09
その0.001%に賭けて俺を含めて数多のプレイヤーが挑んだが結局はそのレイド戦では誰一人としてドロップすることがなかった。
ただ一人その中になんの気まぐれかソロで挑み、あまつさえたった4%のドロップ率にも関わらず手にいれた奴がいた。
ソイツは俺だった。
ソロでクリアすれば4%というのは運営の意地悪で100%に設定しているのでは?と思った程あっさりドロップしていた。
ソロでクリアしたところで4%くらいならやる必要もないか。と諦めた奴らも数多くいる。実際俺も回復用ポーションが残りわずか一つというギリギリのところでクリアできたのであるからして、アイテムは根こそぎ持っていかれるやら、敵は強くて倒せないやらで、それをやるメリットは俺がソロクリアするまで無いに等しかったのだ。
膨大な体力ゲージの上に、ゲーム内最強の攻撃力を誇るアイツによく勝てたものだと自分を含めたゲーム内の住民の伝説となっていた。
当時中学生だった俺はMMOニュースのトップに飾られることになり、取材やら何やら大変だったのをよく覚えている。
この件に関して語りたいのは山々だが今回は関係がないので置いておく。
そこまで回想したところでふと疑問に思う。
何故愛用のこの武器が出てきたのかについて。
現実的仮想空間のアバターとゲーム内のアバターは異なっているものの、ハードであるヘッドギアがそもそも共同仕様なので、その個別IDが同じであるためハード内の情報を読み取ることで俺のゲームの情報をこちらの現実的仮想空間に持ち出したのかもしれない。
だがそれが可能だとすると今陥っている状況のようにこの世界にモンスターを呼び寄せることが可能だと証明することに等しい。
恐らくある程度はモンスターがこの世界に出現してしまう原理を解析したのだろう。
それを利用してモンスターではなく武器を引っこ抜いた。
そんなところか。
となると逆探知して敵のIDを割りだせはしないだろうか。
いや、それは無理だった。確か逆探知できなかったとかユーリが言ってたっけな。
まぁ今はそんなことどうでもいいか。
そんなことより…。
目前に迫る敵の大群を睨む。
戦闘開始まで残り5分といった所まで迫っていたのでユーリに最後の確認をとる。
「ユーリ。」
「はい、どうしました?」
「コレはかつて自分が遊んでいたゲームの中で最強の装備が取り出せる。そうだな?」
「いえ、少し違います。」
「と、いうと?」
「取り出す直前に自分がイメージした武器が自分の記憶から取り出せるようになってるそうです。」
ん?となると少し推理と異なるぞ。
つまりはヘッドギアを介入してないのか?
俺のイメージそのものが武器として現れる。そんなことが果たしてありえるのか?
何度も確認するがここはほぼ現実。そんな魔法みたいなことをどうやって。
「よく考えてみてください。私達は既にヘッドギアを装着していませんよね?」
「そうか!そうだった。」
忘れていた。
ヘッドギアは人間が消失した後にも残っていて、しかもその中身のデータが空っぽだったとMMOニュースに上がっていたことを思い出す。
つまりは…。
その先はそのまま彼女の言葉として表された。
「ヘッドギアのデータベースのバックアップがアバターの脳に詰め込まれた上でログアウト不可能な状況にされてるようなんです。」
それならば納得出来る。
ヘッドギアに内臓された膨大なストックデータを脳に詰め込んでいるとすれば、それは記憶と何ら変わりなく情報を取り出すことが出来るだろう。
ただしあくまでもそれは思考や言葉として取り出すことが限界である。
その限界を突破し、物体として具現化するのに必要なのがこの片眼に装着した機械ということだ。
取説付きだったソレの名前は【ディバージョンインカーネイトアイ】。
流用し具現化する眼という意味のソレの意味を今になって理解する。
【世界の脈の流れ】を操作して自分の頭のなかから流用した情報を具現化する。
考えただけで背中が凍えるようなシステムだ。
何故なら同じようにしてあのモンスター軍隊も創られることができると憶測することが容易であるからだ。
同じ疑問が何度となく浮かび上がる。
本当にそんなことが可能なのかと。
だが黒点ではなく色が視認出来る程の距離にいるモンスターの大群とこの武器を目の前にしてどんな理屈が必要であろうか。
いや、必要ない。
ならば、俺に出来ることは一体でも多く敵を切り裂き、排除することだけだ。
教えてくれたお礼を言うや否や、1つだけ気になることはあったがそれを思考から追い出し、神経を張り詰めて集中し始める。
ティンクさんの合図で戦闘が始まる。
もう1分に満たない時間がゆっくりと流れる。
ティンクさんが前方にいた仲間の一人に合図を送った。
直後、刀を横に薙いだ時に出来る軌跡のようなものが大群と俺達の間で光り、それは幾重もの爆発を伴って数多の球状に拡散した。
「すっげぇ…」
思わず賞賛の言葉を漏らす。
隣でユーリがウインクしてくるのが視界の端に映る。
弓部隊の強化拡散矢が一気に敵の数を減らし、それに続けてティンクさんが叫んだ。
「戦闘開始!!」
その合図と同時に俺は地を蹴った。
イメージが装備として具現化するそのシステムを利用して背中にウイングモンスターズオンライン最速の翼【ジャヴァウォックウイング】を背中に携え、かつて広大なフィールドを駆け抜けた、安定した履き心地と耐久性をもつブーツ【バーストステップ】で地を蹴り、クリーチャー無双オンラインのラスボスのみがドロップする激レア防具【ジエンド】を装着した状態にして全力で駆ける。
槍のように道を突っ切る途中で遭遇した1匹目は、蜂型ザコモンスター【ノーマルワスプ】を避けずに体を僅かに捻って元にに戻す勢いで刀を降ると一撃で絶命する。
爆散音がしないので違和感を感じるが真っ二つになって死なないやつはいない。
故にそれを確認することなく走り続け、2匹目、3匹目とほふ(パソコンで漢字変換)っていく。
「ぅおおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に次の雑魚を切り捨てたその先に5匹目に中ボス級の鳥型モンスター、【ギガントホーク】を視認するとキキキキキキッと音と火花を立てて立ち止まる。
「久しぶりだな。ギガントホーク。」
コイツには少しだけ思い出がある。
とあるクエスト受けてコイツを討伐するように依頼されるのだが、最初はコイツの住み処に行くとモンスター1匹として出現せず、代わりに1人のNPCの少年が立っている。
少年に話しかけると新たなクエスト依頼を受けることになり、街の少女の元へ行き届け物をして欲しいという。
その届け物を見た少女は涙を流しながら口にする。
「また向こうで会えるわよね。」
と。
その時には意味が分からないようになっているのだが、改めて少女からギガントホークの討伐依頼を受ける。
その内容により彼女の言葉の意味を知る。
クエストタイトルは【小さな恋人の形見を取り戻せ】。
他の人間がこのクエストを受ける時にはこの少年は俺が会ったときと全く同じようにして立っていて、少女は全く同じように泣き、同じ台詞を繰り出す。
だがそこには偽物という概念はなく本物の人間が本物の人生を歩んでいる。
俺はそう感じずにはいられなかった。
この考え方は周りに話せば笑われるのは分かっているので口にしたことはない。
ゲームにおけるNPCへの考え方は人それぞれだ。
意思の光を放つ瞳を持つ少女の依頼により再び奴の住み処に行くと、ギガントホーク1体と取り巻きの【スライムホーク】が4体ポップしていて、それを倒すと必ずドロップするが、ここでしか手に入らない激レアアイテム【ヨークの剣】が手に入る。
この剣は当時、一度も強化することなしに1ヶ月程最前線で闘える強さを誇っていたが、これが少年の形見であることはクエストクリア条件の納品リストからは明らかであった。
このクエストではほとんどのプレイヤーが納品しないことを選んだ。
何故なら最前線で闘える強さを持つ武器を納品するほどクエストクリア報酬は豪華ではなかったからだった。
その報酬はランダムボックス。
中には回復用ポーションからレアインゴッドまで入っているのだがドロップ品の剣とは比較にならないほど価値が下がってしまう。
ならば最前線で使えなくなったら納品すればいいと考える奴はいなかった。
何故ならこれはイベントクエストで開催期間は1週間しかなく、また挑戦は一度きりでパーティーを組んでもドロップするのはクエストを受けた本人のみだからだ。
だが、俺は迷わず納品する方を選んだ。
ただこの続きを、この一組の恋人達を最後まで見届けたい。
そんな思いだけで俺は納品を選んだ。
動画サイトにこのクエストをクリアした奴の視覚に割り込んで、自分がクエストを行っているかのような立体ムービーが上がっているのは知っている。
だがそれで形だけ見てハイ終わりというのは味がなさすぎるため、俺は昔一度試した限り二度と見ないと決めていた。
(クエストを反復するための復習をするのにはよく使う)
それをしてしまうと自分のプレイ時にはかなり色褪せてしまう。
全ての展開を知ってる訳だからなぁ。
何でも同じことを繰り返すのはツラいってのは共通の概念だろうから説明するまでもないだろう。
そして納品した続きはこうだった。
「ありがとう。これで私も悔いはないわ。ヨークのことはいつまでも忘れない。ずっと私の心で生きているもの。そしてきっとまた天国で会えると信じているから。」
彼女の涙をもらい受けて鼻の奥がツンとして不意に目元から滴が溢れる。納品したことに対する悔いは全くなく、
「あぁ。そうだな。そうだといいな。」
と呟いていた。
彼女にはプログラミングされたこと以外のことは出来ないようになっているがこの時はそうは思えなかった。
腫らした野暮ったい両目から涙がこぼれてはいたが、俺の言葉が伝わったかのようにその目は放物線を描いてニコリと微笑んだ。