第八話 ユメ
あたしの母親と父親はいかにも政略結婚、と言えるほど仲が悪かった。母親はかなり高貴な貴族でプライドが高いためか知らないけど、自分専用の屋敷からほとんど出らずにあたしたち兄妹のことを守った。でも長続きはしなかった。
もっといい結婚話があるのよ。だから、ごめんなさい──母親はあたしが9歳の時、母親は25歳だったけれどもやっと幸せな結婚をした。父親はただ黙って頷いていた。よかったな、と。
何一つ不自由しないように、と父親はあたしたちに一つ一つ屋敷を敷地内にプレゼントした。それから──父親の姿は見たことがない。どこに消えたのだろう。なぜ、あたしたちの目の前から消えたのだろうか。
「おい、大丈夫か? 泣いてるのか? 」
「──っ」
フォンテーヌの様子を見に来たフォンゲルトが側にいた。
いつの間にか過去のことを夢で見て泣いていたらしい。最悪だ。
しかもあたしに比べれば何十倍も幸せなフォンゲルトに見られるなんて。
「誰にも言わないから、話してくれないか」
「……あたしが9歳の時、お母さんとお父さんが離婚したの。それで、お父さんはお屋敷くれたんだけど──それ以来姿を消しているの」
「それで、ト・モルは随分と家族がいなかったんだな。領主も他のおっさんより若かったし」
「やっぱりなんにも知らなかったんだ。いいよね、フォンゲルトは幸せで」
「いや、俺は幸せじゃないぞ」
「え? だって、婚約者も──」
フォンゲルトは目をふせた。一体、何が……?
「宮殿がなくなり、フォンテーヌと俺だけになったと知った途端、婚約者の態度が豹変した。『帝国を再び元に戻すなんてあなたには無理よね。あんなひ弱でしかも大火傷を負った妹がいたら余計にね』──今もまだ、鮮明に覚えているよ。あんな顔して言われるなんてな」
「婚約者に……優しい人だったんでしょ? 」
「ああ。リリはいつも優しかった」
「そう……。フォンゲルトも辛かったんだ」
「……おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
私はまた寝た。
朝はまあすっきり起きれた。フォンテーヌは相変わらず早起きだった。(はまだ寝ている)しかし、何かおかしかった。
「フォンテーヌ、包帯は変えた? 」
「……リリのことは二度と話題にしないで」
「あ、ごめんね。別れた婚約者だも─」
「そうじゃないのっ! 」
フォンテーヌが声を荒げた。珍しい。どうして、そこまで。
「……ごめん。忘れて。リリは──リリのことはもう話さないでくれたら嬉しいわ」
「あ、うん。分かった」
悲しそうな顔されてしまったら困る。私はとりあえず笑顔をつくった。大丈夫だよ、と安心させるために。
「俺的に、剣術を身につければいいかと思うが」
「でもな……貴族でもないミカエルには……」
「あ、おはよう」
「おはよう」
廊下にでると、フォンゲルトとミカエルが話しながらやってきた。挨拶をするとにこりと微笑んでくれた。
「カルツィならもうすぐ起きるから、先に食事場に行ってて」
「分かった。フォンテーヌは? 」
「連れて行くから安心してよ」
「………ああ」
フォンテーヌは包帯を外してぼうっとしていた。リリという女性が何者なのか──調べてみたい。
でも、調べればフォンゲルトやフォンテーヌの傷に直接触れることになる。それはダメだろう。せっかくの仲間なのだから──。
「むにゃ……」
「あ、起きた? おはよう」
「おはようございます……」
寝起きがかなり悪いのか、むにゃむにゃ言っている。全く。
「とりあえずさっさと起きて、食事場いって」
「はぁい」
フォンテーヌはカルツィが苦手らしい。そりゃそうだ。黒魔女と白魔女。両極端。
カルツィがいなくなると、安心したフォンテーヌは私に腕を見せてきた。そこには──あの大火傷が未だに全く治っていなかった。
「……おかしいよ。どうして、なの」
「う、うーん。どうしてかな」
「……やっぱりあれのせいかしら」
「あれって? 」
「呪い」
「……! 」
「でも、大丈夫。きっとミカエルたちが解決してくれる」
包帯をぐるぐると巻き始めた彼女の横で私は何にも言えなかった。おそらくフォンゲルトたちには内緒にしておきたいのだろう。




