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真実を探し求めて  作者: 神崎美柚
回復編
33/40

第二十九話 過去を見つめて~5月28日~

 ミカエルは先ほど、私に字を習いたいと言い出した。彼はどうやら簡易的なもの(庶民からすれば高度だが)しか習っておらず、夫が渡した本もあまり読めていないという。王族に成り上がるためにはいずれ必要なことだ。ちょうどいい。

 宿屋でしばらく教え、少し休憩することにした。


「あれは誰が書いたものなんですか? 」

「私と同じ諜報員よ。あの大火災で死んでしまったけれど」

「諜報員ってやっぱり頭いいんですね! 」

「そりゃあ、潜入したりする時に暗号で雇い主と会話するからそれなりには必要」

「……あの、マスターの名前って何でしょうか」

「……」


 ミカエルの質問に私は困惑した。マスターはあの大火災と同時に名前を失ったのだと語った。私も名前で呼ぶことを禁じられ、以来『マスター』と呼んでいる。


「し、知らないなら大丈夫です。ただの好奇心ですから」

「──彼はあの大火災で名付けてくれた親友を失ったと語っていた。自分は助けることが出来なかった、とずっと責め続け名乗る資格もないと私に話した。私も名前で呼んだのはほんのわずかな時だけ」

「それならいいですはい」

「マスターは人前で泣きたくないからね。はい、再開しようか」

「う」


 私も親友を失った。何人もの仲間を失った。泣きわめく王都の人間と共にしばらく泣いた。でも、しばらくして泣きわめく人間を愚かな者だと見下すようになった。──私は泣くことを忘れてしまった。

 マスターがしばらくしてやってきて、笑顔になろうとした。でも出来なかった。顔の筋肉が動かなかった。──私は笑うことを忘れてしまった。

 でももういいのだ。たとえ泣けなくても、笑えなくても、マスターがいる。彼が側にいれば私は大丈夫。


「大体理解しました! ここはこう読むんだったんですね。ありがとうございます」

「そう。もしも分からないことがあればフォンテーヌに聞いて。彼女も教養が高いから」

「フォンゲルトは? 」

「帝国の方針で資料がそれなりに読めればいいと教えられているからきっと無理」

「ふうむ、そうなんですね」


 ミカエルはまたカルツィの元に行った。本当にあの二人は仲良しだ。

 私はマスターがいる酒場に行くことにした。最近、王都の者は昼間は片づけ・再建と大忙しでガラガラにあいている。


カラン……。


「おう、どうしたんだカノン」

「あら~、どうしたのぉ? 」

「相変わらずお客さんいないのね」

「はっ、仕方ないさ。夏になる前にため込んでいた復興作業を今やらないとマズいからなあ」

「本当本当。バカよねぇ~。あ、私そろそろ戻るわ~」

「お、珍しいな」

「仲むつまじいお二人さん、邪魔できないわ」


 珍しくアリスさんが配慮してくれたおかげで私はカウンター席でマスターと二人きりで向き合えた。マスターは照れたのか店のドアに鍵をかけに行った。


「マスター、──ううん、シウォン」

「っ……! 」

「あなたはなぜ向き合わないの。私だってツラい。なのに、なのに」

「……向き合わないのは悪いかもしれないが、でも過去は過去だ」

「割り切らないで。あなたは名前を伏せているのが悪いことよ。あなたのことを知っている人が全員死んだわけではないはずよ。国王様やあなたの親友は死んだけれど、きっとまだ生きている人はいる」

「じゃあ聞くが王都の人間はどれくらい死んだ」


 私はシウォンに顔を向ける。彼が知らない事実を突きつけなくては。


「ほとんど死んでないのよ。死んだのは4割。ほんの、ね」

「それじゃあ宮殿の人間以外は……」

「ええ、吹き飛ばされたり大火傷負ったけど即死はしていない。そもそも一般人ねらいではないから」

「──それでも俺は」

「過去を見つめてよ! この愚か者! 」


 シウォンがぐっ、とうなって黙り込む。立ち上がってしまった。私がここまで怒るなんて正直びっくりした。


「お前はあの時も、王都の人間に対してそう思ってたんだろうな」

「そうよ。私は泣きじゃくって泣きじゃくって、涙が出なくなった。泣きわめく王都の人間に対して私は愚か者だと見下すことしか出来なくなったの。バカよね、私。死んだ仲間のこと考えても涙が出ないんだから」

「俺はカノンを──愛してる」


 初めて抱きしめられた。そういえば彼に抱きしめられたことなんてなかった。彼も過去を見つめようとしてるんだと伝わった。


「お前、泣いてるぞ」

「え? 」

「笑顔の練習をしたらどうだ? 」

「そうね。いいかもしれない」


 私は彼から離れる。涙を拭う。


「そろそろお店を開けないと。休憩したい人が出来なくなっちゃう」

「そうだな。よし、いいぞ」


 開けると、多くの作業員が押しかけてくる。また慌ただしい日々が始まりそう──。

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