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ラッキー·ジャパン ビラコチャの微笑み  作者: 岩山輝之


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ビラコチャの微笑み

あゆちのびと衆を書いています。現在は、新編の執筆中の、自分の操作ミスに依る、文字消えのショックから立ち直れず、中断してます。色々調べて書いた30ページが消失してしまい、気力が無くなりました。しかし諦めた訳ではありません。充電期間だと考え、映画や小説を鑑賞してます。そうするうちに、一つ思いついた物語を、気分転換の為にも書こうと決断しました。作品名はこの「ラッキージャパン ビラコチャの微笑み」です。内容はシリアスな場面もありますが、ところどころは、コメディタッチのお花畑的なSFファンタジーです。明るいとは言い難い、昨今の世相です。読者様に楽しんで笑って頂き、それが僅かでも、読者諸兄様の、明日への力になればと書いてみます。しかし、その1の投稿までには、時間がもう少しかかります。それから、この作品も、あゆちのびと衆でも、信秀公の御遺刀として描いた、九字兼定ですが、史実では、信秀公の持ち物ではなかったとされてます。事実は、武田信玄公の父君で、今川家へ追放された、武田信虎公の所持されていた名刀です。それを知っていて、なぜ、そうしたのかは、私の敬愛する津本陽先生が、代表作、「下天は夢か」の作中でそのように描いてみえたからです。つまり、大好きな津本先生への、オマージュなのです。ですから単なる認識違いではない事を、どうか御理解下さい。



          1

      

 『アッとおどろくタメゴロオゥ〜〜なにっ』



203X年の大晦日(おおみそか)の深夜。

間もなく年が明ける。

東京都永田町の国会図書館の内部は、非常灯があるだけで薄暗い。

民間の警備員の巡回は2時間後だ。


同時刻、何故か、京都府、相楽郡(そうらくぐん)精華町(せいかちょう)にある同関西館のメインサーバー室の室温が、少しの間だけ数度上昇したが、それは数秒だった。

監視カメラの記録には、侵入者の影も、異常なトラフィックの痕跡(こんせき)も残されていない。


そして、東京の同本館でも、ほぼ同時に異変が起きた。

無人のホールの大型液晶テレビが、これも一瞬だけ青白い発光を見せたのだ。

しかしそれは、膨大(ぼうだい)な映像をミリ秒単位で走査(そうさ)した結果の、ただの残光(ざんこう)だった。


更に、同所新館、地下八階分には、約3500万点の新聞や雑誌、その他の過去の記録が納められているのだが、その図書蔵庫(としょぞうこ)では、物凄(ものすご)い数の小さな青白い光が飛び回っていた。


それらは、繋(つな)ぎ合わせると、240㌖にも及ぶ、無数の本棚全(ほんだなすべ)ての回りに見えて、極小の蛍(ほたる)の様なその奇怪な光は、新聞や雑誌、資料のテープやフィルムなどへの接触(・・)を、超高速で繰り返していたが、それもほんの数秒の間だった。


同じ事が、本館にある、約1270万冊の書籍(しょせき)が納められた、17層分の収納庫でも行われたが、それに気づいた者は誰もいない。


元旦(がんたん)の早朝。


午前四時、総理公邸で、民自党総裁、大泉慎一郎(おおいずみしんいちろう)総理は目覚めた。


五十代前半、端正(たんせい)な顔立ちの彼は、洗顔などを済ますと、用意してあった燕尾服(えんびふく)に着替える。皇居での新年祝賀会に行く為の正装だ。

その物音に気付いた、整った身なりの総理補佐官や秘書官達が、静かに入ってきて、大泉の服装を直したり、髪型などのチェックをする。

彼の妻子は、幽霊の噂(うわさ)がある首相公邸を気味悪がり、都内の自宅だ。


それにしても、辺りはまだ真っ暗なのに、準備が早すぎる。

しかし、誰もそれを口にはしないし、当然のような態度でいる。

公邸居住区の外には、五名のSP達が待っているが、彼等も、同様な雰囲気(ふんいき)でいる。


一行は無言のまま、廊下から官邸への通路を行く。

途中で総理が、白い息を吐きながら耳打ちして、秘書官の一人が小走りに先行する。


その目的は、官邸内地下の危機管理センターに交代で常駐する、連絡調整官(リエゾンオフィサー)達に一時的な退去を命ずる事だ。その秘書官は、センターのシステムを熟知(じゅくち)している。


総理の指示だと知らされた、揃(そろ)いの作業着風の青い制服姿の彼等、二十名程は、首をかしげながらも、素直(すなお)に各設備の整(ととの)った控室へ向かう。


総理一行が、無人となったセンターに入ると、別の出入り口から、大勢の男達と数人の女性達が、コートなどを脱ぎながら入ってくる。


燕尾服姿は各省の大臣、三権(さんけん)の長。ロングドレスや色留袖(いろとめそで)の女性達も、その服装からして大臣職だ。他のスーツ姿は、民自党の幹部達。各省次官や、各庁の長官、次長のようだ。要人(VIP)付きのSP達も、それぞれの担当対象について入ってくる。


任務中は冬季でも、インナーか、ヒートテック下着を、重ね着するくらいがせいぜいで、コートなどの防寒着は使わないSP達は、全員が、身長173㌢以上あり、襟(えり)に赤バッジを付けた、ゆったりした上着を着て、前ボタンを留めずにいるから、すぐにそれと判る。


第一種礼装の制服姿は、その中でとても目立つ。

それは自衛隊トップの四名と、同様の警察、消防、海保の数人づつだ。

その服装は、人々が総理同様、皇居における新年祝賀会に、出席する事を念頭(ねんとう)に置いているのを示している。


他には、そうではない、思い思いの服装の民間人らしき人々が二十数名いるが、この場にはふさわしくなさそうなその人達を、何故か誰も誰何(すいか)はしない。

総勢で百六十名程だ。

だれもが無言だが、戸惑(とまど)う様子はない。


大泉総理が手まねで、全員に座るように合図する。

映画館のスクリーンのような巨大液晶前の、何列もある多数のデスクは空いているから、人々は立場の順に前列から、その前の椅子に座ってゆく。


SP達は、そこをコの字に取り囲むように立ったままでいる。つまり液晶画面は全員が見える形だ。

そうした訳は、まだ判らない。


センター内の空調設備は、大量の通信機器や、情報サーバーを保持する為、また非常時に対応する緊急参集チームが、パフォーマンスを100%発揮する為の、完全独立システムだ。


それは、大津波や大震災、武力攻撃などでトラブルが起きても、容易には止まらない仕組みだから、室内の温度は暖かすぎず、寒過ぎずで快適だ。

だから、まだコートなどを着ていた者は、それを脱ぎ、椅子の背にかけてゆく。


全体は静粛(せいしゅく)だが、何人かが、フッとか、それより長く、フーッと息を吐くのが聞こえる。


その直後、SPメンバー以外の全員が

「んっ」

「あれっ」

「なんで?」

「ここは?」

などの言葉を発する。


大泉総理も、急に何かに気づいたかのように、隣の大臣と小声で何かを話している。

それは全体に波及(はきゅう)して、センター内は騒がしくなる。


ここでやっと、この有様(ありさま)が、かなりの異常事態だと全員が認識する。

ただSP達だけは、表情を厳(きび)しく改めただけで、私語は発しない。


すると、センター内に幾(いく)つも設置されたスピーカーから、少し甲高(かんだか)い男の声が同時にする。


「お〜お〜、皆の衆、俺の招(まね)きに、よう応じてくれたの。あのよ、中によう、言葉(ことのは)と歴史の道者(どうしゃ)もおろう。その者は、俺の言葉(ことのは)が判り難(にく)い折(おり)は、皆に通詞(つうじ)して欲しいのだがな」


どこで誰が話しているのかは、判らない。

調べる間も無く、そのおかしな、時代劇のような言葉使いの声が続く。


「ほれっ、誰ぞ」


すると民間人らしき人達の中から、古びたチャコールグレーの上着にノーネクタイ、白髪混じりのボサボサ頭で、年配の少し肥満した男が立ち上がり、前へと進み出る。


「そなたか。夕べのデータに、顔写真はなかったがや。名は」


「番匠谷(ばんしょうや)崇(たかし)と申します。大学で言語全般を研究しており、歴史もかなり好きですから。んっ、データ?写真?」


「番匠谷の名はあったな。されば教授(プロフェッサー)だな。頼(たの)むぞ。データやらの細(こま)きゃあ事は、だんだん判るで暫(しば)し待て。ほ〜だ、誰ぞ、その者にマイクを」


人々は、当然だが、全く訳がわからないし、口も開かない。それは、まるで何かに魅入(みい)られているようにも見える。


すると、一人の総理秘書官が、何者かに操(あやつ)られたよう立ち上がり、不自然な足取りで、どこからかワイヤレスマイクを持ってきて、番匠谷に渡す。


その番匠谷は、データについて抱いた疑問は、姿の見えない男の言葉に従うつもりなのか、迷(まよ)う素振(そぶ)りも見せず、スイッチをオンにして「テストテスト」と繰り返し、作動を確かめている。


彼は、更に何故か右横へ移動し、前の液晶スクリーンが、座っている人々から見にくくならないようにする。

また声が聞こえる。


「よしよし、そんでええわ。ほんなら皆(みな)の衆、よう聞かれよ。これからの事はよ、どえりゃあ有益(ゆうえき)なる事柄(ことがら)だでよ、この大和(やまと)の国(日本)全体のよ、未来(みぃらい)に関わる、真(まこと)に大事(でゃ〜じ)な、そなたらが言う、ほれっ、守秘義務がよ、ほれも最大級のが生ずる事だでよ、まず、ほれを得心してくれ。守る自信無き者は退出いたせ。漏(も)らさば、内乱罪に問わるる可能性、これありだでよ」


内乱罪は、確定すれば、判決は死刑か無期禁固の二つしかない大重罪(だいじゅうざい)だ。


その恐ろしく重大な内容も、声の主が、どうやってセンター内を見ているのかも、やはり気にする様子も見せず、番匠谷が淡々(たんたん)とマイクで説明する。

彼とマイクの総理秘書官は、やはり声の主に操られているのかもしれない。


「この声の方の言葉には、尾張言葉、つまり名古屋弁が混じってます。また昔の武家言葉も同様に。更には現代語や英語も少し使われるようです。あっ、聞こえてるから、これはわかりますね。余計を言いました」


番匠谷は、更に、通詞(つうじ)は通訳、大和は日本、道者が学者の事、みぃらいは未来、ことのはとは、言葉。誰ぞとは、誰かの意味だと説明する。

また名古屋弁らしき言葉を、そんでええわは、それでよろしい。こまきゃあは、細かい。でゃ〜じは、大事。ほれは、それ。ほ〜だは、そうだ。ほんならは、それなら。どえりゃあとは、とても、とか、すごく。がやは、そうだねの、だねとか、ね。または何々じゃん、の、じゃん。あのよは、あのねの意味だと教える。


順番は完全に正確ではないが、状況からして無理はない。


退出する者はいない。実は驚きの余り、蛇に睨(にら)また蛙(かえる)のように、誰も動けないのだが。


「尾張言葉の通詞は、確(しか)と合っておる。よし、誰も席を立たぬな。あいわかった。されば、約定(やくじょう)は成ったがや。ただし、たった今から、そなたらには張番(はりばん)がつく。ほしたら俺の面(つら)を見せるわな」


その言葉と同時に、全員の右耳の後ろの空間に、昨夜、図書庫の書棚を飛び回っていた小さな光が、その光を消し、どこからか飛んできて滞空(たいくう)する。無音かつ、昨夜より更に空気中のチリのように小さいから、誰もその事には気付かない。


すると、暗かった液晶画面が、急に明るくなると同時に、画面いっぱいに若い男の顔が映る。


日に焼けた細面(ほそおもて)で、太く濃い眉(まゆ)。一重(ひとえ)ながらも切れ長の目。鼻筋が通り、唇は薄い。

アイドルも顔負けの、所謂(いわゆる)、醤油顔(しょうゆがお)のハンサムな顔だ。


ただし、その綺麗(きれい)な目の眼光は、鋭(するど)く強烈(きょうれつ)で、両眼からは、物理的な力が宿(やど)る、レーザー光が照射(しょうしゃ)されているよう、誰もが感じた程(ほど)だった。


額(ひたい)は広く、髪は整髪料を塗って後ろに撫(な)でつけているようだが、髪型全体は画面の外だから判らない。

髭(ひげ)は全くない。

表情は満面の笑顔だ。


「まず、初めに言うておく。我らには、そなたらへの害意、悪意などは微塵(みじん)もない。真逆(まぎゃく)に、そなたらへの謝意(しゃい)を示す為、幾つかの音物(おんもつ)も携(たずさ)え、罷(まか)り越したのだわ。あっ、ほうだ、肝心(かんじん)な頼み事も一つあるがの、それはまた後(のち)に。ゆえに化転(けでん)の要(よう)は無し」


番匠谷がまた、確(しか)とは、確(たし)かに。化転の要は無し、とは驚かなくともよい事。音物とは贈物(おくりもの)。罷り越したとは、来たの意味だと説明する。


「ほしたら、いま出るでよ。よいか、化転は無用だがや」


番匠谷の横への動きと、SP達のコの字の隊形は、液晶スクリーンを総理以下の人々に見せる為だったようだ。

つまり両者共に、声の主の都合で動いたのだ。


液晶画面が暗くなる。と同時にその前の空間に、小さな光が現れる。

全部で九つだ。


点滅(てんめつ)を始めた光の粒が膨(ふく)らみ、空間を歪(ゆが)めるよう、徐々に人型へと輪郭(りんかく)を結び始める。

色も見えてくる。

赤や茶色、赤、青、黒が二つ、黄色、緑、白、で全部で九体だ。


今度ばかりは、大勢が悲鳴に近い声をあげる。


しかし勇敢(ゆうかん)なSP達は、声も上げず、正(まさ)に身を挺(てい)して一斉に、三㍍先のその九体と、座っている人々との間に立ちはだかるように動く。


番匠谷はあっけにとられ、目を剥(む)いて立ったままでいる。

実体化に伴う放電現象なのか、微小な静電気のパチパチという音が、張りつめたセンター内に小さく響く。


九体は完全に人の形になる。


その姿は、驚く事に、昔の侍(さむらい)のような衣装や、総髪(そうはつ)を後ろで縛(しば)った髪型だ。真ん中の一人は、赤い衣服に、刀を左腰から吊(つ)るように持ち、腰帯(はらおび)には、短刀と扇(おおぎ)を差していて、更にその横には、一見は、金属性のラッパのような物も見える。


後の八人は、それぞれがそれより短い刀と、やはり扇を一本づつ腰に差している。

赤い衣装の若者の左右に、四人づつがいて、映画などでよく見る、侍の正装らしき姿で、片膝(かたひざ)を突いて座っている。


その九体の侍らしき者達は、素足に草鞋(わらじ)のような、しかし、もう少し上質に見える、履物(はきもの)を履(は)いているのも見える。


赤い衣装の若者の顔は、いまさっき液晶画面に映ったのと同じだ。

出現時の光の色が、若者は衣装、八名は肩衣の色と一致しているのには、誰も気づかない。


正体は全く判らなくても、現れた九体が、刃物とは言え武装していたからだろう、SP達は本能的に、一斉に上着の右裾(みぎすそ)を右手ではねあげながら、腰の自動拳銃を同じ右手で抜く。


刀が本身(ほんみ)(真剣)かどうかは、この際(さい)関係ない。模造刀(もぞうとう)だとしても、充分な凶器にはなるからだ。


彼等は、そうしながら左手で遊底(スライド)後部、左右に突き出した、小さなチャージングサポートに人差し指と中指を掛けて遊底(スライド)を引き、弾倉(マガジン)最上段の弾丸を薬室(チャンバー)へ送り込む。その上で、遊底右横の排莢口(エジェクションポート)後ろの排莢子(エキストラクター)の前部が、僅かに右に出ていることを、右手の人差し指で、なぞって確かめている。


もう一つ、そのエキストラクターが作動しているのを、つまり装弾を確かめるには、上から覗(のぞ)くように見ると、薬莢の縁(リム)を噛(か)んで、右にシーソーの様に動いた、小さなエキストラクターの上部の一部が赤く塗られているから、その部分を目視(もくし)すればよい。

しかし、秒を争う今は、誰一人として、そこに目を落とす者はいない。


その自動拳銃(オートマチック)は、遊底後ろにハンマーが露出していないタイプだが、そこには三角形の部品が嵌(は)め込まれ、その中央にはコッキングインジケーターの赤い点が見えている。それは撃針(げきしん)バネがロックされ、引き金を引けば発砲できる事を示している。


そうして彼等は、九体が間近だから、胸元に拳銃を引き付け、脇を締(し)め、体全体をコンパクトに丸める姿勢(センター.アクシス.リロック)で、その拳銃をダブルハンドホールドで構え、スライド上、大きめな排莢口(エジェクションポート)後ろのマイクロドットサイト内の赤ドットを、九体のどれかに合わせ、照準(しょうじゅん)をつけている。


ただ、全員が人差し指をトリガーガードの横に伸ばしたままで、トリガーには直接は触れていない。

文章だと長いが、それは一瞬に行われた。


すると赤い衣装の若者が、笑って言う。


「おうっ、なかなかやるではなあか。見事である。そなたらは、選抜された警護専門の役人共だの。素早き構えは、鍛練(たんれん)の賜物(たまもの)だがや。今、引き金を引けば弾が飛び出すのだな。ほれから続け様(ざま)にようけ撃(う)てるのだな。あはははっ、俺は知っておるぞ。そなたらの、その短筒(たんづつ)は、ストライカーフィールドピストルのH&K(ヘッケラー&コッホ)・SFP9(エスエフピーナイン)・OR(オプティクスレディ)・SF(スペシャルフォース)タイプだの。ここまでは?」


当然、SP達は、誰も無言かつ唖然(あぜん)としている。

若者は、それを無視して続ける。

その声は、大声を出しているようには見えないのに、不思議な程(ほど)よく通る。

だから、センター内の人々、全員によく聞こえる。彼の恐ろしげな目の輝きは、すこし治(おさ)まっている。


「9mmホロウポイント弾の十七連発だな。トリガープル(引き金の重さ)が軽うて、ストローク(引き金を引く距離)が短い上に、撃発位置(ボアライン)が低く銃頭(じゅうとう)が重いゆえ、撃ちやすいのだな。ほれから、グリップパネル交換が容易(ようい)なれば、それぞれの持ち手にちょうど適(かな)う(ぴったり)のだな。また軍、いやっ、自衛隊だったのう。その水分、塩水に強いMタイプとは違うがよ、同一の弾倉、実包(じっぽう)とは、運用を案ずれば、正しきやり方だの。どうじゃ、図星(ずぼし)であろう」


やはり誰も答えない。


「まっと言(い)やあ、そなたらは、予備の弾倉も二本づつ持っておるな。すれば一人が五十一発。人数(にんじゅ)を、ざっと五十名としたら、少なくとも、二千五百五十発の弾があることになるの。並(な)みの侍なら二千人おっても、ひとたまりもないの」


SP達は、非常に驚いた様子だ。説明が正確だったからだろう。

笑顔だった若者は、柔らかだった眼光を鋭くし、毅然(きぜん)とした顔になって言う。


「ほんでもよ、我らに、ほんなもんは通じぬ。言うたであろう。害意悪意なぞ無いと。やめとけ。放てば兆弾(ちょうだん)となるやもしれぬ。誰ぞが手負(てお)うか、死ぬるが落(お)ちぞ」


大泉総理が立ち上がり、SP達に呼びかける。


「皆さんっ、撃つのは待ってくださいっ。この状況の訳、意味、方法などは、全く判りません。でも、私達の前のこの方達は、私達が知らない、何か特別な力を持った方々のようです。率直(そっちょく)に言って、私も恐ろしいし不気味に感じてます。しかし害意はないと言っておられるのだから、それを信じ、まず話を聞きたいと思います」


そう言われたSP達は、チャンバーの弾はそのままにして、引き金に触れないよう、腰の熱可塑性樹脂製(カイデックス)ホルスターにSFP9を仕舞(しま)う。危険と判断すれば一瞬で発砲できるからだ。


SFP9には、マニュアルセイフティーはないが、信頼性の高いトリガーセイフティーがあるから、引き金に触(さわ)らなければ弾を装填(そうてん)したままでも、暴発はしないのだ。

総理がSPのリーダーに聞く。


「この方が今言われた、拳銃についての様々(さまざま)は正確ですか?」


その警部補は、驚いた表情のままで頷(うなず)きながら言った。


「はい。ことごとく」


大泉は、その若者にもマイクを渡すように、先ほどの秘書官に指示をする。

秘書官は素早く動いてマイクを渡す。

しかし、彼のその動きは、正(まさ)に恐る恐るだった。


それを、間近で見ている番匠谷も、当然、驚愕(きょうがく)の表情のまま、それでも生真面目(きまじめ)に、いや愚かにもなのかもしれないが、役割を務める。


彼はまず、この場合の、案ずるとは、考えるとか思うの意味で、場面によっては、心配を表す事もあると、丁寧に説明した。


更に、ほんでもよは、それでもね。ほんなもんは、そんなもん。適うは、ぴったり。ようけは、沢山。すればは、そうすれば。死ぬるは、死ぬよ。にんじゅとは、人数。だがやは、だよ、じゃないか、だね、じゃん。まっと言やあは、もっと言えば。の意味だと説明する。


また笑顔に戻った、赤い衣服の若者が、マイク越しに言う。 

昔の装束(しょうぞく)なのに、彼はマイクとは何かが理解出来ているようで、正しく使って話しはじめる。

声は更に、明瞭(めいりょう)になる。


「アーアー、テストテスト。よし。はははっ、番匠谷、通詞役大儀(つうじやくたいぎ)。そこのそなたが宰相(さいしょう)だな。そは良き分別(ふんべつ)だがや。あっ、正しくは総理であったな。本物は写真より、更に美男(びなん)だの」


大泉は黙ったまま、その若者を見つめている。

若者は、にこやかな顔で続ける。


「ほしたらまず、我らの事から教えるわな。聞かれよっ、俺は、この星で生まれたのではない。つまり異星人(エイリアン)じゃ。と言うても、あの映画のように、人の顔に張り付いて、体内に侵入し、胸をぶち破って出てくるよ、あの、恐ろしい化け物とは違うがの。あははっ」


「異星人?つまり宇宙人?映画?あっ、私は総理を務めます、大泉慎一郎と申します。えっ、私達の写真を御覧(ごらん)になったのですか」


「うん。この場の者の顔と名はデータを見たでよ。そなたの事も知っておる。あっ、言い遅れたがや。赦(ゆる)されよ。そなたらには無断ではあったがの、夕べ遅く、京都の国会図書館の関西館でよ、この国や他国のこれまでについてが判る、映像やら書籍など、ありとあらゆる記録データを精査して、メインサーバーから取り込んだのだわ。更に、これも無断でだがよ、ここの近くの国会図書館新館でよ、過去の雑誌や新聞なども、全部読み取ったんだわ」


若者の話のスピードが早すぎるのと、あまりに突飛(とっぴ)で奇怪な内容が、すぐには理解できないから、大泉は聞き取るのがやっとの様子だ。

若者は、構わずに続ける。


「ほれからよ、有料無料に関わらず、あらゆるサイト、つまりネトフリにプライムやらの全ても、ホールにあった、どできゃあテレビをハッキングして見た。と言うより、これも俺の中に取り込んだと言うべきかな。あっ、ユーチューブやSNSも、面白(おもしれ)えのが、ようけあったがや。ほれから、紙の本もよ、どえりゃあ、あったけど、本館の所蔵庫にて全て読み取った」


「全て?あの膨大(ぼうだい)な量を?」


「うん。ちと言い辛(づら)くはあるがよ、あからさまに言えばよ、そなたらとは技術(テクノロジー)レベルが違うでの。ほれくらいは易易(やすやす)となのだわ」


納得したようには見えない大泉は、無言でいる。若者は続ける。


「ただ、その行いをよう、本邦国法(ほんぽうこくほう)に照らし、厳密(げんみつ)に捉(とら)えらば、不法侵入。不正アクセス禁止法に著作権法違反。電波法違反と詐欺罪。まだあるやもだがよ、ほれに加え、只今は密入国の罪を犯しておるがよ、ほれはまあ、事情あっての事で、利欲私欲(りよくしよく)では無いでよ、まあ大目に見られよ」


「ああっ、はい。触法(しょくほう)についてはそうかもしれません。しかし、第一に私達にあなた達を罰する事などは、出来そうもありません。それに、私は法律のプロではないから、断言は出来ませんが、法律とは人間に適応される事が原則ですから」


「うん。ほうだなあ。俺が少なくとも、この星の生物ではないのは確かだでのう。忝(かたじけ)ない。安堵(あんど)いたした。ならばその点はよいとしてよ。その様に見聞(けんぶん)した中身はよ、なかなかであった。特に映画とはええ物だの。まあ、ほれも置いといてよ、我ら九名の中に、命を持つのは俺のみなのだわ。この八名は俺の家来だが人間(human)ではない。そなたらの理解の範疇(はんちゅう)に沿(そ)って言えば、AIロボットなのだが正確ではない。正しくは自律型統合基盤(フィジカルインフラ)かな。こやつらには意思や感情もあり、進化も続けておる。ただ自然(じねん)の生命ではないのだわ。滅多(めった)には衰(おとろ)えぬからな」


「フィ、フィジカルイ・・・・」

大泉の内心は、「なにがなんだか判らない」が、正直なところだ。


「あははっ、まあ一時(いちどき)には飲み込めぬわな。だんだんと解ればええわ。ほんでよう、俺は生きてはおるが、肉体(うつしみ)はないのだわ。意識体なのだわ」


「意識体?」と番匠谷。


「生命(いのち)の定義の一つとしてよ、古代のインド哲学(てつがく)に於(お)いて、肉体や精神は幻影(マーヤー)に過ぎず、全ては意識(チット)の現れとの一元論(いちげんろん)があるわな。意識こそが、根源的な意味での生命と申す一説(いっせつ)だがや。その説に従うならば、些(いささ)か強弁(きょうべん)やも知れぬが、俺も生きていると定義できよう。また仏教の、唯識(ゆいしき)の思想が、この定義と繋がっておるのも、そなたらなら知っておろう」


話の振れ幅が大きすぎるし、そんな定義は誰も知らないからだろう、殆どの人々が驚きと戸惑(とまど)いの表情で、返答もできない。

若者は続ける。


「ほれは、まあよい。ほしたらよ、俺のこの姿、誰(たれ)だか判るかの?」


大泉は、冷や汗か、額が汗に塗(まみ)れている。

引きつった表情の他の人々も、無言で九体に目を向けている。


すると番匠谷が、相変わらず、あるはずの恐怖は感じないような表情で、マイクを持ったまま近寄ってきて、九体を見ながら説明を始める。


「え〜オホン、プライドが幾分(いくぶん)傷ついたけど、僕は写真嫌いだから、データには名前しかなかったのだろうと思います。でもそれは個人的な事だから、今は義務を果たします。皆さん、あるやも、はあるかも。どできゃあとは、とても大きい。うつしみとは肉体の事です。じねんとは自然。そは、とはそれはの意味です」


誰もが無言だ。

番匠谷は続ける。


「それから、え〜、この赤、いや深紅(しんく)かな?この方の衣服は直垂(ひたたれ)と言って、上級武士の割(わり)と公的な着物ですが、セットのはずの烏帽子(えぼし)は、何故か被(かぶ)っておられません。それから、家来だと言われた八名の方(かた)は、色とりどりの肩衣(かたぎぬ)に、色違いの小袖(こそで)に袴姿(はかますがた)ですが、これも、侍が公(おおやけ)の場に着る衣装です。直垂の方の刀(かたな)は、拵(こしら)えからして太刀(たち)ですから、ああやって吊るして、あっ、佩(は)く、帯(お)びるとも言いますが、あのように持つのが正しいのです。家来の方達の刀は、脇差(わきざ)しですが、やや長いので大脇差(おおわきざ)しかと。え〜とそれから、直垂の方は、腰に短刀も差してみえますが、太刀もそれも非常に凝(こ)った拵(こしら)えなので、両方とも、かなり名のある、いわゆる御腰物(おこしもの)かと・・・はあっ・・・」


「おっ、番匠谷、息が切れたな。喋(しゃべ)り詰(づ)めだものな、無理はないぞ。誰ぞ、白湯(さゆ)など運んでつかわせ」


少し高飛車(たかびしゃ)にも聞こえたが、その言葉に、あのマイクの秘書官が素直に小走りで動いて、どこからか水のペットボトルを持ってくる。

番匠谷は、それをゴクゴクと飲み、ハンカチで顔の汗を拭(ぬぐ)って言う。


「御配慮、ありがとうございます」


「うん。大事ないか?」


「はい。あっ、大事ないかとは、大丈夫かの意味です。続けます。あと、扇(おうぎ)、扇子(せんす)のどちらの呼び名が正しいかまでは存じませんが、あの腰に差しておられる、扇(あお)ぐ道具は、当時の武士の必需品ですから、持っておられて当然です。最後に、履(は)いておられるのは、草鞋(わらじ)よりは高級な竹草鞋です。それから、直垂姿の方の、ラッパのような道具が何かは、全然判りません」


「おっ、番匠谷、そなたは写真嫌いか?あははっ、それは別に、そなたの学殖(がくしょく)は優秀(なかなか)だな。大儀(たいぎ)であった。その通り。この直垂は赤にあらず。深紅だわ。またこの太刀は亡父の忘れ形見(がたみ)、九字兼定(くじかねさだ)。腰刀(こしがたな)は千子村正(せんごむらまさ)だわ。烏帽子は単に、あはははっ、再現(・・)を忘れただけである」


番匠谷は、褒められからか、少し嬉しそうだが、再現を忘れた、の意味は、当然判らないようだ。

若者は構わず続ける。


「あっ、いかんがや。只今の俺からして、見るからに年上の、そなたを呼び捨てはかんばしからず。赦(ゆる)せよ。ほしたら、う〜ん、殿(どの)や様(さま)はおかしいな。あっ、氏(うじ)でええな。番匠谷氏、ほしたら、この紋(もん)を見よ。俺が誰(たれ)か判るであろう」


そういった男は、直垂の両袖(りょうそで)を突き出すようにして、金色の糸で刺繍(ししゅう)された家紋を見せる。


「あっ、うわっ、こ、これは五(いつ)つ木瓜(もっこう)。もしくは織田木瓜の御紋(ごもん)ですね。つまり、尾張織田弾正忠家(おわりおだだんじょうじょうけ)の御家紋(ごかもん)じゃないですか。そっ、それに、そのハンサムな御顔(おかお)の雰囲気(ふんいき)に、強い名古屋弁っ。そ、それなら、あなた様は、ひ、ひょっとして、もしかして、若き日の、織田、織田信長公(おだのぶながこう)では。ひえ〜、太刀もまさしく、父君(ちちぎみ)、信秀様の御遺刀(ごいとう)と聞いた覚えあります。千子村正さんは、桑名の刀匠(とうしょう)だから、さもありなんです。信じられない。でも本物だ。わ〜、凄い、凄い。目の前にあの信長様が。うれしい〜、僕はあなた様の大ファンなんです。もう写真の事なんかどうでもいいです」


「御名答。あはははっ。ほうか、写真うんぬんは、まあええか。あははっ、ほんでええ。俺の正式名はよ、ちょびっと長(なぎ)ゃあけどよ、平朝臣織田(たいらのあそんおだ)三郎上総介信長(さぶろうかずさのすけのぶなが)だがや。俺はよう、尾張の織田弾正忠家(おだだんじょうのじょうけ)、と言うて、弾正忠はよう、未(いま)だ正式な官位ではないがの。当節流行(とうせつはや)りの自称(じしょう)なんだわ。親爺殿(おやじどの)は天子様への献納(けんのう)やらで、従五位下(じゅごいのげ)備後守(びんごのかみ)、後に三河守(みかわのかみ)の官位(かんい)を賜(たまわ)ったがな。あっ、ほうだ、1905年に、明治政府は、親爺殿を贈従三位(ぞうじゅさんみ)としてくれたのう。この俺とは真(まこと)の関わりはないがよ、こたびの縁(えん)に因(ちな)みて、本物の信長になりかわり、礼を申す。忝(かたじけ)ない事であった」


人々は、当然、末尾辺りの言葉の意味が全く判らない。

信長と名乗った若者は、構わずに続ける。


「ほれで、先(せん)に、その親爺殿(おやじどの)が身罷(みまか)られ、家督(かとく)を継(つ)いだで、三郎を上総介に変名したのだわ。変えた三郎を未(いま)だに使うは、一旦使った名はよ、通称(つうしょう)と言えど、捨てずに組(く)みで使うて名乗るが、我らの為来(しきたり)だでだわ」


大泉が、割り込んで言う。


「ああっ、なるほど。私は、歴史はあまり強くないが、弾正忠の読みが、だんじょうのじょうですか?だんじょうちゅうだと思っていました」


「ほんなもんは、どっちでもかまわぬとウィキペディアも回答するがよ。俺の頃は、だんじょうのじょうが尋常(じんじょう)の読み。番匠谷氏は、知ってか知らでかだが、そう読んだぞよ。ほれでもよ、我らは過去から参ったのではないのだわ。我らとて、時の流れを自由に往来(おうらい)(行き来)いたすのは、未(いま)だ不可能(インポッシブル)だでの」


大泉が、きまり悪そうな顔をする。

それには気づかない、番匠谷が聞く。


「えっ、でも、衣擦(きぬず)れの音はするし、太刀を吊る金具が、カチャリと音をたてましたよ」


「うん。俺の意識体を、我が身で包(つつ)んで保護し、このような姿形(すがたかたち)に見せておるのは、我が三種の使徒の一つ「ウァカ」である。正確には三種の他に、もう一種おるがよ、そやつらに名はない。まあ部品(パーツ)の類(たぐ)いだでよ」


「使徒?」


「うん。部下も家来も似た意味だわな。そのやり方はよ、ウァカがよ、そなたらの脳の視覚野(しかくや)と触覚中枢(しょっかくちゅうすう)を、直接干渉支配(ちょくせつかんしょうしはい)する神性電磁波(しんせいでんじは)を放射しておるからだわ。ほんだで、そなたらには我らの姿がこのように見える。更に、俺に触れると認知の錯覚(さっかく)でよ、皮膚(ひふ)の弾力(だんりょく)や髪のコシまで感じる。衣擦れなどの音もまた然(しか)り。ただそれゆえに、鏡や水面には、この姿は映らぬ。その折(おり)に見えるのは、異形(いぎょう)な光の紋様(もんよう)のみ。番匠谷氏、手を出せ」


番匠谷が右手を出すと、信長がそれを両手で握る。


「あっ、温かい。体温を感じる。こ、こんな事がありえるのか」


「あはははっ、現にそうではないか。ほれからよ、なにゆえこの信長の姿になったのか。ほれはよ、夕べ見た資料の中の、大和の領民、あいや、日本国民の意識を調べたからだわ。歴史上の人物の中では、この信長の人気(じんき)が一番高いだろう」


「たしかに。我が国での信長公の人気は絶大です。アンケートを何回やっても、いつもトップです。あっ、だから、本物の信長と仰(おっしゃ)ったんですね。つまりあなたは幻影(げんえい)なんですね。あっ、皆さん、いかんがやは、よくないね、とか、よろしくないの意味で、こたびは、今回とか、このたびの意味です」


「うん。また、全部正解」


「私達が見てるのは、未曾有(みぞう)のとんでもない現象という事ですね・・・でも、異星人のあなた様が、なんでわざわざ、信長様の姿で現れられたので。その訳は?」


「うんうん。その問(と)いはもっともだがや。初めに言うべきであったな。しからば答えるわな。先程(さきほど)からのこの事態(じたい)、そなたらには、さぞや驚天動地(きょうてんどうち)の現象であったであろう。我らはそれを予(あらかじ)め見越(みこ)し、初見(しょけん)の異星人がよ、この人気(じんき)と馴染(なじみ)がある信長の姿ならば、そなたらが、それほどの化転(ショック)を受けぬであろうと慮(おもんばか)ったゆえである。更には、この先の接触時(オンコンタクト)も同様と予想(あらま)したのだ。訳とはその一点。それゆえ信長は、俺の真(まこと)の姿ではないのだ」


「えっ、では本当の御姿(おすがた)とは?」


「今少し待たれよ。じきに見せる」


「ははあ、判りました」


番匠谷は黙り込む。

信長の説明が、意外過ぎたからだろう。


「番匠谷氏、如何(いかが)した。もう尋(たず)ぬる事はないか」


「いえ。少し混乱しました。あまりの事に、思考が追いつかない。え〜と、それなら張番がつくとはどういう事ですか?」


「張番とは、そなたらが約定を守るかを、俺の家来が見張るという事だがや」


「どうやって?」


「家来共が、そなたら全員に一体づつ張り付く」


「張り付いて、約束を破ったらどうなりますか?」


「破りそうになったらよ、使徒共が、その者の心に呼びかけてよ、それを思いとどまらせるのだわ。また、そやつらは、すでに張り付いておる。退出、内乱罪うんぬんは、覚悟を促(うなが)すための言葉(ことのは)だわ」


大泉が驚き顔で聞く。


「そんな事が出来ますか?思いとどまらせるとか、四六時中の監視などどうやって」


「だんだんとでないと、そなたらには飲み込めぬ。焦(あせ)るな。まあほんでも、ヒントを少し教えてつかわす。そなたら、日本民族のほとんどの者の心の奥底(おくそこ)にはよ、元々、仁義礼智忠信孝悌(じんぎれいちちゅうしんこうてい)の想いが、強く備わっておるでの。それに加え、この場の上(うえ)立(だ)つ者共には、それぞれに、すでに高い志(こころざ)しがあるはず。ゆえに、力でねじ伏せるのではなく、ほれを上手(じゃうず)に使うのである。されど万万(まんまん)が一(いち)、その手が通じぬ場合には、最後の一手をやむなく使うのだわ」


「最後の一手」


「まあ、ほれは聞くな。おおかたは、使わずに済もう。ほんでよ、更に一つ教えよう。我らの力の源(みなもと)はよ、大まかには、太陽風、この星の歪(ゆが)みからの地磁気、マグマ運動が生む地脈のパワーじゃ、あっ、あと水も」


信長と名乗った若者は、質問に正確には答えず、ややはぐらかすよう、細かい説明は避け、次々と話題を変えてゆくが、それは聞く側のショックを和らげる為と、物事の順番を考えての事かもしれない。


大泉総理や他の人々の大半は、口をあんぐり開けて信長を見つめるばかりだ。


番匠谷が説明する。


「上立(うえだ)つ?上立(かみだ)つは、何かで読んだ覚えあるけどなあ、上立(うえだ)つ者、とは、あまり聞かないなあ。でもまあ、信長様の独特の言い回しと考えればいいでしょう。意味は上層部とか、リーダー的な役割りの者、つまり、ここにおいでの、政府関係の皆さんの事ですね」


「よっ、ばんっしょ〜お〜や〜っ」


「?」


「歌舞伎の声掛け、大向(おおむこ)うだがや。見解を褒(ほ)めておる。夕べ見たでよ、やってみたかったのだわ」


「ぶぶっ、あなた様の御人柄(おひとがら)が、なかなか掴(つか)めません。それは置き、見張りのやり方や、力の源について、私は科学は専門ではないから、ほとんど理解できません。でも、ここには、私の仲間の専門家も来ていますから、その方達に任せます。え〜と、ちょっと強引(ごういん)ですが、話を戻しますが、あなた様は初めに、俺の招きと仰(おっしゃ)った。その方法とは、先ほど言われたような、不思議な力で私達にメッセージを送ったという事ですか?」


「然(しか)り(そうだ)。三十日(みそか)の夜中に、そなたらの脳の深層(しんそう)に直接に下知(げち)したのだわ。ゆえに、誰もが、つい先程まで、己(おのれ)の異様なる動きになんの不審(ふしん)も覚えなかったであろう」


「脳に?直接?そんな事が出来るのですか?なら、私と、私にマイクを渡したあの方も、貴方様に操(あやつ)られたので?あっ、下知とは、身分の高い方の指図の意味です」


「左様である。二人については、両者にそうしたいとの想(おも)いが見えたゆえ、ちょびっとばかし後押しをし、その気にさせただけであろう」


「あろう?あっ、つまりウァカ様がなされた」


「左様左様(さようさよう)。それくらいはよ、まあ気にかくるな。ほんでよう、重ねて言うが、俺の真(まこと)の姿はこれではない。だが只今は、この信長になりきっておる。しかし性格性質特徴(キャラクター)は、史実や通説とは違うぞよ。あっ、このラッパが如(ごと)き、金属(かね)の道具はよ、俺が家来共に指図する為の、道具(コントローラー)だわ。「プトゥトウ」と呼ばれておった。原ケチュア語だな」


「原ケチュア語!今から二千年の昔に、アンデス地方に生まれた言葉。インカ帝国より遥(はる)かな昔」


「概(おおむ)ねそうじゃ。当時はアンデスと言う地名すらなかったがの」


「ええっ、ではあなた様は、その頃あの辺りに、居られた?」


「そうそう。ほんでも、それを説くのは暫(しばら)く待て。肝心(かんじん)な事ゆえ、ゆるゆると話すでよ」


「私は、ペルーや周辺の古代言語もずっと研究してきたのです。何か思い当たるような事があったような・・・でも思い出せない。早くお聞きしたい」


「番匠谷氏、待たれよ。まだ説いておる事柄が残っとるだろう」


「あっ、はい。わかりました」


「ほしたら、俺のキャラについてだけどよ、これも夕べ見たっ、もといっ、取り込んだデータの中にあった、俺を主役にした小説でよ、設定(セッティング)が気に入ってのがあったでよ、それに基(もと)づいたんだわ」


「小説?題名は?」


「題は「あゆちのびと衆」。ほんでもよ、書き手はドが付く素人(しろと)。名は岩山輝之。それが読めるそのサイト「小説家になろう」はよ、誰もが投稿でき、誰もが読める。しかも無料(ただ)。作品数はどえりゃあ多い」


番匠谷が言う。


「よく知ってます。転生を扱う作品が多いですね。あっ、あゆちとは、愛知の語源となった言葉でしたね。え〜と、それから確か、当時の尾張にはあゆち潟(がた)と呼ばれた海岸線がありましたね」


「うん。熱田の浜から東、鳴海から大高辺りまでを、あゆち潟とよ」


「なるほど、その、あゆちですか。それなら、びと衆とは?」


「それは言えぬ。そなたらが言う、ほれっ、ネタバレになるでの。読めば判る」


「ネタバレ?そんな言葉までご存知なので。あっ、国会図書館のデータを精査されたんでしたね。なるほど、だから歌舞伎の事も。確かにネタバレはまずいですね。判りました。びとか、初耳だけどなんだろう」


「そなたらが、その、あゆちの物語を読めば、僅(わず)かでもPVが増えるがや。すれば、それが岩山へのキャラの借り賃となるわさ。ゆえに勧(すす)めておる。あははっ。ほんでもこの、あゆちのびと衆はよ、転生ものではない。書き手の、高齢者の枠(わく)にあと僅(わず)かな岩山はよ、宣伝の方法(たづき)も知らぬようで、ランキングにも載っておらぬから、書籍化などは、されてもおらぬし、世間には、全くと言うほど知られてはおらぬ」


「現在のPV数は?」


「16000と少し」


「それなら多少は知られてますね」


「書き始めてから、もう五年(いつとせ)にもなるでのう。大したことは無いわ。岩山は、名古屋生まれの名古屋育ちでよ、尾張にある、あゆちの風伝説にインスピレーションを受けたで、思い立って執筆を始めたようじゃ。ほんでも、よりによって、俺を題材にするとはよう、素人の分際で無謀(むぼう)、不遜(ふそん)とも案ずるがよ、まあ、咎(とが)めるほどでもない。其奴(そやつ)はそれにあたり、名古屋弁に限らず、方言が消滅寸前であるのを憂(うれ)いて、会話には名古屋弁も含め、各地の方言も使う書き方で、始めたようじゃ」


「五年も・・・」


「左様。無名とは言え、読んでみると、物語そのものは、他の信長ものにはない、目新しき内容なのだわ。今現在で、約二千ページ。我らの、この装束などの有様(ありさま)はよ、あゆちの話中(わちゅう)での天文の終わりの頃の再現で、まだ今川との戦いは起きておらぬ。この書き手はよ、初めから架空小説だと明記しておるから、中身は、まあなんでもありだがよ、荒唐無稽(こうとうむけい)とまではいかぬ。そこそこにリアルさもある」


番匠谷は、ふ〜んと言うような顔になる。


「俺の目を見て、常人とは違う眼光から、なにやら恐ろしき力も感ずるであろう。あははっ、これも岩山がその様に設定したからだわ。それやこれやで、本物の信長が読んでも、ちいとは唸(うな)ったやもしれぬ程だわ。ほんだで、まあまあは面白(おもしれ)えよ。そなたらの携帯で題名を検索すれば、いつでも読める。暇(ひま)な折(おり)にでも、読まるるがええ」


番匠谷が冷静に答える。


「確かに上様の目を直視すると、視線が跳(は)ね飛ばされるような気がします。あゆちのびと衆ですね。覚えました。それから皆さん、たづきとは方法の意味です」


「うん。そうそう。ほしたら家来共をよう。俺の右に控えおるは、俺が最(もっと)も信(しん)を置く、当家の重臣(おとな)、滝川左近将監一益(たきがわさこんしょうげんかずます)だわ。あとの色違いの肩衣姿の七名は、我が近習(きんじゅ)である」


右の一人に続いて、七名の侍が、片膝のまま、小さく頭を下げる。


年齢が一番上と思われる、最初に頭を下げた侍は、しゃがんでいても、信長よりは背が高そうで、それが滝川のようだ。彼は濃茶色(こいちゃいろ)の肩衣を着けている。

あとの七名の背丈は、ばらばらのように見える。


「お〜、滝川一益様。とても有名な方ですね。史実では本能寺の後に、秀吉さんに敗れて、御不運にも不遇(ふぐう)になられた、確か甲賀出身の・・・」


「左様。しかし、あゆちの物語では、全(まそった)く違うがの。あははっ」


「その方達も、あなた様の使徒?」


「うん。この者共(ものども)の有様(ありよう)も、同じ物語に従っての事だわ。あっ、ほうだ。俺の呼び名だけどよ、信長と呼んではならぬ。信長は、我(わ)が諱(いみな)ゆえ、親か主筋(しゅすじ)の者以外が、そう呼ぶと無礼(ぶれい)となり、俺は怒らないかんくなるのだわ。なんせ、なりきっておるからの」


番匠谷が言う。


「そうですね。確かに、武士の諱をやたらに口にするのは、とんでもない無礼にあたるのでしたね。映画やドラマで、信長様とか言ってるのは、視聴者に判りやすいようにとの、まあ便宜上(べんぎじょう)でしょうから。あっ、信長様もだめですね。失礼しました。それなら我々は、あなた様をなんとお呼びすれば?」


「ほうだな、三郎は長いでサブちゃん。いかんな。幼名(ようみょう)の吉法師(きちほうし)の吉ちゃん・・・これもいかん。ほしたら上総介のかずちゃん、おっ、ええではなあか。どうじゃ、かずちゃんでは?」


「ブッ、あははっ、いや、ちゃんは、なんとなく少し恐れ多いです。せめて上様(かずさま)では?」


ここで初めて、場の雰囲気が和らぐ。


「うん。わかった。今後(こうご)、この姿の時は、俺を上様と呼ぶがええ」


「あっ、そうでした、本当の御姿は、別なのでしたね。あと、皆さん、怒らないかんくなる、は怒らなければならなくなる。こうごは今後の意味です」


信長は頷く。

大泉が「椅子を運ばせましょうか」と聞くが、信長は一言「不要である」と答えた。

番匠谷が、続ける。


「それで滝川様と七名も、フィジカルインフラなので?」


「うん。ウァカにはちいと劣るが、この者共も同様なんだわ。呼び名は違うけどよ」


「なんと呼ぶので?」


「アイウァナ·パンティである。輝く人々の意味じゃ。ウァカは同じく聖なる者。今、姿は見えぬが、もう一種はウァミンカ。忠実なる兵士の意味じゃ」


「あれっ、なんだか聞いた事あるような・・・すみません、最初のアイワナなんとかを、もう一度お願いします」


「んっ、聞き取れなんだかの、アイウァナ·パンティ」


大泉が吹き出し、座っている人々からも、少し笑い声がする。強い緊張は解けた。

番匠谷は、何かを考えているような表情だ。


「大泉氏、他の者も、なにがおかしいかな?それに、そなたは頬(ほお)を赤らめておるな。なにゆえか?」


「だって、パンティだなんて」


「あっ、ほうか、パンティとはよ、そなたらの女子(おなご)共がよ、尻と秘所を隠す、我らの頃の二布(ふたの)の如(ごと)き役割の、小布(こぬの)の事だったの。ほんでも、そのなにが笑いとなる?なにゆえ恥ずかしげになるのか?この原ケチュア語のパンティと、そなたらのパンティは全く意味がちがうがや」


説明し難いから、大泉も誰も質問には答えられない。

番匠谷は、同じ顔つきのまま、いかんがや、は、よくないとか、しまったの意味。然りはそうだ。二布が腰巻(こしまき)の事で、きんじゅとは近習だと通訳する。

少しの間、全体が静かになる。


大泉の後ろにいた、ベテランの男性大臣が、おずおずと立ち上がる。


「え〜、発言させて下さい。上様、それは、私くらいの年齢の者には、パンティと言う言葉は、只の下着を表すのではなく、日常と非日常、理性と本能の境界線を揺るがす象徴(しょうちょう)と言って、過言ではないからです。とても官能的(かんのうてき)で、胸のときめきも感じるのです。隠された物を見たいと言う、心理的渇望(しんりてきかつぼう)もありながら、タブーだとの思いもありますから、あからさまに聞くと、ついつい、嬉しいやら恥ずかしいやらで、こうなるのです」


「ときめきな・・・杉山厚労大臣。あっ、わかったがや。カリギュラ効果だな。見てはならぬ物ほど、見たくなる」


「仰(おっしゃ)る通りです。それなのに、近頃(ちかごろ)、巷(ちまた)では、パンティとは言わずに、ショーツとか、パンツと呼ぶようで、真に嘆(なげ)かわしく思っておりましたから、今、突然その言葉を聞いて、総理もつい笑ってしまい、赤面(せきめん)なさったのです。あっ、私も、多分、他の者もです。」


その大臣は、普段から、謹厳実直(きんげんじっちょく)を絵に書いたような、寡黙(かもく)なタイプの人だったから、まわりの同僚達は、その答えの内容に、驚いた顔になる者が多かった。それでも彼に同意するよう、大きく頷(うなず)く者も数人はいた。


「ほうか、ほれは心得(こころえ)たけどよ、聞くがよ、そなたらは、インカ帝国の初代皇帝の名を存じおるか?」


まだ、何かを考えているような番匠谷だけが、それをいったん止めたように答える。


「知ってます。しかし、その名の初めの三文字は、居酒屋などのヒソヒソ話なら兎(と)も角(かく)、日本人は、こんなに大勢の方、しかも女性も居られる場所では口には出来ません」


「ほうか。居酒屋か、いっぺん行ってみたいのう。ほうだわなあ。言葉そのものが、なにやら無粋(ぶすい)だものな。赦せ。ちょびっとからかったのだわ」


「はい。フフフッ」


信長の質問は、少しマニアックだから、番匠谷以外には、解答も問答の意味すら判らない。

だから全員が無反応だが、文脈と三文字から、ある言葉を連想した者は何人か居た。


信長は、まだ続ける。


「ほしたらよ、しつこいやもだがよ、それにちなんで尋ねるけどよ、下着なら、普段は隠れて見えぬゆえ、小布だとて、まあ支障はないわなあ。ところがよ、ユーチューブで見たけどよ、近頃の女子の大勢は、水練(すいれん)の為とは言え、胸と股だけを隠す、小(ち)いせえ布切れを着けて水に入るわな」


番匠谷が頷く。


「手足以外の素肌(すはだ)を見せるは、恥(はじ)と強く心得おる、俺のころの武家の女子共(おなごども)ならよ、思いもよらぬ程の破廉恥(はれんち)なる代物(しろもの)だがや。中でもよ、尻部分が紐(ひも)で、前もまあ本当(ふんと)に、際どいと言うかよ、肝心所(かんじんどこ)だけをやっと隠す小布でよ。加えておおかたは、紐で無(の)うても、尻が丸出しの細めの水着を、好んで着けておる。歩(あゆ)むにも、食い込んで歩みにくそうなあの水着はよ、なにゆえあのような紐状、細きのものにするのかな?」


番匠谷が、頭を掻(か)きながら答える。


「上様、あれはTバックか、それに類する水着です。世界中で流行(はや)っているのです。近頃は我が国でも、廉恥(れんち)を破(やぶ)ると言う意味を知る人も少数です。それを別にしても、あれは恥ずかしいものではなく、セクシーさを強調する為のファッションなのです。確かに少々、過激だとは思いますが。あっ、ふんとに、は本当にの意味で、水練は泳ぎの練習、只今の場合は、水泳や遊泳の意味です」


「あっ、ファッション、ほうか。人の意識は移ろうのだな。ほんでも俺の心証(しんしょう)はよ、まさに、アッとおどろくタメゴロオ〜オ〜、なにっ、だったがや」


その言葉に、一瞬の間を置いて、幾つかの爆笑が起きる。

笑ったのは、全員が六十代の男女だ。

それ以下の人々は、反応しない。

知らないのだ。

笑顔の人達が次々と言う。


「ゲバゲバ90分だ!」

「ハナ肇の決めセリフッ」

「御覧になったのですか?」

「キャ〜、懐かしいっ」


「全てを見たからの。ひょうきん族も、めっちゃんこ面白(おもし)ろかったがよ、ゲバゲバのカオス風が一番(いっち)気に入ったのだわ」


番匠谷が笑顔で言う。


「そうですか。私ははっきり記憶はないけど、両親と一緒に見た覚えあります。他の番組などの感想も御聞きしたいけど、それはまたの機会のほうがいいですね。あっ、めっちゃんこは、物凄く、とかとてつもなくの意味で、いっちは、多分ですが一番だと思います」


「うん。通詞は、せえ〜か〜い。想いを語るは、その折りといたそう。ほんでも、ちょびっとだけ言うとよ、特に惹(ひ)かれたは、昭和の頃の映画やドラマでよ、俺は所謂(いわゆる)、特撮物(とくさつもの)も気に入ったのだわ」


「あはははっ、せえか〜いって。上様、子供の言い方ですよ」


「いや、童(わっぱ)ではなあぞ。テレビの番組でよ、美形(びけい)のアナウンサーが、そう応えておったでよ、真似てみた」


「はははっ、そうですか。上様は、なんだか楽しいお方ですね。あっ、特撮とは、怪物が出るような作品ですか?」


「如何(いか)にもっ。あはははっ。ほれはまあ、置いといてよ、今一(いまひとつ)、得心(とくしん)いかぬ事があってよ」


「仰(おっしゃ)ってください」


「うん。そのような格好のよ、異国の女子共の映像も、ようけ見た。初めのうちはよう、金髪(ブロンド)や赤毛(レッド)、栗毛(ブリュネット)などの、上からキュッと吊り上げたような尻によ、長(なぎ)ゃあ脚、ツンと尖って見える乳と、面(つら)も、真(まこと)に見目麗(みめうるわ)しいのが大勢映(おおぜいうつ)っておったでよ、俺もニヤついて見とったんだわ。ほしたらなんと、途中から、大俵(おおだわら)が如(ごと)き身体つきの女子共も、そのTバックを着けてよ、紐が尻肉で隠れてまって、後ろからなら、丸出しに見えるのによ、平気で歩いとる動画もようけあってよ。俺には、あの者共の心根(こころね)がわからぬ。恥とは思わぬのかな」


「国情、民情が違うし、繰り返しますが、ファッションだからとしか。しかし上様、今のような御発言は、差別となり、近頃は厳しく咎(とが)められるような中身です。以後は、御止めください。あっ、大俵とは八斗(はっと)の中身。つまり144㍑入る俵です」


また少し笑い声が聞こえる。


「あっ、ほうだった。ハラスメントだな。今後は気をつける®©¢£€§©®¤‹∆∅∃∇⊗⊕βγα⊄∆⊕€¢∅¤£∇®§β・・・・・・」


「上様、今の末尾の小声の中身は?」


「ありゃっ、ううっ、マイク離したのに、ぶつぶつ言ったが聞こえたのか?俺はただよう、Tバックなどは、むしろ有(あ)り難(がて)ゃあ眼福(がんぷく)だでよ、咎めたのではなく、相応(ふさわ)しき年齢(とし)やら、見た目に合わせて、着けたほうがええのではとよ、つい、母国語(・・・)でそう呟(つぶや)いたのだわ」


「あははっ、眼福!確かに。わかります。そのお気持。しかし、それが現在の世情ですから」


番匠谷は、信長が母国語を使ったと言ったのは、早口で気づかなかったようだ。

信長も、それには触れず答える。


「うん。相(あい)わかった。それにしても、昨夜の記録や書物に、Tバックなどについての、そのような分析に及ぶものはなかったがや」


「上様、それは当たり前です。そんな事を研究分析しても、誰も興味を持ちませんから。ところで上様も、女性がお好きで?」


「ほらあ、ほうだわさ。意識体となっても、俺とて男子(おのこ)だもの。美形(びけい)のおなごの、ボインボインとプルンプルンを見りゃあ、胸が時めくわさ」


信長は、そう言いながら、己の胸の前に両手で大きな円を描き、続けて尻の辺りにも同じ事をする。

今度は大勢が笑う。

通訳と言うより、司会者兼、解説者のようになった番匠谷も、笑いながら言う。


「ほらあ、ほうだわさは、それはそうだよ、です。してちょ、の、ちょは、ね、とか、してね、の意味です。それから上様、近頃は、ボインだのプルンなどとは、あまり言いません。それに今のように、ジェスチャーするだけでも、セクハラだと指摘されます」


笑い声が増える。


「上様、まだあります。ヒップを表現しながら、プルンプルンと仰(お)っしゃいましたが、プルンなどとは初耳です。上様、創作されましたね?」


「うっ、鋭いの。赦せ。つい語呂(ごろ)を合わせた」


爆笑の渦(うず)となる。


「あははっ、上様は、とても素直(すなお)な方ですね。ふふふっ。はい。ところで、ウァミンカさんは、何故姿が見えないのですか?」


「それもまた、ウァカの業に似た技術でよ。やっておるのは真逆だがな。光学的によ、そなたらの目には、見えていても見えないと、錯覚するような業を使っておるのじゃ。仔細(しさい)はだんだん判ってくる」


「真逆?」


「うん。ウァミンカはよう、アイウァナ·パンティ達より、普段(・・)は小(ちい)せえし、力も劣るんだわ。武家の職制で言やあ、まあ足軽だなあ。その足軽共にはよ、更に手下(てか)が居る。先(せん)に言うた部品の類いだわ。まあ無数と言って差し支えないくらいはよう。その手下共を、また職制で言やあ、細(こま)きゃあ仕事をする、まあ、荒(あら)し子(こ)、小者共(こものども)かなあ。ほれを、総称(そうしょう)いたせばよう、流体(フルーイド)極微機械(ナノマシン)群体(スウォーム)だわ。あっ、古井戸ではなあぞ。ほれからウァカはよ、同様に重臣筆頭(おとながしら)。当家なら、平手中務丞政秀(ひらてなかつかさのじょうまさひで)と同格」


「あははっ、流体(フルーイド)と古井戸。面白いっ!おっ、平手政秀様。上様の為に諫死(かんし)なされた方ですね。あっ、うんと、は、ええとかな?」


「史実ではな。されど、これも岩山のあゆちの物語ではよ、じい(政秀)はそのような真似はしておらぬのだわ。うんと、は然りだわ」


番匠谷は、手下(てか)とは、手下(てした)。荒し子が、戦闘には原則的には加わらない、荷駄運びや陣小屋作りなどの雑用、工兵役も務める、足軽の下の身分の者と教える。


「そうですか。それだけでも、これまでの諸作品とは、かなり違う話になりますねえ。読むのが楽しみです。ところで、そのスウォーム様達は、どんな働きをされるので?」


「判りやすうに言えば、我が身を使って、課題を成すのじゃ」


「えっ、それならスウォーム様達は、課題の犠牲になるのですか?」


「贄(にえ)(犠牲(ぎせい))ではないが、それが務めなのだわ」


「僭越(せんえつ)ですが、そんな方々(かたがた)が無名では、御不憫(ごふびん)です。上様が名付けられたら」


「方々はちと、当てはまらぬが、うん、まあ、そうやもしれぬ」


「それなら是非。スウォーム様達は、きっと私達の為に働いてくれるのだと思います。無名では申し訳がない」


「うん・・・そなたは察(さっ)しがええな。張番もそやつらの役目なのだわ。ほしたらよ・・・う〜んと、何がええかな。よしっ、ほしたら、あやつらは、古いケチュア語で、使徒の従者、細かに蠢(うごめ)く者共との意味の「アウキ·クル」と名付けよう」


「アウキ·クルですね。あっ、見張りも。それならその方達は飛べるので?」


「うん。先ほど言うたバワーを、位相相換する事で、移動が出来るのだわ」


「い、いそう?そうかん?それも私には、やはり理解不能ですから後回しとして。上様(かずさま)、この呼び方もよいのですが、これは上様(うえさま)とも読めます。その方が貴方様(あなたさま)にはふさわしいのでは?」


「上様?いや、俺は物語の中に生きて居(お)るようなもんだでよ。物語はまだ、天文(てんもん)の終わり頃だでよ、親爺殿とは違ってよ、俺は、成り上がりの無位無官(むいむかん)の田舎大名(いなかだいみょう)に過ぎぬ。上様はふさわしからず」


大泉が立ち上がって言う。


「いえ、私達にとって、貴方様はきっと、上様の呼び名が当然の御力を持っておられるようですから、それが適正だと」


「俺を、もうひゃあ信じるとてか?」


番匠谷がすかさず言う。


「もうひゃあとは、こんなに早くの意味です。もうはい、とも言います」


信長の問いに頷いた大泉が、はっきり答える。


「はい」


「ほうか、大泉氏、相わかった。されば今後は、そういたそう」


また番匠谷が聞く。


「それなら、あなた様の本当の御姿は?」


「うん。今見せる。その前に・・・へへへっ」


信長と名乗った男は、一歩前へ出ると、足を開き、両手、両脚を動かしながら、不思議な動きを始める。

最後に、特撮ヒーローのようにポーズを決めて、にこにこ顔で叫ぶ。


「変身っ」


すると、信長の身体が青白い光にだんだん包まれていき、その光が大きくなってゆく。


番匠谷は、思わず後へさがりながら言う。


「へへへ?変身?」


それまで見えていた信長の身長は、165㌢くらいだったが、光はそれより大きくなってゆく。


見ている人々は、期待と恐怖が入り混じった複雑な表情だ。信長がどんな姿に変わるのか全く解らないからだ。考えは当然バラバラだ。ある者は、映画などで見た、色々のタイプの宇宙人を思い出し、ある者は、グロテスクな怪物の様な姿なら、どうしようと考えている。中には、神聖な天使や、日本の神々の姿を思い浮かべている者もいる。


目視(もくし)で二㍍を少し越えて、動きが止まってから、姿が現れてくる。


がっしりした身体。赤褐色(せっかっしょく)の肩までの髪と同色の顎髭(あごひげ)。青い眼と白い肌。踵(かかと)まで届く、ローブの様な衣服。腰には革ベルトで、そこにはやはりプトゥトウが差してある。素足に履いた革のサンダル状の履物は、薄汚れている。


白人(White)に違いない、その大男も、信長同様、にこにこしている。

家来の八名は、同じ姿で静かにしている。


姿は変わっても、言葉は日本語のままの標準語で、大男は口を開く。


「皆さん、これが私の本当の姿です。私が異星人なのに、人類型(ヒューマノイド)の白人(トールホワイト)である事に驚いていますね。そうです。これは非常に低い確率ながら、全くの偶然なのです。理由の一つは、「収斂進化(しゅうれんしんか)」ですが、その説明には、時間が必要ですから、少し先にといたします。あはははっ、あなた達は、グレイタイプや爬虫類型(レプティリアン)、蛸型(たこがた)、または獣型(アニマリアン)、日本神話の神様の様(よう)な外見を、予想していませんでしたか?まさか、映画の捕食者(プレデター)が実在するとは思ってはおられないでしょうが。今のところ、私が知る限り、そんな知的生物は銀河系宇宙(・・・・・)には存在しません。ただ・・・」


「ただ、なんですか」

と大泉。


「それも、いずれといたしましょう。話せば、あなた達は、必ず深く混乱してしまうからです・・・それで、私の母星での真名(しんめい)を言っても、あなたたちには、発音の違いで聞きとれない。だから、私がこの星でかつて、一番大勢から呼ばれた名を教えましょう」


誰もが無言だ。


「驚くのも無理はない。が、先ほどの信長さんと、見た目は違うが中身は同じ。怖がる必要はありませんよ。それで、その名は「ビラコチャ」です。「海の泡(あわ)」がその意味です。またかつて、私は、色々の場所へ行きましたから、他にも呼び名はあります」


番匠谷が叫ぶように言う。


「あっ、あっ、海の泡っ、そうだ、やっと思い出しました。ずっと考えてたんです。グラハム·ハンコック氏の「神々の指紋」に、古代神(こだいしん)としての、あなたの名や、一文字くらいは違うけと、三種の使徒の名もありました」


「そうです。私も夕べ読みましたが、スコットランド出身のハンコック氏は、学者ではないが、とても熱心に、五年間も調査旅行をして、あの作品を書き上げたようです。完璧ではないが、かなり良い推察(すいさつ)をしています」


「私は、あの著作(ちょさく)が大好きで、三十年くらい前の当時、熟読(じゅくどく)したんです。あんまり昔過ぎて、それすらも思いだせなかったけど、やっと今、内容も思い出しました。あなたのその姿形(すがたかたち)、そのプトゥトウについても、呼び名はなくても、ラッパとして、そのままが書いてありました。あなたは、ビラコチャ以外に、コン、コンティチ、スヌパ、タパクなどと呼ばれ、あの地に暮らす人々を善導(ぜんどう)し、助けましたね」


「番匠谷さん、あなたは博識(はくしき)だ。全体的にはそういう事です。しかし、作物や家畜の育て方など、援助を言い出せば、きりが無く、長い話になります。これも、もう少し後に」


「うう、残念っ」


「それはまとめて、近々に話しましょう。約束します」


「わかりました」


「それでは皆さん、これまでの色々な現象を見て、私達の力の、片鱗(へんりん)くらいは認識されたと思います」


「はい」と大泉。

他の人々も例外なく頷く。


「それで、あなた達への感謝を表すのに、私達は、まず、手始めに観光事業の手助けを行います。それを見れば、私達の力のレベルも理解しやすくなるはずです」


「観光?どうやって?あっ、感謝とはなんに対しての?」


「東京湾の湾奥(わんおく)で、まあ、映画のような物を、大勢の方に見てもらいます。感謝の訳の説明は、順序立てて話さないと、理解ができない事ですから、これもまた次回に」


「そうですか。わかりました。えっと、あっ、映画?海上で?」


「あははっ、わかりやすく言うと、ホログラムのような物です。映画の3Dをもう少し強烈にした、迫力ある演(だ)し物です。本物に見えても実体はありません。だから物理的な影響は、例えば船舶(せんぱく)や航空機が近くを通過しても、なんの支障も発生しません。ただ、混雑による、事故防止の為の手配だけはお願いしたい」


「わかりました。関係省庁に指示します」


番匠谷が、少しのんきに聞く。


「割り込んですみません、あの、今、上様からビラコチャ様に姿を変える前、何かポーズをとられ、最後に変身と仰っしゃいましたね。あれは?」


「グッ、ううっ、あまり言いたくないのですが、しかたありません。夕べ見た、正確には取り込んだ、ですが、特撮ヒーローの仮面ライダーや、変身忍者嵐、バロム1、イナズマンなどのヒーロー達が変身っと叫び、カッコよくポーズを決めてから、姿を変えていたの見たからで。私ではなく信長キャラがやってみたかったようです。「デュワッ」と、ウルトラマンもやりたかったようだけど、あれは、少しパターンが違いますね。あゆちの信長のキャラには、少し子供っぽいというか、バサラ気質もあってあんな真似を。私が信長に変身するなら、あんな事は行いませんし、下着や水着などの品の無い質問などはいたしません」


センター全体が、笑いに包まれる。SP達も初めて笑っている。

滝川以下の八名も、そのままの姿勢でいるが、あきらかに微笑(ほほえ)んでいる。

大泉が、笑いを堪(こら)えて聞く。


「ビラコチャ様、催事見物の具体的な場所は?」


「東京湾の湾奥が見える場所なら、どこでも結構です」


「国民にはどう報(しら)せますか?」


「政府主催の催事(さいじ)を、明後日、つまり三日の朝七時から、そこで行うと、軽く告知なさい」


「はい・・・」


「そしてこれは非常に重要ですが、その演し物を見れば、その技術の出処(でどこ)がマスコミなどから問われるでしょう。が、問われても私達の事を明かしてはいけません。他にもあなたがたに提供する技術は沢山あるし、その技術レベルは、あなた達には想像できないくらいの革新的レベルなのです。日本国は世界のリーダーとなり、この惑星の平和と繁栄を図るのです」


「リーダー?」


「まずこの日本を豊かにする。そしてその技術を少しづつ世界に広めるのです。あっ、他国を攻める武力ではありませんよ。防衛兵器の開発には力を貸しますが。生活全般が激変し、日本国民は全員が、かなり楽に暮らせるようになります。そしてそれを適切に、また徐々に世界にまで広げるのです」


「信じ難い。しかし信じたい。有り難いお話ですが、隠せるでしょうか」


「だから最初に聞きましたね。秘密を約束できますかと。最高機密とするのです。今、異星人からの技術だと判れば、世界中が、大混乱に陥(おちい)ります。私達は、地球人から見たら、圧倒的に高次元の存在なのです。順序を間違えず、急がず、ある一定の配備や用意が、この国に出来るまでは、私達の存在は絶対に秘匿(ひとく)するのです。まあ可能なら、五十年くらいが好ましいでしょう。技術の出処は、ある匿名(とくめい)の科学者グループで、内容があまりにも高レベルだから、あくまでも、その学者達の意思で、身元を明かせないとするのです。あらゆる危険から、その学者達の身体生命を護る為で押し通すのです」


「紛争(ふんそう)になる?」


「他国の中には、真実を知ったら、その技術を、私から、力(ちから)づくで奪(うば)おうとする者が現れるかもしれません。どこの国、どんな組織だろうと、人命を損(そこ)なわずに、追い払うくらいは簡単な事です。しかしそれは、とても無駄な事です。知られなければ、そうはならないでしょう」


「ビラコチャ様、この後、皆さんで話し合い、必ず約束を守るようにいたします」

と大泉。

ビラコチャは笑顔で頷く。

番匠谷がまた聞く。


「ビラコチャ様、その演し物の中身は?」


「それは見てのお楽しみとしましょう。でもまあ、ヒントを一つ。アイウァナ·パンティ共の数です。八体いますね。あなた達のよく知る物語に似た内容です。あなた達は出来るだけ、その演し物を見るのです。あっ、でもそれは、カメラなどでの撮影は出来ません」


「えっ、撮影不可能?」


「はい。訳はその時に話します」


「そうですか、明後日ですね、あなた達は?」


「行きますよ。総理の傍(そば)へ。勿論(もちろん)、姿は変えてね」


「わかりました。お待ちしてます。ところで、ビラコチャ様、食事などは?」


「意識体に食べ物は不要です。日本のグルメを味わってはみたいですが、残念です。ただ、この使徒共は、清冽(せいれつ)な水を好みます。この事に関わる事業もありますが、それもまた次回」


「はい・・・」


「それでは・・・あっ、言い忘れてました」


「?」


「今のこの状況です。あなた方は、近代(・・)の地球人類として、自力では無くとも、初めての偉業(いぎょう)を成(な)したのです」


「・・・あっ、異星人との邂逅(かいこう)?」


「そうです。それもスピルバーグ氏の描いた、第三種接近遭遇(だいさんしゅせっきんそうぐう)ではなく、会話を伴(ともな)う、第五種です。映画内では、人類と異星人が、レミソソドの音列で通信はしました。数学と物理的な音の周波数、つまり音楽は、宇宙共通の法則ですから、当然の描写でした。しかし声での会話はしていません。だから第三種なのです」


大勢が納得の表情になる

ビラコチャは続ける。


「ご存じかもですが、これらの用語を考え出したのは、米国の元医師、UFO研究家の、スティーブン·グリア氏です。つまり、現在のこの状況は、Close·Enco(クロース エンカウ)unters·of·(ンターズ オブ)the·Fifth(ザ フィフス)·kind( カインド)なのです。きっといつの日か、人類史に輝く大偉業(だいいぎょう)と世界中から称賛(しょうさん)される事でしょう。記録はだめですが、今、それぞれがお持ちの何かを、記念として置いておくくらいは大丈夫ですよ。きっと高い価値が生まれますから」


全員が、ハッとした顔になる。

ビラコチャは、笑顔で続ける。


「ついでに、あなた達は、私がこの場所へあなた達を招いたやり方を、知りたがってましたね」


「はい」


「今、私は、スピルバーグ氏の名作「未知との遭遇」を、比喩(メタファー)に使いましたから、それを使って説明します。あの作中で、フランソワ·トリフォー氏がリーダーを演じた、UFO調査チームは、宇宙から、なんども示された、104.44.30.40.36.10·の地理座標を解読し、邂逅(かいこう)場所の特定をしましたね」


大勢が頷くが、当然、数字までは覚えていないようで、皆、記憶を探り、映画を思いだすような表情になる。


「そして一方、UFOを見てしまった、一般人の電気技師のロイ、幼いバリーのシングルマザーのジリアンは、数字ではなく、潜在意識下の映像イメージから、ワイオミング州にある、デビルスタワーに気づき、万難(ばんなん)を排(はい)し、そこへ向かいましたね」


やはり大勢が頷く。超がつく名作だから鑑賞(かんしょう)はしたのだろう。


「私は、あのような一般人に施(ほどこ)したやり方で、あなた達を導(みちび)いたのです。この説明なら判りやすいのでは?しかし私は、もっとわかりやすく、ストレートに誘(いざな)いましたが・・・では三日に」


その、説明は確かに判りやすかったから、大半の人々は納得の表情になった。


「あっ、御礼を言わなくては。番匠谷さんと、秘書官の村嶋さん。色々よくやって下さいました。ありがとう」


番匠谷と村嶋秘書官は、ただ深々と頭を下げる。


笑顔でそう言ったビラコチャと、八名の侍は、すぐに光に包まれ、現れた時と逆に、光が徐々に小さくなって、あっさりフッと消えた。


残された人々は、自分のポケットにある万年筆やボールペン、小銭入れや名刺入れなどを、思わず握り締めるのだった。


大泉も、胸ポケットの愛用のコームを握りつつ、まだ呆然(ぼうぜん)としがちな己(おのれ)を励(はげ)まし、賢明(けんめい)にも、その場の全員に、ここまでの状況を、携帯のカメラなどで撮影した者がいないかを確かめた。


秘密保持には映像があってはならないからだ。が、誰もいなかった。

まだ信じられないほどの、前代未聞(ぜんだいみもん)の出来事に、気を呑(の)まれてしまい、そんな事は誰もやろうともしなかったのだ。


次に大泉は、センター内にある監視カメラの映像も、最初に走った村嶋秘書官に確認させた。

システムに通暁(つうぎょう)している彼なら、録画再生も消去も確実に行える。


小走りで戻った彼は報告した。


「何も映ってはいません。ビラコチャ様達も私達も。映像を再生しても、音声も消えてて、ずっと無人のセンター内を映しているだけです」


「うううっ、そうか。どうやったかは判らないが、あの方達が、機密保持の為に不思議な力を振るったんだろう」


それから、SP以外の参加者全員が、表面的にでも平静を取り戻すのには、少し時間がかかったが、スピルバーグ作品を語ったり、コーヒーやお茶など飲んで、なんとかなった。


SP達に動揺は見えない。

彼らは、SFP9に装弾したままの実包を抜き、その一発を、また弾倉に戻す作業を淡々と行った後は、また不動の姿勢で警護任務を続けたのだ。


その後の、対応への話し合いは、皇居への出発時間が迫るなか、割と簡単に収まった。

当然だが、反抗や敵視を主張する者はいなかった。


ビラコチャの指示を遵守(じゅんしゅ)し、秘密は守る。技術の出処は明かさず、匿名(とくめい)の学者グループとする。


誰も異議を唱えなかった理由としては、ビラコチャからの、脅迫(きょうはく)や、威嚇的(いかくてき)な態度や言葉がなかった事と、信長でもビラコチャでも、彼がほとんどの間、笑顔だったからかもしれない。


また意図はしていなくても、信長キャラの素朴(そぼく)な下ネタ的な疑問や、子供じみた言動が笑いに繋がった事も、人々の心を和(なご)ませたからかもしれない。またビラコチャが言った、歴史に輝く偉業への認識も、指示への素直な受け入れに繋がったのだろう。


だが最大の理由は、圧倒的な科学力の差にあったはずだ。

ビラコチャは、贈物は幾つもあると、信長の姿で言ったから、その未知の技術と知識のもたらす利益を考えれば、誰もが彼の指示に従い、良好な関係を築く事が、日本国にとって、最も合理的だと判断したからだろう。


それは別に、招かれた科学者達は、目を見張るような不思議な現象を、間近で観察する機会は得た。

しかしビラコチャから、その根本的な原理や解明プロセスは、全くと言っていい程、提示されなかった為、現象の学術的な解明には至らず、単なる「現象の目撃」だけという、不本意な結果に終わった。


彼らの大半は、ビラコチャが去る間際(まぎわ)、胸中(きょうちゅう)で、「まだ待って、聞きたい事が・・・」と叫んだが、その想いは当然だ。


催事の告知は、ビラコチャの「軽くしろ」の言葉に従い、内閣広報室が、X(エックス)で一度だけ行った。


三日の日の出は、六時五十一分だから、七時の開始は、まあ絶妙(ぜつみょう)だったかもしれない。また正月三日となれば、大半の人は、初詣や挨拶回りの正月行事も済み、テレビの正月番組も飽きる頃だ。

だが、一回だけの告知を見逃した人は多かったし、見た人の大半は、松の内特有の怠惰(たいだ)な気分に浸(ひた)ったまま、重い腰を上げなかった。

また、最初からのスルー組もかなり存在したし、催事を知っても「どうせ大したことはない」と決めつけ、足を運ばない人も大勢居た。

更にXなどは見ない事が多い、年配者の数は少なかった。


警備には警視庁各署、国土交通省、海保、東京都港湾局の人員が駆り出された。


人々は、お台場公園、豊州ぐるり公園、葛西臨海公園、若洲海浜公園、城南島海浜公園などに、さほどの期待もないよう、ぞろぞろと集まった。外国人の姿もちらほら見える。開始前の人数は、一万人前後だから、各公園などは、スカスカ状態だった。

ペットを連れてきた者は、追い返されたから、多少の混乱もあったが、自宅へ置いてくれば観覧可能と知り、出直す者も幾らかはいた。


警備する革コートを着た、若い警察官が、同僚と小声で話しをしている。


「こんな早くから駆り出されてよ、俺は非番だったのにさ。なんで急にやるのかな。催事だって聞いたけど、そんなのは前から予定してやらねえか」


「ぼやくなよ。総理の指図だって言うからさ。二時間くらいって聞いたから、我慢してやろうよ。それにさ、あの仮説テントはさ、元日の昼から、機動隊のやつらが、勤務中以外の東京にいた奴は、第一から第九、特車のやつらまで呼出されてさ、不眠不休で設(しつ)えたんだぜ。俺ら、ついさっき来たばかりじゃん」


「そんなのさ、自衛隊のやつらにやらせりゃあいいのに。あいつらなら慣れてるんじゃね。それにしても、おまえ、色々よく知ってるね」


「機動隊の同期がさ、ボヤキメールよこしたんだ。やたらに自衛隊使うとさ、左翼やらマスコミやらがうるせえからさ、今回は使わないんだと。俺らの任務はさ、観客の撮影の取り締まりに、ペット連れに駄目だと伝えるのと事故防止だからさ、まあ気楽にさ。観客も思ったより少ないじゃん」


「でもよ、その取り締まりの訳も、よくわかんねえな」


他にも同じような内容を、違う所属の者同士が話しているが、それは当然と言えばそうだ。


一方、一般の観客達も、あまり嬉しそうではない。その人々も、冬の衣装なのは言うまでもない。

二人の、やんちゃっぽい若者が話しをしている。


「寒いよな。イベントっつーから来たけどさ、中身がつまんなかったら腹たつよな」


「いいじゃん。やる事ないしよ、暇(ひま)なんだからさ、金払う訳でもないし、くだらない内容だったらさ、スマホの映像アップして、総理の悪口でもさらしてやろうぜ」


「おっ、いいねえ、いいねえ。やろうやろう。でもさ、確か、X(エックス)にはさ、撮影は一切禁止で、撮ろうとしても無理だと書いてなかったかな?」


「そうだっけか?あっ、だから、公園の入り口で、お巡り達がスマホやカメラで撮影はだめだから、「スマホは仕舞え、イベント終わるまでは取り出すな」って、うるさかったのかな?それに、なんかやたらに大袈裟(おおげさ)な事書いてあったな。飛行機禁止とかさ。だけど無理って、どうやるんだ?文面確かめたいけど、そこらじゅうにお巡り居(い)るから、スマホ出せねえよ」


「わかんねえな・・・まっ、いいじゃん。無理っつうなら、よけいやってみたいけどさ。どうせ、ドローンがちょこまか飛ぶくらいの、セコい中身だと思うよ」


「ならさ、なんで撮影禁止なんかな?」


「それもわかんね。もう少しで七時だから、見りゃあ、わかるんじゃね」


大泉総理や、センターでビラコチャと対面した総勢は、三日の午前三時に、官邸に集合し、幕張海浜公園へと、青と白の、機動隊大型人員輸送車(バス)に分乗して向かった。


ビラコチャは、船舶や飛行機には影響ないと言ったが、大泉は関係閣僚や科学者達と相談し、七時から九時までは、航行や飛行を禁じた。その理由は以下のように、開催告知の後、関係先やマスコミにFAXなどで告げられるのと同時に、一般へもXで伝えられた。


[イベントに使用される装置(そうち)、演出は、従来(じゅうらい)の科学の枠組(わくぐ)みを越えた、高出力の光、電磁界、未知の周波数帯を発生させる可能性があります。催事開催(さいじかいさい)の発表が遅れたのは、人体などへの影響を検証していたからで、突然だったのは、一刻も早く、この革新的な成果を、国民の皆様に御覧頂(ごらんいただ)きたかったからです。政府といたしましては、その検証を重ね、元日になって、人体や既存(きぞん)インフラへの影響がないことが証明確認されましたので、三日の開催を決定しました。ただし、航行、飛行中の移動物体への一時的な、微小ノイズ等の、万が一の影響(えいきょう)を考慮(こうりょ)して、それを完全に排除(はいじょ)するため、約二時間の海域、空域の規制を行います。尚、イベントを撮影する事は、発明者様方の御意向(ごいこう)により、禁止といたしますし、事実上、不可能です。またペットを随伴されるのは、事故防止の観点から厳禁といたします。守られない場合、退去をしていただきます]


中身はビラコチャに聞いた訳ではないが、学者達にも意見を聞いて、考えられる限りを、もっともらしく繋ぎ合わせたのだ。


撮影とペット禁止についての文言は、行を変えて強調するように表示された。


現場で、ペット連れが追い返された事や、警官達、そして若者が口にしていた撮影、ペット禁止の真相は、全てこの通告に基(もと)づいての事だった。

また、マスコミの撮影チームが、全く見当たらないのも同様なのだ。


それにほとんどのマスコミは、イベントを最初から大したことはないだろうと、高(たか)を括(くく)っていたし、正月の事情もあって、人員を割(さ)かなかったのだ。


幕張公園内には、観客達との動線が交わらない海沿(うみぞ)いの場所に、人数分の警察の大型テントが幾つも設置されている。


広くとったその場所は、バリケードで囲まれ、大勢の警官や役人達が、近づこうとする人々を柔らかく追い払っている。


そこは岸壁に近いから、かなりの範囲が見渡せる。

救急車は来ていないが、救急キットは、各会場の警備本部に多数持ち込まれている。


幕張の、暖房用の大型遠赤外線放射ヒーターが、幾つも設置されたテントの近くには、簡易トイレ、と言ってもウォシュレットまでついた豪華版が、ずらりと設置されている。


幕張と、各公園や海が見える各施設には、野外スピーカーが幾つも設置されている。それは観客達に、何かを報せる必要が生じた場合に、備えての事だ。


冷たい風は北から吹いているが、強風ではない。

だから海上は穏(おだ)やかな様子で、朝の光を映し出している。


各公園の海岸から、百㍍くらいの沖合には三管海保(さんかんかいほ)の、東京、横浜、千葉保安部のCL型巡視艇が点々と見える。

更に、湾岸警察の水上安全課の小さな警備艇が、たった一艘(いっそう)だけだが遊弋(ゆうよく)している。

それらの船は、まだ赤と緑の舷灯(げんとう)、白色のマスト灯と船尾灯を点灯している。


間もなく航行禁止だから、該当海域(がいとうかいいき)に、観光船やレジャーボートなどの、小型船舶の動く姿は見えない。

全てのボートは、陸上のラックに格納されているか、保管水域(ポンド)に係留されたままだ。


また作業船、台船、はしけ、漁船なども、それぞれの船たまりに、ロープでしっかりと縛り付けられている。


しかし、お台場沖や有明沖の錨地(びょうち)に停泊(ていはく)している大型船舶は、正月休みで当直員しか乗っていないし、タグボートなどの手配も間に合わないから、簡単には動かせない。

大泉は、この問題はビラコチャに相談しようと考えた。


時刻は六時二十分。

東の空は、すでに茜色(あかねいろ)と薄紫(うすむらさきいろ)の混じり合う、鮮(あざ)やかなグラデーションに染まり、約三十分後に控えた日の出を予感させている。


大泉は、照明に照らされた、テントの一番前のパイプ椅子に座っている。


回りには閣僚や、あの時と同じメンバーがいるが、服装は違う。

殆(ほとん)どが、スーツの上にダウンやコートを着ている。

元日に、「目撃しただけ」の科学者達も当然来て居る。


元日の無念(むねん)さを抱(いだ)いている彼らは、助手や学生を使う訳にはいかないからだろう、小型で一人でも運べる大きさの、各種測定機器を用意してきている。


光を波長分解して、発光源を調べるための、ハイパー·スペクトルカメラ。

全ての電波を監視する、スペクトラム·アナライザとテラヘルツ波アンテナ。

ホログラム技術を確かめるLiDAR。

レーザー照射·光散乱(ひかりさくらん)計測機。

磁場の揺らぎを観察する、磁気センサーや重力計。騒音計、音圧計。

更に周波数解析装置。赤外線線サーモグラフィ。音源可視カメラ。海洋波浪計などだ。


政府としては、ビラコチャの撮影不可能の言葉を尊重(そんちょう)し、撮影の手配はしていない。

科学者達は、それらの機器の設置はいいが、観測そのものは、ビラコチャの許可次第と言われている。

彼らはそれでも許可を信じ、手早く準備していく。


大泉に、若い男が後ろから近づく。


「総理」

と、呼びかけたその若者を、大泉が振り返って見る。


「あっ、あなたは上様(うえさま)」


「そのテントの陰で実体化したのだわ。ゆえに誰も見てはおらぬ。ビラコチャの姿でもよ、このような洋装(ようそう)はできるがの、容貌(ようぼう)と身丈(みたけ)で目立つでの」


「確かに。それにしても、よくお似合いです」


信長は、極上の光沢(こうたく)あるサテン生地のスーツ姿で、髪も短くし、サイドバックで撫でつけてある。

スーツの色は紺基調で、全体はステッチのあるトラッド風。

シャツは淡い青のボタンダウン。

ネクタイは、深紅に金色や黒が斜めに入ったレジメンタル。

足元はピカピカに磨かれた黒革のプレントウ。

しかも首からは、IDカードケースをぶら下げている。

信長は笑顔で、そのカードケースを右手で持って大泉に見せる。


そこにはこうあった。


「内閣広報室調査官

     津田三郎」


「津田はよ、織田の庶流(しょりゅう)も使う名字でよ。上総介の通称(つうしょう)より、三郎のが今風(いまふう)だろ。名札の役名もよ、万が一にも、これなら通用するのではなあか」


回りの人々が、それに気づき、立ち上がって二人を囲む。

信長の眼光は、かなり柔らかめだ。


「はい。万全ですね。それを見て疑う者はいないでしょう。しかし上様、野外です。コートも無しで、御寒くはないですか」


「ええ出来であろう。寒い?あははっ、元日に言うたではないか。俺には、飢(う)えも渇(かわ)きもないし、寒暑(かんしょ)も感じぬのだわ。んな事はええでよ、名札よりよ、これっ、これっ」


信長はそういうと上着をめくって、裏地を見せる。深紅の絹地(きぬじ)全体には、直径五㌢くらいの、金色の織田木瓜(おだもっこう)が、ずらりと刺繍(ししゅう)してある。


「え〜だろう。表からは判らぬ、この豪奢(ごうしゃ)なる色合い。よく見られよ。更に家紋の間には、銀色の虎や狼(おおかみ)が小さく縫いとってある。俺のセンスをウァカが読み取ってよ、まあこの出来だがや。今風なら、カッケ〜だろ」


皆が笑う。と言って全ては幻影なのだが。

番匠谷が、人混(ひとご)みをかき分けて寄ってくる。  


「あははっ、上様、確かにかっこいいですよ。全体の見た目の雰囲気(ふんいき)だって、俳優かモデルも務まりそうです。上様のセンスを読み取ったのは、ウァカ様の奥義(おうぎ)ですね」


「おっ、扇子(せんす)と扇(おうぎ)で洒落(しゃれ)おったの。古井戸とフルーイドの敵討(あだう)ちをしおったな。あははっ。番匠谷氏、座布団一枚だがや」


「上様、さすがの御聡明(ごそうめい)」


「さほどでもない・・・俳優か。俺はよ、時代物の映画に出演してゃあがや。役柄はよ、悪を討つ正義の侍・・・それか、不埒(ふらち)な代官役でよ、女子(おなご)の帯(おび)をくるくる解いて、きりきり観念いたせっ、とかよ」


皆がまた笑う。


「私が映画会社に交渉しましょうか」


「ははっ、総理、ほれはやりすぎだわ。今のは転合(てんごう)だわ。ほんでもまあ、元日も只今も、なにかと脱線するのう。困(こう)ずるなあ。あのよ、催事が始まったらよ、俺が、さまざま説いてつかわすでよ、マイクがあったほうがええだろう」


番匠谷がすかさず、転合とは冗談、困ずるは、困(こま)るだと訳す。

脱線は毎度、信長が原因だから、また大勢が笑うが、誰もそれを口にはしない。


「上様がきっとそう仰っしゃると思い、このテント内にはスピーカーが幾つもありますから、お願いします」と、大泉。


「うん。ならばそういたす」


マイクが運ばれ、信長は作動を試し「テストテスト」を繰り返す。

それを確かめた後、彼は大泉に聞く。


「官邸の折(おり)の警護のSPどもは?」


「テント周辺の警戒をしてます」


「あやつらも、あの場におったゆえ、これから俺が説く中身を聞きたいわな。あの折りはよ、健気(けなげ)に務めを優先し、さまざま堪(こら)えておったように見えたでの」


「そうですね・・・でもあまり音を大きくすると」


「止むを得ぬ。事が済んだら教えてやってくれ」


大泉が頷いてから言う。


「上様、先日、上様は、イベントは航空機や船舶には影響はないと仰っしゃいましたが、私どもには、万が一に備える義務がございます。御言葉に逆らうようで恐縮ですが、皆と相談し、この辺りを、イベントの二時間だけ、飛行禁止区域(ノータム)とし、一般船舶には水路通報を出して航行を禁止しました。どうか御理解下さい」


「うん。ええ、ええ。政(まつりごと)を司(つかさど)る立場(たてば)だでよ、ほれは、もっともである」


次に大泉は、大型船舶の事情を話し、移動が難しい事を伝え、対応策を聞いた。


「案ずるな。実害はない。ただ水主(かこ)どもには、催事中は甲板(かんぱん)などには出ず、船内にとどまるよう伝えやあええ。演し物に化転して落水いたせば、溺(おぼ)れる前に、凍(こご)え死にとなるやもしれぬでのう」

と言った信長のビラコチャは、隣に座る。

彼が気付いて、番匠谷にもマイクが手渡される。

番匠谷はすぐに、水主とは、船員の事だと伝えた。


船舶への指示は、安全に関わる事だから、まず海保へ伝えられ、そこから、すぐさまVHF無線で行われた。


信長は、テントの斜め前に、ずらりと設置してある観測機器に目をやるが、何も言わない。


そこで大泉が、科学者達の希望を伝える。

信長は、あっさりと許可する。

それを聞いた科学者達は、喜びの表情で、各機器を始動させる。

信長は、それには全く興味を示さず、大泉に話しかける。


「一昨日(おとつい)言うた通り、今から起きる現象はよ、肉眼でしか見えぬ。つまりカメラなどで撮影しても、なにも映らぬでよ」


「あっ、元日のセンターでの出来事も、監視カメラには、なんの映像も音声もありませんでした」


「うん。あれはよ、証(あかし)となるものを削除いたしたのだがや。あの折りとは訳が違うのだわ」


「えっ、訳?」


「見物人共やマスコミ共に、撮影できたらどうなるかの?」


「ここに来なかった人達も、それが見えます」


「ほうだ。ほんで、ほれは、ネットやらニュース映像などで、瞬時に世界中に広まるわな」


「はい」


「ほれは惜(あたら)しい。つまり勿体(もってゃあ)にゃあがや」


「・・・」


「やがての現象が、この場へ来た者にしか見えぬ事が、肝心だがや。今後(こうご)も、このような催事を、日本各地の湖、湾、川などでも、日時を決めて行う。国民共は、それを必ず、我が目で見たがって押しかける。すれば、その場所の観光業は潤(うるお)うだろう。噂(うわさ)が伝われば、異国からも見物にくるわさ。それが狙いだがや」


「ああ、なるほど。上様、よくわかりました。人が動けば、経済効果に繋がるからですね。ありがとうございます」


「ほれを踏(ふ)まえて一つ。その客数はよ、膨大(ぼうだい)になろう。宿泊や土産(とさん)などに大金を落としていくわなあ。その折り、料金や代金などの不当なつり上げはやってはならん。つまり、ぶったくりは厳禁とせねばならんのだわ。阿漕(あこぎ)(悪どく金品を貪(むさぼ)る事)を客共(きゃくども)が感じれば、ほれは、ネット等でたちまち広まる。すれば、この日の本全体の面目(めんもく)が潰(つぶ)れる事となる。世界中に恥を曝(さら)すのだわ。ほれはあってはならぬ。利は薄く、されど長くが最良。国の品格を保つが肝要(かんよう)」


「はい。そうですね。そうならないよう、対処します」


「演し物はよ、内容を変えて、当分の間は各地で続けるでよ、下知に従わぬ者が出たならば、一度は警告し、それでも従わねば、その場所での催事は、ただちに取り止め、二度と行わぬでよ。そこは廃(すた)る事になるのだわ。そのかわりよう、下知を守る地域には、二度も三度も、何度でも参るでよ」


「はい」


「ぶったくりの監視も、アウキ·クルが張り付いてやるでよ。見落としは無い」


「その点も、我々政府からではなく、開発研究した科学者グループの、長期的な視点からの意向とすれば、なんとか理屈は成り立つし、苦情も出にくいですね」


「そうそう」


「それから上様、今上がっている情報だと、観客は全部合わせても、一万人くらいです。少なすぎませんか?」


「いや、それゆえに告知は軽くと申したのだわ。情報を絞(しぼ)り、『結果的に選ばれた僅かな者しか見ていない』との状況を創(つく)る事で、見た者の興奮(こうふん)や熱量が跳(は)ね上がる。その異様な状態こそが、SNS等の拡散力(かくさんりょく)を何倍にも高めるのだわ。総理、俺のもくろみは誤(あやま)りかの?」


「誤りだなんて、私もそうだと思います。結果が違えば、また方策を練(ね)ればいいのでは」


「えへへ、うん」


「それから上様、言い遅れました。あの、独断ですが、催事の告知時に、撮影は禁止で、そもそも不可能と告げました。私共は無理に撮影を試みた者が、何らかの、身体的な影響を受ける事があるかもと考えたからです。勇み足だったでしょうか?」


「まず、人体への影響は断じてない。目がちょびっと疲れるくらいだでよ、懸念(けねん)には及ばぬ。まあ禁止もええがよ、演し物を見らば、多数の者が隠れひそんででも撮(と)ろうとするであろう。されど、どのみち撮れぬでのう、結果は同しじゃ。イベントの意味はよ、天外(コズミック)技術(テクノロジー)を国民共に慣(な)れさせる事もあるでよ。撮れぬと知らしめれば、まずは上出来と捉(とら)えてよいのではなあか」


「それなら、撮影禁止を解除し、撮れない事を記憶してもらいます」


「うん。禁止続けらば、警備の者共と観客が揉(も)めるも案じられるでなあ。ほんでも、撮ったつもりが、何も映ってはおらなんだと気づけば、そやつらは、さぞや嘆(なげ)くであろうがよ、やむを得ぬわ。そうされよ」


その指令は、無線や携帯電話を使って、すぐさま警備をしている、警察その他の警備陣(けいびじん)に連絡された。

解除理由の説明はないから、聞いたその人々は、少し拍子抜(ひょうしぬ)けしたが、殆(ほとん)どは内心では、ほっとしていた。


ただ、それはイベント警備陣にだけの連絡だから、マスコミなどの報道機関には届いてはいない。これが後の追及に繋がった。


信長は、膨らんでもいない(・・・・・・・・)上着の懐(ふところ)から、プトゥトウを取り出して、イベント用テーブルの上に置く。

「コツン」と音がしたから、実体があるようだ。


間近で見るそれは、長さ20㌢、管楽器につきものの入り組んだピストンやヴァルブもない、またマウスピースらしき物もない不思議な道具だった。


一本の金属管が、ゆるやかな曲線を描きながら、先端に向かって、径(けい)8㌢程の喇叭口(らっぱこう)を形成していて、全体には幾何学的(きかがくてき)、微細な螺旋(らせん)の溝(みぞ)が刻まれている。

信長がプトゥトウの喇叭口を、大泉に向け、内側を見せる。そこにも外側と同じ螺旋が刻んである。

信長は、その反対側に口を近づけながら言う。


「この道具はよ、俺の思念を読み取って、使徒共へ伝えるのだわ。もっとも、これからの演し物の演じ方は、一点を除いて、アイワナ·パンティ共に任せておるがな」


信長は言わなかったが、プトゥトウには、間違いなく実体があった。


ウァカが重力波制御能力を使い「折りたたまれた微小空間」に格納(かくのう)していたのだ。


信長が懐に手を入れた瞬間、ウァカが空間を開いて、プトゥトウを現出させたのだ。


幻影にすぎない信長が、プトゥトウを手に持っているように見えるのは「ウァカの重力波の力場固定ポイント」が信長の手の動きに完璧に同調しているからに他ならない。

人間に「掴んでいる」と錯覚させていたのは、全てウァカの異能(いのう)による仕業であった。


二人の会話は、テント内の全員が聞いている。番匠谷は、とさんとは土産(みやげ)だと言っただけだった。


六時五十分になると、海上にいた各巡視艇や警備艇が、それぞれの停泊場所へ帰るのだろう、動き始める。

すると、上空から物凄(ものすご)い音がする。


「ズア〜ン♫ズア〜ン♫ダダダンダダダ♬ダダダ♬ドワ~ン♫タラタタタラタタタタタ♫、ズア〜ン♫ジジャ〜ン♫ドンドンダダダ♬タラタタタンタンタンタンタタタ♫タンタンタッタラタ♬♫♬♫タンタンタッタラタ♫♬♫タンタンタッタラタ♬♫♬♫♬」


どこかで聞いたような音楽だ。


「演出、演出」と、信長がにやにやして言う。


辺りの大気を揺(ゆ)るがし、途切れず響くその音楽は、どこか恐ろしげな不吉さを孕(はら)んだ、金管(きんかん)と低音弦(ていおんげん)の重奏(じゅうそう)だ。


チューバとコントラバスが刻む、執拗(しつよう)な反復(はんぷく)リズムに、ティンパニーの咆哮(ほうこう)のような連打で、その重低音が、辺りの人々の身体の芯(しん)を揺さぶる。


その数秒前、海面に浮かんでいたスズガモの大群が、一斉にざわつき始めていた。

黒と褐色のその鳥達は、異変を察知したかのように首を伸ばし、海面を滑走(かっそう)しながら次々と飛び立っていく。


そして大音(たいおん)が完全に弾(はじ)けた瞬間、台場沖の海面が一気に波立った。


数千羽のカモが、一斉に海面を蹴(け)る「ババババババババババッ」と聞こえる、羽ばたき音と共に、多数の水飛沫(みずしぶき)の音が、楽曲の重低音と重なり合う。


更に上空を舞っていた、数も判らないほどのウミネコやユリカモメが、甲高(かんだか)い悲鳴を上げながら、レインボーブリッジの橋脚(きょうきゃく)や、内陸のビル群の隙間(すきま)へと消えていく。


海辺(うみべ)を住処(すみか)とする鳥達は、あっという間に姿を消したのだ。 


すぐに、二人の音響物理学者が、各種の音響測定機器を操作する。


まだ若い学者が、もう一人の年配の男に告げる。

二人は師弟関係のようだ。


騒音音圧計(サウンドレベルメーター)の画面は、100dB~110dB超。マイクの振動膜(しんどうまく)が激しく揺れており、測定器のメーターが赤色の警告域に張り付いている。


「音圧、108dB。FFTアナライザーの波形も完璧。50ヘルツ辺りの重低音が、間違いなく大気を揺らしてます」


「音源はどこだ?」


聞かれた彼が、音源可視化カメラを見る。

それは音の到達時間を演算し、画面上にスピーカーや「振動している物体」の位置を、赤いヒートマップで表示する装置だ。


しかし、彼が見たのは、特定の地点(音源)が赤くなるのではなく、湾奥周辺の「空気全体」が、血のように真っ赤に染まった画面だった。


方向ベクトルが、全方位から差し出され、「指向性無し/ベクトル解析不能(かいせきふのう)」の、ありえないエラーを点滅させているのだ。


青ざめた彼は、隣の音響インテンシティ·アナライザーを見る。


「信じられない。マイクロホン·アレイのベクトル解析が崩壊(ほうかい)してる。強烈な音圧はあるのに、音響エネルギーの流れが全く検出されない・・・わかった、音はどこからか流れてきてるんじゃないんだ。この空間にある大気分子そのものが、直接振動させられているんだ」


「音源無し?バカなっ」


そのやりとりを聞いた、別分野の学者達が集まってくる。すぐに議論が始まるが、だんだんと大声が飛び交い、喧騒化(けんそうか)していく。


信長は、それをチラッと見たが、何も言わない。


総理の後ろの、官房長官が独り言のように呟(つぶ)やく。


「凄(すご)い。この音楽は、伊福部昭氏(いふくべあきらし)の作品によく似てる」


信長が振り返って言う。


「おおっ、よう判ったのう。そなたは小坂長官だったのう。アイワナ·パンティが学んでよ、作風を真似(まね、)て作曲し、ウァミンカが音を出しておるのだわ。俺はよ、伊福部氏の音楽が、心底気に入ったのだわ。もうじきの演舞には、この旋律(せんりつ)が最適なのだわ」


「やっぱり。まさか上様に気に入って頂けるとは。驚きです。あっ、私、小坂は、伊福部先生の大ファンです。2006年2月8日に御逝去(ごせいきょ)になられて残念ですが、今もその作品群を演奏するコンサートがあり、私は都合がつく限り行ってます」


「ほうか。俺も行ってみたいがや」


「伊福部昭先生はですね、日本クラシック界の、冠(かん)たる巨匠(きょしょう)です。今聞こえているような、うねるリズム。増4度、5拍子や7拍子をリフレインさせ、3度はわざと抜き、重低音の意図的なずらし。それらの旋律が圧倒的な緊張感で全体を包みこむ。かと言って、明るく勇気が出るようなマーチ的な作品も沢山あります。私は落ち込んだ時は、いつも伊福部作品のアルバムを聞いてます。上様、いつかコンサートへ御一緒しましょう。生はいいですよ」


「うん。楽曲は全て聞いたし、資料も読んだ。伊福部氏はよ、従四位(じゅしい)の位階(いかい)も賜(たまわ)っておらるるな。小坂氏、コンサートへは必ず参る」


小坂長官が頷く。

信長は、笑顔で続ける。


「この呪術的(じゅじゅつてき)かつ重厚(じゅうこう)なる、伊福部氏の楽曲を真似た音響(おんきょう)はよ、ウァミンカの、あははっ、まあ臨時専門チームとも言うべき一群(いちぐん)がよ、大気中の気体分子の振動数を同期させ、局所的密度の疎密波(そみつは)、つまり縦波(たては)として生成しておるのだわ。だが、そのチームはまだ、このような事に慣れておらぬ。ゆえに、多少の音外れなどのミスは、あって然るべし」


そのマイク越しの信長の言葉に、絶望していた音響学者の二人が、今度は、口をポカンと開けて、互いの顔を見合わせている。


自分達が積上(つみ)げてきた、現代音響学の知見(ちけん)では、目の前で起きている機器反応や物理現象も、信長が言った理屈(りくつ)も、何ひとつとして理解が追いつかなかったからだ。

信長は、二人に一瞬視線を向けるが、それ以上は何も言わない。


その音楽は、東京湾を取り巻く地域にまで聞こえているようで、聞きつけた人々が集まってくる。

それでも、全部で二万人と少しだ。

信長のビラコチャが、きつい眼差(まなざ)しになって言う。


「皆の衆、聞かれよ。ことに学者の者共は、よっく聞けぃ。幾(いく)らかは、仰々(ぎょうぎょう)しいがの、理(ことわり)を正確に伝える。只今より行(おこの)うは、空間位相(くうかんいそう)の初期励起状態(しょきれいきじょうたい)に於(お)ける、質量再配置(しつりょうさいはいち)の実演である」


学者達も、その他のメンバーも、メモや録音がしたいのだが、秘密保持を考えると出来ない。だから彼らは、記憶に刻(きざ)みつけるしかない。それは懸命(けんめい)さが伺(うかが)える、その表情に表れている。


信長は、それを気にする様子も見せずに続ける。


「今よう、ウァミンカ共が、幾つもの群(む)れを成してよ、上空に円を描いて飛んでおる。そなたらには見えぬがな」


「なんの為?」と大泉総理。


「これも相応(ふさわ)しき演出の為によ、本物の雲を呼んでおる。それも黒雲をよ」


そう言われた大泉を始めとする、テント内に居た人々が、外に出て空を見上げる。

西側はまだ薄暗いが、空に雲は無い。

ウァミンカらしき、何かの群れも見えない。


しかしほんの数秒で、上空の一点に小さな雲が発生した。その後は、まるで綿菓子(わたがし)がだんだん大きくなるように、雲も広がってゆく。

見る間に海上は雲に覆(おお)われて、雲は更に分厚くなり、白さは消え、黒くなっていってしまう。


同時に、生まれたばかりの、その黒雲内には、稲光(いなびかり)がピカピカと光り、ゴロゴロと雷鳴(らいめい)が聞こえる。

昇ったばかりの朝陽は、黒雲に遮断(しゃだん)され、辺りは夕暮れのように薄暗くなっている。


その隠鬱(いんうつ)な光景には、不気味かつ、おどろおどろしく、辺りに途切れず響(ひび)き渡っている、重低音の音楽が、ビッタリとマッチしている。


今にも雨が降り出しそうだ。

空を見上げていた人々が、慌(あわ)ててテント内へ戻る。

信長が説明を始める。


「さらに、とくと、よう聞かれよ。ウァミンカ共の一群(いちぐん)は、高空で空間を広げた(・・・)。それにより大気は急冷却され、強引に雲と雨滴(うてき)を生んでおる。更に別の群れが低空、中空にて高速回転をしており、その飛行原理により、「空間の微小な凹み」を作っておるのだわ。その凹みが連続して繋がると巨大な空間レンズが生まれる。ほんで出来た空間シリンダーが周りの水蒸気を吸い込み、押し潰(つぶ)して、更に雲を発生させておる」


勿論、大泉も誰も、科学者達も、とても理解は出来ない表情だ。


「ほんでまたよ、別のウァミンカの一群(いちぐん)が、気流内で更に高速で、円を描いて飛行したもんでよ、冷やされた水滴(すいてき)や微小(びしょう)な氷粒子(アイスペレット)が、ウァミンカ共の体(ボディ)に激(はげ)しく衝突(しょうとつ)、摩擦(まさつ)を繰り返したのだわ。ここまでの説明はどうじゃ?」


この信長の説明も、原理には繋がらないからだろう、誰も何も言わない。

その沈黙を納得と理解したのか、彼は続ける。


「よし、続けるぞ。その現象により生(しょう)じたプラスとマイナスの電荷(でんか)を、一気に分離(ぶんり)、蓄積(ちくせき)させたゆえ、空中放電が起きたのだわ。ただし落雷は起きぬ。海面下にもウァミンカの群れが居り、全体の電位(でんい)を、電磁波でモニタリングかつ、制御(せいぎょ)しておるゆえ、海面からの「雷を引き寄せる手」が一切上がらぬのだわ」


今度も中身が難解だからだろう、大泉も、科学者達も、やはりただ聞くばかりだ。


「更には、雨は視界が悪うなるでよ、生まれた雲の下層(かそう)に位置するウァミンカの別群(べつぐん)が、飛行熱エネルギーを拡散させておる。ゆえに雨は落下の際、その空間収縮に伴(ともな)う、断熱熱(だんねつねつ)により蒸発(じょうはつ)するのだわ。黒雲は幻影として創(つく)る事もできるがの、まだ言うてない他の事業の為、わざとそなたらに見せたのだわ」


「つまり上様は、気象コントロールもできる?」と大泉。


「左様(さよう)である。しかしこのように、局所的に事を行(おこの)うは、割(わり)と易(い)な事(簡単)なれど、この星全体となると、かなりの手間暇(てまひま)がかかるでよ。やるべき諸々(もろもろ)の事業を順にやっていかねば、この星の危急を解消できぬのだわ」


「えっ、この星の危急?」


「総理、ほりゃあ、どえりゃあようけあるではなあか。温暖化、核の脅威(きょうい)、土壌(どじょう)に大気と海洋、河川の汚染、食料問題、まだ続いておる、各地の紛争やらの問題がよ」


「確かに。でもそれを解消できるのですか?」


「全部を一時(いちどき)には出来ぬがよ、まず日本国国力の増大と、国益を拡大させるを優先とするのだわ。我らの再来の為(ため)はよ、そなたらへの謝恩(しゃおん)が第一議(だいいちぎ)だけどよ、世界と日本は、言わば運命共同体だでよ、世界も救わねば、日本も救えぬであろう。ほんでも本日は観覧(かんらん)が為だでよ、それらの仔細(しさい)を話すは、やはり次回といたそう」


番匠谷が割り込む。


「なあか、は、ないか、です。元日にも確か使われました。それから為は目的の意味です。易は簡単と同義です」


一人の痩(や)せた初老の男が立ち上がって、信長に聞く。


「上様、私は、この番匠谷君の友人で、大泉賢一(おおいずみけんいち)と申します。物性物理学(ぶっしょうぶつりがく)が専門です」


「うん。存じておる。総理と同名でも、縁戚(えんせき)関係は無いのだな」


「はい。それは置き、次回との御言葉に逆らうようで恐縮ですが、上様は、先ほど、空間を広げ、また縮ませたと仰(おっしゃ)りました。僕はどうしても、その原理を知りたいのです」


「うん。いかさま左様だわな。ならば手早く説くわな。ウァミンカはよ、言わば極小(ごくしょう)の共振結晶体(きょうしんけっしょうたい)でよ、大地や海に大気、太陽からの波動、また、この惑星(わくせい)の歪(ゆが)みからの地磁気をその動力源としておるのだわ。空間拡張の折りには、そのコアから逆位相(ぎゃくいそう)の重力波を照射(しょうしゃ)し、周囲の「空間の張(は)り」を奪(うば)い、一気に減圧(げんあつ)、しかして急冷却(きゅうれいきゃく)させる。それで雲が生まれたのだわ。縮める折りは、コアの振動パラメーターを180度反転させ、正位相波(せいいそうは)を放射すれば、空間テンションが押し潰(つぶ)されて縮み、断熱熱(だんねつねつ)を生むのだわ。これで判ったかな」


「正直、さっぱりわかりません。それならウァミンカの飛行原理は」


「ウァミンカ共はよ、その内部コアからの重力波照射により、自体の前方空間を局所的に高密度化させる。その作用で空間が縮めば、そこには「重力の坂道」ができる。ウァミンカ共は、それを1秒間に数万回も繰り返し、坂道を滑り落ちるようにして自由飛行しておるのだわ。これはウァカもアイワナ·パンティも、アウキ·クルも同様。大泉教授、理解が及ばぬがもっともだでよ、このような説明は、ぼちぼちするが最良(best)だわ。演舞(えんぶ)がもう始まるぞ。皆で見ようぞ」


大泉教授は、質問を止める。

彼の思いは「単語や用語は大体判る。しかし、それを繋(つな)ぎ合わせた原理は全く理解出来ない」だった。


番匠谷が「いかさま左様」とは、いかにもそうだね、と説明して、大泉教授がやや苛(いら)ついた顔になる。


午前七時、丁度。天地、いや正確には天海だが、それを揺るがすかのよう、鳴り響いていた伊福部風の音楽が、ピタリと止まる。


一旦止んだその音は、今度は遠くから近づいてくる地響(じひび)きのように聞こえ、小さな音がだんだんと大きくなっていく。

それは、まるで東宝が世界に誇(ほこ)る、King.of.Monster、大怪獣ゴ○ラの登場シーンのようだ。


同時に、辺りを覆(おお)う黒雲の、丁度真ん中辺りの直下(ちょっか)の海面に、青白い光が発生した。


観客達がそれに気づく。


「なんだあの光」

「だんだん大きくなってる」

「潜水艦か」

「なんか泡(あわ)だってきたぞ」

「水中ドローンじゃね」

「ドローンにしては、でかすぎない?」

「始まった、始まった」

「おい、見ろ、点滅(てんめつ)し始めたよ」


信長がマイクで言う。


「皆の者、見よ、この光景。どこぞで見た覚えはないか」


誰も答えないが、小坂官房長官だけは、何かを考えているようだ。


「これが俺が一つだけ指図した、名シーンだのになあ。残念だが、まあええわ」


大泉総理が、その中身を聞こうと、口を開きかけた、その時・・・


光を中心に、無数の、いや億兆(おくちょう)もの巨大な泡が、文字通り「噴き出して」きて、ゴボゴボと脳裏(のうり)に直接響く不気味な定常音(ていじょうおん)と共に、その海面は、一瞬にして沸騰(ふっとう)したかのような白濁(はくだく)に覆(おお)われた。


巨大な泡は海面から十㍍の高さまで達しているが、何故かそれ以上は大きくならない。


科学者達は、それに向かい観測を始める。

二人の師弟も、気を取り直して参加した。


観客達は、感嘆(かんたん)の声を上げながら、一斉にスマホやカメラをかざし、撮影しようとしている。


しかし、すぐその全員が、手に持ったそれぞれの液晶をチェックするような動作をする。

携帯やカメラの液晶画面には、目の前の光景が映っていなかったからだ。


その中の一人、職業カメラマンらしき男が、肩から下げた機材バッグに、手早く手にしていた一眼レフカメラを仕舞い、代わりに古ぼけたフィルムカメラを取り出す。


それは、彼が御守り代わりにずっと持っていた、Leica (ライカ) M6のレンジファインダーカメラだった。


幸いにも数日前に手入れをし、気まぐれだったが新しいフィルムも装填(そうてん)してある。

液晶に画像が出ない理由は解らなくても、それがだめなら、フィルムで撮ろうとしたのだ。


それは考えた結果ではなく、彼のカメラマンとしての直感が、そうさせたのかもしれない。


彼は、距離があるからストロボは使わず、絞りを開放に固定した。

カメラを揺らさないよう、脇を締めて息も殺し、ライカ特徴の「ストッ」のシャッター音を鳴らし、連続撮影を開始した。


すると数十秒の後、同じ位置に、大泡を吹き飛ばすかのように、巨大な水柱(みずばしら)が音も無く噴き上がり、レインボーブリッジの橋桁(はしげた)を、遥(はる)かに越えてそびえ立つ。


その遊歩道に、ぱらぱらと居た人々は、非常に驚くが逃げようとはしない。


水柱は、その巨大な質量に耐えかねるよう、一瞬で崩(くず)れ落ちてくる。

海面には、直径百㍍にも及ぶ、巨大な海のクレーターが生まれ、周囲の海水が渦(うず)を巻き、轟音(ごうおん)を立て激しく流れ込んでいく。


観客達は、今度は悲鳴を上げ、大泉達も、顔色を失っている。


その光景に呼応(こおう)するように、音楽は、渦の中心から響き始める。

重低音の連複(リフレイン)、トロンボーンの重苦しい咆哮(ほうこう)と、肺腑(はいふ)を抉(えぐ)るような打楽器の連打。

それは、やはり伊福部氏の旋律(せんりつ)を彷彿(ほうふつ)させる。


水柱が、巨大過ぎたからだろう、崩れ落ちた何万㌧もの海水は、巨大な渦に飲み込まれるものと、同芯円状(どうしんえんじょう)の津波となり、爆発的に広がるものとに分かれる。

その濁流(だくりゅう)は、東京湾を囲(かこ)む全ての陸地へ、同じ速さで押し寄せていく。

お台場も、芝浦も羽田も船も飲み込まれそうだ。


観客達は、撮影どころかパニックになり、海辺を離れ、内陸へと逃げだす。


大泉達のいる幕張臨海公園。

浮き足立つ雰囲気がテント内から伝わっても、科学者達は誰も逃げない。


重力計と磁気センサーは、コンマ数桁(すうけた)の針の揺れさえ示さないし、海洋波浪計に至っては完璧な凪(なぎ)、つまり波高(なみだか)ゼロを示しているからだ。


科学的測定結果を、互いに伝え合った彼らは、眼前に津波が迫ろうとも、それが存在していない幻影であることを、それぞれの知性によって確信していたのだ。


それに加え、ひ弱と思われがちな学者稼業の彼らだが、実際は、かなりの勇敢(ゆうかん)さも持ち合わせていたようだ。


一方、停泊船舶の当直員達は、大津波を認識しているが、どうしようもない。


ある貨物船の船橋(ブリッジ)。


「機関ルームに逃げて、ハッチを閉めよう」

「無駄さ。船体が保たない」

「ヘルメットとライフジャケット着けよう」

「それも無駄。船がひっくり返って転がったら、溺(おぼ)れる前に全員、全身打撲でお陀仏(だぶつ)さ」

「諦(あきら)めるのか?」

「仕方ねえじゃん」

「バカヤロー、俺はまだ死ねねえんだ」

と険悪(けんあく)な雰囲気になる。


外国人もそれぞれの言語で叫ぶ。


スペイン語「マドレ·ミア!(私の母よっ!または、なんてことだ!)」

フランス語「モン·デュー!(なんてこと!)」

中国語「ジウミンアー!(助けてくれ!)」

ドイツ語の「ラウフトッ!(走れっ!)」

英語「イッツ·カミング!ムーブ·ムーブ!(来るぞっ!動け、早く行けっ!)」

「ホワット·ザ·ヘル·イズ·ザット!(あれは、いったいなんだ)」


他にも幾つもの言語が飛び交ったのは、言うまでもない。

見ていた信長が、大泉に「波も映像。幻影じゃ、逃(に)ぐる要(よう)はなし」と呟(つぶ)く。


頷いた大泉は、会場向けの通信マイクで、人々に呼びかける。


「皆さん、観覧の皆さん、波も映像です。本物の波ではありません。逃げなくても大丈夫です」

と繰り返す。


3回目には「私は、総理の大泉です」と付け加えても、パニックに陥(おちい)った群衆は止まらない。大泉は呼びかけ続ける。


人々は、海を振り返りながら叫ぶ。


「早く早く!」

「高い場所へ行くんだ」

「もうっ、間に合わない」

「走れっ、飲み込まれるぞっ!」

「子供がいるぞ、先に逃がせっ」

「かあちゃ〜ん」

「あなた、あなた」

「ばあちゃん、おぶってやるから泣くなあ」


そんな怒号(どごう)が飛び交う中、一人の男が言う。


「待って、スピーカーから総理の声で大丈夫だと言ってるのが聞こえるよ」

「あっ、ほんとだ」


それでも誰も止まらない。

前列の人々が、後ろから押されて倒れそうになる。

その瞬間(しゅんかん)、見えない手がその人々を支えたように、倒れかけた姿勢が元に戻る。


それは、最初から信長の指示で、会場の全てに配置されていた見えないウァミンカ(・・・・・・・・・)が力を発揮して行ったのだ。


ウァミンカ達は、その中心コアから、微小な重力波を発し、空間位相(くうかんいそう)を制御(せいぎょ)したのだ。

倒れそうな人々の身体の前で、空気の張りを局所的に減圧する事で、周囲の空気を吸い寄せ、超低圧領域、つまり見えないクッションを作り出したのだ。


その「柔らかい空気の壁」が人体をフワリと押し戻し、姿勢を元に戻したのだ。


恐怖と混乱の中、全ての観覧場所で、次々に続けざまに行なわれた、その不思議な現象に気づいた者は誰もいない。

悲惨な事故を免(まぬが)れた群衆には、助かった理由を考える余裕もなく、また必死に走りだす。


しかし、津波は岸壁のすぐ前まで迫っている。


一方、各警備本部でも、激しい混乱が起きている。彼らに、全てが幻影だとの前提は一切知らされていないからだ。

もっとも大泉達、主催者側も、こんなに凄(すさ)まじい内容だとは知らないから、呼びかけが遅れたのはやむを得ない。


各指揮官や隊長達が叫ぶ。


「総理は何を言ってるんだ」

「錯乱(さくらん)したのか」

「退避(たいひ)しろっ、総員退避(そういんたいひ)っ、退避っ」

「走れない女子供と老人がいたら、担(かつ)いで逃げろ」

「市民優先、将棋倒(しょうぎだお)しも防げ」

「機材は放置。人命優先っ」

「総員、かかれっ」

と怒号に近い言葉が飛び交う。


一般市民も叫んでいる。


「みんな〜、なにかに掴(つか)まれえ〜」

「そうだ〜、流されなきゃ助かるぞお〜」

「子供は木に縛りつけろ〜」

「ああ、正月三日に死ぬのか・・・」


ビルの五階位の高さの津波は、停泊、係留船舶も、浜辺も岸壁も、群衆をも完全に飲み込んだ。

その瞬間、大半の人々は反射的に頭を抱えて身を縮(ちぢ)めた。

激しい波音と共に、数千、数万㌧の海水が、海辺の全てを完全に覆い尽(つ)くした。


・・・しかし、衝撃はこなかった。

誰一人として、吹き飛ばされたり流されたりした者はいない。

それどころか、足元をすくわれることすらなく、全員がその場に立ったままでいた。


二人のやんちゃな若者の一人。


「あれ、濡れてない」

もう一人は、目を瞑(つむ)ったままだった。

が、相棒(あいぼう)の声で恐る恐る目を開け、自分の両手を見つめる。

「俺もだ」


もう一組、二人の若い警官は、もう間に合わないと判断したからだろう、それぞれが担(かつ)いでいた子供と老人を一旦降ろし、その上に覆い被(かぶ)さった体勢で、ギュッと閉じていた目を開ける。


ボヤいていた一人。

「お、なんだ?津波は?」


彼の身体の下の子供が泣き出す。


なだめていた一人。

「飲み込まれたと思ったのに、濡れてもいない」


状況が理解できないのか、担がれていた老人は、その彼に向かい、手を合わせて感謝の言葉を繰り返している。


停泊船舶は、傾(かたむ)く事も揺(ゆ)れる事もなく、異変前と変わらない様子だ。

係留してあった多数の小型船舶も同様だった。


乱闘寸前だった貨物船船橋では、船員達が、肩を抱きあって無事を喜んでいる。


あれほど激しく押し寄せた大津波は、まるで初夏のそよ風のように、人々の衣服や身体、大型船舶や中小船の船体を、サラリと透過(とうか)し、細かな煌(きら)めきとなって消えたのだ。


地獄絵図になるはずの各会場では、怒声や悲鳴が、瞬(またた)く間に驚愕(きょうがく)と、奇妙な感動のざわめきへと変わっていく。


大泉達のいる幕張臨海公園にも、大津波は押し寄せたから、観測機器の前から動かなかった学者達も含め、全員が真っ青な顔だ。

信長が笑顔で言う。


「ビビったのう。ほんでも学者共も含め、誰一人として逃げなんだの。偉(えら)いっ」


「はい。充分ビビりました。死を覚悟しました」


「はははっ、総理、ほんなら睾丸(ふぐり)が、ギュと縮んだな」


「ふぐり?」


「キンタマだわ」


「えっ」

と大泉は、思わず己(おのれ)の股間(こかん)をまさぐる。

そして少し恥ずかしそうに「確かに」と呟いた。


「ほれが尋常(じんじょう)の反応だわ。恥ではなあぞ。されど、今のは波ではなく『光りのヴェール』だでよ、言わばツカミだわ。演舞はこれからじゃ」


学者以外の大泉以下の人々は、実際には逃げなかったのではなく、恐怖で動けなかったか、間に合わないと諦(あきら)めただけなのだが、信長はそれを見抜いて、励ましの為に褒(ほ)めたのだろう。


海上の大渦(おおうず)は、まだグルグルと回転を続けているし、大音量の音楽も続いている。

大泉は、気を取り直し、またマイクで呼びかける。 


「会場の皆さん、少し、驚かせ過ぎだったかもしれません。その点はお詫びします。しかし、イベントは今からが本番です。もっと凄い映像が映されますが、怖がる必要はありませんから、どうか落ち着いて御覧下さい。怪我された方は、近くの警備の者に申し出て下さい」


信長が手をパチパチと叩いて、大泉の肩を小さく叩く。呼びかけを褒(ほ)めているのだ。


「中身を知らないのに、凄いとか、勝手に言ってすみません」


「詫(わ)びずともよい。これからは、また凄いどころではないはずだでよ」


大泉は同じ内容を繰り返して呼びかけた。

しかし、各警備本部からは、苦情と問い合わせの通信が殺到(さっとう)している。


中身は全て、事前説明が無かった事への抗議と、この後の対応への指示を求めるものだった。


その対応には、警察庁長官、警視庁長官と、その幹部二人づつが自(みずか)ら当たった。元旦にビラコチャと対面した警察関係者は、この六名だけだから当然だ。

六名は、現場の警官からしたら、雲の上の存在だから、やりとりは例外無く短く終わった。


怪我人は、人の集団から離れ、単独で走っていて転び、手足を擦(す)りむいた人が、百五十名ほどいた。

ウァミンカ達は、より大勢の集団の危機に対処したのだ。


その怪我人達は、バンドエイドを貼(は)れば済むくらいの、掠(かす)り傷だったから、各会場本部でその手当を受け、また見物へと戻って行った。

対応した各本部の指揮官達は、部下にその人達の名前や住所を控えさせる。

その報告を聞いた大泉が、ほっとした顔で言う。


「怪我も大したことなくて良かった」


「うん。圧死(あっし)などの大事(おおごと)は起こらなかったであろう」


「そのようです。えっ、あろう、それなら上様が・・・」


信長が答える間もなく、またもや音楽の調子が急変する。それはまるで何かの出現を告げる、重厚なテーマ曲へと変貌(へんぼう)した。


聞こえてきたのは、一糸乱(いっしみだ)れぬ弦楽器の強烈な刻みと、大気を震(ふる)わせる金管楽器(ブラス)の咆哮(ほうこう)だ。

その音圧には、絶対的な質量と、恐怖への説得力がある。


楽曲の終わりを示すように、「ドドッ、ドワンッドワンッ、ドンドンドドドド・・・」と鳴り響いた、大太鼓の轟音(ごうおん)が、止むのと同時に、「ジャア〜アア〜ァァァ〜ンッ」とシンバルの強烈な一撃(いちげき)が炸裂(さくれつ)した。


黒雲は健在(けんざい)で「ゴロゴロ、ゴロゴロ」と、低く鳴っている。


そして、シンバルの余韻(よいん)を境(さかい)に、雲下(うんか)の『音』が消失した。


ほんの一分(いっぷん)も経(た)たず、音楽が再び、しかし今度は異なる形で聞こえてきた。

まずは、金管楽器が、まるで警報のような不協和音を伴(ともな)う、一連の旋律を奏(かな)で始める。


その途端・・・・・


大渦(おおうず)の中心から、何か巨大な物が、ヌッと姿を現す。


音楽は、その出現に同調し、鼓動(こどう)を早めるよう、打楽器の強打に加え、その存在の「不気味な質量感」を刻むように鳴り響く。


それは、長さが十㍍もありそうな、生き物の頭部だった。


象牙を思わせる乳白色(アイボリー)の二本の角(つの)。

尖(とが)った上顎(うわあご)からは、髭(ひげ)が何本も垂れ下がり、直径五㍍はありそうな太さの首部分は、畳(たたみ)半分くらいの大きさの、ヌメヌメとした鱗(うろこ)に覆われているのが、遠目でもはっきり判る。


更に首のあちこちには、苔(こけ)らしき物がこびりつき、それよりは少ないが、小さな木か、植物らしき物までが生えている。

二㍍もある、大きな目と、恐ろしい巨大な口は閉じているのも判る。


しかし、その巨大な鼻からは、蒸気(じょうき)のように白い息が「ズオ〜ッ、ズオ〜ッ」と吹き出している。


伊福部風音楽は、低音弦楽器による、地の底を這(は)うような暗く、しかし力強い持続音を掻(か)き鳴らし続けている。


海面に突き出た頭部からは、滝のように海水が流れ落ちていて、それはまた大渦に吸い込まれていく。


科学者達は、龍を見ても動じる事なく、測定を再開する。


観客達は、更に信じられない光景に、声も出せない。

すると、それまでなかった落雷が起きた。


金色に輝く稲妻(いなずま)が、怪物の周りを狙ったかのように、何十発も続けざまに落ちる。


「ゴゴゴゴゴゴッ・・・ドッガ〜ンッ、ドカッ、ドガッ、ドガドガドガッ・・・ドッガ〜アアア〜ン、ドッガアアア〜ン、ガガガ・・・」


観客達は、その激しい閃光(せんこう)に思わず目を覆う。


着雷(ちゃくらい)した海面には、大音響と共に、青白い火花が海面を這(は)うようにパチパチ走り、凄まじい水飛沫(みずしぶき)と共に、白い湯気(ゆげ)らしき物が、円を描いて次々と立ち上(のぼ)る。


白煙(はくえん)かとも思われたその現象は、三万度の熱量を持つ稲妻(いなずま)が、海水を一瞬で気化(きか)させたように見える(・・・・・・)。


だが、本来なら感電して、腹部を見せて浮かんで来るはずの、魚達の姿は何故か見えない。


テント内に、驚きの声がなんども響く。

信長が、すかさず、目を見張っている大泉を促(うなが)す。


「観客の皆さん、今、御覧(ごらん)の怪物も、映像です。全くの無害です。慌(あわ)てずに、落ち着いて、お楽しみ下さい」

大泉は、それを数回繰り返す。


そう言われても、見えている怪物は、非常に生々しく、とても映像とは思えない。

気のせいか「ドクンッ、ドクンッ」と鼓動(こどう)らしき音まで聞こえてくる。

しかし観客達は、津波ほどの恐怖は感じていないようだ。


それは怪物、いや、誰がどう見ても、あきらかにテレビやアニメに登場する『龍(りゅう)』そのものだ。

しかも濃茶の鱗(うろこ)をまとった、凄まじい巨龍(きょりゅう)である。


その巨龍がゆっくりと目を開く。

ほうずきのように真っ赤な眼だが、中心の瞳(ひとみ)は金色に輝いている。


その動きに合わせるよう、音もうねりを上げて高まっていく。正確なリズムではなく、あえて少しづつズレを生ませた、木管と金管の音が、気味の悪い波紋のように、空間を歪(ゆが)め続ける。


観客達は、身をすくませ、息を呑(の)んでそれを見ていた。


巨龍を測定している学者達は、それが幻影と判ってはいても、原理解明の糸口になる可能性もあると信じ、画面を見ている。


しかしその結果は、惨憺(さんたん)たるものだった。


LiDARの照射レーザーは、巨龍を何の発散もなく通過し、遠くのレインボーブリッジの橋脚だけを捉(とら)えている。


レーザー散乱計測機が、弾き出した数値は「散乱なし」


スペクトラム·アナライザーの波形は、完全に平坦(へいたん)で、ホログラム生成に必要な通信波も、何らかのエネルギー反応も検知しない。


赤外線サーモグラフィは、巨大生物が海上に存在すれば、必ず周囲との温度差を表示するのに、今は輪郭(りんかく)も判らないほど、海の温度だけしか検知していない。


気象庁長官が、気を利かして持ち込んだXバンドMPの反射波はゼロ。

高感度微気圧計のダイアフラムは、ピクリとも動かない。


学者の一人は、後に、反省会的に開かれた元日メンバーの集まりで、以下のように述べた。


「光学センサーには、確かに何かが映っていた。だが質量、電波、熱源が見つからず、散乱光すらなかった。あらゆる物理的属性、熱、反射、気圧、屈折の全てがゼロを示していた。我々の物理アプローチでは、あの巨龍や大津波は「存在しない」のデータしか出てこなかった。一つだけ、ビラコチャ様の技術は、私達のそれとは比べものにならない、遥かな高みにある事だけは理解出来た」


大渦は、なぜか急速に消え去る。

すると巨龍が、その場で動き始める。

水面が激しく波立(なみだ)ち、首が回っていく。

海中で、巨大な身をくねらせ動いているのだ。

四方を見渡すように動くその姿は、まるで観客達を、睨(にら)みつける為のように見える。

音楽音は、だんだんと小さくなっていく。


観客は一斉にスマホやカメラをかざし、動画モードにする。

モードの切り替えは出来るのだ。

大泉の繰り返す呼びかけを、聞く余裕が出てきたからだろう。


彼らは、巨龍に目を向けているし、瀕死体験(ひんしたいけん)のショックで忘れたからか、津波発生の前にやりかけた、それぞれの機器の撮影チェックはせず、ただ高く掲げて、少しでもうまく撮ろうとしている。


あのライカのカメラマンも、当然逃げていたが、安全を認識するとすぐに戻り、今は更に慎重に、片膝を突き、絞りは解放のままピントを合わせ、動く巨龍を正確な角度で撮影している。


やがて巨龍は、身体の回転を止めると、鼻先から海中へと静かに潜降(せんこう)していく。


信長が説明する。


「さきほどの、龍の周りに落ちた雷(いかづち)はよう、本物ではないでよ。落雷は起きぬと言うたであろう。稲光(いなびかり)も水飛沫(スプラッシュ)も、ウァミンカが映した幻(まぼろし)なのだわ。その証(あかし)としてはよ、落雷箇所の海面に魚(いお)が浮かんでおらぬだろう」


双眼鏡で見ていた、自衛隊の幹部が答える。


「はい。海上はもう静かで、それらしき異常も視認(しにん)できません」


「岩月海幕長(いわつきかいばくちょう)、まんだこれからだでよ」


番匠谷が、いおとは魚、まんだこれからは、まだこれからだと伝える。


海面が一瞬、不気味なほどの平穏を取り戻した。

と思った次の瞬間だった。


沖合の海が、まるで底から押し上げられたかのように、ドーム状に大きく隆起(りゅうき)し始める。

するとまた、海底の闇(やみ)からのような、おどろおどろしい、弦(げん)の擦(す)れる音が聞こえ始める。


その巨大な水の盛り上がりは、あきらかに動いていて、湾奥へ向かってくる。


膨(ふく)れ上がった海水は、小山(こやま)のような高低差を作り出し、白波を立てて周囲へと激しく崩れ落ちていく。


それにつれ、音楽には脅迫(きょうはく)めいた管楽器の唸(うな)りが重なる。


ドームの頂点から、濁流が滝のような勢いで流れ落ちていくと、最初に見えたのは、あの乳白色の二本の角の尖端(せんたん)だ。


その瞬間、音律は狂気を孕(はら)んだピークに達し、異形(いぎょう)の生物の再臨(さいりん)を告げたように響く。


恐ろしい巨龍の顔が見えてくる。

巨龍は、最初のように頭を高くは上げず、海面を滑るように動いていく。


曲調は、力強い二拍子(にびょうし)のマーチ風のフレーズに変化していく。

打楽器が一定のテンボで刻む、打撃音に乗り、低音管楽器が怪しげな主旋律を繰り返す。


それは巨大な王が、自らの領土を巡幸(じゅんこう)しているかのような、堂々たる足取りを連想させた。


頭部に追従(ついじゅう)するかのように、背中にずらりと並んだ鋭利(えいり)な背棘(はいきょく)が、巨大な鋸(のこぎり)の刃(やいば)のように、次々と海面を突き破り、白波をたてて海を切り裂(さ)いていく。


更に、巨龍の身体も上半分くらいが見えてくる。

くねらせながら泳行していく、軽く百㍍はありそうな身躯(しんく)は、やはり濃茶の鱗(うろこ)に覆われ、首部分と同様に苔(こけ)や植物がところどころに見える。


巨体が海面を削るように進む為、そこは絨毯(じゅうたん)をめくるように割れ、左右に大きな水の壁がそそり立っていく。


パニックを引き起こした、水柱の大津波よりは小さいが、それは、V字型の航跡波(こうせきは)となり、白濁(はくだく)し、また左右の沿岸へと押し寄せていく。


しかし観客達は、悲鳴を上げたり、逃げようともしない。、

最初から見ていた、高校生のグループが話している。


「すごい、すごい。また出たよ、龍だよ」

「色違いだけど、アニメの神龍(しぇんろん)じゃん」

「さっきはマジで死ぬかと思ったけどさ、もう波は余裕〜」

「アハハッ、おまえ泣きながら『ママ〜助けてえ〜っ』て叫んでたもんな」

「はっ!?おまえも、近くのお巡りさんにしがみついて、助けてえ〜ってビビリ散らかしてたじゃん」

「溺れる者は、なんちゃらって言うだろ」

「ふだんポリ公とかクソマッポっつって、馬鹿にしてるくせによ〜」

「それよりさ、しっかり撮ってユーチューブで流したら、大バズリだべ」

「そうだね。音楽もすごく迫力あるし、それLIVEで画面共有ね」

「しかし、龍も波も映像だって信じれないよ」

「発明したの誰だろ」

「ノーベル賞、確定だね」


と騒がしい彼らの居る岸壁に、大波が到達したが、やはり何も起きない。


波は大津波同様、岸壁に触れる寸前、淡い光の粒子へと変わり、音も無く霧散(むさん)したのだ。


科学者達は、諦(あきら)めず、機器を点検、調整し、観測を続けたが、結果はずっと変わらない。


龍は、巨躯(きょく)をくねらせながら、沿岸(えんがん)に沿(そ)って円を描いていく。

航跡波は、沿岸に向かっていくが、どの場所でも観客の反応は、高校生達と同様だ。


その動きは、観客達の全てに、己の姿をまんべんなく見せているようにも思える。


円を描き切った巨龍は、勢いよく首を高々と上げた。

すると、胴体から伸びる、巨体の割には小さな前脚(まえあし)が二本見えた。


だが巨龍が、鼻先から滑るように海へ潜り込むと、それはすぐさま波間へと消えていった。


長い首が水面下に消え、続いて太い胴体が、海水を押し退けながら沈んでいく。

最後に現れたのは、巨大な扇(おうぎ)のようなヒレがある尾部分だった。


巨龍は、その尾を空中へ高く掲(かか)げると、凄まじい質量を乗せ、海面へと一気に叩きつけた。


「ドオオォォォォォォンッ〜」


大爆発音のような音と共に、海面から数十㍍もの水飛沫が上がった。

海を割ったような、大余波(おおよは)がまた新たな津波となって沿岸に押し寄せる。

水飛沫は、黒雲に向かって上がっていくが、途中でオーロラのように揺らめく光のベールとなる。


もう波を怖がらない観客は、その幻想的な美しい光景に、息を呑む。

少しの静寂(せいじゃく)を置いて、人々は一斉に感動の拍手(はくしゅ)と歓声を上げ、口々に叫ぶ。


「すげえ!オーロラだっ」

「なんてきれいなんでしょう」

「もう終わりか?」

「正月から、いいもの見せてもらったね」

「アンコールだっ」


その言葉に、大勢が賛意を示し「アンコール」の声がだんだんと広がっていく。

それは、他の観覧場所へも波及し、大きなうねりとなって、湾岸全体に広がっていく。

人々は「アンコール」と叫びながら、なおも、海上に撮影機器を向け続ける。


感情を露(あら)わにする事に、日本人より抵抗のない外国人達は、真っ先に声を張り上げ、半狂乱(はんきょうらん)となって、そのコールに唱和(しょうわ)していた。


悲鳴と同様に・・・

イタリア語

「ブラヴィッシモ!!(最高だ)」

フランス語

「マニフィック!(見事だ)」

スペイン語

「インクレイーブレ!(信じられない)」

ドイツ語

「ウングラウブリッヒ!!(あり得ない)」

英語は

「オーサム!(すごい、最高だ)」に加え、

「アメイジング」や「アンビリーバブル」

などとイベントの素晴らしさへの称賛が飛び交った。



それが巨龍の最後のパフォーマンスだったのか、聞こえていた音楽の音量が下がる。


信長が笑顔で言う。


「総理、見物人共に、演し物はまだ半分も済んでおらぬと伝えられよ」


大泉がそれを伝えると、アンコールの叫びは、イベント継続を喜ぶ大歓声へと変わっていく。

信長が、それでよしとばかり、頷いて言う。


「今の濃茶(・・)の龍はよ、左近一益が演じたのだわ。なかなか熱演であったなあ。あははっ」


「滝川様が」

と大泉。


その少し前、黒雲が空を覆い、音楽が鳴り響き始めた頃。

お台場のテレビキー局。

報道局には、最低限の宿直スタッフ。

局員の殆どは、初詣やUターンラッシュの取材に向かい、残っているのは僅かな人員のみ。

社会部フロアのテレビ画面には、事前に収録された「新春大型特番」が平和に流れ、室内には、コーヒーなどの湯気が漂(ただよ)っている。


その静寂(せいじゃく)は、聞こえてきた大音量の音楽に打ち砕かれた。


「なんだ、このでかい音は?」


25Fの球体展望室(はちたま)の強化ガラスが、激しく振動しているが、フロアの彼にはそこまでは判らない。


「おいっ、宿直のENG班はどこ行った?」


と社会部デスクの彼が、部下のディレクターに聞く。


「明治神宮の初詣取材に行ってます。局には機材も中継車も残ってません」


「バカヤロー、初詣なんてどうでもいい。このくそでかい音楽が聞こえねえのか?ここに居ても、空の上から聞こえてるのが、判らねえのか」


宿直デスクの怒号が響き渡る中、電話機が一斉に鳴り出す。

内線、外線の着信ランプが点滅している。


赤点滅の内線は、役員や他部署の幹部達からの問い合わせ。

緑点滅の外線は、イベント開催に気づいていない自治体の関係者。平常時なら各省庁もだが、今回は政府主催だから当てはまらない。あとは、都内の競合他社メディアからの、情報探り目的の電話。スポンサー関係者が、番組を心配しての連絡。

今回に限り、津波を目撃した、海に近い高層マンションなどの住人が、視聴者としての問い合わせなどだ。


「ほっとけ!どうせ、いつものに似たメンツからの問い合わせだっ」


「・・・」


「海沿いに、撮影班は行ってるだろうな」


「社会部からは、デスクの指示がないから行ってません」


「なら政治部が出してるよな」


「わかりません」


「おまえね、降格されて、またADに戻りてえのか?分かんなきゃ聞けよ!」


そのディレクターが、内線電話で問い合わせる。


「出してないそうです」


「連絡網回せ!休みのアナウンサーとカメラマン、全員緊急招集だ。片っ端に電話しろ」


「デスク、今時(いまどき)は、誰だって休みは携帯の電源、切ってますよ」


連絡はつかないし、さらに混乱したのは、正月番組を止めるかどうかの、編成局との押し付け合いだった。


「報道サブ立てろ!録画特番飛ばして、生中継に切り替えるぞ」


「冠(かんむり)スポンサーの特番だぞっ、簡単に飛ばせる訳ないだろ!画面の隅にL字で出せ」


「この音が、L字で済むくらいの規模や仕掛けだと思うのか?普通じゃねえんだ。このでかい音で、社屋(しゃおく)が揺れてるの判らねえのか」


「だけど・・・」


「海に近い俺達がよ、こんな凄い現象、撮らないなんて赦(ゆる)されるか!天下の笑い者だぜっ」


「僕には判断できない」


「いいさ、俺の責任で俺がやるっ!おまえらは指食わえて見てろっ、おいっ、報道ヘリ出せっ」


ヘリポートと連絡したスタッフが報告する。


「デスク、駄目です。管制から許可が出ません。東京湾空域は、九時まで完全なNOTAM(ノータム)(Notice.to.Airmen)が出てます」


「はあ?!飛行禁止だ?だれが、なんでだ?じゃ、ドローンも飛ばせねえのか?」


「はい」


デスクは、近くの椅子を蹴り飛ばして叫ぶ。


「くそったれ〜」


怒鳴(どな)るデスクの横で、過去の通達書類を、必死にあさっていた若手スタッフが叫ぶ。


「ありました。官邸広報から、元旦の昼ごろ、開催告知の後に通達が来てます」


「な、何っ!じゃあなんで、それを誰も共有してねえんだ」


「正月の整理資料に埋もれてました」

「船は?」

「同様です。水路通報で航行禁止で、撮影も禁止になってます。それに撮るのは不可能だとも」


「何っ、撮影禁止!?目の前の風景撮るのに、なんで役所の許可いるんだ?んで不可能だと?その通達見せろっ」


FAX用紙の通達を、サッと読んだ彼が、笑みを浮かべて言い切る。


「法的根拠も罰則規定も書いてねえ。つまりこりゃあ、命令じゃない。ただの「お願い」だし、不可能の意味も判らねえ。こっちにゃよ「報道の自由」と「国民の知る権利」の二つの伝家の宝刀があるんだからよ」


デスクは少し考えてから言う。


「構わねえから、球体展望室(はちたま)と屋上の鍵、全部開けろ。社内にある望遠レンズとカメラ、ありったけ据(す)え付けろ。不可能なんてあり得ねえからよ。どこから、どうやってでも撮れたらいいんだからよ」


残っていた局員や、製作会社のスタッフが、慌てて動く。

それに気づいた、他の部署の人々も手伝う。


寒い日なのに、薄着で準備を終えた人々は、汗に塗(まみ)れている。

しかし地上とは比べものにならないほどの強風だから、体感は氷点下だ。

用が済んだ人は、戻っていく。

愛用の高級ダウンを着たデスクが指示する。


「よし、カメラ全部回せ」


デスクがそう言ったのと同時に、巨大な水泡が吹き上げ、すぐに恐ろしいほどの高さの水柱が見える。


「なんだあれ?爆弾でも使ったのか?まさか」


水柱が崩(くず)れ、大渦(おおうず)が生まれ、すぐに津波も見える。


「うわっ、でかい、ヤバい」

「五階分くらいの高さですね」

「ですね!?おまえの会話センスは甲乙丙(こうおつへい)の、そのまた下の丁(てい)だぞ。採用不可だ!知らねえか!ならいいからよ、防災センターに警報鳴らせって言え。下の階のやつらに、上へ逃げろって放送させろ」


指示された、その若いディレクターは、デスクの言葉通り、甲乙丙丁の意味も解らないまま、近くの内線電話で、それを行った。


センターの警備員は、地震警報も津波警報も受信していないし、そこから海上は全く見えないから、津波には気づいていない。

またディレクターからの指示が、突然過ぎて、判断を迷うようだった。


しかし警備員は、ディレクターの切迫(せっぱく)した口調に押され、館内用の警報を鳴らし、最初は肉声、あとは自動音声で垂直避難(すいちょくひなん)を呼びかけた。


局内の、窓の無い部屋やスタジオで働いていた人達は、繰り返される非難指示に、半信半疑(はんしんはんぎ)ながら上階へと向かう。

その中には、晴れやかな衣裳(いしょう)を着た有名なタレントや、人気お笑い芸人、アナウンサーの姿も混じっている。


そしてその大勢の人々は、途中の海が見える場所で津波が真実だと認識し、階段を昇る足を早めるか、エレベーターのボタンを無駄に叩いたりした。

大半の人々は、ダウンやコートを着ている。

広い屋上は、人で埋まる。


迫る津波の圧倒的な光景に、誰一人として、悲鳴すら上げられず、ただ絶句して立ち尽くすばかりだった。


望遠カメラを覗いていたスタッフが叫ぶ。


「大勢の観客が走ってこちらへ向かってます」


局社屋までは、三百㍍くらい。

しかし黒く濁った津波は、早い速度で押し寄せて来る。


「間に合わねえ。助けられねえ。とんでもなく大勢が死ぬな。六ケタ?七ケタ?どっちだろうが、史上最悪の大惨事だぞ」


デスクの言う通り、このままだと、数十秒後には、お台場も有明も、江東五区も水没。ライフラインも全滅で携帯もすぐ繋がらなくなる。七ケタの数百万人規模の被害もありえる。政府主催のイベントが大災害に変貌(へんぼう)したかに思われた。


「みんな、津波が来るぞっ、衝撃に備えろ」


しかし、津波は、局社屋どころか、岸壁に達する前に消滅した。

ライトポールにしがみついていた、ディレクターが小声で言う。


「津波が光の粒に変わった」


デスクも唖然(あぜん)として言葉が出ない。

若いスタッフが口を開く。


「津波は?」

「逃げてた人達は?」

カメラを動かしていた一人が言う。

「あっ、さっきの人達はみんな無事だ。立ちどまって、何か言ってる」

「船も岸壁も、元のままだ」

「なら、今のはCG?」

「んなわけない」


すると、滝川龍が現れたのが見える。

津波の考証をする暇もない。


「うわっ、今度は怪物だぞっ。おいっ、ズームしろっ。カメラ揺らすな」


「あれっ、画面には雲と海面しか映らない」


「何?角度下げ過ぎに決まってんだろ!怪物に合わせろっ」


「合わせてます・・・」


すると望遠一眼レフカメラを操作していた、社会部スタッフが叫ぶ。


「デスクっ、これ見て下さいっ」


「なんだ、今は忙しい!」


「いいから、ファインダー(覗(のぞ)き窓)を覗いてください。液晶画面じゃなくて、ここのガラスの覗き窓です」


殆(ほとん)どブチ切れ状態のデスクは、恐ろしい表情で、それでも、そのカメラのファインダーに右目を押し当てた。


そこには確かに、大渦中央で辺りを見廻すように動いている、大怪物の姿が見える。

彼は次に、カメラ背面の液晶画面を見る。

その画面には、黒雲と、静まりかえった穏(おだ)やかな海面しか見えない。


「なんでだ?目で見えてるのに映らねえ。おいっ、カメラ使ってる全員、画(え)は映らないか?」


彼らは、はいと答えたり、手をあげてそれを認める。

デスクは自問自答して言う。


「理屈なんぞは解らねえけどよ、映らねえのはカメラの電子センサーが、あの化け物や津波の光を拾えてねえからだ。あっ、不可能はこの意味か?でもどうやって?」


そうは言っても、彼は二台の望遠デジタルカメラだけは回し続けさせ、録画モードにして雲や海上を撮るよう指示する。

そうすれば、電子センサーが駄目でも、マイクは生きているから、少なくとも、不気味な音楽は録音出来るはず(・・)だからだ。


彼はまた、少し考える。

その間も、海上の異変は続いている。

落雷が連続し、稲光(いなびかり)が辺りを明るく照らす。


「そうだっ!デジタルがだめなら、アナログがあるじゃねえか!おいっ、何人かでフィルムカメラ探して来い。機材倉庫に、少しくらいは残ってるはずだからよ」


すると、デスクのインカムから、大声がする。

相手は、八階、副調整室のディレクターだ。


「おいっ、あんたさ、正月特番差し替えて、東京湾の、ただのいつもの風景を本線(生放送)に上げるのか?そもそもさ、政府通達で撮影禁止なの知ってるだろう。無視か!?黒い雲だって、予報とは違うけど、別に珍しいものじゃねえじゃん。でかい音楽も不思議だけどさ、そこまでの価値あるのか?」


「説明してる暇(ひま)はないんだ。アヤつける気持ちは判るからよ、そこから出て、海を見ろっ」


そう言って通話を切ると、また別の声がする。

それは一階の主調整室の責任者だった。ふ


「おいっ、放送事故か?政府通達破るのか?」


「マスター、まだそこに居たのかっ?あんた度胸あるなっ!違うんだ。通達は命令じゃない。ただのお願いなんだ。だから撮ろうとしてるんだけどよ、要するに、デジタル機器じゃ映せないんだ。通達にあった撮影不可能は、きっとこの事で、肉眼や光学ファインダーでしか津波も怪物も見えないんだ。マスター、あんたも、ちょっとでいいから、そこ出て海見りゃあ解る。頼むっ。事故じゃねえ」


「津波は来なかったじゃないか。あげくに怪物だ?酔ってるのか?・・・回線切るぞっ」


「違うって。見る限り、誰も知らないやり方の超3Dみたいな幻影なんだ。でもよ、急に映せるようになる可能性だってある。それからじゃあ間に合わない。音楽の聞こえ方も、常識外(じょうしきはず)れに凄いんだ」


「俺がここ離れられないのは、あんたも知ってるだろっ、回線はあと一分で切る。説明に納得いかないからな」


「くそっ、勝手にしやがれっ」


巨龍は、優雅に泳行していて、巨大な航行波がまた陸地を襲いそうだが、観客達は逃げようともせず、それどころか歓声を上げて、楽しんでいるように見える。


避難してきていた人々が、各部所やスタジオへ帰っていく。大異変は見たいが、仕事への義務感が先立つからだ。


入れ違うように、カメラを探していたスタッフが戻る。

持ってきたのは、三台の古い機種だった。

それはNikon.F3、Canon.NewF-1、Nikon.FM2で、三台を見たデスクは顔をほころばせた。


「古いが、こりゃあ電子基板は使ってねえアナログ機だから、きっと映(うつ)せるぞ。デジタル通用しねえから、画撮(えと)れてるやつは皆無(かいむ)のはずだからよ、これで撮れたら社長賞間違いなし。フィルムは?」


スタッフが取り出したのは、十年以上前に有効期限が切れた数本だけだった。

しかも全部が、ISO400だ。

 

「仕方ねえ。いまどき、フィルムはそこらじゃ売ってねえからな。駄目元(だめもと)で撮ろう」


デスクは、カメラに精通(せいつう)した、ベテランスタッフを指名して、撮影を開始させた。

彼は、更に手空きの何人かに、野外用暖房器具を運ばせた。


巨龍は、湾内を一周し、海に潜ろうとしている。


F3カメラには、モータードライブ機能があり、連写が可能だ。

だが駆動(くどう)には、単三乾電池が八本必要だ。

急場だし、屋上にそんな備えはない。

だから担当したスタッフは、連写は諦(あきら)め、手動巻上げに切り替えた。


F-1はタフネスだ。

電池が無くても、バネの力でシャッターが確実に落ちる。


FM2も、バネとギアだけで使える、完全なメカニカルタイプだから、撮影に不安はない。


ベテランの三人は、ライカの男同様、距離があるから、ストロボが無効なのを判っている。だから言葉にはしないが、同じ考えでそれに対処しようとしている。


光量の圧倒的な不足に対し、ISOダイヤルをカチカチと回し、三段増感の「3200」にセットする。さらにシャッタースピードを、ブレ限界の1/30秒に合わせる。


彼らは、やはり両脇を締め、呼吸もゆるやかに片膝を突き、カメラを揺らさないよう、丁寧に一コマづつを撮り始めた。


黒雲のせいで薄暗い環境でも、この方法ならば、撮り終えたフィルムの現像処理時間を、三倍に増やせば、焼き出しが出来るかもしれないのだ。


「カメラは雲は撮らなくていい。怪物とヤローが生(う)む波を捉(とら)えろ」


と指示したデスクのインカムがまた鳴る。

 

「回線は切った」

それは一階の主調整室マスターの、冷たい声だった。

デスクは平静に「了解」とだけ答えた。


彼が怒声を上げないのは、ただの変哲(へんてつ)もない風景を流し続ける事が、許されない立場である事を理解しているからだ。


キャスター付きの業務用石油ストーブが、五台運ばれて来たから、スイッチを入れて作動させる。

一台は、カメラの三人の背後にも置かれた。


しかしデスクは、まだ何事かを考えている様子だ。

無意識だろうが、胸ポケットからセブンスターを取り出し、一本くわえ、百円ライターで火を点ける。


屋上も禁煙なのは周知だが、煙を吐き出す彼に注意する者は誰もいない。

稼働しているデジタルカメラは、二台だけだから、近くには手持ち無沙汰(ぶさた)のスタッフが、数名、立っているのにだ。


すると、あの会話センスを貶(けな)されたスタッフが、缶コーヒーの空を、彼にそっと渡す。


黙って受け取ったデスクは、根本まで吸ったタバコの煙を、上に盛大に吐く。


吸殻を空缶に捨てた彼が、口を開く。


「社内に絵が上手いやつ、何人かはいるよな?」


周りは、 少しの間考えている様子だ。

新米のADが、遠慮がちに言う。


「えーとです。あの、ベテランの法廷画家のおやじさん、多分、挨拶(あいさつ)に来てたんだと思うんだけど、ついさっきここへ避難してきてました。なんかゼェゼェ、肩で息してました」


「階段使って避難したんだろ。あのおやじさんならよ、腕は間違いねえ。探してくるんだっ。それからよ、何人かは、スケッチブックとかよ、なんでもいいから、絵が書ける用紙と、筆記具も、鉛筆やらボールペンを手当たり次第に持ってこい」


何人かが小走りでそこを離れる。


「一人じゃ足りねえ、まだいるはずだ」


暫(しばら)くして、候補としてあげられたのは二人の男だった。

制作局ADで、美大出身のカンペやフリップを担当する若手。

編成、広報局所属で、アナログポスターや絵コンテの職人クラスのベテラン。


「連れて来い。千載一遇(せんざいいちぐう)の大チャンスだって言え。報道の歴史に名が残るかもって、引っ張ってこい。まわりがアヤつけたら、社長命令だって言え」


画家と二人はすぐに来た。

絵の道具なども、大量に運ばれた。


デスクは、三人に状況を手早く説明し、事態の確実な記録が「絵」だけになる可能性を言って、描(か)く事を頼む。

最後にデスクは言った。 


「俺が玄人(くろうと)のあんたらに、注文つけるのは、おこがましいがよ、今はなるべく写実的によ、見たままを正確によ、何がどう動いてるかが判るようによ。色づけするのは、後回しにしてくれ。頼むっ」


三人は何も言わず、屋上柵の前に立ち、それぞれの好みの筆記具や用紙を選んで、描き出す。


間髪(かんはつ)を入れず、デスクのインカムから大声がする。

制作局のチーフプロデューサーだ。


「おいっ、うちのAD、勝手に使いやがって、すぐ特番生放送だぞっ。それでなくても、さっきの津波騒ぎで、スタジオから、みんないなくなって呼び戻すので手いっぱいなんだ。あいつがいないと、カンペやフリップ書けねえんだ。すぐ戻せ」


「カンペなんて、誰でも書けるだろっ、世紀の大スクープになる可能性があるんだ。四の五の言わず、協力しやがれっ」


デスクはそう言って通信を切ったが、即座に、また別チャンネルからの声が聞こえる。

編成·広報局の役員クラスの部長だ。


「おまえ、社長命令だとハッタリかましたな。社長様はな、まだ別荘で休暇中だ。重大な社内ルール違反だぞ。日報に記録したから、始末書くらいじゃ済まないからな」


「処分は覚悟の上です。部長のところの職人の腕が必要なんです。カメラはアナログも多分駄目な気がするんです。だからもう、当てになるのは絵だけです。今八時だから、イベントはあと一時間。部長、お願いです。少しだけ目を瞑(つぶ)ってて下さい」


部長は答えず、通信をブチッと切った。

デスクの周りの人達は、彼を例外なく、尊敬の眼差(まなざ)しで見る。


場面は、滝川龍が尾を跳ね上げ、海面に叩きつけた辺りだ。

オーロラのような美しい光景に、観客達が歓声を上げ、拍手している。


三人の絵描きは、相談もせず、互いの絵を視界の隅(すみ)で確かめ合い、龍や海の動きや変化が伝わるよう、時間差をつけて描(えが)いていく。

彼らの後ろにもストーブが置かれる。

それでも寒さは厳しい。


彼らは、用紙を次々と変えたり、スケッチブックをめくるから、デスクはそれを手伝う。三人が細かい描(えが)き込みよりも、スピードを優先し、粗描(そびょう)を重ねているからだ。


だが、一回のタイミングで描いたのは、龍の尾と、巻き上がった水飛沫とその変化だけだ。


そこへ観衆のアンコールと、大泉の「まだ終わりではない」の放送が、微(かす)かだが聞こえてきたから、絵書きの三人とアナログカメラの三人は、体勢を改めて整える。


スタッフ達が、温かい飲み物や、携帯カイロ、タバコに灰皿まで、どこからか運んでくる。

六人を応援しているのだ。


デスクがまた叫ぶ。


「貰い物の日本酒の一升瓶(いっしょうびん)が、秘書科や役員フロアの給湯室に、売るほどいっぱいあったろ。構わねえからよ、あれを二~三本持ってこい。あとはよ、各フロアの掃除用具室(グラード)にあるバケツに、水入れて持って上がるんだ。ついでにコップか茶碗、なきゃ、紙コップ探してこい」


デスクに、改めて心酔(しんすい)している若手スタッフ達は、躊躇(ためら)いもせず行動する。


たちまち集まった、水を入れたバケツを、ストーブの天板に置き、そこへ運んで来た、指示より多い高価な日本酒を、瓶ごと何本も突っ込む。


熱燗がすぐ出来る。

まず六人に、紙コップに半分ほどの、熱い純米大吟醸が手渡される。


「この酒は、寒さしのぎとよ、勇気の為だ。これからまた、恐ろしい場面になったとしても、怯(ひる)まねえ心を酒が養(やしな)うんだ。だから飲めっ、俺も飲むっ」


周りのスタッフやプロデューサー達も、少しづつ飲む。記録担当の六人に、血色が戻る。

悴(かじか)む指先も、紙コップの酒の熱さで感覚を取り戻す。


ほんの数分の後、また黒雲直下の海面に、青白い光が見える。 

点滅しているのも最初と同じだが、今度は光が二つ見える。


外国人も含めた観客達が、物凄い歓声を一斉に上げる。

小さくなっていた音楽も、更に軽やかな曲調に変化しつつ、音量も上がってくる。


弾むような木管楽器の音色(ねいろ)、クラリネットと小太鼓(スネアドラム)の刻み。ピッコロの甲高い旋律に、木製打楽器の乾いた音が跳ね上がる。


「タッ·タタタ·タッ·タタタ·タンタタ・・・」


五音音階(トニックペンタ)や、短二度の屈折した音程を保ちつつも、テンポは軽快な二拍子。

それはまるで、東宝特撮映画の自衛隊出動場面のBGMのようだ。


すると、そのマーチに合わせるよう、上空を覆っていた黒雲が、中心に向かい吸い込まれるがごとく、スーッと消えていく。


辺りを柔らかい冬の陽が照らす。

会場の雰囲気が、ガラリと変わる。


観客達は、それを無邪気(むじゃき)に喜び、また歓声を上げる。


見ていた信長が、笑顔で説明する。


「恐ろしげな演出は止めたのであろう。黒雲(こくうん)が消え去りしは、冷やすために広げた空間の歪みを、一気に元に戻したゆえじゃ。低空の空間シリンダーを逆回転させ、圧縮した熱を僅かにかけただけで、ああなるのだわ」


観客達は、レンズを各異変の情景に向けた時だけ、何故か撮影が出来なくなる事に気づいている。

全く回復しない、どう操作しても復旧できないな事実に、人々は「出来る事」を始める。


それは文字や音声での情報発信だ。

SNSは勿論、LINEのテキスト、Webニュースのコメント欄、5チャンネルや爆サイ、個人のサイトに至るまで。

家族、友人、同僚、知り合いへと放たれた、生々しい現場の情報が、ネットの海を駆け巡り始める。


それを受けた側の反応は言うまでもない。

錯綜(さくそう)する目撃情報は互いに複合(ふくごう)し、無数の推測(すいそく)を交えて、爆発的に増殖(ぞうしょく)する。

肥大化(ひだいか)したフェイク混じりの情報は、再びネット空間へとなだれこんでいった。


情報を受け取った人々が、一斉に湾岸地区を目指したのは必然の流れだ。

その中には、報道関係者達も当然混じって居る。


彼らは、会場に着く前からかなり殺気立っている。

その根底にあるのは、二つの怒りと一つの事情だ。

怒りの一つは、最初からの取材を、イベントレベルを読み誤り、結果的に浅慮(せんりょ)となって怠(おこた)った自分達自身への苛立(いらだ)ち。

もう一つは、理不尽とも思える政府の撮影禁止通達に対してだ。

事情は、それぞれの上層部からの、いわれなき叱責(しっせき)と、自己保身としか思えない叱咤激励(しったげきれい)だ。


それでもさすがに、政府通達に面と向かって逆らうような、大掛かりな中継車や機材を持ち込む者はいなかった。


しかし彼らの全ては、現地で政府関係者に撮影阻止されても、唯々諾々(いいだくだく)と従うつもりは毛頭ない。


現場に着いた、数十組の彼らの殆(ほとん)どは、空から届く軽快な音楽を認識しつつ、それぞれの撮影機材を、あてつけのように隠さず、警官や、ほかの警備役の役人達の前を通る。


その中には、阻止されたら、力づくでも突破するつもりだった者もかなりいた。


ところが警備陣は、撮影機材を見ても何も言わない。

全員が警備どころか、集まって談笑していて、彼らにチラリと視線をやっても、完全に無視しているのだ。


警備陣は、イベントがちょうど合間のようだったことと、撮影禁止解除、また安全が確認された安堵(あんど)と余裕から、そのパフォーマンスを語り合っていたのだが、報道関係者に、その理由などは推測すら出来なかった。


これは後の検証で、どの会場でもほぼ同じ経緯(けいい)だったのが判明している。


覚悟していたトラブルが、肩透かしに終わった報道の人々は、見る見る膨(ふく)らむ人波をかき分け、まず海に近い場所を目指した。

一部は、幕張臨海公園へも行く。


その彼らは、総理達やビラコチャの信長が居るテント群に気づき、近寄って取材を試(こころ)みたが、バリケードの外側を守る警備陣に、今は対応できないと、丁寧に追い払われた。


何人かは抗議したが、イベントの運営と安全管理で手が離せないと言われれば、引き下がるしかなかった。


だがカメラマン数名は諦(あきら)めず、テントが見える、海浜大通り沿いの遊歩道へ回り込み、超望遠レンズで狙いを定めた。


彼らが使用するプロ用機材は、シャッターを切ると同時に、5G回線を通じ、所属先へ画像が自動転送される仕組みになっている。

カメラマン達は、無心でシャッターを切ろうとした。


だが、彼らはビラコチャの信長が、そこに存在しているのを知らない。


単なる現場風景として収めようとした、その画像の中に、ウァカの微細な光に包まれた「有り得ない存在」だけが、光学的な像(ぞう)を結ばず、抜け落ちていることを。


その驚愕(きょうがく)の事実には、現場の彼らも、送信先の上司達も、まだ誰も気づいてはいなかったし、最終的に誰にも知られることはなかった。


そして、その五名は、確かに一度だけはシャッターを切れたが、それきりカメラは完全に沈黙(ちんもく)した。


大泉の横に座る信長が、プトゥトウを何気なく、口元へ近づけたことに、気づいた者はいない。


遠くからの撮影を察知した信長が、付近に漂(ただよ)っていたアウキ·クルに、思念を飛ばし、カメラを一時的に機能停止させたのだ。

極小のアウキ·クルが、カメラの隙間から内部へ侵入し、シャッター機構(きこう)だけを、物理的に固着(こちゃく)させるくらいは簡単な事なのだ。


信長は、自身の姿を撮られるのを嫌がったのではない。隣の大泉が、誰もいない空間(・・・・・・・)に向け、まるで会話しているように口を動かし、頷(うなず)いたりしている姿が、捉(とら)えられるのを阻止(そし)しただけだ。


所属が違う為、五人は知り合いですらないが、額(ひたい)を寄せあい、カメラの不調を確かめあった。


すぐに画像の後続を待つ、各送信先の責任者から携帯が鳴り「もっと送れ」と苛立(いらだ)ちに満ちた催促(さいそく)が来る。


五名のプロ達は、カメラの不可解な不調をそれぞれに報告するが、相手は例外なく、彼ら自身の技術や怠慢(たいまん)をなじるような言葉をぶつけてくる。

現場と発信先のやりとりは、瞬(またた)く間に激しい口論に発展した。


海上では、ちょうど二つの青白い光が、点滅している。カメラマン達は、それにレンズを向ける。


レポートやインタビューの担当者達は、マイクを握り、周りの観衆に質問を始める。

彼らの腕には報道やプレスの腕章。

上着の胸や背中には、社名、番組名などのロゴがプリントされてある。


かなり有名なアナウンサーとカメラチームがたどり着いたのは、総理達と同じ、幕張臨海公園の一般市民の観覧場所だ。

だからテント群とは離れているし、そこはバリケードでブロックされているから、簡単には近づけないのが一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

局の看板アナの彼は、、近くの市民に聞く。


「恐れ入ります。あなたはいつからここに?」

「おっ、あんた、有名な・・・いつも見てるよ」

「ありがとうございます。で、ここには?」

「俺?俺は最初からさ」

「何を見ましたか?」

「何って、そりゃ、とんでもなくすごいもんさ」

「具体的にお願いします」

「えっ、えーと、最初に、今見えてるのと同じ、あの光。あっ、でもあの時は一つだったけどね。それから、ばかでかい泡。すんげえ高さの水柱。で大津波。真打ちに、あそこに浮かんでる船より長くてでかい龍。それに、今も聞こえてる音楽も、さっきまではもっと凄かったんだ」

「龍?まさか・・・大津波はどうなったんですか?」

「ふわっと消えた」


聞き手のアナウンサーは、からかわれたとでも思ったのか、相手の言葉に少しムッとした様子で、それでも短く礼を言い、すぐさま別の観客にマイクを向けた。


すると後方から、強い口調の声がする。


「そこのあんたっ、カメラ構えたおまえらもよっ、うろうろすんなっ!、見にくいじゃねえか」


「そうだぞっ、後から来たくせに、見物の邪魔するんじゃねえ!」


「そうよ、マスコミのくせに、割り込んで秩序乱したら駄目じゃない」


「それにさ、カメラは役に立たないよ。波や龍はちっとも映らないんだ。最初から見てる僕らには判ってるけど、あなた達は知らないから、仕方ないけどさ、無駄だよ」


人が多すぎて、苦情を言った個人の特定はできないが、およその年代くらいは解る。

しかしそんな分析に、何の意味もない。


アナウンサーは怯(ひる)んだ心を励まし、少しだけだが移動し、特に「何も映らない」ことについて、インタビューを続けようとする。


だが、観衆はそれを見逃さない。

最初より激しく、乱暴な言葉の罵声(ばせい)が、一斉に飛んでくる。

「有名なら、なにやってもいいのか!?」

「コノヤロー、無視か!」

「なに様だっ!」

「海にたたき込むぞっ」

「ワハハッ、やれやれっ」

「おまえらも、海でくねくね泳いでさ、龍様の前説(まえせつ)か前座でもやれよ」

「カメラなんか、役に立たないからよ、俺にくれよ。高く売れんだろうな」

「この場面、もうネットに流したかんな」


その場の雰囲気は、険悪の極みに陥(おちい)る。


離れた場所の制服警官が、見かねたのだろう、アナウンサー達に手招きした。


・・・警官の誘導に従い移動したんだ・・・そう自分に言い聞かせることで、最低限の自尊心を保ち、彼は引きつった顔のまま、ほうほうの体でその場を離れた。


なんと罵(ののし)られようと、彼にも報道人としての誇りや意地が、多少なりとも有る。

かき分けていく群衆に、丁寧に謝りながら、取材を続ける為、海が見やすい場所を探す。

すると、続いてくるカメラマンが、無理な姿勢で、彼の耳元に囁(ささや)いた。


「今撮ったはずの、あの二つの光、撮れてません」


               ・・・つづく

短編のつもりが、70000文字の規定を越えてました。東京湾イベントを終わらせたら、その1はそこまでの予定が、中途半端になってしまって、残念ですが、すぐに、その2で続けます。

小生の本命作、「あゆちのびと衆」の信長が、何故か現代に現れます。宣伝効果も考えましたが、自分なりの必然もありました。信長、つまりビラコチャの科学技術は、このイベントパフォーマンスどころではありません。読者諸兄様が、あっとおどろくタメゴロオヮ、何っと叫ぶ事を念願に書き進めます。あゆちのびと衆の新編は遅れますが、必ずまた再開します。暫くは、このラッキージャパン ビラコチャの微笑みをお楽しみ下さい。

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