそうに整った唇を噛み締める。
どこか別の場所に思いを馳せているようだった。
俺の方を見ていない。
俺の背後の空すら彼女の視界には入っていないような気がした。
一体彼女の過去に何があったのか。
ソレを解きほぐしてやることは自分には出来ないのだろうかと考えたところで頓狂な声があがる。
「あ!そういえばまだあなたの名前を聞いてないです。」
そう言った少女はトテトテと近付いてきて胸の前で拳を握り、上目遣いにこちらを見上げた。
「教えてくださいますよね。」
「あ、ああ。そうだな。これからお世話になるんだし。」
軽く息を吸って一つだけ間を置いてから続ける。
「セツナ。それがこの仮想空間における俺の名前だ。」