第三十話 乙女談義~5月7日~
ミカエルが特訓再開して1週間。私とフォンテーヌは万が一に備え、側で見守っている。でもやっぱり暇。
「ねえフォンテーヌ。好きな人っていたの? 」
「お父様に従い、お兄様を支えるのが私の役目だとお母様に言われていたからそんなのいない。乙女らしくないでしょ」
「ううん。帝国は本当に頭固いからなあ」
「……そうかもしれないね」
帝国最後の王はかなり頭が固く、妻である妃も道具扱いしていたらしい。そんな軟弱な妃は夫に従い続け、フォンテーヌやフォンゲルトに厳しく当たった。フォンゲルトの腕には妃から殴られたあとがまだ残っている。
「私も恋愛がしたいなあ。不死身の人と。お兄様は恵まれてるよ」
「そ、そっか」
「それじゃあそろそろお昼ご飯にしようか」
カルツィのお昼ご飯は美味しかった。でも、妃について気になるというか、宮殿の内部事情が気になる。しかしマスターに聞いたら、そんなの知るか、と言われた。かなりひどかったに違いない。
特訓後の夕方。大分片付いてきた王都をのんびりと歩く。
「おや、君たちか」
「っ、トルトン………! 」
おしゃれなお店が戻ってきた通りの一角に──極悪大臣・トルトンがいた。隣には奥さんらしき女性がいた。占い師みたいな格好をしている。
「すまないねえ。お買い物中なんだ。また後にしてくれ」
「……分かった。そういえばトルトン、お前には妻なんて」
「気安く呼ばないでくれるかなあ?元王子様 」
トルトンが笑いながら去っていく。奥さんもついていく。
「おかしいよ、お兄様。トルトンの奥さんは亡くなってるはずなのに」
「新しい人なんだろうな」
「それに、あの女の人。私とお兄様に殺気を向けていたよ。それも最初から」
「知り合いか……」
私にも身に覚えがある。それはお母様が出て行った後のこと。裏切り者の娘だと私が領民にいじめられた。お母様は幸せを掴むためにいなくなったのに、なぜいじめられなければなかったの? 毎日そう考えた。
いつの間にか手が震えていた。いけない。思い出しちゃ、ダメ。
「早く帰ろう。トルトンの娘はリュメヒ家の一員になっているから危ない」
「うん、分かってる。お兄様」
私達が宿に戻るとなぜかカノンさんとマスターがいた。二人は緊急の用がない限りこの東地区の宿屋には来ないとまで断言していたはず。(二人は宮殿に近い北地区に住んでいる)
「全てを話そうと思うんだ」
「私達も暗い過去をいつまでも隠していたらダメよねと思って。それに、これからのこともあるし」
「分かった。聞くからそのフリールームに」
マスターは座るなり、うつむいた。それほどツラい過去なの?
「俺は海の向こう側で生まれた。それもかなり裕福な家に。しかし、しきたり故三男である俺には名前がつけられずにこの国に売られた。13の時、俺はイヤで逃げ出した。その後、拾ってくれたのが宮殿お抱えの医師だ。俺に基本的な教育と基本的な治療を教えてくれた。それに、医師の跡継ぎにさせてくれたし名前もくれた。シウォンという名前を──。彼が年をとったころにはお抱えの医師になっていた。でもな、火災の10年前にやめた。カノンに出会って酒場を開いた。──まあこんなところだ」
「カノンさんとそんなに長く! 羨ましい」
「カルツィ、あなたも将来そうなるわ。宮殿内なんだけど、よくリュメヒ家当主が歩いていたわ。フォンテーヌやフォンゲルトの目につかないところで大臣を脅していたり仲間に誘ったり……。本当に大変だったの」
マスターが詳しく語らなかったこと
長男は強制的に跡継ぎ、次男は長男の欠点をサポートする替え玉役として監禁、三男以降は金稼ぎのために名前もつけずに売る。女の子の場合はより上の権力を持つ人と結婚できるようにひたすらお勉強。
裕福な家庭ほどキツい。ちなみに逃げたら1週間罰として拷問されます。




