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これも一種の告白


「お帰りなさいませ、有士様」

「ただいま、沙紀さん。で、郁どこにいますか?」

「郁様の部屋でお待ちですよ。件のメイドも一緒です」

「ども」


焦ることもなく、至ってマイペースで郁の部屋へ向かおうとした。


「…おもしろくなりそう♪」


聞こえてしまった。…なんか、怖いような楽しみなような…。



こんこん。

郁の部屋の扉をノックした。


「どうぞ~」


返事の後に、扉を開けて中に入った。


「遅いよ~有士」

「お前が不必要に早いだけだ」


力使ってまで早く来る意味ないだろうに。

郁の反対側には、沙紀さんと同じメイド服をきた人が座っている。

今の俺の位置からは、後頭部しか見えない。


「で、その人が俺たちの知り合いって人か?」

「うん、そうだよ。今日はもうお仕事ほとんど終わってるから、こうやって話してたんだ~」

「ほ~。で、どちらさん?」


がたっ!

その場に急に立ち上がり、


「じゃ~んじゃじゃ~ん!実は私で~す!!」


と、ポーズを取りながら言った、見慣れた面。


「田舎さ帰ぇれ」

「んなっ!?」

「あはは…」

「…っつーか、まじですか…?」


悪夢であってほしい…。


「あ、驚いてる驚いてる」

「そりゃ驚くでしょうよ」

「当たり前だー!紫遥、いったい何の冗談なんだ!?」

「あー、ちゃんと全部説明するから、いちいちそんな叫ばないでよ」


叫びたくもなるわい。


「私も、何で家で働くことになったのかまだ聞いてないんだよ」

「…働く?ここで?お前学校はどうする気だよ」


二人の近くに置いてある椅子に腰掛け、話を聞く体勢になる。


ぶぅ~~~っ。


どこからか、人体ガスが発射される音がした。


「「あっはははははははははは!」」


…どうやらはめられたらしい。

クッション君に。


「…ムカツクなぁ…何がそんなに面白いんだか」

「だ、だって…あはははははは!」

「あんなバレバレに仕掛けてあったのに、疑いもせず座るんだもん!もーおかしくっておかしくって~!」

「真面目に話をしようと言う気はないのか!?」

「ごめんごめん~あははは~!」

「てめえらいっぺん落ち着けー!!」


「で、一体どういう事なんだ?」

「…まず、二人にはごめんなさい、って言っておく。…色んな意味でね」

「別に何も謝ることはないんだけど…」


何とか二人を落ち着かせ、話を聞く状態に持ち込めた。

なぜ俺ばっかり、無駄に疲労?


「まず始めに。有士は知らないと思っているだろうけど、私は郁が子供の頃の記憶がないのを知っているわ。それが、記憶喪失だっていうことも」

「…!」

「…何で?」


紫遥は、郁の方に向き直る。


「郁、憲吾さんから聞いている?郁が記憶喪失になってしまったわけを」

「…ううん、聞いてないよ」

「有士は?」

「…知ってる。信号無視の車に轢かれそうになったけど、ギリギリで車が止まった。ケガはなかったけど、いきなりのことでショックを受けたんだろうって…」

「…」

「…その通り。あの時、その車の中には妊婦がいたの。予定より数日早く陣痛がきて、救急車や医者を呼ぶよりも家から病院に連れて行った方が早いと判断し、すごいスピードで道を走っていた。ドライバーは…私の父」

「…」


予想しえなかった意外な事実に、言葉の一つも出てこなかった。

それは、郁も同じようだった。


そんな俺たちの空気を知ってか知らずか、紫遥は続ける。


「…妊婦は確かに危ない状況だった。だけど、信号一つ遅れただけでどうにかなるほどってわけじゃなかった。それでも、その妊婦…もう隠す必要もないかな、私のお母さんは、とても辛そうな顔をしてた。私は、そんなお母さんの顔を横で見てたらいたたまれなくなって、父に早く、早くって、急かしてしまった」

「…」

「…」

「…車は郁にぶつかることはなかったけど、その直後、私が病院で父を待っているときに、偶然郁が運ばれてくるのを見た。その後、私は父と一緒に家に帰った…」


そこまで話して、いったん紫遥は止めた。


「…」


下を向いたまま、郁は紫遥の次の言葉を待っている。


姿勢を戻し、再び紫遥は口を開いた。


「次の日、私は父と一緒に郁のお見舞いに行ったの。母と、生まれてきた妹のお見舞いも兼ねて。郁の病室には、憲吾さんと里紗さんがいた。父が事情を説明すると、二人とも複雑そうな表情になりながらも、父を許してくれた。2つの命が助かったから、それで良かった、って言ってた。私は、その時郁の顔をちゃんと見ることができなかった。郁の人生は、私が壊してしまったようなものだから。私が父を急かしたりしなければ、あんな事にはならなかった…!」


高ぶった感情を何とか抑えながら、紫遥は続ける。


「…そしてその日、私が学校に行っている間に母は亡くなったわ。そのことを憲吾さんたちは父から聞いて知っていたから、父は責められなかったんだと思う…」


そこで話をまた切ると、紫遥の嗚咽しか聞こえなくなった。


「何か…やるせねぇな…」


誰が悪い、と言う問題じゃないと思う。

確かに、紫遥が父親を急かしたことには問題がないとは言えない。

紫遥の父親自身に問題がなかったとも言えない。

それに、子供として親の心配をすることの、何が責められるのだろう。


「泣くことはないよ、紫遥…そーゆー理由なら仕方のないことだと思う。私に一部分の記憶がなくても、今は家族がいて、有士がいて、紫遥もいて、幸せだから…」

「そうだな、その件に関しては、郁はもう克服してるわけだし…」


まさかこんな変わった性格になるとは思いもしなかったけど。


「でも、妹さんがいるなんて知らなかった…」


俺、実は昔聞いたことがあるけど。


「…父と一緒に暮らしてる。結構私と似てるところが多いみたい。今でもたまに会いに行くしね」


そう言う紫遥の表情は、少しだけいつもの笑顔に戻った。


「有士、今日私夢見が悪いって言ってたでしょ?たまたま、そのこと夢に見ちゃって…考えた末に、今日また憲吾さんに頼み込んで、こうしてメイドとして咲倉紀家のお役に立とうと考えたわけ」

「なるほどな。でも、何で中学の時にこっち戻ってきたんだ?まさか、犯してもいない、自分で決めつけた罪を償おうとでも考えてたか?」

「…良く分かるわね」


馬鹿か、こいつは。


どこまでも、素直。


良くも悪くも、これが紫遥の特徴だってのはよく知っている。

だが、考えすぎだ。自分のせいにする必要なんてないのに。


「どうしても私の心の中に郁のことが残ってて、それで憲吾さんに頼み込んだんだけど、そこまでされるとこっちが悪い、とか言って。しかも私がこっちに来るって言ったら、一人暮らしできるように色々手配してくれたの。償いたいというのなら、郁と友達になってくれ、とまで言われた。あんないい人、滅多にいないよ。」


そうか、だからこいつもずっと同じクラスだったのか。


「…じゃあ、紫遥はお父さんに言われたから私と友達になったわけ?」

「…え?」

「有も、そうなの?」

「は?」

「二人とも、父さんに頼まれたから、私と友達やってるの?」

「そんなわけないでしょ!?初めは確かにそういうところもあったけど、今はもう違う!私は、郁のことが心から大切だから、一緒にいて楽しいから郁のそばにいるんだよ!?」


ぴーん、と空気が張りつめた。




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