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たぶん、一人を除いて楽園。

「ごめん紫遥~遅くなっちゃって」

「ん、ちょっと遅いけど強引に誘ってるから文句は言えないか」


あれから数分。

俺は郁の拷問を受けていた。

拷問と言うより、生き地獄。

今日のは激しかったな…くすぐりの刑。


「って有士、かなり疲れた顔してるねぇ」

「あれだけされりゃ疲れるわい」


正直、今までで一番激しかったかもしれない。

例の気体に押さえつけられ、首筋から脇、足の裏までくすぐったがりの俺に総攻撃をかけてくるんだもんな。しかも、アフの一部を実体化させてくすぐりを手伝わせるという徹底ぶり…。まぁ、殴られなかっただけマシだが…。


「じゃ、行こっか」

「うん。でも有士、大丈夫?」

「何とかな…」

「おっけぃおっけぃ」


そう言って先に歩き出す。

俺たちはその後を追うように歩いていく。

何やら機嫌が良さそうだ。


「ノリノリだな」

「まあねー」

「休み中行けなかったの?」

「行きまくりよ~」

「じゃあ今日は無しで」


行ってもいいのだが、正直かったるい。


「またまたご冗談を~。ホントは私の歌を聴きたいんでしょ~」

「お前のじゃない、歌手の歌だ」


やはりこいつは馬鹿に相違ない。


「どーでもいいのよーそんなものは。歌手は私が歌いやすい歌を出せばいいの」

「カラオケ好きの真理ね」

「そっかぁ?」


馬鹿の言うことはよくわからん。


「着いたー!」

「早」

「学校から徒歩10分だもん」


あの後カラオケに対する熱い情熱を聞かされている間に着いてしまっていた。

俺は逃げ出すタイミングを失っていたようだ。

訂正、馬鹿であることを利用している頭の回るイヤな馬鹿だ。


「なに腑抜けた顔してんのよ。行くよ~」

「お~」

「店先で恥ずかしい事するなよ…」


俺の呟きも二人にかき消され、いざ、楽園へ…。




「イエ~、ひゅーひゅー」


紫遥が歌い終わると、自分で自分に賛美を送っていた。


「アホか…」


紫遥と知り合ってから、何度と無く言ってきた言葉。


「有士も楽しまなきゃ駄目だよ~」

「声少し嗄らさせながら言うな」


かれこれ3時間。俺は3曲しか歌ってない。もちろん、無理矢理歌わされた訳じゃない。紫遥と郁の曲を入れるペースが速くて、自分までなかなか回ってこないだけだ。


「別にいいんだけどな…」

「何がー?」

「いや…何でもない」

「そう?」


曲が始まり、紫遥はちっさいステージへ移動した。

俺の番まで、5曲待ち…。はぁ…男がぐだぐだ言うモンじゃないけどな。切ないわ…。



「いや~歌った歌ったぁー!」

「ほんと、紫遥歌いまくりだったね」

「クォーターだから血が活性化してるんだろう。しかしまあよく喉がおかしくならないな。腹筋割れてんじゃないのか?」


感心するばかりである。

それでいて歌も上手いから、才能なのだろうか。

プロより上手いんじゃないか?と思う。

ま、タフで歌が上手いなんてのは、ゴマンといるからな。

才能の浪費、宝の持ち腐れ…。


「クォーターとか全然関係ないし…って、何憐れみの目で見てんのよ?」

「別に」

「何よ」

「んだよ」

「あははは…んじゃ、お開きにしようか」


もう夕暮れである。

4時間以上は歌ってたのだろうか。


「えー?もう?」


感づいた。


お腹空いてるからご飯でも食べに行こうよーとか言い出しそうだ。

そうなると話に花が咲く(紫遥の独壇場になるが)。咲きまくるため、気象庁の方お願いします、開花宣言。


さすがに今日は疲れてるから、これ以上は勘弁してほしい。


「そうだな、今日はこれでお開きだ。疲れた」

「むー、そっか。ま、こーんなぐだぐだの有士をかまうのも張り合い無いしね」


聞き分けがいいのか、悪態吐いてるのか微妙なところだ。


「有、CD取りに来るついでにご飯食べてく?」

「そらもう是非と」

「あらま、ほんとヒモみたい」

「…逝っとく?」


ウォークマンと今日配られたプリントしか入っていない鞄を、角を向けて思い切り振り上げる。


「いやん★えっち~」

「もう、二人とも…」


郁はさほど困った様子もなく言った。


「安心してよ、二人の恋路の邪魔はしないから。あれ?そういえば郁ってば愛妻料理というほどのもの作れたっけ?」


おちょくるように言い放った。


「何言ってる。な、郁」

「…………」

「っておい・・・」


両手を頬によせて赤くなっている。

郁には珍しいリアクションだな…って感心している場合ではない。


「郁はまんざらでもないみたいよ~ほれほれ、どうなのかな~ダ・ン・ナ・サ・マ~」

「アホか。行くぞ、郁。また明日な、紫遥」

「ばいばい、紫遥」

「んじゃ、程々にね~」

「「何が!?」」

「あはははは、じゃーあね~」


笑いながら、俺たちの帰り道とは反対方向に歩いていった。


「…紫遥の住んでるマンションって、私たちの家の方だよね?」

「…ああ、途中まで道は同じ」

「…元気だね」

「…そうだな」


あいつ一人で元気の玉がいくつ作れるんだろう?


「とりあえず郁の家だな。CD借りに」


方向転換し、家の方へ歩き出す。


「だね。ご飯食べていくでしょ?」

「お前の手作りじゃなければな」

「む~ひどい~」


とは言うものの、簡単な料理しかできない郁には、俺を満足させる晩飯は到底作れないということはわかっているだろう。


「ひどいと言うなら少しは料理の勉強をしたらどうだ?」

「無理だよ~、包丁でリンゴとかの皮むきできないよ~」

「基本からちゃんとやれることが何事にも大切だ」

「だってー、やろうとしたら父さんも母さんも沙紀さんも『郁はいいよ』とか言ってやらせてくれないんだもん」

「そりゃあ…」


当然だろうな。郁が包丁持とうものなら、憲吾さんと郁の母親、里紗さんが(こちらも名前で呼べと言われている。なんだここん家の両親)止めに入るだろうし、もとより沙紀さんが厨房を譲るはずもない。


「そんなに料理がしたいなら、また家でやるか?」

「有士が作れるやつはもうマスターしてる」


そりゃそうだ。


特に難しい物を教えてきたわけではない。

誰にでもできる、簡単料理の数々。

世の中には、どんな料理も失敗する強者も多数存在するらしいが。


「ま、あきらめな」

「むぅぅ~」

「…………」


一応本気…なのか?


俺が教えた料理もそこそこできるみたいだし、もしかしたらそれなりの才能あるのかもしれない。

紫遥みたいに才能を埋もれさせるのももったいない。

どうしたものか…。

あ、そういえば。


「なぁ、ホームルームの前に何か言おうとしてたよな、何だったんだ?」

「あ、別に大したことじゃないよ。ただ、ネクタイが少し曲がってて、直してあげようとしただけだから」

「…そっか?」

「うん」

「何か隠してそうだが…まいっか」

「(ふう、危ない危ない。暇なら二人でカラオケ行こうって言おうとしてただなんて言えないよ~)」


…ばっちり聞こえていた。

う~ん、ういやつじゃのう…。



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