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回帰の記憶・1

ただ、歩く。


あの頃のように、行くあてもなく。


誰も自分のことを知らない土地へ向かって。


幸い、同じような姿の冒険者や夢を追って地方から都市へと向かう若者もいて、「天使」の血を引く自分だけが異色を放つということはなかった。


「…今日はもう休もう」


山を越えようとも思ったが、夕暮れのためこれ以上進むのは危険を伴う。


川が見える場所を選び、近くの木にもたれるように、地面に腰を下ろす。

だが思っていた以上に冷たく、暖をとることにした。


「…すまない」


近くの木を「力」を使い切断する。


できた切り株に葉を敷き、座る場所を確保する。

切断して倒れた木を適当な大きさにいくつも切断し、火を焚く。


これが、いままで夜を越してきた方法だ。


「ふう…」


今日まで歩いてきて、だいぶ景色が変わった。


山や森に囲まれていた自分の町とは打って変わって、これまでは平野が広がっていた。


遠くに山が見えたのは、一昨日のことだ。


「明日、がんばらないとな…」


山越えは初めてだ。体力を温存しておくべきだろう。


ふと、後ろの方に気配を感じる。


「…誰かいるのか?」

「いやあ、暖かそうだなあ」

「…?」

「いやね、ああ、俺冒険者なんだけど山入ったと思ったら暗くなってきちゃってね。危ないかと思ったから降りてきたんだ」

「はあ」

「で、寝床どうしようかなーって思ってたら、火が見えたから誰かいるかなと思って」

「…」

「すまない、一晩ご一緒させてもらってもいいかな?」


何度もあった場面だ。

一晩、火があるのとないのとでは全く違う。自分も困っていた時にそうして助けてもらったことがある。

相手が複数だと盗賊の可能性があり危険だが、一人なら何かあっても対処は可能だ。


「一人だけなら許可しよう」

「そっか、ありがとう。邪魔にはならないようにするさ」


ぐぅ~。


「…はは、みっともないな。山で獲物捕ろうかと思ったんだが、このザマで」


ふらふら、と手を振る。

手ぶらか…まあ、そんな時もある。


仕方なく、川におろしてあった仕掛けを引き上げてみる。


「…お」


魚がかかっていた。


「ほら、焼いて食べるといい」

「すまねえ。恩に着るよ」


彼はナイフを取り出し、手際よく内蔵を取り出す。

もう一本の細身のナイフにそれを刺し、焼き、食べていく。


「ごっそさん」


一言礼を言い、男は続ける。


「どうにか、夜を越えられそうだ。本当に助かった」

「そうか、それはよかった」


例え見知らぬ相手でも、力尽きて果てるところは見たくない。


幸い、ここまでの旅路は自分にとって死を覚悟しなければいけないほど辛い物ではなかった。町の外れで質素に暮らし、捕まった後も牢に閉じこめられていたから、自分の顔を知る者がいないことで、目立った力の暴走さえなければ捕まることはない。逃げるという重圧もそれほど無かったのが救いだろう。


「なあ、あんたどこ目指してるんだ?」


…またこの質問か。

誰かと出会う度に、問われてきたこと。


好奇心はわかる。

だが、必要以上に干渉はされたくないから、こう答えることにしている。


「親も家族もないからな。どこか、土の豊かな静かな場所でも見つけて自給自足していければなと」


もちろん嘘だ。

復讐を遂げるためには何が安全かつ近道か…考えついたのは二つ。

一つは、自国に戻り急襲を仕掛けるということ。だが、王を殺し、城を壊滅させるとなると単身では遂げられそうにはない。自滅を考えなくもないが、目的達成後にはもう一つの目的がある。死ぬわけにはいかないのだ。

そうなれば、二つ目の選択肢として、他国の中枢に関係を持ちたい。

そのために他国の兵士となり潜り込むことが、安全な近道であると言えよう。

それが何年掛かるか、今のところ見当はつかないが。


「へえ…でも俺にはそうは見えないな。この山を越えれば、城が見えてくる。出稼ぎか、騎士でも目指してるのかと思ったよ」


少しだけ正解。


「まあ、なれるものならそれでもいいと思うけど。ただ、騎士なんてよほど実績あげないとなれないだろうし…それに俺はそんな強さも持ってないよ」


適当にはぐらかしておく。


「そうか?こんな何もないところで火を起こして、しかも釣りまで仕掛けてあるときたもんだから、よほど自分に自信があるのかと思ってな。旅慣れてるだけか、すまないな」


ははは、と笑ってくる。


「まあ、ここまで長かったしな。生きるために自然に身に付いてしまっただけだよ」

「全く、余裕そうだな。こっちは毎日必死にやってきて、こんなにボロなのに」


ほら、と身振りをする。


「そうでもない、毎日必死だよ。ただ、運がよかっただけさ」


それに、ここまで来た道はもともと商団が行き来しやすいようにされた道だ。

野生の動物にでも襲われない限り安全な方だと思うが。


「そうか、あやかりたいもんだねえ」


がはは、と今度は大声で笑う。

相槌でも打っておこうかと思い視線をあげると、その向こうから小さな灯りが見えた。


「…ん?こんな時間に商団か…それも結構な大部隊だな」

「厄介事には巻き込まれたくないな。通り過ぎるまで、火消してもいいか?」

「そうだな…」


もったいないが、彼の言う通り火を消し気配を隠す。


「…商団っていうよりは、旅団?いや、あれは…」

「…」


ふと、目の前に人影が現れる。


「お前達、ここで何をしている」

「うわっ!?びっくりした…」

「どうやら先に感付かれていたようだな…」


まぁ、感付かれていたのには気付いていたが。


「…見たところ、冒険者のようだが。二人だけか?」

「あ、ああ。山越えるには時間が足りなくてここで一晩越そうかと思って。俺は、先にいたコイツに世話になってるんだ」


ほらほら、と焚き火の跡を指さす。


「ふむ…嘘は言っていないようだが…」

「…何故分かる?」

「その程度、たわいもない。口調の端々、抑揚、視線…判断材料はこれだけだ」


気付かれずに近付こうとし、そしてこの判断力。普通の人間ではないことくらいすぐに分かるが…共鳴は感じない。こちらとしても特に悪意を感じることはないが、高圧的な態度であることには違和感を感じる。となれば、答えは一つ。


「…騎士か、はたまた貴族か。こんなところに、こんな時間に…こんな俺達みたいな相手から、何をしているのか聞いてくるとはね。判断材料を駆使する能力ってのはその程度しか嗅ぎ分けられないのかな?」

「へ?」

「…」


軽く挑発をかけるように返したのだが、表情も気配も変わらない。


「人を捜している…が、もういい」


す、とその人影は消えていった。

その一団が遠くなるまで、こちらも静かに時を過ごす。


「何だったんだ?今の…」

「さあ…でも、行ってくれたしもう問題ないだろう」

「人を捜してるって言ってたな。まあ、あんな風に尋ねてくる奴の捜してる人間なんて見当もつかないし、接点なんて無いよなぁ」

「そうだな…」

「本当にしつこいんだから…ねえ?」

「そうだな…はっ!?」


突然、第三者の声が。声の感じからすると女か少年か。


「んなっ!?何だ誰だ?」

「騒がないで。完全に見えなくなるまでは…」

「…」


気配を…感じなかった。いつの間に居たんだ?


「ね、寒くない?もうそろそろ火を焚いてもいいと思うんだけど」


 言いながら、勝手に葉と木を集め火を着ける。


「まあ、いいけどよ…って、俺が許可できる訳じゃないが…」


ちら、と俺に視線を送る。

特に悪意のようなものは感じない。


「いいよ。もう大丈夫だろう」


ほわ、と火が灯り徐々に周りが明るくなる。

見えてきたのは、ずぶ濡れの女性の姿だった。


「って、濡れてんじゃねえか。川から這い上がってきたのか!?」

「うん。さすがに冷たいね」


力無く笑う。

…怪しいことこの上ないのだが、あまり関わり合いにはなりたくない。


「ね、二人は冒険者でしょ?どこに行くの?」

「あぁ、俺達は別に同行している訳じゃないんだ。今はたまたまこうしているだけでな。俺は陽が明けたら山を越えて城に行く。騎士として雇ってもらうためにな」


かちゃかちゃ、と長剣の収めてあるであろう鞘に触れる。


「そっか、強さに自信があるんだね!男はそうでなくちゃ」

「まあな。腕一本で稼ぐにはやっぱり都会が一番だろ!」

「うんうん!で、あなたは?」

「俺は…故郷も家族も失ったし、今後暮らしていくのに困らない、いい土地を見つける旅をしている途中だ」

「そっか、大変だったんだね…でも、山越えていくんでしょ?」

「まあ、そうだ。行ってみないことには分からないしな。合う土地なら居着くだろうし、そうでなければまた旅を続けるだけさ」


…嘘は言ってない。


「そんで、姉ちゃんは何者だ?さすがにあの状況からの登場じゃ、いろいろ想像しちまうんだが」


…聞いてしまうのか。


「あ、そういえばまだ名前も言ってなかったね。私はアルティール・リンフォルヒルデ。アルテって呼んで」

「アルテ、ね。俺はハノン・ディーリアス。まぁ…そのままハノンとでも呼んでくれ」


…あまり名乗りたくはないのだが。

ここはいつも通り、本名のロウルではなく、偽名を使う。


「…ラツェル・フランティオだ。好きに呼んでくれ」

「ラツェルと、ハノンね。よろしく!」

「ああ、よろしく。って、別に何をよろしくするわけでもないのだが」

「旅は道連れってな。一晩とはいえ名乗らないのも不躾だろ。ってかラツェルよ、どうせなら山越えるまでだけでいいから同行してもらえないか?」


そ、と長剣に手を触れる。


「足を引っ張るようなことにはならないから大丈夫だ!強いぜ俺は」


…まあ、拒否する理由はない。


「分かった。山を越えて、安全が確保できる場所に着くまでの間でよければ」

「やったー!」

「って、何でアルテ姉ちゃんが喜んでんだ?」

「私もついでに連れて行って!足は引っ張らないから!」


立ち上がり、まるで空気の魔物と戦うかのようにシャドーファイトを繰り出す。


「か弱い女性を置き去りになんてしないわよね?」

「夜の川から這いずり上がってくる謎の女をか弱いとは思えないのだが」

「そりゃそーだ。で、姉ちゃん…アルテは、何で川から?」

「あははー…やっぱ、言わなきゃだめ?」

「というより、アルテも山越えが目的なのか?」


いろいろ聞きたいことはあるが、やはり厄介事は避けたい。少なくとも、彼女自身の直近の目的が山越えであるならばそれだけ終わらせて解散しよう。


「そうだね…ひとまず城下町まで抜けられれば目的達成かな?」

「かな?って曖昧だな…」

「なら、そこまでなら同行してもいいだろう。これ以上は何も聞かない。山を越えて城下町まで協力する…それだけの関係だ。それでいいか?」


二人に同意を促す。


「俺にとっちゃ願ったり叶ったりだ」

「うん、私もそれで平気」

「では、よろしく」



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