不思議な体験をしました
side 168番(石黒時音)
その日、私は有り得ない体験をしました。
この世界に生まれ変わった事を後悔しなかった日は一日も有りませんでした。鞭で打たれ、着るものも与えてもらえず、食事は水とカビの生えたパンのみ。指示された事は絶対に拒否出来ず、恐怖と痛みに耐える人生でしたから。自殺も出来ず、劣悪な環境によって病気などになっても、魔術などという得体の知れない力で回復させられるのです。
前世では日本で育っていた私、いいえ、私達には、とても耐えられる環境ではありませんでした。・・・何故か、『牧場』と呼ばれるこの場所にいるのは、日本で過ごした記憶を持つ人間ばかりだったのです。
神様なんて存在がいるのなら、何故私達をこんな目に合わせるのか聞いてみたい。私達が一体何をしたというの?私達は、普通に生きていただけじゃない。何故、私達がこんなに苦しい思いをしなければいけないのよ・・・・・・?
そう、世界を呪い続けた私は、何時しか考えることを辞めていました。だって、理由なんて考えても仕方がないじゃない。何時か、私たちは寿命で死ぬ。死ぬことが出来る。なら、その時までなるべく楽な生き方をしたっていいじゃない・・・。
『どうせ、何も出来ないんだから。』
そう決めてから何日がたっただろう?今日は何だか『牧場』全体が騒がしい気がする。確か今日は、『商品』を売りに行く日だった筈だから、まだ帰ってくるには早い筈なんだけど・・・?
・・・あ、もしかして、他の『調教師』達が『羽根付き』で日頃の鬱憤でも晴らしているんだろうか・・・?主人が居ない間に商品に傷を付けるのはどうかと思うけど、死にさえしなければ魔術でどうにでもなるこの世界では関係がないんだろう・・・。
だったら、出来るだけ目を付けられないように大人しくしていよう・・・。小さくなって、響いてくる悲鳴を聴かないように耳を塞ぐだけでいい。他の人には災難だけど、これが『牧場』で楽に生きていくための戦術だ。
「・・・!・・・んだ・・・・・・くそ、『羽根付き』共・・・・・・!」
でも、本当に今日はどうしたんだろう?あちこちで爆発音が響いているし、地面が揺れている。まさか、爆発系の魔術まで使っているんだろうか?アレは威力が高すぎて、治療するまでもなく即死すると思うんだけど・・・・・・?商品を殺したら、怒られるのは彼らなのに・・・・・。
どれぐらいたったのだろう?相変わらず爆発音と地響きは鳴り止まない。いや、それどころか段々と近づいてきているような気さえする。
・・・いや、実際に近づいて来てる・・・?この『飼育小屋』の近くを誰かが歩いている・・・!
「・・・いやだ。」
嫌だ、来るな。来ないで・・・近寄らないで・・・・・・。
「来るな・・・来るな来るな来るな来るな来るな来るな・・・・・・!」
痛い思いをしたくない、もうこれ以上怖いのは嫌なの。指を切り落とされるのも、眼球に針を刺されるのも、足の先から徐々に燃やされるのも嫌、嫌なの・・・・・・!
死ねるなら構わない。それで死ねるのなら喜んで拷問にも耐えよう。でも、死なせてくれない。私が泣いて、叫んで、懇願するのを笑って楽しむ為に嬲られるのは嫌なの・・・!
気が付けばカタカタと私の体は震えていた。骨と皮だけになった傷だらけの体が、シンと静まり返った『飼育小屋』の中で反響する。
「止まれ止まれ止まれ止まれ・・・!」
私は小声で念じる。この体の震える音で、外にいる『何者か』に気づかれるかもしれない。そんなのは嫌だ、だからお願い。体の震えよ、止まって・・・!
でも、私が念じれば念じるほど、体の震えは大きくなる。・・・そして、『飼育小屋』の扉が・・・開いた。
「あ、あああ、あああああああああああああああああ!!!」
その時、私の口は私の意思を無視して力の限り叫んだ。『勝手に喋るな』という命令を無視して。これは首輪を通しての命令ではないけど、破ったら大変なお仕置きが待っていることを知っているのに、叫んでしまった。
でも、そんなことこの時は考えられなかった。怖かった。怖かった!太陽の光を背にして私に近づくシルエットが怖かった!私は、懸命に後ろへ下がろうとしたけど、直ぐに背中が壁に当たってしまった。もう、逃げ場はないんだと理解したとき、私のささやかな抵抗は終わった。後は、徹底的に嬲られるだけだ。
・・・でも、その影は私の入っている牢屋に近づくと、扉に触れて小さく呟いた。
「鉄の【ルール】変更。鉄の硬度を、粘土並みに変更する。」
そして、牢屋の扉を掴むと、まるで紙を千切るみたいに引き裂いてしまったの。呆然とする私に近づいてきたその人の髪と瞳は黒。つまり、この人は『羽根付き』だったんだ。
「大丈夫か・・・?今、こんな物壊してやるから。・・・な?」
その人は優しく私にほほ笑みかけると、首に付いていた黒い首輪に触れ、また何かを呟いた。すると・・・
プチ、という音がして、この世界に転生してからずっと私の首に付いていた忌まわしい首輪が、地面に落ちたのだった。
「もう、大丈夫だから。・・・守ってやるから。・・・だから、泣かないで・・・?」
「・・・え、私・・・泣いてるの・・・・・・?」
その人は、一瞬寂しそうな顔をすると、私を優しく抱きしめてくれました。彼の着ている服に、雫が落ちて黒くなっていく。あ・・・これ、私の涙なんだ・・・。
そう自覚すると、私の中から何かが溢れ出してきて、私の胸を埋め尽くした。そして、声も出せずに彼に抱きついて、ずっと泣いてしまったのだった・・・。
日本のお父さん、お母さん・・・私、この世界で不思議な体験をしました。とっても辛くて、何度も泣いたけど、これからはきっと、笑って生きていけると思います・・・・・・。
何か・・・何か・・・暗い話ばかりでスミマセン。