2話
「ね、ね? ぜひバレー部に!」
「いやいや、君のその体格はぜひ柔道部に」
「バドミントン部のマネージャーはミス橘なんだぞう」
桜散る4月。新品のブレザーがなんとなく窮屈に感じていた入学式の翌日。オリエンテーションが終わった帰り道、下駄箱のそばで俊と怜奈を待っていた芳尚は部活の勧誘につかまっていた。もう、入る部活は決まっているんです。その一言すら言わせてもらえない勢いに芳尚はあのとか、えっととか、あいまいな言葉しか返せないでいた。
「ほら、とりあえずね! 体験でも―」
「すいませえん」
ぐいっと肩を引かれて、耳元に猫っ毛の薄茶色の髪の毛があたる。あ、と思った瞬間に芳尚は安堵をしていた。まるでヒーローが現れてくれた気分だった。
「怜奈」
「すいません先輩。こいつもう入るとこ決めてるんです」
「え? そうなの?」
「はい、バスケ部に」
「ええーやめときなよー。うちのバスケ部知らないの? すごい強豪だよ? 3年間頑張ったってベンチにすら入れないってうわさだよ」
だからこの高校に来た。心の中だけで芳尚が返事をしていると、にこりと気味の悪い笑顔を作った怜奈はこれまた気味の悪いお辞儀をして芳尚の新品ブレザーをひっぱりながらその場を離れた。
「怜奈、のびるって」
「さっさと体育館にいかないから、あんな根性なしのセンパイに絡まれんの。なにがベンチ外よ、くそったれ。あんたと一緒にすんなっつうの」
一緒にされたのは俺なんだけど、という言葉は飲み込んで芳尚はちらりと視線を落として怜奈のつむじをみた。ひとのために怒ったり泣いたりできるのは怜奈のいいところ、と向かいのじっちゃんが言っていたのを思い出す。でも、口の悪さはどうにかならないのかという言葉も一緒に。
「ねえ、俊は?」
「あのバカ、中途半端に頭いいからクラスの代表にされて仕事残ってんの。っても雑用だけどね」
「ああ」
「どうせ賢いんだったら首席で入学式の答辞くらいやれっつうの!」
そんな風に投げやりになるのは、怜奈がいちばんぎりぎりでこの橘高校に入学したからだろう。ようは、悔しいんだなと思いながらも芳尚はなにも口にしなかった。
「先に行こう」
うん、と首を縦に振っただけで芳尚は中学校のときに存在しなかった憧れの「体育館」に足をむけた。