能力の発現
side 翼
「それで?アンタはどうするんだ?大人しく彼らを置いていくなら見逃してやるが?」
護衛役だった冒険者共を蹴散らした俺は、奴隷たちに自分を囲んで守らせている豚野郎を見た。
そいつは文字通り豚のような人間だった。宝石を散りばめた悪趣味な服を着た、脂ぎった禿げ。おまけに腰には鞭を装備している、奴隷商人の見本のような男だった。
「ふ、巫山戯るな!商品を置いて行けだと?こいつらは儂が育てた奴隷だぞ!餌代も掛かっておる。それを置いて逃げろだと!?下賎な『羽根付き』の分際で!」
だが、その言葉で俺はキレてしまった。こんな世界であいつは生きているのかと思うと、今すぐグノーに頼んで、この世界を物理的に破壊する能力を貰おうかと思ってしまう程だった。
(だけど、そんなことをしたらあいつは死ぬ。此処にいる元日本人も。俺は、この人たちを救いたい)
だから、短絡的に能力を決定するわけにはいかない。
(でも、この豚は殺そう)
この異常な世界に飛ばされて、奴隷達の姿を見て、世界の現状を知った。正直、今の俺は混乱と怒りで頭が上手く働いていない。ここでこの豚を殺すことは善なのか悪なのかも分からない。
だが、この世界で彼らを救おうと思えば、必ず通らなければいけない道なのではないか・・・?そういう思いも存在した。少なくとも、日本人の平和ボケした思考では足元を掬われる可能性も高いのだから、今のうちに慣れておくことも必要じゃないか・・・?
「交渉決裂だな・・・。お前は殺す。」
俺の殺気に豚が悲鳴を上げる。
(変だよな・・・。俺は唯のインドアオタクだった筈で、人を傷つける事すら嫌っていたのに、あいつの事件が起きてからあまり抵抗感が無い)
俺の中で、一体何が変わったというのだろうか・・・?
「ど、奴隷共!儂を命懸けで守れ!」
その一言で思考の海から帰還する。奴隷たちは、全員俺を囲うように動き出した。
「何でそんな奴を守る必要があるんだよ!」
俺は叫ばずには居られなかった。彼らに、傷跡の無い人間は居なかった。彼らは骨と皮しか無いほどに痩せ細っていた。なのに、足が無い人間ですら、地面を這って豚の命令に従おうとする。
理解出来なかった。
『言っただろう。あの首輪のせいだよ。』
(首輪の?)
『あの首輪を装着した人間は、本人の意思など関係無しに、体を操られる。例えば、何日も何も食べていない奴隷の目の前にご馳走を並べて、『絶対に食うな』と命令すれば、その奴隷はどんなにお腹が減っていても絶対に食べられなくなる。飢え死にしたとしてもね。仲が良かった兄弟に『殺し合いをしろ』と命じれば、その二人は殺し合う。これは、首輪に与えられた絶対的な【ルール】なんだ。』
その言葉に、俺は吐き気がした。
『どちらも、実際にあったことだよ・・・・・・。』
そして、グノーの悲痛な気持ちを感じた時、俺の怒りのメーターは振り切れた。
プチンと、実際に音が鳴ったような錯覚さえ覚えた。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!)
その言葉で俺の思考は埋めつくされた。
「ハハハ!流石に自分と同じ『羽根付き』は殺せないか!甘い、甘いな若造!・・・お前たち、嬲り殺しにしろ!」
その言葉に、彼らは悲痛な顔を浮かべ此方へ向かってきた。中には泣いている人も居る。
「・・・・・・すまない少年・・・。」
その中の一人、奴隷の中でも比較的身長が高い男が弱々しく呟いた瞬間、俺は名案を閃いた。
それは、この状況で彼らに怪我をさせずに乗り切る方法。それは・・・
「グノー、能力が決まったぞ!」
突然叫び出した俺に、彼らは驚いたようだが、その足は止まらない。否、止まれないのだ。だが、その栄養不足の体での進行速度は亀のように遅い。例えるなら、某有名なゾンビゲームのゾンビのようだ。
だが、その遅さだからグノーに能力を頼む時間がある。
『どんな能力だい?』
「その能力は・・・・・・。」
俺は一つ深呼吸をした。グノーが俺に与えてくれる能力は一つ。恐らく、何か事情があっての一つなんだろう。本来ならば、二つも三つもチートな能力を付ければ『羽根付き』の開放も楽なんだから。それが出来ない理由があるんだろう。
だから俺はもう一度考えた。本当にこの能力でいいのか?この選択は間違いではないのか?
(・・・大丈夫だ。俺の判断は間違っていない。)
この状況を脱し、更に今後の為にも必要な能力だ。そう自分を納得させ、俺は迷いを振り切って叫んだ!
「能力は【ルールの改変】!対象物の【ルール】を、自在に改変する能力だ!」
『わかった。ただ、どんな能力もレベルアップするまではあまり使えない。・・・まあ、この状況を切り抜けることは出来るだろうけどね?』
グノーは、俺のやりたいことを把握しているようだ。まあ、仮りにも神様なんだから、そのくらいはわかるか。
レベルアップのこととか、聞きたいことはあったが、今はこの状況を乗り切ることが先決!
彼らとの距離は既に数メートルになっていたが、慌てることはない。
「今、楽にしてやるよ・・・。」
その言葉に、死の恐怖を感じた人間は何人かいたようだ。が、喜びの表情をしているものが圧倒的に多かった。
(それ程に、彼らは死にたがっていたのか・・・)
恐らく、『自殺禁止』とでも命令されていたんだろう。益々豚を殺してやりたくなった。
「だが、そういう意味じゃないよ。」
そう言って俺は、能力の行使を始めた。能力の使い方は、既に頭に入っている。まるで、長年使ってきたような奇妙な感覚だった。
「首輪の【ルール】の改変開始。」
その瞬間、俺に近づいて来ていた人たちの動きが止まった。
「『絶対服従』の【ルール】を破棄。『破壊無効』の【ルール】を破棄。」
そして、彼ら全員の首輪が光を発し始めた。その光の色は淡いグリーン。まるで、彼らの事を祝福するかのような優しい色だった・・・・・・。
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