第一幕 理想郷なんて存在しない
今日は天気がよい。たまには魔法の鍛練でもしないとなまってしまう。弟子の一人でも欲しいものだが、魔術に虜になるやつなどそういないだろう。捜すだけで疲れ果てる。確実に、だ。
「よー、こんちは」
「何をしに来たんだ、風邪は治ったんだろう」
「いやあ、それがなあ今度は母さんが……」
「……はあ。仕方ない。それで、お忍びでここまでやってきた理由を教えてもらおうかリュメヒ家侯爵」
「ははっ、バレたか」
「お前には母親などいない」
リュメヒ家侯爵である彼、残念ながら名前は忘れたが、妻を大事にするとてもよいやつだ。ボクのところによく来るが、な。
今日は深刻そうな顔をしている。一体、どうしたのだろうか。
木のイスに座るなり、涙を流しながらしゃべりだした。どうしたどうした。
「娘をやりたくないんだ! いくらアルテモとは言え……」
「アルテモって誰でしたっけ」
「フェリス侯爵だよ。娘は可愛いからなあ。手放せない」
「そんなに溺愛したら嫌われるとおもうんだが」
「はっ」
やっと気づいたらしい彼はボクに酒を要求してきた。ここには確かに最高級の酒がある。王様から搾取されなかった、素晴らしいお酒が。
「ぷはぁ~! 生き返った気分だぜ! 」
「あんた、王都に来たら酒飲めないの分かって来たわけ? 信じられない」
「──本当にここは理想郷なのか? 」
「見た目はな。料理は美味しいし、建物は立派だし。でも、元々森だったところを開拓されてほとんどの人は迷惑がってる。しかも王は厳しくしてる。庶民にお酒とか娯楽をほとんど与えず、自分だけ贅沢するらしい」
「それはひどい。リュメヒ家なんて領民が困っていればすぐ助けるけどなあ」
どこが理想郷なんだよ、とぶつくさ言う彼。まあ、そうかもしれない。
理想郷として旅人に紹介される王都。そこに永住をしようと考え、見た目で大丈夫だと判断して──最悪な結果をむかえた奴を何人も知っている。
おもむろに侯爵が立ち上がる。
「ここもそろそろ危ないだろ? 王都から森は排除すると確か王が」
「いや。景観上、少しは残すって。それにボクの家も立派な観光スポットらしいし。まあ、出て行けといつか言われるだろうけど」
「そうか。じゃあな」
「うん」
侯爵はさっさと帰った。お酒をいくつか抱えて。
ボクはもう年齢が120を超えている。さすがにそろそろ出て行かないと気味悪がられるかもしれない。旅立ちの準備をしないと。
「元気? 」
「王女様、いけませんよ」
「えへへ、いいでしょー。ここには簡単に忍び込めるんだから」
「はあ……」
ボクが唯一名前を覚えるはめになった王女・スーヤラ。やんちゃざかりでよく宮殿を抜け出してくる。
彼女はボクの魔法に興味津々。またせがむ気かもしれない。
「ねえ、アリス。お父様の暴走を止めて」
「え? 」
「お願い。宮殿にいると吐き気がするの。何だか居心地が悪くて……」
「……明日、王都の中心部に用があるのでついでに」
「ダメ! 今日、今日来てよ! 」
「……分かりました」
王女は本気のようだった。確かにこんな政治をする王ではないはず。
「では行きましょう」
「やったあ! 終わったらお茶、飲もうよ」
「そうですね」
宮殿周辺は煌びやかで立ち寄ったことがない。いやはや、場違いすぎる。本当に。
「今の時間ならお庭にいるはずよ。ほら」
「あっ! 」
一体誰が呪ったのだろうか。王様は──邪気に満ち溢れていた。




