表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

紅い音色に想いを乗せて

紅い音色に想いを乗せて 9 【完結】

作者: 庵原奈津

春陽しゅんよう、ダメだ、戻ってこい。行くな、堕ちるな。お前は人だ」

「私が――宗助そうすけを殺した。いない、いない、いない、いない、いない。藤皐月ふじさつきを殺した、殺した殺した殺した」


 壊れた人形のように同じ言葉を繰り返す。遠くで、樹希たつきの声がした。

 自分の中に入ってきた者達に対処できない。呑みこまれる。暗闇に。喰いきれない。負けるものか。負けてたまるか。ここで負けたら、藍澤宗助を喰らい藤皐月を喰らった意味がなくなる。耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ。


――私ハ誰ダ?


「ああああああああああああああああ」


 自分の意思を保つために、自らに刃を突き立てる。手の甲から、血が溢れ出た。それを樹希が急いで止めた。何度も繰り返し、樹希が私の名を呼ぶ。仲間の声を頼りに、理性を保つ。でも、それだけじゃ足りなかった。体の中から、何かに食い破られる感触がする。完全に呑みこまれそうになったその時、声がした。聞き慣れた声が。


春陽しゅんようさん。あなたは獣じゃない。私はまだいます)

藍澤あいざわ宗助そうすけ……?」

(はい。あなたが守ってくれた。自分の中に入れて……)

「……」

(私はあなたの中に。私たちを、助けてください)


 徐々に意識がはっきりしていく。目で探した。最後まで諦めたらいけない。


 ――引きちぎられても、泥にまみれても、一度手を付けたことは、終わらせろ。


 そう教えてくれた人がいた。『春陽わたし』の記憶と、樹希たつきの声を糧にして自分を立て直す。まだ僅かに原形をとどめているそれを見つけた。藍澤宗助あいざわそうすけ藤皐月ふじさつきの思い出の品。手を伸ばすと、少しざらりとした感触が手に伝わった。紐の横には満開の桜が咲いた枝が一つ落ちている。弱々しくそこから気配がした。注意深く探ると、藤皐月ふじさつきの気配だった。


樹希たつき……助けて」

「何でもしてやる」

「二人がまだいる……ここに」

春陽しゅんようは、どうしたい?」

「――助けたい。この二人は、喰べたくない。でも、どうすればいいのか分からない」


 今まで、怪異を助けたいなんて思ったことはなかったから。

 引きちぎられた紐と、衝撃で折れた枝。そこに、ぽたぽたと何かが零れ落ちた。

 雨は降っていないのに。水滴は、私の目から溢れ出たものだった。どうして泣いているのかは分からない。でも、私はきっと答えを見つけた。


「二人に意識を集中させろ。分け与えるんだ。春陽《お前》自身を」


 私の中にいる藍澤宗助あいざわそうすけに集中する。心の奥底がふわりと温かくなるのを感じた。その感覚を中心に命を守るように彼の存在を包み込んでいくと、周囲が光に包まれた。隣を見ると、桜の枝を手に樹希たつきが同じことをしている。彼のそばには、藤皐月ふじさつきが立っていた。私の中から、藍澤宗助あいざわそうすけが出てくるのを感じる。


 二人は手を取り合うと、互いの存在を愛しむように手を絡めた。私たちは何も言えず、向こうも何も言っては来なかったが幸せそうな二人の笑顔を見て確信していた。私が初めて取った道は、間違いではなかったことを――。


 冬に吹く、身を凍らせるような冷たい風に乗って、桜がそれぞれの想いを乗せて去っていった。


<おわり>

ご愛読、ありがとうございました。

よろしければ感想・評価をいただけると嬉しいです。


また、本日より長編連載始めました。

こちらも読んでみていただけると幸いです。


・Lord's Prayer -祈る者-

http://ncode.syosetu.com/n6417db/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的に良かったと思います。 相澤さん達の語られていない過去を仄めかす描写は特に好きです。 あと、主人公が堕ちかけた時の書き方に震えました。
2016/01/13 15:49 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ