第二十五話 黒と赤と白
「──これが、昔話」
「そうよ。前半は前置きだけど」
クスクス笑いながら、シェビアさんはその《記録》を閉じる。まだ続きがあってもあえて語りたくないのかもしれない。余計なことは言わないでおこう。
「私の師匠様はきっと生きてる。またどこかでお酒に溺れる日々を過ごしてるんでしょう」
「死なないのも悪いことですよね。痛みとずっと向き合わなければならないから……」
「まあ、死ぬ方法はあるのだけどね……」
「──と、ところで。本物の王妃様は? 」
「生きてるわよ、地下で。とりあえず地下は安全だし、これは私の戦いなんだから」
「……」
あの中で語られた母親のこと。黒の魔術師──黒魔術に染まった彼女がこの国を乱しているのかな。
王子はきょとんとしつつもなんとか立っていた。どんだけ女の子の前でいい顔したいわけ?
「赤の魔術師の後継者がこんなんじゃ、ねえ」
「し、失礼な! 」
「……え」
「師匠様が言っていたの。赤の魔術師の妹はかなりの権力者となる、と。その妹の子孫ってところ。ちなみに暴れてるのは姉の方よ」
どうやらかなり深刻なようだ。王子は逃げようとする。
「逃げないでちょうだい」
「赤の魔術師じゃなくても勝てますよね」
「無理よ、さっきの聞いてたら分かるはずよ。師匠様はおかげで初代赤の魔術師──リィシェンを失ったのだから」
「……仕方ないですね」
王子が頼もしく見えてきた。私はあまり魔術に詳しくないからさらなる解説を求めた。
「赤は攻撃、黒は破壊、白は再生ってところかしら。白にはほとんど攻撃系がない。ワタシが努力しても無駄だった」
「なるほど」
「さあ、行くぞ! 」
あたしは危ないから、と引っ込んでおくことにした。テラスから眺める。
「来たか。久しぶりだな、シェビア」
「出て行きなさい、黒の魔術師! 」
「それは無理な話だ。この女の理性は全て食べたんだからなあ」
「だからなんだと言うんだ」
「おや、赤の魔術師の妹の──子孫、ってところか。はっ、殺せないだろ」
「リィシェンさんは、リィシェンさんは──」
あの王子が怒っている。凄い憤怒のパワー。そして──炎を放った。黒の魔術師が少し怯む。
「ほう、リィシェンとは違うな。さすが男だ」
「今度こそ、コロシテヤル」
「ふっ、例え殺せても黒魔女はあちこちにいる。もはや意味がないぞ」
「──それでも敵は討つ」
シェビアさんがアシストをしながら黒の魔術師を攻撃する。ちょっと、見直したかも。(結婚はイヤだけど)
「ぐぬぬ……」
「大人しく消え失せろ! 」
「最後はワタシがやるわ。──《封印》」
「っ──」
声にならない悲鳴をあげながら黒いものが消えた。シェビアさんのお母さんが倒れ込む。
「ほんの少しだけ、暖かみがあるわ。これならまだ──」
「よしてください、こんなんじゃあ二度と起きあがれませんよ」
「でも、私のお母さんなのよ!? このまま見殺しにはできないわ! 」
「この人は普通の人間ですよ、分かってるでしょう!? 100年以上生きたらどうなるか、ぐらい」
「……そう、ね。お母さん、こんなに遅くなってごめんなさい」
あたしも大慌てで駆けつける。そこには──もう、亡骸もなかった。
「魔法から解き放たれたら朽ちるのよ。それも100を超えてから解き放たれたら、凄い痛みも伴うの。眠ったまま朽ちてくれてよかったわ……」
「じゃあシェビアさんもそうなんですか? 」
「そうよ。実は赤だけは違っていて、契約しても失うものがないの。多少丈夫になって長生きするぐらいかしら」
「なぜ赤だけ……」
「それ語ってると日が暮れちゃう。さ、帰りなさい」
「はい」
あたしは余計な詮索をしないことを誓った。そして、王子が馬車を用意してくれ、それに乗って帰った。




