賑やかな夜、一人の夜
ある日、学校の帰り道。
夕日が傾きかけた、暖かい日差しの中。
今、一人の少女と対面している。
「…有士君」
「…なんだ?郁…」
「私、今までの関係のままじゃ、もう、耐えられないよ…」
「?一体なんのこ…」
軽い、触れるだけのキス。
「私、有士君のことが、好き…ずっと、子供の頃から、好きだったの…」
「………知ってたよ」
「…え?」
「知ってたよ、ずっとな。…それに、俺も郁のこと、ずっと…好きなんだよ」
「…有士君…私、すごくうれしいよ…有士君が、私のこと好きって言ってくれて…」
「郁…」
夕日の中、伸びた二人の陰が、もう一度重なった…。
…ってゆーのがロマンスだろぉ?それとも俺、おかしいのか?いやいや、これくらい夢見てもいいだろ!?
「どうなんですかぁ?」
うりうり、と俺の腕を人差し指でつつく。
この人、こんなキャラだったっけ…?
郁は郁で、俺の返事を待ってるようにも見える。
覚悟するしかないのか…?
好き
嫌いじゃない
っていうかこんなんばっかだ…。
ま、答えるとするならば…
「…俺も好きだけど…」
負けた。
沙紀さんの眼差しに。
「まあまあ、そうですか!それならば、今日から早速、是非とも郁様にお教えしませんと」
「はっ・・・?今日から?っていうか今大事なのは料理とかでなく・・・」
「当然今日からです。お料理は下準備も大事ですからね、明日の朝食の仕込みから始めましょう」
「えぇっ!?」
聞いてないし。
やっぱしそーゆー展開になるのね…。
「では有士様、明日の朝食もご一緒できますか?」
「え、あ、はい…」
沙紀さんの勢いに押されて、答えてしまった。
しかし…。
「それはそれで、朝起きるの辛いな…」
「その心配はないぞ、有士君!」
「えっ!!??」
「話は全て聞かせてもらったー(棒読み)」
「兄さん!?」
「聞くともなしに聞いたぞー!」
「憲吾さん!?」
「あなた、それは盗み聞きです」
「む、そうか?」
「奥様まで!お帰りが早いのでは…」
「たまたま早く終わったのよ」
「何てベタな…」
「何か言ったかい?有士君」
「いえ、何も…」
もう突っ込まない・・・。
「それで、式の日取りなんだが…」
「「何の式!?」」
いきなり突っ込んでしまったよ、はぁ…。
「もちろん、二人の結婚式に決まってるじゃな~い。ね、あなた」
「当然」
「年齢的にまだ無理ですって」
まだ16歳だしな。
…あれ?何か・・・年齢の問題じゃないんじゃないか・・・?
…ま、気にしないでおこう。
それとも突っ込みどころを間違ったのか…?
都合良く理解するなら、18になったら結婚してもいいって事?や、ちょっと早すぎ…。
「何を言うんだね。ついこの間17歳になったばかりだろう」
「…そうでしたっけ?」
「…プレゼントあげたはずだよ?…忘れてるね」
は?
待て、今日は7日の始業式で、俺の誕生日は4月3日だから…。
あ、もう四日ほど過ぎてる。
「おまえ自分自身に対する関心低すぎ」
「そんなひどくないよ…」
「しかも粘着気質破瓜型」
「それは絶対違う!」
「…お?」
「何はともあれ、あと一年経てば18歳、晴れて結婚ね」
「まだ高校生だよ~」
「お二人のことを考えると、最速でも結婚まで高校卒業するまでの、2年は掛かりますね」
「むぅ…」
何やら考えているようだ。
ぺっかーん!
憲吾さんは何かひらめいたようだ。
「有士君」
「・・・はい」
「先程私が言ったこと覚えているかい?」
「…聞くともなしに、ですか?」
「その前。心配はいらないと言ったことだ」
「…ああ、あれですか」
なにしろいきなりだったから、良く覚えている。
「あれが、何か?」
「いやなに、始めは朝に迎えを出して、郁の作った朝食を食べてから学校へ行けば、と思っていたよ。だが二人がいずれ結ばれるのなら、別の手を考えなくもない」
…まさかな。
「ははは、有士君なら安心だろう。な、母さん」
「ええ、何の問題もありません、ふふ」
二人して笑っている。
その横では、圭君も楽しげに俺たちを見ている。
二人の言いたいことに気付いたのか、沙紀さんも微笑んでいる。
郁は、突然のことで頭が混乱しているようだ。
「同じ家に住んでいれば、朝起きてすぐに郁の作った朝食を食べれるだろう?」
やっぱしそう来ましたか。
「今日から宜しく、マイブラザー」
「その言い方は勘弁…」
「ご両親には私から言っておくわね」
「亨も祥子さんも、喜んでくれるだろう」
…亨と祥子とは、俺の両親の名である。
「これで、我が咲倉紀家も安泰だ」
「じゃ、俺はやりたいようにやっても構わないんだ?」
「そう言うな、圭。もちろん、お前も嫁をもらって、私たちに孫の顔を見せてくれ」
「はいはい」
「旦那様、少々話が脱線してます」
「む、そうだな、ふざけすぎたか。…で、有士君」
ふざけてる自覚があったのか…!?
「…はい?」
「真面目な話、家に婿として来てくれないかい?君なら家のことを良く知っているし、一人の父親としても、郁をもらってほしい」
「私からもお願いするわ。有士君、どうか郁をもらってくれないかしら」
「それに何より、私も有士君のことをかなり気に入ってるからね」
「…」
この話題になって、しかも3人が出てきた時点で、ややこしくなりそうな感じはしていた。
無論こんな展開になるとは思いもしなかったが。
普通はこーゆーときは悩むものだが…。
「郁がいいと言えば、俺はいいですよ」
冷静に、自然とそう口から出ていた。
実際迷うことはなかった。
昔から郁のことを好きだったし、あのことがあってからも、もちろんその前から郁をずっと好きだった。
そして、この家の暖かさも好きだ。
俺にも両親はいるけど、ガキの頃から仕事ばかりでかまってもらうことが少なかったから・・・。憲吾さんと里紗さんの方が、遊んでもらったことが多かったな。
「で、郁はどうなん?」
「…え?」
さっきからずっと話を聞きながらぼ~っとしていたが、圭君に呼ばれて正気に戻ったようだ。
「んと…有士がいいなら、私もそれでいい…」
うっ!!!???
かっ…かわいい!!
そのもじもじしながら恥じらう表情が、とても素晴らしい!!
「ブラボー!!」
「宴じゃ~宴の準備じゃ~」
「「「「…は?」」」」
あの、キャラ相当壊れてますけど。
「と、とりあえず止めないと」
「宴って言っても、俺たちは明日学校あるし、それに酒とかそーゆーのは…」
「む、そうか…?」
「つーか。酒、無理だし」
「うむ…」
お、変なところで物分かりがいいな。
「(チッ…)仕方ないわね…」
なぜ悔しがるんです?
「宴会用の材料もそれほどありませんし…」
あったらやってるのか?
「で、有士君の部屋なんだが…」
「ってちょっと待ってくださいよ!?」
「何だい?」
「確かに郁を嫁に・・・ってか俺が婿に・・・って言いましたけど、一緒に住むなんて…」
「あら、さっき婿に来てくれるって言ってたでしょ?自分で」
待て待て待て。
「まさか明日からとか言わないでしょうね!?」
「そのつもりだが?一緒に住めば郁の作った朝食が食べれる、と言って、有士君もそれでいいと言ったはずだが」
「…え?」
言ったような、言ってないような。あれぇ?なんかおかしいな…この雰囲気。
…でも。
一人で家にいて、俺が寝る頃に親が帰ってきてガタゴトうるさくて、安眠できない…ってのよりは、ここに住まわせてもらった方が、もしかしたらいいのかもしれない。
忙しいだけの親に、俺という負担を減らしてあげたいのも事実だし…。
母は、仕事に行く前に必ず朝食を用意してくれる。
父は、自分の仕事に誇りを持ち責任を背負っていると、子供の頃から聞いている。
俺はまだ高校生で、子供だから、親のために夜食作って置いておくくらいしかできてない。
親のためにできることなんて、まだまだ少ない。
大人になったら、俺が親に自由な時間を与えられるようになりたい。
だから、俺は咲倉紀家で、憲吾さんに学ぶことは多いはずだ。
ただ、なかなか一人の時間はもらえなさそうだな。一人の時間は好きだし。
一人になりたくなったら、沙紀さんに頼んで人払いしてもらえばいいだろうし。
それでもし自分の家がいいと思ったら、そう言えばいいだけのことだしな。
…多分帰してくれそうにはないけど。
というか、拒否権なんか最初からなさそうだ。
なんか、考えるのが馬鹿らしくなってきた・・・。
「有士…?」
「何だ、郁?」
「私、一生懸命料理作るから、食べてくれる?」
「え?ああ、いいとも」
はたしてちゃんと作れるかどうかは疑問だが。
「大丈夫ですよ、私の手伝いから始めてもらいますから」
「えー?」
「何事も下積みが大事です。ですよね、旦那様」
「もちろんだとも」
「私も、お母様から授かったお料理の味を、ついに郁に伝えることができるわね」
お母様、とは郁のばあちゃんだろう。
今はもうお亡くなりになっているが、昔はよく手作りの和菓子をよくいただいたものだったなあ…。郁があのレベルに達するにはあと40年はかかるか。…うむ、里紗さんに頼んだほうが早そうだ。
「むぅ~、そゆことなら仕方ないか…」
頭では分かっているようだが、気持ちでは納得行かないご様子。
「ま、何事も経験。下積みも必要だ。やって得することはあっても、損をすることはないと思うぞ」
「ん~、有がそう言うなら…」
こうして突然…いやたぶん憲吾さんの中ではすでに計画済みであったであろう、
俺の婿入りが決定したのだった。
「っはぁ~…」
とりあえず荷物まとめに家に帰りますと適当に言い、自宅の部屋に戻ってきた。
制服のままベッドに横たわる。
郁から借りたCDを流し、落ち着いたメロディーの中で、今日はなんか色々あったなあ、と考えていた。
明日から郁の家、か。
荷物、明日にでも運ぶか…。
あー、ばれたら面倒そうだな…。
学校の奴にどう説明したもんかなぁ。お互い告白しあったなんて知れたら
『なんか不思議でクールで何事にも無関心だけど(人はそれを無愛想という)、たまに見せる優しさが漢を感じさせる、いいヤツ(人はそれを意外性の男という)』というふうに築きあげてきた俺のキャラクターが、一気に崩れてしまいそうな気がする(自己陶酔)。
特に、紫遥。あいつに知られるのは時間の問題だ。郁が口滑らせてしまいそうだし、紫遥も咲倉紀家には遊びに行くことがあるから、沙紀さんも
「おかえりなさいませ、有士様」
とか言ってきそうだし。
いざとなれば力を使ってでも奴をリングに沈めて…!
まあ・・・真面目な話だしちゃんと話せばわかってくれそうだが。
その前にちゃんと話を聞いてもらえるかが不安なところだ…。
そーいや朝は迎えが来るのかな。一応目覚ましかけておくか。
朝、か。まさか今朝、遅刻しそうになるなんて思いもしなかった。
自慢じゃないが今のところ無遅刻無欠席無早退だからな、下手に遅刻はしたくなかったから『ルヒエル』の力を借りたんだが…。
ルヒエル…風を自由に操ることができるといわれる、天使。
彼の力は、恐らく今までで一番世話になってきたなぁ…。
あの風に乗る感覚、好きなんだよな…なんか気持ちよくて。相性いいのかな、ルヒエルとは。
…そろそろ眠くなってきたな。風呂入って寝よ…