03
仮想世界。
またの名をVRワールド。
人口的に異世界を創り出すこの技術は幾度となく、科学者、技術者たちが断念してきた研究分野である。
だが、100年程前に現れたとある天才発明家のチームによりそれはほぼ完成にいたる。
紆余曲折ののちにその技術は世界中に広まり、数多の仮想世界を創り上げてきた。
俺、梶原流星は父親の影響もあり、物心ついた頃からVR世界に魅せられていた。
この世界では己の肉体を動かして遊ぶことの出来るゲームが数数えられないほどに存在し、その中でもモンスターを倒したり、武器を生成したりetc…するMMORPG(大規模オンラインロールプレイングゲーム)、この世界ではVRMMORPG(バーチャルリアリティー大規模オンラインゲーム)がこの世界が構築されてからずっと流行っていて、こちらもかなりの数が出回っている。
俺はその手のジャンルのゲームをこよなく愛し、そしていつしかリアル(現実世界)でもそのことばかりを考えるようになっていた。
そうしていつものように、仮想世界に構築された学校からログアウトポイントに帰ろうとした時だった。
目の前の十字路で自分が通っている道と垂直に交わる交差点を一直線に衝撃波のようなものが通りすぎていった。
俺はMMORPG慣れしているためかほとんど驚くことはなかったが、周りは違う。そして何があったかをコンマ1秒後に把握すると、この光景の異様さに背筋に冷気が走る。
なぜなら学校のような公的機関がある現実的仮想世界と仮想ゲームの世界は確かに切り離されているはずだ。それなのに何故。
刹那、その衝撃波に吹き飛ばされるように一人の少女が飛んで来た。
片眼に何かの機械を付けていて、それを両腕を顔の前で組んで、何かから身を守るようにして飛ばされている少女は俺を一瞥し…いや、路地の方を見たのだろう。十字の道を見て身体を大きくひねってその勢いを使って回転し俺が通っている直線側に入り込むと壁にガスッと音を立てて背中から衝突した。
「ぐぅっ…。」
その少女は一瞬呻いてうなだれた。
彼女の衝突と同時にカラカラカラと地面をなぞる音がして、何かが俺の足下に転がってきた。
それはぶつかった衝撃で落としたとみられる片眼の機械だろう。
僅かに後ろを振り向くと下校中の生徒たちが今の光景を見て唖然として立ち尽くしている。
彼女に最も近かった俺は歩み寄って体を揺する。
「お、おい!大丈夫か?仮想世界なんだから痛くは…ないよな。」
そう、この仮想世界には痛みを遮断するシステムが働いているはずなのだ。
故に痛み、及び貧血などによる気絶はあり得ない。
では、何故それは起こった?
事実として今彼女は頭から血を流して…
そこまで考えたところで思考が停止する。
待て。おかしい。
彼女だけが何か違う。
その違和感に気付くのにさして時間はかからなかった。
この仮想世界のものは全て、現実世界と区別するためにあえてポリゴン、つまりゲームのようにほんの少し肌や服が気にならない程度に角ばっているように設定してある。
だが、目の前の少女は明らかに違っていた。
ミルクティのような髪の色、そしてその絹のような滑らかさと艶。
肌はしっとりとしていて、血と汗で貼り付いて垂れた髪の間から垣間見える彼女の顔に桜色の唇と曲線を描く頬。
そして、体から滲み出た艶が光沢を帯びていて艶やかに輝いていた。
まるでこの娘だけがこの世界から切り取られている。
そんな錯覚に陥りそうになるほどこの少女はホンモノだった。
限りなく現実世界に近いその少女は、この世界ではあり得ない【血】を流している。
そして日常生活を送るための現実的仮想世界では設置不能なシステムである、ゲームの中でしかあり得ない突風が彼女を襲った。
つまりは…
ザシュッ。
耳元で何かが切り裂かれる音を聞いた。
切り取られたそれは放物線を描きながら落下して俺の視界の端に入る。
あれは…耳…?なんで耳が…?
時間がゆっくりと流れるような感覚に包まれるが、自分の左耳の焼けつくような熱さに思考回路を吹き飛ばされる。
「がっ、があ…っあ、あああああ…」
そう、千切れて飛んでいったのは俺の耳だった。
この世界では痛みを感じないはずなのに、本当に切り裂かれたかのように血が吹き出す。
ただし俺の方はホンモノの血とは言えない仮想の血(赤いポリゴン片)だったが、現実では味わったことのない程のホンモノの痛みがジグリジグリと刺激する。
まるで現実で通り魔にあったみたいじゃないか。
千切れた耳は地面に落ちると、自分がよくプレイするゲームと同じようにバリィィンという破砕音と共に白銀の光を伴ったガラス片となって爆散した。
「あぐっ、ぐぅ、げぁっ…」
声にならない呻き声を上げ、その場をのたうち回る。
痛ぇ、痛ぇんだよ!
なんだよコレ!!はぁ!?え、ウソだ!耳ががががががが…
なんで、耳が。俺の耳が切り飛ばされないといけないんだ…
クッソがぁっ!!!
声がでない上に変な寒気が身体中を突き抜け、更なる追撃から身を守るため、そしてそのために状況を把握するため舌を噛み千切るほどの勢いで歯の間に挟んで一旦痛みに堪える。
そのまま立ち上がると目の前に見たことのある馬が立っていた。
ブルァッブルァッと鼻を鳴らし、勒をパカパカ鳴らしているソレは、馬に見かけがよく似てはいるが明らかに異なる点が一つ。
頭に一本の鋭い白銀の角を携えていて、それの周りには光の粉のようなものがキラキラした光を放っている。
俺はその幻獣を知っていた。
何年か前にプレイしたVRゲームのモンスターの内の一匹で、白銀の一本角に風を体中に纏い、真っ白な体躯から伸びた首筋にはエメラルドグリーンのフサフサとした毛が自らが纏う風に揺られている。
その名前は【ブラストウィンドユニコーン】突風の一角獣だ。
でも、何故コイツがこんな現実的仮想世界に紛れ込んでいるんだ?
サーバーが違う云々じゃなく、根本的に住む世界が違うはずのこの世界に何故。
まともに考える暇もなく、
ビヒヒヒヒヒイイイィィィイン!!
という雄叫びと共に前足を振り上げた。
「ちょっ、待っ…」
一旦待てという俺の願いも虚しく、その前足は降り下ろされる。
ドゴッ。
という音と共に俺は吹き飛ばされる。
ただし、ユニコーンの前足にではなく先程まで気絶していた少女の左足による回し蹴りによって。
器用に何かの武器でユニコーンの前足を防ぎながら、片足を振り上げていた。
薄いピンクのスカートがヒラヒラと風にたなびく。僅かに細めた眼の先に見えたソレは。
純白だった。
「っぐぉあ…!?」
視認できたことがむしろ奇跡だったろう。
ソレほどまでに彼女の蹴りは凄まじく、音速と言っても言い過ぎではない程に速く、かなりのキレがあった。
「少し退いていて下さいね。」
飛ばされながら見える彼女の綺麗に整った桜色の唇がそう動いているように見えた。
ドゴッ。
「っぐ、痛ってえなぁ!」
壁に打ちつけられた俺は、またしても痛みがシステムによって吸収されないことに歯噛みし、軋んで痛む肩を撫でた。
そんな俺を意に介することもなく、彼女はユニコーンと闘っていた。
だが、あんなに素早く動いているのが不思議なくらい既に彼女はボロボロだった。
その俊敏な動きはまるでゲームの中に入り込んでモンスターを狩っているかのような感覚にほんの一瞬囚われたが、耳の痛みを筆頭にして軋む体が訴える。
ゲームなんかじゃない。
今起こってるこれは全て現実だ。と。
まさか、あり得るのか?
何らかのエラーで繋がっちまったのか?
ゲームとこの世界が。
ブンブン。
頭をふり(耳の激痛には耐えられなかったが)思考を加速させる。
まずは何故コイツがここにいるかじゃない。
どうやって排除するかだ。
彼女はあの片眼の機械以外に何も持っていなかったはずだ。
なのに何処からか双剣を取りだしヤツと闘っている。
最早答えはひとつしかなかった。
俺にはなにも出来ない。
ただ見ていることしか出来ない。
無力な自分を嘆き、何らかの能力の覚醒を嘆願するしか出来ない。
そんな憐れな普通の一般の多数派の中二病の少年でしかなかった。
そんな一般人とは異なる美少女は滑らかな動きでユニコーンの懐に潜り込み、何かを叫んだ。
「スタースライサー!!」
恐らくボイスコマンドだと思うが、そんなもの普通ならこの世界じゃ何も起こらず、周りから痛いものを見る目と心地の悪い静寂をプレゼントされるのだが、それはあくまでも【普通】のはなしであって、今はそれとは全くかけ離れた、異常事態であるからして…
彼女の両手に握る双剣が光る。
これでもかというほどやたらと光る。
左手側が赤、右手側が青というオッドアイならぬオッドソードだなとくだらない考えを抱く。
キュイイイイイという心地好い効果音と共に強力な奥義が発動した。