暗い白
「お願いだから
どうか
今だけは
世界は僕の味方でいてください」
星が煌めくこの夜に、白い廊下を抜けて出よう。
できれば雲は、空を覆い隠して欲しい。
誰にも見つからないように。
何にもばれないように。
今から君に会いに行こう。
二人で世界を歩き回ろう。
僕に足は無いけれど、
世界は優しくないけれど、
白い明るいここよりも、
暗い世界は魅力的だから。
お願いだから今だけは、
僕に自由を分けてください。
お願いだから今だけは、
それを僕に向けないで。
僕は壊れているけれど、
僕は誰も傷つけない。
だからどうか今だけは、
その針を僕に向けないで。
頬に流れるこの雨が、
僕の視界を歪めても、
遠くに見えるあの黒は、
僕には理想に見えるから。
ねえ、
僕は今からそこへ行く。
だからあなたもそこに居て。
いつか約束したあの場所へ、
車輪の付いたこの足で、
誰かがくれたこの足で、
人とは違うこの足で、
胸を張って向かうから。
お願いだから今だけは、
時間を止める力を下さい。
お願いだから今だけは、
それを僕に刺さないで。
僕は壊れているけれど、
僕にも世界は必要なんだ。
だからどうか今だけは、
僕を縛り付けないで。
どうか気がつかないで、
僕の口から溢れる赤い水に、
どうか気がつかないで、
赤い水が作る道標に。
「今、
そこに行くよ。
きっとさ、
世界は優しくないだろうけど、
でもどこかできっと、
僕達を祝福してくれる誰かが、
きっとどこかに居る―、
―――――――。」
『コポ』
僕から溢れるこの水が、
綺麗な赤を作るんだ。
もう声は出ないけど、
僕の笑顔は見せてあげれる。
綺麗な赤いこの水は、
触ると真っ赤な糸を引く。
(赤い糸で、
結ばれているといいな)
お願いだから今だけは、
僕を見えなくしてください。
お願いだから今だけは、
機械を僕に近づかせないで。
僕は壊れているけれど、
ここに居ても治らない。
だからどうか今だけは、
白い人を近づけないで。
この白い綺麗な廊下の先に、
僕の夢見た世界が広がる。
あれ、どこかで何かが騒いでる。
うるさい音が響いてる。
きっとばれたんだ。
僕があそこから出たことに。
白い人が探しているんだ。
そんな音が聞こえ――。
やっぱり誰かは味方してくれている。
何も聞こえなくなったから。
頭の割れそうなあの音が、
白い人のあの声が、
うるさい嫌いな全ての音が、
全部聞こえなくなったから。
でもきっと、
君の声も聞こえないけれど、
僕には君が居てくれる、
側に君が居てくれる、
そう思えるそれだけで、
僕には勇気が沸いてくる。
お願いだから今だけは、
僕とあの娘を逢わせてください。
お願いだから今だけは、
世界を二人きりにしてください。
僕は壊れているけれど、
心は綺麗なままだから。
だからどうか今だけは、
世界を僕にも分けてください。
白い綺麗な廊下はこの先ずっと、
見えない奥まで続いているけど、
このまま真っすぐ進んでいれば、
いつかはそこに着けるだろう。
どれだけ時間がかかっても、
どれだけ道が遠くても、
どれだけ先が長くても、
どれだけ僕が遅くても、
どれだけ白が多くても、
どれだけ邪魔をされようとも、
君に逢いたい想いだけで、
そう思えるそれだけで、
僕は強くなれるから。
でもさすがに、
僕は白が嫌いになりそうだ。
どれだけ腕を動かしても、
どれだけ足を動かしても、
続くのは長い白だから。
どこまでも深い白だから。
何もないただの白だから。
全てを消しそうな白だから。
夢を塗り潰す白だから。
僕の心まで蝕む白―――。
ねえ、
世界はやっぱり優しいのかも知れない。
僕の想いが届いたみたいだ
きっと神様は居るんだね。
僕は外に出れたみたいだ。
暗くて少し寒いけど、
いつ出たのかわからないけど、
雲が空を隠しているみたいだから。
月も星も隠れているみたいだから。
真っ暗でよかった。
これで誰も僕を見つけられない。
白い部屋に戻されない。
これで君を探せるね。
ずっと二人で居られるね。
でもきっと、
僕は君を見れないだろう。
君も僕を見れないだろう。
でもね、
僕は君を探し出すよ。
見えなくてもわかるんだ。
側に君が居てくれるだけで、
見えなくてもそれだけで、
僕は君を―――――――。
「……あれ?
いつからそこに居たの?
ああ、気づか無かったよ。
そうなんだ……
君はずっと、
僕の側に居てくれたんだね。
……。
声が出るようになってる。
うん。君の声も聞こえるよ。
ちゃんと見えるよ。
ごめんね、
君はずっと側に居てくれてたのに。
僕は気づいてあげれなかった。
……ありがとう。
君はいつも優しいね
うん……。
……うん。
そうだね。
足も神様が治してくれたみたいだ。
うん、行こう。
僕達二人の場所へ。
二人の、
家へ―――――」
ドタドタドタドタッ!
「見つけました!」
「先生呼んできて!早く!!」
「ぁ、ぇ、わかりました……」
「除細動機は!?すぐ持ってきて!!」
ドタドタドタドタッ!
「先生来ました!」
「どきなさい!」
「はい、今除細動機を――」
「………………。いや、必要ない……」
「では……」
「……ああ、ご家族に連絡を。後は彼を……」
「はい、わかりました」
「私は先に書類を集めて来る」
「はい、お願いします」
タッタッタッタッタ……
「…………」
「先輩、彼は……」
「私の、受け持ちの患者さん……」
「…………」
「彼ね……」
「はい……」
「彼女と遊びに行く途中で事故に遇ったらしいの」
「はい……」
「ずっと寝たきりでね……」
「はい……」
「身体も機能しないどころか、免疫力も失って、手術が上手くいくか賭けだったんだって」
「はい……」
「彼女さんは病院に着く前に息を引き取ったんだけど、彼はなんとか生き延びたんだけど……」
「……ぅぅ」
「自力で車椅子に乗ってここまでくるなんて……」
「ヒッ……ク……ぅぇ……」
「何度も暴れたわ。そんな力が残ってるはずも無いのに」
「……せん、ぱい」
「あれだけ血を流しながらここまで」
「せん……ぱい……ぅぅ」
「馬鹿な子。あのまま安静にしてたらまだ当分は生きられたのに……。どうして、……どうして外に行こうなんて馬鹿な事……」
「――先……輩っ!」
「……どうして……貴方が泣くの」
「…………」
「…………」
「……先輩…も、泣いて、ますよ……」
「…………」
「…………」
「そう、ね……。馬鹿な子……だけど……」
「……彼、幸せそう……ですね」
「ええホント……。綺麗な……ぅ……綺麗な顔で……ぅぅ……」
「……先輩、仕事……しましょう……?」
(本当に……、本当に馬鹿な子だったけど……、願いは叶ったの、かな……)
〜Fin〜
できればもう一度だけ読み返して欲しいと思います。
感想もお待ちしています。
よろしくお願いします。