プロローグ
痛い程の殺気が互いの空間でぶつかり、擦れあい、それを見ている観客の唾を飲む音すら聞こえそうなほどの静けさが辺りを包んでいた。
舞台は仮想世界放送局主宰のPVP(プレイヤー対プレイヤー)最強決定戦、決勝。
誰よりも強くなると決めたあの日から2年が経ち、この勝負の結果云々(うんぬん)で全仮想大規模オンラインゲームのプレイヤーのトップ100人のランキングが決まる。
今回は第一回大会なので、そのランキングのベースとなる順位を決める重要なイベントなのである。
その順位の取り決め方は至極単純で、世界中からの応募者全5000万人中この大会の予選を勝ち抜いた時点で100位以内に食い込み、一度勝てば50位以内、二回勝てば25位以内と数字が半分になっていき、全勝すればプレイヤーランキング1位というものだ。
もちろん今回はこのベースを決める大会でもあるため本選の一回戦でくしくも敗退した51位から100位(現在は決勝なので3位以下のその他の順位も全て)の順位も別ブロックで対戦して行われる。
そんな中5000万人中2位以内は確定した俺は自分でいうのも恥ずかしいが、かなりのトッププレイヤーとして認知されるようになる。
もちろんアバターを知られ有名人扱いされてしまうという、人によってはメリットがあるのだが、俺にとっては少々厄介なところもあるがその分かなりのメリットをこの大会は持っている。
全世界のTV番組で放送される生中継。
この番組をMMOファンでなくとも白熱した疑似の殺し合いを楽しむ、普通にスポーツ好きの一般人なども多く視聴している。
非常にありがたいことにスポーツ同様、全世界の色んな金持ちがこの放送を視聴しているわけで、スポンサーになりたいという人達がわんさと出てくる。
実際にいくつかの大企業はその手の内容を公に発表している。
スポンサーが付くメリットは、まずこの世界に接続するための接続料金が会社によって支払われるということもあるが俺にとって最大のメリットは、それが仕事扱いされるので、一日中ゲームをしていて莫大な給料が自らの指定口座に振り込まれるというものだった。
正直MMO廃人の俺としてはこんなにありがたいことはない。
そして次に、これもかなりのメリットがあるのだが、先程も述べたが俺の仮想空間でのアバターは全世界に知れ渡ることになる。
つまりこの先ゲームにログインするプレイヤーの大半がゲームサービス開始から俺を知っている訳で、当然色々なクエストに引っ張りダコとなる。
沢山のクエストに行けば当然レアアイテムやレア武装が手にはいる確率が増えるため、それは大きなメリットと言えよう。
そして2位確定ということは、既にそれらが約束されたも同然で、メニューウインドウに隠れたメールボックスが騒がしいのはそのせいだろう。
対戦時は音を消している上に騒音が耳に入らないくらい集中しているので問題ないが。
戦闘開始まで100あったカウントも残り30となり俺は全神経を研ぎ澄ますために目を閉じる。
一般的な人間はほぼ全ての情報は視覚頼りであるが、それを頼りにしすぎることは戦闘においては不利な状況を導きやすい。
俺はそれを防ぐために対戦開始の1秒前まで目を開かず、視覚以外の五感を用いて敵を捉える。
それを長く続けているお陰か、目を閉じていても暗闇にぼんやりと光るシルエットとして敵を捉えるまでになっていた。
カウント残り5。
瞼の裏に映る敵は右の手、つまり利き手で持つ武器をわずかに腰の下に構えるのを感じた。
あのモーションは間違いない。
突進系コマンドを狙っている。
ただこの大会は色々なゲームのプレイヤーを募っているため、かなりメジャーなものでない限り繰り出される技は対策のしようがない。
技の威力はその武器から連続して繰り出されるコンボ数により単発の重さが設定されている。
だからゲームに規定されたスキルで戦うよりも、両手剣でない限りは一発一発の攻撃力が全ての武器で共通している通常攻撃で戦ったほうが効率がよいのである。
だがそれにはスキルや奥義に頼らない自らの力が試される。
速さ、腕力、動体視力など、現実世界のスポーツと同じようにそれらが要求され、また、敵の行動を読む能力も不可欠となる。
バトルヒーリングスキル(戦闘中の自動回復)は勿論なく、HPバーが全損するまで己の持てる力を余さず発揮して殺し合い、最後にその場に立っていた者が優勝となる。
俺は優勝して最強を名乗らなければならない。
どんなことがあったとしても。
突進系の技が来ると確信して目を開くと同時に、カウントは01となり集中力を最大に引き出す。
【START】の表示が浮かぶ前に互いに地を蹴る。
読み通り突進系スキルで猛然たる勢いで突いてくるその武器は細剣。
フェンシングさながらのその動きは切っ先が突き出されるため、俺の持つ両手用太刀では相手が悪い。
喉元を突き抜けようとするそれを読みと経験ですんでのところでかわし、代わりに俺の刀による奥義を見舞う。
太刀カテゴリー奥義【エクステンドホリゾンタル】
水平に振られる太刀が数メートル伸ばされ(エクステンドされ)、中距離にいる敵わも切り裂く中級奥義である。
完全に敵の突きを避けて懐に入り腹を上下に真っ二つに今まさに切り裂かんとしていたが、流石は決勝までくる敵であるというところだろうか、背面ジャンプのように体を捻って跳び、しなやかな体が俺の奥義をヒラリとかわした。
手慣れているどころか達人級のその動きに心で拍手して、剣の勢いそのまま左足を軸足にして回転し、敵の落下地点を狙う。
が、伸びきった刀を振り抜いた俺が目にしたのは敵のアバターがヒットポイントを失って爆散する姿ではなく、細剣という刺突武器にあたるそれの刃で受け流し、交じり合った剣をキィイイイインという金属音と共に滑らせ今度は奴が俺の懐に潜り込む。
黒いマスクを着けていて、深く被った服に備え付けられたフードの間から、ブロンドの髪と青く澄んだ海のような瞳が覗く。
だが表情はマスクで隠れているためよくは見えない。
決勝のその相手の名は【clear】(クリアと読むのだろうか?)というアバターネームらしいが、どのMMOでもニュースですら見かけた記憶がなかった。
ニュービー(初心者)なのかな。
とも考えなくもなかったが決勝まで勝ち上がって来た実力とその動きを見れば初心者の線はまずない。
だが、こんなにスゲエ動きをするやつがどうして今まで全く名前が持ち上がらなかった。
一抹の不安と疑念を抱くがそう考えたところで戦闘に役立つ訳もなく、思考の隅に追いやり自分を撃とうとする敵の細剣で突き抜くような鋭く、太平洋のごとく深く蒼い眼を見据える。
流れて弾かれそうになる刀を腕の角度ごと敵の細剣と垂直になるように捻り、切っ先を刀の峰で持ち上げて持てる力の限り真上に振り上げた。
敵の細剣は宙を舞って、クルクルと回転しながら飛んでいく。
勝った。そう確信した。
だが次の瞬間、俺の喉元を敵の細剣が貫き、そして剣撃により互いにすでにそこそこ削れたヒットポイントは、たった一撃の急所への攻撃により全損した。
バリイイイン。というガラスの破砕音のようなエフェクトと共に俺の体は爆散し、そして対戦フィールドから弾き出された。