02
現実世界では整理現象以外でなかなか出すことの無い携帯端末【クロスデバイス】を取り出す。
この端末により現実世界の知り合いとコンタクトをとるだけではなく、今まさにこの瞬間仮想世界にいる人間とコンタクトをとることが出来る、これまた最先端な人類の叡知というやつである。
取り出して画面を一度スライドさせるとその端末から黒い豆粒のような物が飛び出し、耳元で滞空したそれから口許に向けて曲線を描きながら棒のような物が伸びる。
「ワンセグ、チャンネルはMMOTV。」
デバイスに搭載された人工知能が俺の口から発せられた言語をきちんと理解し、僅か一秒後にはその機能を完璧に再現してみせた。
画面が拡大してホログラム映像として展開される。
移動ポットに乗った俺達はその内容に耳を澄ませた。
『優勝したご気分はいかがでしょうか?』
『今後どういった活動をされていくのですか!?』
などというリポーターの詰め寄る先に隠れた慎重が高くはない少女は無言だった。
少女の対応に俺は先程の燃えるような蒼玉と彼女の中に感じた違和感を思い出す。
「なにがしたいんだろうなこの女は。」
一緒に覗いていた京が不思議そうに唸っているが、あの瞳の中の彼女の意思は異常なまでに固執した何かを含んでいるということだけは俺には分かった。
それが何なのかは解らないがそのズレが態度に出ているような気がした。
映像に映る彼女の表情は喜びでも感動でもなく、哀れみと憎悪、そして悲しみだった。
その表情に記者たちも何らかの思いを抱いたのだろう。
『その表情は優勝して当たり前ということでしょうか!?』
その言葉に女がピクリと反応する。
すぐそのあとに右手を前に突き出しヒラリと横にスライドさせながらキレイなハスキー声で発した言葉は
『ログアウト。』
だった。
辺りは静まりかえった。
何故なら仮想世界の頂点に立った人物がヒーローインタビューにすら応えずにその場所から姿を消したからに相違ない。
異例の事態に戸惑う記者たちは互いに顔見知りもいるだろう記者群の中で、どう記事を作るものかという愚痴とも嘆息とも言えぬ雑談に移っていた。
そこで移動ポットが俺の家の近くに到着したので、それを機にデバイスをスライドして呟く。
「シャットダウン。」
ホログラム映像が閉じるとすぐに画面が真っ暗になり、耳許で浮いていたそれも元の豆粒に戻り、携帯端末に吸い込まれていく。
「ふぃーっ。終始不思議な奴だったなぁ。」
ポットから降りたあと不思議な女、京が伸びをしながら言う。
「お前が人のことを言えんのか?」
「イシシシ。それな。だけどアイツはアタシ以上だとおもうけどねぇ。」
「どうかな、おまえも相当イッてやがるからなぁ。」
ガスッという聞こえるはずのない音が俺のふくらはぎから鳴る。
「んぎゃっ!な、なにしやがる。」
「なんかムカついたから。」
淡々と答えた彼女を見ると蹴り飛ばした満足からか満面の笑みを浮かべていた。
京を恐らく微妙な表情になっている顔で見つめてから溜め息をつき、移動ポットが飛び交う上空を仰ぎ見る。
「昔はもっと空は青かったらしいぜ。」
「みたいだね。」
「海ってのがあったんだってな。」
「みたいだね。」
「山登りって楽しかったのかな。」
「どうだろう。運動するにも効率が悪いし遭難して死ぬ人もいたみたいだし。」
海や川や空は俺達にとって最早本やゲームの中の世界でしかなかった。
ゲームの中で海を泳ぐことはあっても、この現実世界には自然という概念は一切なく、空気は全て人工だし、食べ物もボタン一つで生成されるようになっている。
ただ食べれば太るということだけは仮想世界とは違うのだが。
俺達現代人は食うことには困らない。
何故ならその食料の生成は無から作られているのでコストがかからない。
これも全て【世界の脈の流れ】というものを解析した結果だというが俺にはなんのことだかさっぱりだ。
とりあえず自宅近くの公園に備え付けられた自販機に寄りボタンを押して操作すると、自販機の取りだし口からボックスが現れる。
ソイツを既にベンチに腰掛けていた女にも放ってやる。
「ありがと。」
と言ってクロスデバイスを開いてその箱にかざすと、クロスデバイスにメニューが出てきて検索ワードに引っ掛かったそれをピックアップし、味の種類や濃さ、調味料などを10段階で調節する。
すると京の手の中のボックスから出現したのは【ハンバーガー】だった。
「照り焼きソース濃さ10、七味唐辛子MAX、マヨネーズ限界量。ハバネロソースに自分でアレンジしたセイントソースのコレめっちゃウマイよ。」
やたら濃くて辛そうなそれにかぶりつく友人を見ていると、こちらが汗を吹き出しそうになるので視界に入らないように下を向いてボックスにクロスデバイスをかざす。
俺が選んだのは【たい焼き】だ。
全て通常のレベル5に設定して取り出す。
ゲームのあとに食うたい焼きはこれ以上の幸せは無いと言わしめんほどの幸福と満足感を俺に与えてくれる。
アイラブたい焼き。
ギブミーたい焼き。
噛み千切ると中の餡が顔を覗かせる。
うめぇええええ。
俺の感動(半分現実逃避)を無視してハンバーガーを食べ終えた京がはふぅと一息つく。
「あれからもう2年かぁ。」
「そうだな。」
あの大戦から2年が過ぎていた。
俺はかつての自分を責めて、もっと強くなることを決意した。
二度と誰にも負けることの無いように。と。
その思いは固く、つい昨日までPVPでは無敗の記録を続け、最強を名乗るのに残るは決勝のみとなった先の大会で俺は負けたのだ。
二本の細剣使いによって。
思い出しただけで自分に腹が立つので今日のことは忘れるように心がけよう。
俺のスポンサー希望だった奴らのことも忘れて。
どうせ奴らは細剣使いを追っかけ回しているに違いない。
そんなことを考えながらも俺は二年前のことを思い出していた。
現実的仮想空間からログアウト出来なくなっていたあの日のことを。