王様の恋バナ
side ファン王国国王ファン11世
「さっさと狼藉者を捕らえんか!!」
俺は手に持っていたワイングラスを憲兵隊隊長の顔へと投げつけた。砕け散ったガラスが彼の頬を深く傷つけ夥しい量の血が流れ出すが、ピクリとも動かず跪いている。彼の制服にも、ワインが掛かり真っ赤になってしまっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・フゥ・・・。スマンな、八つ当たりであることは十分承知している。許せ。」
「いえ、私の主人は貴方ですから。私をどう扱おうと貴方の自由です。」
この男はマービン・ケスラという男で、非常に優秀だ。忠誠心も厚く、私の命令には即座に従うが、反対意見があるときは私に意見もしてくる人間だ。私の周りには、私の言葉に頷いているだけの役たたずが多いから、彼のような人材はとても貴重である。
元々は高級な家具や調度品が置かれていた俺の部屋は、空き巣にでも入られたような有様だった。・・・最も、この国の国王である俺の部屋に侵入してくる度胸のある泥棒が何人いるのかは分からないし、この部屋をこんなにしたのは俺自身だった。
俺がここまで荒れているのには訳がある。数日前、王宮に、ある冒険者パーティーがやってきた。そのパーティーは国内でも数少ないAランクのパーティーで、その彼らが重要な話があると言ってきたのだ。・・・国の存亡に関わるかもしれない話があると。
冒険者協会からの信頼も厚いAランクの冒険者達にここまで言われては、俺としても話を聴かない訳にはいかない。もし、話を聞かずに追い返して、その情報が敵国の情報だったりした場合には大変な事になるし、Aランクの冒険者を追い返したとあっては冒険者協会との関係も悪くなる。奴らは、世界中に支部を持っているし、どの国でも魔物退治やダンジョンの攻略などで世話になるので、関係を悪化させると非常に困る。だから、彼らの話を聞いたのだが・・・。
その話を聞いたときは、質の悪い冗談かと思った。一国の国王にそんな冗談を言ってくる人間などそうは居ないので、大物だと思ってしまったが・・・結果として、それは事実であった。
諜報部隊からの報告書を読んだときは、卒倒しそうになった。『羽根付き』の首輪を壊す事の出来る人間が見つかり、開放された『羽根付き』共が国営の『牧場』を襲ったというのだ。
そこに居た調教師や護衛などは一人残らず全滅。女も子供も全てだ。しかも、ただ死んでいた訳ではないらしい。あるところでは頭部のみを粉砕された死体が転がっていたり、あるところでは原型を留めない程に潰されていたり、またあるところでは体中に杭や槍が刺さった状態で焼かれたらしい焼死体があったりetc・・・。正直、悪魔の所業であった。
更に問題なのは、『牧場』にいた他の『羽根付き』が全て消えていることだ。『羽根付き』は、俺たち『人間』とは一線を画す強力な力を有している。それが全て消え去ったのだ。恐らく、冒険者達が言っていた『首輪を外す』という能力の持ち主が外してしまったのだろう、忌々しい。
その男一人のせいで、俺の計画が滅茶苦茶だ。今回の奴隷は、今までの中でも特に強力でユニークな能力の持ち主が多かった。奴らさえいれば、俺はこの世界全てを手に入れることも可能だったのだ。”重力操作”、”超超速再生”、”光神化”、”空間連結”etc・・・。
特に重要だったのは、”オリハルコン生成”という今までに類を見ない特殊な能力を持つ『羽根付き』だ。奴さえいれば、この国の全ての武器や防具をオリハルコンで作り、城壁や一般家庭すらもオリハルコンで出来た、オリハルコン都市すら夢では無かった。この世最高の金属を無限に作れるというのは、この世界を手に入れたも同然の力だった。
だが、それもこれもたった一人の男のせいで台無しだ!俺の心が荒れるのも当然のことだろう!
「スマンなマービン。少し一人にしてくれ。引き続き奴らが潜んでいる場所を探せ。」
「御意。」
そう言って、彼は部屋を出ていった。憲兵隊に命令してあるのは一つだけで、それは奴らの居場所を探ること。憲兵隊は本来、犯罪者や酔っぱらいを取り締まり街の治安を維持するだけの存在だ。当然、そこに所属している人間に、戦闘力は殆ど存在しない。『羽根付き』は、国軍で戦う物だ。数の上では我らが圧倒的に有利でも、奴らには勝てるかどうか分からない。そういう存在だ。
俺は、荒んだ心を落ち着かせる為に、部屋の中央に有るモノに目を向けた。
「・・・相変わらず、お前は美しい・・・・・・。お前をそこから解き放ち、俺のモノにしたいが、どうすればいいのだろうか・・・。」
荒んでいた心が落ち着いてくるのが分かる。俺の女神は、それ程に美しい存在であった。
そこには、裸の少女が居た。彼女は足を体に抱き寄せしゃがんだ状態でそこにあった。ただ、彼女は周りを巨大な水晶の結晶のような物で囲まれている・・・というより、結晶の中に彼女が入っているような感じで動かない。
「『名前を剥奪された神』は、一体何故この少女を俺にくれたのだろうか・・・。」
彼女は、黒髪であった。始めて会った時に見た瞳の色も黒で、それはつまり彼女が『羽根付き』であることを示していた。
俺は、あの時の衝撃を一生忘れないだろう。
一年ほど前、突然この部屋に神が降臨したのだ。白い仮面を付けたその姿は、まさしく『名前を剥奪された神』であった。そして、神は少女を抱えていたのだ。
そして、神は俺にこう言った。『コレ、お前の好きにしていいから。・・・多分、何時かコレを救いにくるヤツらが居ると思うけど、そいつら容赦なく殺しちゃって。俺の敵だから。』と。
そして、気絶しているらしい少女を置いてこの部屋を去ってしまった。俺は、あまりにも怒涛の展開についていけず、暫く呆然と立ち尽くすだけだった。
数分後、彼女が目を覚ますと、流石に首輪を付けていない『羽根付き』は危なすぎると思ったので首輪を付けることにした。・・・その時、彼女を始めて正面から見てしまったのがいけなかったのだ。
彼女は美しかった。腰の辺りまで伸びているその漆黒の黒髪も、バランスの取れたその体も、そして何より、心の奥まで見透かされそうな漆黒に輝く瞳も、何もかもが美しすぎた。生まれてから美女や美少女を飽きるほど見続けてきた俺が、始めて見惚れてしまうほどに美しかったのだ。
だが、俺が彼女に見惚れているその一瞬の隙を付いて、彼女は翼を展開してしまった。水晶のような物質で出来た翼で、光を反射してとても綺麗だった。俺がヤバイと思った時には既に遅かった。
「翼・・・助けてー!!!」
彼女の叫びと共に、彼女を水晶が包み始める。慌てて後ろに下がった俺が見たのは、巨大な水晶に閉じ込められた彼女の姿だった。
俺はありとあらゆる手を使い、この水晶を壊そうとした。だが不可能だった。この水晶には触れることすら出来ないし、どんな魔術でも弾き返すのだ。・・・だが俺は諦めないぞ。この少女を俺のモノにするために、どんな手を使ってでもこの水晶を壊してみせる。・・・今は、これを壊すことが出来る魔術や技術が無いか調べる為に、戦争をしているのだから。
彼らは、『羽根付き』を人間だとは思っていません。だから、彼らが『羽根付き』にやっていることは悪魔の所業では無い・・・と思っています。誰も、全く罪悪感など感じていません。まぁ、偶に『羽根付き』を開放しようと思う人間も生まれるんですけどね。
・・・それと、気が付いた人はいたでしょうか?とうとう彼女が登場です。今まで名前しか出ていなかった西条瞳は、ここで動けなくなっていました。
っていうか、王様の戦争する理由が変わっています。恋いって怖いですね。